<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
大掃除をしましょう!
「ルディアちゃん、もう一ヶ月もしないうちに一年が終わってしまうねえ」
そう言ってお茶をすすったお婆さんはふと、思い出したように手を止めた。
「そういえば……何年になったか……いや、何十年だったか。ほっといたままの家があったねえ。掃除は、いつが最後だったか……」
「それじゃあ、すごい埃まみれなんでしょうね」
瞳を輝かせ、ルディアは箒で掃く仕草をした。
表情からも興奮する様子がうかがえた。
「おやおや、ルディアちゃん。掃除をしてくれるのかい? ありがたいけど、ルディアちゃん一人なら無理よ。整理もしていないところだから、物が落っこちてきて、中に閉じ込められでもしたらわからなくなってしまうわ。誰かお友達と一緒にやってちょうだいな」
それを聞いたルディアはさっそく人を集めた。
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さっそくお婆さんの家にやってきたルディア・カナーズとスズナ・K・ターニップは、扉を開いて、あっと驚いた。
開けた途端に、ぶわっと広がった埃の嵐が二人に襲い掛かったのだ。
咄嗟に扉を閉めた二人は、咳をしながら顔を見詰め合って言った。
「コホン、コホン! ……まずは扉を開けっぱなしにして、空気を入れ替えない?」
掛け声合わせて一斉に開いてから、スズナとルディアは近くの物陰に飛び込んだ。
こっそりと隠れながら扉の方を見ると、埃がまるで煙のようにもくもくと出てきている。
ため息をついてから二人は時間を潰すため、座りなおして話し始めた。
扉を開けっぱなしで、この場を離れるのは忍びないと思ったからだった。
「へぇ、ルディアさんって十八歳なんだ、同じだね」
とかなんとか。
同じ女の子同士の話は続く。
「スズナさんの髪型って可愛いですもの。よく似合ってます」
「ありがとう。あ、ルディアさんの髪ならできるかもしれない。後ろ向いて。やってあげるよ」
「本当?! ありがとうございます」
「この方が作業しやすいと思うし、似合うと思うの」
髪をほどき、ブラシで整え、結い上げた頃には、扉から出る埃は姿を消していた。
二人はルディアが用意したエプロンとマスクを装備し、スズナははたき、ルディアは箒を持った。
扉の前に立って中を覗き見てみた。
窓からの光で室内は思っていたより明るかった。
覚悟を決めて、二人は室内に入っていった。
■□■
一階建てのこの家は、真ん中に廊下を挟んだ四部屋の構造になっていた。
ルディアは玄関から向かって右の比較的物が少ない部屋の清掃をし、スズナは玄関から向かって左の寝室を清掃することにした。
しばらくしてから、スズナは埃にまみれた箱を手に持って外に出た。
外にはルディアが担当している部屋の家具が置いてあった。
それらは埃まみれの部屋から出てきたとは思えないほど綺麗に磨かれていた。
一度、咳をした後、椅子に腰掛け、机に箱を置いた。
ふーっと息を吹きかける。
うっすらと文字がかいてあるような気がするが、長い年月のせいで劣化してしまったようだった。
ある程度、埃を取ったところで、蓋を開けようと力を入れた。
どうやら鍵がかかっているようで、開かない。
「うーん……気になるなぁ」
「スズナさーん! こっちの部屋に家具を運んでくださ〜い。綺麗に掃除できました」
「あ、は〜い」
ルディアが窓から身を乗り出して、手を振っている。
スズナは手を振り替えして、箱ごと机を持った。
見た目のわりに腕力があることは自覚していたが、この光景を見たルディアは驚いて、窓から落ちた。
急いで駆けつけたスズナが見た光景は、大量のぬいぐるみに埋もれたルディアの姿だった。
「だ、大丈夫、です……です、が……立てません……!」
ぬいぐるみの中でばたばたと四肢をばたつかせているルディアの手を掴み、引き寄せて立たせた。
「ありがとうございます、助かりました。あ、あのスズナさんって、けっこう力持ちなんですね。家具運び出すときに手伝ってもらえばよかったです……」
「今度は絶対にあたしを呼んでね。遠慮はなしだよ♪」
大量のぬいぐるみを部屋の隅に積み上げて、机や椅子を運び込んだ。
積み上げられたぬいぐるみを見て、スズナは思った。
「あのクマ、可愛いなぁ。……あれ? このぬいぐるみ達だけ埃かぶってないね」
「そうですねえ、不思議です。見つけたときも、さほど埃がついてなかったんですよ。劣化しない魔法でもかかっているのかもしれません」
「へぇ、そんなことがあるんだ」
その部屋を後にし、二人はスズナが担当している部屋に入った。
この部屋はルディアが担当していた部屋とは違って家具や小物が多い。
だからまだ、全体的に埃っぽい。
スズナは壁や扉やルディアに気をつけながらベッドを外に運び出した。
全体的に埃をかぶっていたが、上にタンスがのっていたので、その後がくっきりとわかった。
落ちていた棒を拾い、恐る恐る叩いてみた。
大量の埃が宙を舞って、スズナは思わずくしゃみをした。
マスクをかけなおし、スズナは力を入れて叩き続けた。
「スズナさーん、このタンスを外に出してもらえませんか〜?」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」
ルディアのもとに駆けつけたスズナは部屋の様子を見て驚いた。
空気がまったく違うのだ。
全然埃っぽくない室内を見渡すと、綺麗に磨かれたタンスが置かれていた。
「外に出して、もっと磨かないと……」
「ルディアさん……すごいね。コツとか教えてもらいたいほどだよ」
それから目に止められぬ速さで磨かれていくタンスを見つめていたスズナは、ルディアに言われてベッドを部屋に運び込んだ。
タンスの中に入っていた古びた男性の服と女性の服をはたいて入れなおし、左の部屋の清掃が完了した。
残るは二つ。
その内の一つ、左の部屋を開いた二人は言葉を失った。
そこは元々台所だったようで、流し台や棚、大きな机と三つの椅子があるだけで、比較的、埃をかぶっているだけで荒れてなかったのだが――
「ね、ネズミ?!」
大きなネズミが机の上に座っていた。
大きなネズミは二人に気づくと、話しかけてきた。
「あら、これはドーモ。この家に人なんて三十年……いや、三十五年ぶりだったか。とにかく珍しいな」
「しゃべった?!」
「失礼な小娘だな。まあ、いい。この家も人手に渡るか、取り壊される日が来たんだな。まあ、持ち主は死んでるから仕方がない、か……」
「ただあたしたちは掃除に来ただけだけど……この家はお婆さんのじゃないの?」
大きなネズミは眉をひそめた。
「この家には、若い夫婦とその息子が住んでいたと聞いているが……」
その言葉を聞いて、ルディアは考え始めた。
「おかしいですねえ……私はちゃんと白山羊亭でお婆さんから、この家の掃除を頼まれて、鍵だって預かっているのに……」
ルディアはポケットから鍵を取り出して見詰めてみた。
綺麗な金色がキラリと光った。
「まあ、俺としちゃあ、この家が無くならないんなら、掃除されようがされまいが、かまわんがな。さっさと済ませてくれよ」
そう言うとネズミは机の上に、寝そべりイビキをかきはじめた。
「……お掃除、しましょうか」
「……そうだね」
大きなネズミを起こさないようにしながら、二人は手早く掃除を済ませていった。
手馴れたもので、ほとんど時間はかからなかった。
「こんなものでいいかな」
「そうですね、じゃあ次の部屋に……」
二人が部屋を出ようとしたとき、今まで寝ていた大きなネズミが思い出したように呟いた。
「…そういえば、何度か来たことがあったなあ……」
「それじゃあ、そのお婆さんだね。ルディアさんに頼んだ人って♪」
扉は閉まり、二人は最後の部屋のドアノブを握っていた。
大きなネズミは扉の方を振り返り、また眠る体勢に戻った。
「ただの人間とは言ってなんだが……まあ、いいか」
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「……?」
最後の部屋は書斎のようだった。
倒れた棚を建て直し、埃を払い、本を入れなおしたまではよかったのだが、机の引き出しが少し開いていた。
気になったスズナは引き出しを押したのだが、何かが引っかかっているのか動かない。
さきほどのようなネズミが出てこないことを祈りながら、スズナは引き出しを開いた。
コトッ、という音とともに中から銀色の鍵が出てきた。
鍵は光に照らされて輝いていた。
「スズナさん、どうでしょうか。この部屋はもう」
ルディアに呼びかけられてスズナは振り返り、部屋を見渡した。
最初に入ったときとはまったく違う、見違えるほど清潔になっていた。
普通に通されても、違和感はないだろう。
「いいと思うよ。それじゃあ……お掃除完了だね♪」
「お疲れ様です♪ もしよろしければ、白山羊亭にお茶を飲みに来ませんか? もちろん、お代なんていりませんよ」
「ほんとうに?! ありがとう、楽しみだなぁ」
部屋を出るルディアの後を弾むように付いていくスズナは、ふと、箱のことを思い出した。
うっすら文字が書かれたあの箱。
もしかしたら、あの鍵ならば開く事ができるかもしれない。
「ちょっと待って! 試したいことがあるの」
スズナは引き出しから鍵を取り出して、呼び止めたルディアの手をとって、箱を置いた部屋に向かった。
「どうしたんですか?」
部屋に入ると、スズナはルディアに箱を見せた。
「この箱。なぜか、とっても開いてみたくなったの……鍵はこれしか見つけられなかったけど、開いたらいいなぁ」
銀色の鍵を鍵穴に差込み、回した。
箱は、カチッという音とともに開いた。
中を覗きこんでみると、タンザナイトの指輪が入っていた。
手にとって見てみると、まわりにあしらわれたダイヤモンドが光を反射して輝き、中央にはめられた透き通った青紫色と深い紫色の石の多色性がとても綺麗だった。
「素敵……」
「そうですねぇ……」
「お掃除、終わったのですね」
突然後ろから話しかけられた二人は肩をびくつかせて驚いた。
その衝撃でスズナは指輪を落としかけたが、なんとか死守できた。
「あらあら、その指輪……懐かしいわねぇ」
そう言って指輪を見つめるお婆さんは、ルディアに掃除を依頼したお婆さんだった。
「どうでしょうか、もう少し掃除した方がいい場所はありますか?」
「いいえ、ないわ。もう十分綺麗になっているもの……。そうだわ、お礼をしなければね」
お婆さんは指輪を持ったスズナの手を握った。
「その指輪は、あなたにあげるわ」
「え、そんな……お婆さんの大切なものではないのですか?」
お婆さんは微笑み、スズナの手を握り返した。
「これは私の感謝の気持ちよ。ぜひ、受け取って欲しいわ」
スズナの手に指輪を収めると、お婆さんは二人の背中を押して、送り出した。
にこやかに微笑むお婆さんに手を振られながら、二人は扉の外に出た。
「ありがとう、可愛いお嬢ちゃんたち。気をつけて、帰りなさい」
半ば強引とも思える行動に、少々驚きながら手を振り替えして、二人は白山羊亭への道を歩いて行った。
同じ年頃の女の子。
話は自然と弾んでいく――………
あの家は、満足した主人が消えていくのを見届けた後、力尽きたように静かに崩れていった――。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3487/スズナ・K・ターニップ/女性/15歳/冒険者】
ルディア・カナーズ
大きなネズミ
お婆さん
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ライター通信
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はじめまして、こんばんは。ライターの田村鈴楼です。
今回の物語はいかがでしたでしょうか?
年末ネタの話を一月の中旬に…というのは、まぁ……置いておいて。
ネズミの運動会……ということで、あの大きなネズミさんが登場させることができたり、久しぶりに可愛い女の子を書くことができて、とても楽しかったです。
タンザナイトの指輪が気に入ってもらえることを祈りながら、失礼させていただきます。
ご参加ありがとう御座いました!
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