<HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル>


八百万の神社

●神社の事情
ある場所に、珍しい神社があった。
とにかく神様であればよいとばかりに、八百万の神々を奉っているという、一風変わった…変わりすぎている神社である。
しかし、それだけ授与品の種類も多い。
それに比例するように、多くの願いを持つ参拝客の足が途切れることは無い。
特に初詣に訪れる参拝客は、比較するのも馬鹿馬鹿しいほど。
「こういうときの臨時バイトよねぇ?」
慌しく動き回る合間の休憩時間、事務所を兼ねたその部屋で。
巫女の総元締めは、窓の外の参拝客の波を眺めて呟いた。
臨時巫女募集の告知が行われたのは、自然の成り行きとも言えるのだろう。

●選考基準は闇の中?
『巫女急募!!!』
そう書かれたチラシのなかでも特にレンヌ・トーブの目を引いたのは、『急募』の二文字であった。
「神社って忙しいのね…巫女さんか、私にできる事はあるかしら?」
普段から家業のトーブ家ファクトリーで主任代行としての采配を振るうレンヌにしてみれば、自分を働き手として派遣するのと同じ感覚なのかもしれない。

「実績もあるようだし申し分なしね。当日はよろしくお願いするわ♪」
勿論経歴だけでなく、質問に答える際の所作や雰囲気もあっただろうが、面接はあっさりと通過。
「あの…一つ確認してもいいかしら?」
あまりのあっけなさに驚きを隠せないのが半分、不安が半分といった様子で、レンヌは自分の延髄から伸びた二本の触角の片方を、同方向の手で示す。
「異世界から来た者でも、本当に構わないの?」
勤務許可が出た後で質問すること自体、意味の無いことだとレンヌ自身も分かっている。それでも行動したのはなぜかというと、面接中、総元締めが彼女の触覚をしきりに見つめていたからだ。
「種族国籍年齢性別学歴不問…そうチラシに書いてあったでしょ? 猫の手も借りたいくらい忙しくなるのよ。本当にただの猫が来ても、巫女として働いてもらう…いえ、雇ったからには、巫女にするわよ♪」
満面の笑みで、堂々と話をそらされた気もするが。どちらかといえば奥手なレンヌには、それ以上聞き返すことはできないのだった。

●全ては手の上予想内
神社の事務所には、同じ巫女服を着込んだ者達ばかりが密集していた。衣擦れの音だけでも、場を支配するに充分な音量だ。
今年は去年とは大分様子が違う。人間的な範囲に納まる少しばかり変わった巫女だけでなく、人間外的な特徴を持った巫女も多く居るのだ。
これは、去年の正月の様子が噂となり、人間外の者達の間にも広まったからであろう。とにかく、一番小さく縮んでも、人間の軽く六倍の大きさがあるリリィはその変り種巫女の筆頭なのであった。
事務所の天井は大分高く作られてはいるが、立ったまま入れるわけでは無い。仕方なくリリィは膝を前に抱えるように座った状態で待機している。
本人は騒がれるのにも慣れて居るのか落ち着いているのだが、彼女の周辺の巫女達は妙に落ち着きの無い巫女達ばかりだったようで、その話し声も重なり、随分な騒音が場を支配していた。

「はい、それじゃぁバイト巫女さん達はいったん注目、ちゅうも〜く!」
その中を、ひときわ大きな声で叫ぶ巫女が居る。言わずと知れた総元締めだ。拡声器も使わずにその音量、手馴れたものである。
「これから、簡単に仕事の説明をさせてもらうわ、聞き漏らさないようにしてくださいねぇ?」
パンと手を叩きつつ視線を集めると、彼女は意味ありげにバイト巫女達の仲をぐるりと見回し、一人の巫女を手招きした。
(…こ、これは…呼ばれている…!)
松本の背中に戦慄が走った。総元締めがぐるりと見回した際、一度だけその頭が止まった時があった…勿論自分を見つけた時に。そして今は真っ直ぐに此方を見つめ、にこやかな顔で手招きしている。
「はい」
頭で拒否するよりも先に、本能が裏声で返事をしてしまう。そして可憐にしずしずと、松本は総元締めの横に…つまり、大勢の巫女の視線を集める場所へと足を進めたのだった。

総元締めが呼んだ巫女を見た瞬間、また事務所内はひそひそ声の津波に支配されることとなった。
髪も解きストレートロングヘアとなったレンヌは、その髪が触覚をカモフラージュしているためか、巫女達の中に溶け込んでいた。隣の巫女が囁いてきた言葉につられ、レンヌもその巫女の姿をまじまじと見つめる。
うっすらと神秘的な雰囲気の漂う化粧は、頬の白粉と唇の紅。皆と同じはずの巫女服も、その巫女の立ち姿や所作の美しさと重なり、別の服のように見えてくる。そしてそのほっそりとした体に良く似合っている。
惜しむべきは髪型だろうか、よく梳られているため今はわかりにくいが、男性のように短い髪が、少しだけ浮いている。
(涙…? 泣いてるのかしら)
涙で少し化粧が流れている。そこでレンヌは、先ほどから感じていた違和感の正体に気づいた。
あの巫女は「彼女」じゃない、「彼」なのだ!
だが、それを言葉にして発してしまうのは躊躇われた。その巫女の完璧さという名の雰囲気が、その事実に突っ込むことを良しとしなかった。
…はずなのだが。
「性別不問って、こういうことだったんですね♪」
答えを見つけた嬉しそうな声でリリィがそう言った事により、全てが崩れた。何せ彼女は大柄で、彼女なりの潜めた声でも、周りに充分に聞こえる大きさになってしまう。
(巨人のお嬢さんにまで…あぁ、目から出る汗の勢いが強くなって…)
去年も働いていた経験者として、総元締めに言われるままに説明の補助をしていた松本は、ソレこそ誰が見ても分かるほどの涙を流し続けていたという。

●適材適所
去年の経験を生かしたのか、今年は面接の段階で各人の適正も判断していたようである。
説明の後、それぞれの担当を発表されたバイト巫女さん達は、言われた場所に向かう者どうしが固まり軽く挨拶合わせをしてから、神社のそこかしこに散っていく。

松本は、中でも一番辛い配置になっていたように見受けられた。
作業説明の補助に使われたこと、担当場所発表のリストを読み上げさせられた上に、そのリストに松本自身の名前が載っていなかったこと…そこから予想されることは、一つ。
総元締めのお付き、である。

リリィはその体格を生かして広告塔に。授与品受け渡し所本部の近くに立つことになった。
彼女自身が申し出た人寄せ効果は、神社のどの位置でも良い。しかし、彼女が面接で別に申告していた伸縮自在な能力で、授与品のサイズ変更ができるとか。そこに目をつけた総元締めは、授与品受け渡し所の宣伝効果を最優先にしたのである。

レンヌはその怪力と商売における采配を見込まれ、倉庫と授与品受け渡し所の往復をする事となった。つまりは不足品の補充と、それらの整頓である。
並みの男性よりも多くの荷を運べる怪力と、女性ならではの細やかな気配りを併せ持つ彼女にはぴったりといえるだろう。

(これだけ人が多いと…確かにすぐになくなるわけね)
本来の敷地も相当なものなのだが、この時期は集まる参拝客の数が群を抜く。
他シーズンでは2箇所ほどしかない授与日受け渡し所も、本殿の近くの本部以外に、各所に小規模に展開されていて、とにかく数が多い。
その何箇所もある受け渡し所それぞれの在庫を確認しつつ、足りなければ倉庫に取りに向かう。一つ一つの種類を確認しながらでは追いつかないため、レンヌは総元締めに頼んでバインダーと授与品リスト、筆記用語を借り受け、それに控えを取りながら作業に取り組んでいた。
言われてすぐにそれらの品を差し出した総元締めは、レンヌがそう申し出ることを予測していたとでも言うのだろうか?
(微笑んでいたわね)
面接の時といい、先ほどの事といい、読めない人だ。それなのに向こうはこちらの先を読んでくる。
「確かに、あの人なら誰でも巫女にしちゃうんでしょうね、それだけ自身があるのも凄いわ」
人事担当になったときの参考に、その自身と能力を身につけるための質問もしておこうかしら?
そんなことを考えながらも仕事の手は休まらないレンヌも、端から見れば「凄い」のだが、本人は気づいていないのかもしれない。

●巫女達の願い
参拝客も落ち着いたところで、アルバイトの雇用時間も終わる。
「あとは本業の巫女達で何とかなるからね、今日はお疲れ様♪」
総元締めはぽんぽんと、各人の名の書かれた封筒を配っていく。
「絵馬は中に同封されているから、奉納するなら各自でよろしくねぇ。願いを書いて、恵方や神棚に飾るだけでも十分だから、そこはそれぞれで判断してね」

「お給金の通貨だけど、戻った先のしかるべき場所で申し出れば、交換してくれると思うわぁ」
「わかりました、何から何までありがとうございます」
「こちらこそ、慣れた人にしか回せないような仕事をやってもらったしねぇ、助かったわ♪」
にこりと笑ってそう言われれば、悪い気はしない。
「そうだわ…人事采配って、どうやって判断するのかしら、参考にしたいので教えてもらえるかしら?」
「仕事をとても大事にする貴女に、あたしが教える事はないわよ、貴女なら教わらなくても、ちゃんと自分で答えを見つけると思うわ♪」
総元締めが示したのは、レンヌの奉納した絵馬。
『「トーブ家ファクトリー・ソーン支店」の経営が上手くいきますように』
「ほら、これだけ大事にしてるじゃないのぉ」

●新たな風
バイト巫女達が帰った後の事務所にて。
「今年も、いい噂の種ができたわねぇ♪」
そう零した総元締めがいたとか、いないとか。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【w3a176maoh / 松本・太一 / 男 / 40歳 / 直感の白】
【mr0266 / リリィ・セレガーラ / 女 / 17歳 / 禁書実践学専攻】
【3502 / レンヌ・トーブ / 女 / 15歳 / トーブ家ファクトリー主任代行】