<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


骨まで凍る雪女


 エスメラルダは保管していた林檎を見て、首を傾げた。
 白く凍っている。
 たしかに、最近は寒くなってきたが、物が凍るほど寒いと感じた覚えはない。
 そのことを常連の戦士に話すと、彼は笑いながら言った。
「それは雪女ってやつの仕業さ。最近ソーンに来たらしいぜ。妖怪ってやつか?」
 ニヤニヤ笑いながら、ビールを飲み干し、ドンと置いた。
「妖怪にようかい? ってな! ガハハハ!!」
「……。まあ、人が凍ってないだけマシなんだけれど……雪女ねえ」
 翌日。
 ベルファ通りの真ん中で足を凍らされた兵士が発見された。


□■■


 エスメラルダが駆けつけたときには、すでにベルファ通りの真ん中に人だかりができていた。
 そこに集まった人々のほとんどはまだ真冬に着るようなコートや手袋をしていなかったし、雪は数日前に初雪が振り、すぐに溶けてしまっただけだったが、注目の的になっている兵士は極寒の山から命がけで下山してきた登山者のように全身をガタガタ震わせ、左足が凍り付いていた。
 集まった人々は口々にわめき、銀髪の少女を指差していた。
「こいつが、雪女だ」
「なんてことするの!」
「また厄介な奴が増えた。もういいかげんにしてくれ」
 銀髪の少女は首を横に振りながら、白い肌を青くさせていた。
 その間に、エスメラルダは割って入った。
「昼間から喧嘩かしら? 否定はしないけど、寄ってたかって女の子をいじめるのは、人がすることではないと思うけど?」
 そう言い放ってエスメラルダは人々を睨み付けた。
「なぜイライラしているかわからないけど、この子の意見は聞いたの? こんな様子じゃ何も聞いてなさそうじゃない。誰? 最初にこの子を犯人って言ったのは」
 エスメラルダの問いかけに、人々は顔を見合わせた。
 そして、一人が恐る恐る言うと、それに続くように他の人たちも言い始めた。
 彼らが言うには、最初に発見したのが彼女だったそうだ。
 そして、現在に至る。
 きっと彼女は、後から発見した人に犯人呼ばわりされて物も言えず、動けずにいたのであろう。
 彼女は呆然とエスメラルダを見詰めていたが、はっと我に返り、なにやらカードのようなものを取り出して、兵士に近づいた。
 ざわつく野次馬をエスメラルダは制止し、彼女を見守った。
 彼女はカードのようなものに話しかけると発動させた。
 発動したカードからは煙のような炎が立ち上がり、兵士の凍った足と体を優しく毛布のように包み込んだ。
 ほのかな温かさに気づいた兵士はうっすら目を開き、見上げた。


 診療所に運び込まれた兵士は、すぐに医師に診察されたが、重度の疲労と軽い火傷だけで、凍傷などなく、まるで足が凍っていた事など嘘のようだった。
 説明しても、医師は幻覚症状を疑うだけで、相手にされなかった。
 兵士は念のためベッドに寝かされたが、意識はしっかりしたものだった。
 彼女が傍に寄り添い、不思議なカードから小さなイルカやペンギンを出して宙を泳がせていたり、玉乗りをするゾウや火の輪をくぐるトラなどを出したりして兵士を喜ばせていた。
 兵士の笑い声が外まで響いていた。
「元気そうじゃない」
 いったん店に戻っていたエスメラルダが二人に話しかけると、兵士は笑顔でエスメラルダを迎え、少女は緊張したように表情を強張らせた。
 少女の隣に椅子を持ってきて座ったエスメラルダは緊張の氷をゆっくり溶かすように少女に話しかけ始めた。
「私の名前はエスメラルダ。あなたの名前は?」
「……鏡・亜理守です。あの、私は……」
 亜理守と名乗った少女は俯いていた。
 いつの間にか、宙を舞っていた動物たちは亜理守のところに集まって、心配そうに見ていた。
「君を犯人だと思ってないよ、亜理守さん」
 そう言ったのは兵士だった。
「僕はラダ。亜理守さんは僕を助けてくれたじゃないか。感謝しているんだよ、ありがとう」
 兵士、ラダは微笑み、眠たそうにあくびをした。
「これは失礼」
「あ、いえ……。ありがとうございます」
 亜理守は顔を上げた。
 その姿を見て、宙を舞う動物たちは喜びの舞を踊った。
「体力が回復し次第、教えていただきたいことがあります。私は雪女の噂を耳にして、本当か嘘か見極めようと手がかりを探っていました。もしよろしければ、状況などを教えていただけませんでしょうか、すぐでなくてもいいんです。お願いします」
 ラダは嬉しそうに頷いてから亜理守の手を握った。
「では、二人で探しませんか。雪女を」
 こうして二人は協力して雪女を捜すことになった。
 今日のところはゆっくりラダを寝かせる事にして、簡単な自己紹介だけで解散した。


 解散した夜、エスメラルダは黒山羊亭の裏口に不自然な物影を発見した。
 隠れて様子をうかがったが、不自然な物影は店の周りを三週して、どこかへ行ってしまった。
 暗闇の中、エスメラルダの頭上を白くて冷たいものが、ふわりと落ちた。
「雪……?」
 振り返ると、そこは黒山羊亭。
 歪に光る、巨大な氷の塊となった黒山羊亭だった。


■□■


 翌日の早朝。
 黒山羊亭での事件を耳にした亜理守は急いでラダがいる病室に駆け込んだ。
 そして、目に飛び込んできた状況に驚いた。
 ラダが元の兵士の服を着込み、剣をさしているところだったのだ。
「まだ寝ていないとダメですよ!」
 亜理守が言うと、ラダは真剣な表情で言った。
「いえ、僕はエルザードを守る兵士です。休むわけにはいきません」
 ラダは立ち上がり、にこやかに微笑んだ。
 それから亜理守がどれだけ説得しても、表情を崩さず聞き流されるだけだった。
 亜理守は折れるしかなかった。
 念のために、病室にあった手鏡を持っていくことにした。
「……それでは行きましょうか」
 診療所の者に見つからないように窓から出て、亜理守とラダは移動しながら雪女事件についてわかっていることをまとめた。

・背の高い女性だった
・目的は不明。ラダの場合は話しかけられたが、聞こえづらくて聞き直したら攻撃してきて避けたら足が凍っていた
・雪女の噂の出場所は黒山羊亭らしいが、誰が言い出したのかは不明

 診療所を抜け出したのはいいのだが、ラダは左足を引きずっていた。
 亜理守は、「休みましょう」とか「無理をしないでください」とか言いたかったが、ラダは正面を向いたまま、汗をかいていた。
 やがてベルファ通り、黒山羊亭近くには野次馬が集まり、エスメラルダを囲っていた。
 遠目でエスメラルダを見ると、なにやら冒険者のような人々と話している。
 その集団を見下ろすように、そびえ立つ黒山羊亭は太陽の光を反射して輝いていた。
 その造形物は芸術品として見れば、大変評価の高いものだろう。
 現にその美しさに魅入られて足を止めた者がいた。
 だが、黒山羊亭に入店する事はできない。
 すべての扉や窓が凍ってしまい、中に入ることができなくなっていたからだ。
 窓が曇ってしまい、中を覗くことはできない。
「うーむ、予想以上にひどいですねぇ。何か策はありますか?」
 ラダが尋ねると、亜理守は手鏡を持ってラダに答えた。
「店内に鏡があれば大丈夫です。任せてください」
 その言葉でラダは納得したように頷いた。
 ラダは亜理守がスペルカードを使う姿を見ている。
 だから今更疑ったり、不思議に思ったりしないのだろう。
 亜理守は手鏡に問うた。

 中に人はいるのか。
 雪女の仕業なのか。
 どんな姿をしているのか。
 どのようにして氷付けにしたのか……。

 手鏡は答えた。
 ただし、その声はとても小さかった。
『中に人が一人います……雪女の仕業に間違いありません――…………その場から逃げてください……!』
 バリンッと音を立てて、鏡は真っ二つに割れた。
 そしてその割れ目から蜘蛛の巣のように凍結していって砕けた。
 砕けた鏡は、まるで雪のように輝いていた。
 手鏡の持ち手だけが亜理守の手にあった。
「…理……あ……亜理守さん? どうかされましたか?」
 亜理守は持ち手を強く持った。
 落ち着かなければならない。
 落ち着かなければならない……。
 亜理守は答えずに、野次馬の中に飛び込んだ。
 後ろでラダの声が聞こえたが、振り返らずに走った。
 人にまみれるが、一刻の早くエスメラルダに聞きたい事があった。
 雪女の噂の出所は黒山羊亭だと聞いている。
 亜理守は嫌な予感がしていた。

 誰が、ラダが雪女にやられたと肯定した?
 なぜ凍傷にならなかった?
 なぜ火傷をした?

 足を凍らせる事ができる。
 声は変える事ができる。
 身分も服装を変えれば偽る事ができる。

 誰が、ラダを男だと肯定した?
 誰が、ラダを人間だと肯定した?


■■□


 亜理守はやっとのことでエスメラルダの近くに来られたとき、声を上げた。
 その声が聞こえたのか、エスメラルダは振り返り、表情を変えて、人を掻き分けながら亜理守と合流した。
 エスメラルダは安堵した様子で亜理守の手を握り締めた。
「よかった、本当によかった……診療所からいなくなったって聞いたとき心配したんだからね」
 亜理守は申し訳なくなって俯いた。
「もう大丈夫よ」
 エスメラルダは手を握ったまま、姿勢を低くして、亜理守の耳元に顔を近づけた。
 目線はまっすぐ亜理守の遠く後ろを見詰めていた。
「もう気づいているかもしれないけど、黒山羊亭内には閉じ込められた人が一人いるわ。その人は兵士でね、名前は……」
 亜理守はエスメラルダの先に誰がいるのか振り返らなくてもわかった。
「ラダっていうの」
 亜理守はスペルカードを掴み、素早く炎の盾を作って攻撃を封じた。
 炎の盾に溶かされた氷柱は水蒸気をあげていた。
 野次馬がどっと道をあけた。
 エスメラルダと亜理守。
 その先にいるのはラダ。
「いいえ、雪女」
 ラダに化けていた雪女はにこやかに笑っていたが、やがてその影は不気味になっていった。
「目的はなんですか」
「目的? あはは、目的ねぇ? あなたを困らせたかったからよ、エスメラルダ。いい気味、ざまぁーみろ! それで営業なんてできない! あはは!」
 雪女は笑い狂っていた。
「何がおかしいんですか」
 亜理守が強く言うと、雪女は笑うのをやめ、睨むように亜理守を見た。
「黒山羊亭はエスメラルダさんにとっても、お客様にとっても大切なお店です。そんなお店を……そんな理由で困らせるなんて許されません」
 亜理守は持っている、すべての炎のスペルカードを取り出して、力を込めた。
「あ、イヤッ! なにしているの?!!」
 雪女が血相を変えて走ってきた。
 だが、遅かった。
 超常魔導師に雪女は勝てなかった。
 スペルカードから発動された業火は黒山羊亭を取り囲み、氷を一瞬にして溶かしつくして消えた。
 雪女は氷が溶けきるのを見て、力なく座り込んだ。
 エスメラルダは指示をして、雪女は冒険者たちによって捕まえられた。
 冬にしては暑い午後だった。


 後日、黒山羊亭には新しい店員が増えた。
 名はユキノ。
 彼女は亜理守と男が店内に入ってくるのを見ると、一目散に駆け寄り接客した。
 その楽しそうな姿を見て、エスメラルダはため息をついた。
 彼女はあの、雪女だ。
 ユキノはあれから本当の目的を話した。
「黒山羊亭から出た噂話のせいで、雪女だとバレたら奇異な目で見られて、見世物のように物を凍らせる技を見せろと要求された。それがたまらなく嫌だった」と――。
 元々、ユキノの能力はそれほど高くはなく、黒山羊亭を凍らせるときは何度も悩み、実行したのはいいが、それからは鏡を壊すのと氷柱で力尽きてしまった。
「エスメラルダさーん、ちょっとこっちに来てくださーい!」
 左足に包帯を巻いたユキノが笑顔で手招きしていた。
 その席には亜理守と男。
 その男の名はラダ。
 彼は酒に酔って深く眠っていたところをユキノに見つかり、利用されたのだった。
 理由を知った彼はユキノを責めず、許した。
「でも、あのときの炎は凄かったですよ。厚い氷がみるみるうちに溶けていったのですから。凄い能力を持っているのですね」
 そう言われた亜理守は頬を赤く染めて答えた。
「なぜ、あの時あんなに強力な炎を出すことができたのかわかりません。私は皆様のおかげだと思っています。私一人の力ではなく、皆様の力が氷を溶かすことができたのです」
「ありがとう!」
 亜理守にユキノは抱きついた。
 苦しそうにする亜理守を見て、エスメラルダは止めようとしたが、ユキノは笑いながら泣いていた。
 涙は雪のように光り輝いていた。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3585/鏡・亜理守/女性/15歳/超常魔導師】

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         ライター通信          
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 お久しぶりです、田村鈴楼です。
 いかがでしたでしょうか?
 今回は書いていてヒヤヒヤしてきました。
 納期的な意味も含めながら、どう伏線を含みながら展開していこうかと……炎のスペルカードを使い切ってしまいすいません。
 参加人数がお一人様でしたので、亜理守さんにはとことん話していただきましたが、イメージと違っていないか不安です。

 それでは、ご参加ありがとう御座いました!