<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


喫茶店『ティクルア』 〜 白猫と紅茶 〜



 身体が引き締まるような冷たい風が、裸の木を揺らす。空を見上げれば厚い雲が太陽の光りを遮っており、今にも雨が降り出しそうだった。
 もし雨が降ったならば、雪になるかもしれない。
 真っ白な雪がハラハラと舞い落ち、元気のない草原に、人が踏み均した事によって出来た土の道に、純白の絨毯を敷く。見渡す限りの銀世界を瞼の裏に思い描きながら、山本・建一は肩を縮めると足を速めた。
 ココからもう少し先、今は地平の向こうに隠れてしまっている所まで歩けば、温かく優しい雰囲気の喫茶店の前に着く。まるで御伽噺の中から抜け出してきたかのような可愛らしい丸太小屋のお店を思い、その中で働いている金色の髪の少女と銀色の髪の少年、そしてピンク色の可愛らしい女の子の事を思う。
 鈴の音を鳴らしながら扉を開ければ、きっとあの女の子が無垢な笑顔でお出迎えしてくれ、ウェイターの少年が微笑みながら席へと案内してくれるだろう。そして、厨房では美しい店長が ―――――
 数分先に起こるであろう和やかな時間を想像していた時、不意に頭上で衣擦れの音がした。
「あぁっ‥‥‥ゆっくり、ゆっくりで良いですからね。そっとそっと‥‥‥」
 子猫の鳴き声の合間に聞こえた穏やかな声は聞いた事のあるもので、建一は顔を上げた。
 曇天の空の下、細い枝にしがみ付きながら手を伸ばす金色の髪の美少女。その手には、真っ白な子猫が抱えられている。
「良かった‥‥‥ダメじゃないですか、こんな高いところに登っては」
 メッと、眉根を寄せて叱るリタ・ツヴァイだったが、マシュマロのような子猫はそんなお叱りもどこ吹く風、プルプルと震えながら腕に頬をこすり付けて甘えている。
「リタさん?」
 声をかけてみれば、リタが右に左に視線を振り、少し考えた後で下を向くと微笑んだ。
「建一さん、お久しぶりですね。どうしたんですか?」
「どうしたんですかはこっちのセリフですよ」
「この子、裏に住んでいるご夫婦の飼っている猫ちゃんなんですけど、留守の間のお世話を頼まれたんです」
 とは言えティクルアは喫茶店、忙しいお店の中を小さな猫がウロウロしていては危険だ。
「2階のお部屋に一人ぼっちにさせていたのがダメだったんでしょうね。一人旅をしてしまったようで‥‥‥」
 うっかり閉め忘れていた窓から外に出ると、帰ってこないご主人達が見えるとでも思ったのか、子猫は高い木に登った。リタたちが可愛らしい預かりものの家出に気づいたのは、朝食を食べに来たお客さんが一段落した頃、様子を見に行ったリンクが第一発見者だ。
「リンクとシャリアーと別れて捜していたら、木の上から鳴き声がしたんです」
 登ったは良いが、下りられなくなってしまった子猫は、吹きつける冬の風に震えながら助けを叫んだ。か細い声は風に流されながらもリタの耳に届き、およそ木登りなど出来なさそうな店長は、それでも果敢に登ると震える子猫に救いの手を差し伸べた。
「そうですか‥‥‥それは大変でしたね」
 建一は首が痛くなるほど上を見上げながら、リタの木の上からの話を聞いていた。
 丸まった子猫は大冒険を終えてすっかり疲れ切ってしまったのか、リタの腕の中で丸くなっている。
「それで‥‥‥リタさん‥‥‥」
「はい、なんでしょう?」
 にっこりと微笑んだリタは、片手で子猫を抱き、もう片方の手で自分の乗っている木の枝を必死に掴んでいる。
 投げ出された足が強い風に微かに揺れ、足首まであるスカートが大きくはためく。
「そこから下りられます?」
 建一のセリフは、暫くの間流された。
 リタは相変わらず魅力的な微笑を浮かべて木の上に座っており、もしも木が裸ではなく花が咲き、葉が生い茂っていたならば、木の妖精だと言われても納得してしまいそうだった。
 その微笑が崩れたのは、建一が再度同じセリフをかけようと口を開いた時だった。今にも泣き出しそうにクシャリと歪められた顔は、それでもまだ美しさを損なってはいなかった。
「どうしましょう、建一さん‥‥‥」
 世にも情けない声で助けを求めるリタに、建一は「あぁ、やっぱり」と小さく呟くと苦笑した。
 どうも先ほどから下りる気配がないとは思っていたのだが、思ったとおり、下りられなくなってしまっていたのだ。
「とりあえず、猫をこちらへ」
 片手が塞がっていては、彼女でなくとも下りるのに一苦労するだろう。
 建一が手を伸ばし、リタが恐る恐る猫を下ろす。賢い子猫は暴れることなく建一の手の上に乗ると、木の上の人となってしまった恩人を見上げてミャゥと小さく鳴き、ソワソワと落ち着かない様子で左右を確認している。
 細身のリタの体型から考えて、受け止められないこともないだろうが、猫を抱いていては無理だ。いったんティクルアまで行って子猫を置いてから来ても良いが、その間に突風でも吹いて落ちてしまったら大変だ。3m弱くらいの高さから落ちたくらいでは、よほど変な落ち方をしない限り死にはしないだろうが、確実に骨折はするだろう。上手く下りられれば足が痺れるくらいですむだろうが、果たしてリタにそれほどの運動神経が備わっているかどうかは未知数だ。
 子猫を下ろしても良いが、そうすると視界から消える分、怖い。
 誤って蹴っ飛ばしては大変だし、万が一踏ん付けでもしたら一大事だ。それに、再び純白の子猫が放浪の旅に出ないとも限らない。旅に出てしまったならば、何のためにリタがここまでしたのかと言う話になる。
 どうしようかと考え込む建一の視界の端に、道の向こうからゆっくりと歩いてくる戦士風の青年の姿が映った。腰には1mはあろうかという巨大な剣、年季の入った銀色の甲冑はカチャカチャと音を立てている。
 濃いヒゲを生やした男性は、木の上で情けない顔をして座り込む少女と猫を持った少年に面食らうと、足を止めた。
「あの、すみません。少しの間子猫を抱いていていただけないでしょうか」
「それは構わないが‥‥‥。もしかして、下りられなくなったのか?」
 苦笑しながら子猫を抱いた男性に頷き、建一はリタに手を差し伸べた。
「受け止めますので、どうぞ」
「どうぞと言われましても‥‥‥」
 落ちるのが怖いのだろうか? 一瞬そう考えた建一だったが、すぐにリタの困惑したような、心配そうな顔を見て、彼女が下りたがらない理由に気が付くと頭を掻いた。
「リタさんくらいでしたら、楽に受け止められます。安心してください」
「でも、建一さんにお怪我をさせるわけには‥‥‥」
「大丈夫ですから」
 大船に乗った気で下りてくださいと言って手を広げる。リタが意を決してソロソロと下りようと足を動かした時、ズルリと手が滑った。建一の胸に真っ直ぐ落ちてきたリタをガッチリと受け止める。
「ほらね、大丈夫でした」
「‥‥‥ビックリしました‥‥‥」
 エメラルドグリーンの瞳を見開いたリタが心臓に手を当てる。血の気の引いた顔色に心配しながらも、建一は男性に預けっぱなしだった白猫を受け取った。
「ありがとうございました」
「いや、それは良いんだが‥‥‥見てるコッチも驚いたぜ」
 豪快な笑い声を上げながら、それでも心配そうにリタを見つめる男性。建一の腕の中で、子猫も恩人を心配そうに見つめ、ミャゥと可愛らしい声で一声鳴いた。



* * *



 明かりの消えたティクルアまで帰ってくると、リタは窓が閉まっている事を確認してから子猫を部屋に入れた。まだリンクとシャリアーは帰ってきていないらしく、どこまで行ってしまったのでしょうかと首を傾げつつ、リタは店内にひっそりと置かれている暖炉に火をつけた。
「そう言えば建一さん、何かご予定があったのではありませんか?」
 一緒にティクルアまで来てしまった建一にハタと気づいたリタが顔を上げる。長い金色の髪が暖炉に入りそうで、建一は慌てて髪を救い上げた。
「危ないですよ」
「あっ、すみません‥‥‥」
「今日は、こちらにお邪魔しようと思って来たんです」
「何かお食べになりますか?」
 お客様として現れたのだと勘違いしたリタが、いそいそとエプロンをつけるとポケットの中に入っていた白いリボンで髪を結ぶ。
「いえ、お客として来たのではなく‥‥‥仕事先で美味しい紅茶を手に入れましたので、皆さんでどうかなと思いまして来たんです」
「紅茶、ですか?」
 建一と同じく、紅茶好きのリタが目を輝かせる。
 腰につけていた物入れの中から紅茶の葉が詰まった袋を取り出し、リタに差し出す。ピンク色のリボンがかけられた袋の中、葉の色や形を凝視していたリタが、驚いたように顔を上げると口を開いた。
「ダージリンですよね?」
「えぇ、そうです」
「しかも、シルバー・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコー、最上級茶葉じゃないですか!それに、マスカテルフレーバーまで‥‥‥」
「はい。ファーストフラッシュですので、好き嫌いが分かれるかも知れませんが‥‥」
「こんな高級な物を、本当にお淹れしても宜しいんですか?」
「紅茶は飲み物ですから」
 淹れなくては味わえない。
 以前会った時は随分とシッカリした店長さんだと思ったが、子猫を追って木に登って下りられなくなったことと良い、意外と天然さんなのかも知れない。
「それと、お菓子やサンドイッチを作りたいなと思いまして‥‥‥」
「あっ‥‥‥そう言えば、もうすぐでお昼になりますね」
「えぇ、ぜひ昼食をご一緒できればと。厨房をお借りしても宜しいですか?」
「そんな‥‥‥私がお作りしますので、建一さんはどうぞお席についてお待ち下さい。直ぐに紅茶をお淹れしますので」
「僕が押しかけてきたようなものですし、僕に作らせてください」
「でも‥‥‥」
「それなら、一緒に作りませんか?僕も料理は出来る方ですが、リタさんにご教授いただければと思います」
「ご教授だなんてそんな‥‥‥」
 顔を赤くしたリタが、照れたように微笑むと胸元に手を当てた。
「私はまだまだ半人前ですから‥‥‥。建一さんこそ、ご教授くださいね」
 大き目のエプロン ――― おそらくリンクのものだろう ――― を引っ張り出してきて建一に手渡したリタが、材料を取りに厨房の奥にある扉を押し開け、階段を下りていく。石造りの階段はヒヤリとしており、建一はドアが閉まらないようにしておくと、リタの後を追った。
 天井に取り付けられた裸電球の弱い光に照らされて、貯蔵庫の中がボンヤリと見て取れる。所狭しと並べられた段ボール箱の間を縫うようにして、リタがいそいそと材料を取り出していく。
「レタスにトマトに、ハムにチーズに‥‥‥お菓子は何を作りましょうか?」
「クッキーなんて、どうでしょうか?」
「素敵ですね」
 カゴいっぱいに乗せられた材料を持ち、建一は広い貯蔵庫内を見渡した。
「ワインなんかもあるんですね」
「えぇ。結構古いのもあるんですよ。‥‥と言っても、私はワインのことはよく知らないんです。お恥ずかしい話ですが、お酒関係は全てリンクに任せきりなんです」
 それだけでなく、貯蔵庫の管理もリンクに任せてあるのだと言う。
 言われて見れば、先ほどからリタは、箱の側面に書かれた品物名を確認しては蓋を開け、中の物を取り出している。何処に何があるのかを把握していないようだった。
「もっとシッカリしなければと思うのですが、いざお店を開けてみれば、調理で手一杯になってしまうんです」
「リタさんは十分シッカリしていますよ」
 少々天然なところもあるけれど ――― とは、言わないで置く。
 必要そうな材料を抱えて厨房に戻り、まずはクッキー作りから始めようと、バターをほぐし、砂糖を加える。
 リタが卵を割って卵黄を加え、建一が小麦粉をふるうと練り合わせる。
 器具が立てる小さな音しかしない店内では、階上の子猫の爪音がやけに大きく聞こえる。
 生地をラップでくるみ、冷蔵庫に入れ、寝かしている間にサンドイッチ作りに取り掛かる。
「もう少ししたらリンクとシャリアーが帰ってくると思いますよ」
 食パンにバターを塗りながら呟き、悪戯っぽい瞳で建一を見上げる。
 レタスを洗い、トマトを切っていた建一は、リタの確信に満ちた表情を見て首を傾げた。
 外は時折吹く強い風の音以外は無音に近く、音から何かを感じ取った様子はない。時計を見上げれば、既にお昼と言うよりはおやつに近い時間になっていた。
 リタが冷蔵庫の中からカラシマヨネーズの入った小皿を取り出し、食パンに塗っていく。シャリアーの為にカラシの入っていないマヨネーズを別に塗っていた時、カランと鈴の音を響かせて扉が開いた。
 吹き込んできた冷たい風と、元気の良い声に顔を上げる。
「ただいまー‥‥って、建一さん?」
「あっ!建一ちゃんなのーっ!ただいまなのっ!」
「お帰りなさい、リンクにシャリアー」
「お邪魔してます」
 淡いピンク色のリボンを靡かせながら、シャリアーがトテトテと走ってくる。今にも転びそうな危なっかしい足元にヒヤヒヤしつつも、シャリアーは何とか無事に建一の元までたどり着き、腰に抱きついた。
 建一の腰よりもやや低いシャリアーは、ギュゥゥっと思い切り腕に力を入れて抱きついて来た。普通の人がやったならば確実に痛いだろうが、小さく華奢な彼女程度の力では痛みは感じられない。
「リタ、猫は見つかったの?」
「はい。木に登っていたところを発見して、その後に建一さんが‥‥‥」
 話し込むリタとリンクに声をかける事が躊躇われて、建一は腰にシャリアーを引っ付けながら作業をしていた。いつまでも離れないシャリアーを無理に引き剥がす事も出来ず、かと言って作りかけのサンドイッチをそのままにしておく事も出来ない。
 レタスとトマトをパンに挟みながら、何か声をかけなくてはと思っていた時、パッとシャリアーが顔を上げると、思わず抱き上げたくなるほどに愛らしい満面の笑顔を見せた。
「建一ちゃん、あったかいのー!」
「外は寒かったですか?」
 ――― 暖を取っていたんですね‥‥‥
 なかなか離れようとしなかったシャリアーの謎を解明し、建一は女性が見たならば一瞬にして恋に落ちてしまいそうなほどに優しく魅力的な微笑を向けた。‥‥‥ちなみにシャリアーも女性だが、無邪気な彼女はまだ愛や恋と言った類のことはよく理解しておらず、建一のことは“綺麗で優しいお兄ちゃん”として認識している。
「うん、寒かったのー!あのね、猫ちゃんがね、どっか行っちゃってね、シャリー、一生懸命捜したの。でもね、見つからないからね、お腹もすいたし戻ろうって、リンクがね‥‥‥」
 言いかけたシャリアーの顔が曇る。
「どうしましたか?」
「猫ちゃんもお腹すいてるよねぇ。寒いよねぇ‥‥‥?」
 大きな瞳が潤み、今にも外へと飛び出して行ってしまいそうな彼女に苦笑すると、建一は膝を折った。どうやらシャリアーには、リタとリンクの会話は聞こえていなかったようだ。
「猫さんなら、見つかりましたよ」
「本当?」
「えぇ。2階にいますので、会いに行って来てはどうです?」
 コクリと大きく頷いて駆け出していくシャリアーの後を、リンクが追う。パタパタと慌しい足音が聞こえなくなった後で、建一は立ち上がるとリタに向き直った。
「どうして帰ってくると分かったんです?」
「長年の勘です」
 悪戯っぽく微笑みながら呟いたリタは、冷蔵庫から取り出したクッキーの生地を麺棒で薄く伸ばすと、引き出しの中から色々な形の型を取り出した。
 子猫との対面を果たしたシャリアーとリンクが下りて来て、一緒になってクッキーの型を抜く。
 星型にハート型、クマ型に猫型 ―――――
「そう言えば、チョコペン買っておいたんだ。シャリアー、クッキーが焼きあがったらお絵かきする?」
「うんなのっ! 建一ちゃんも一緒にやろーねー?」
「えぇ、ぜひ」
 サンドイッチがお皿に盛り終わり、焼きたてのクッキーをカゴに入れ、お絵かき用のクッキーを別のお皿に乗せ、建一が持ってきた最高級ダージリンをカップに注ぐ。
 窓際の特等席にご馳走を並べていた時、あっ、とリンクが声を上げた。
「見てください、雪が降ってますよ‥‥‥」
「あぁ、やっぱり降ってきましたか」
「雪、真っ白で綺麗なのーっ!」
「あら本当に‥‥‥とても綺麗ですね‥‥‥」
 湯気の立つ紅茶を持って現れたリタが、穏やかな表情でそう囁くと、それぞれの前に小花があしらわれたカップをそっと置いた。



* * *



 口にマヨネーズをつけながらモシャモシャと食べるシャリアーに苦笑しながら、口元の汚れを拭き取る。建一ちゃんの隣に座るの!と主張する彼女が可愛らしくて、零したり口につけたりの世話が大変だからダメだと反対するリタとリンクを宥め、ぜひ隣に座ってくださいと申し出た建一だったが、やはり2人が反対するだけのコトがあった。
 サンドイッチを握る小さな手には必要以上の力がかけられており、今にも下側から具が落ちてしまいそうだ。シャリアーに一言断ってからサンドイッチを受け取り、具をキチンと入れなおすと手渡す。
 オチオチ自分の食事に集中していられないと言うマイナス部分もあるが、一生懸命食べる彼女を見ていると優しい気持ちになれた。
「やっぱり最高級茶葉なだけあって美味しいですね」
「有難う御座います」
 リンクの褒め言葉を素直に受け取ると、なにやらソワソワしているシャリアーに目を向けた。
 サンドイッチを食べ終わり、カゴの中からクッキーを取り出してはモクモクと食べるシャリアーの視線は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、フラフラと落ち着かない。何か考え事でもしているのだろうかと声をかけることを躊躇っていると、シャリアーが顔を上げ、首を傾げた。
「今日はもうお店、開けないのー?」
「えぇ。朝のうちにお休みしますと出しておいたから、お客様も来ないでしょうし‥‥‥」
「猫ちゃん、下に連れてきちゃダメ?」
「そうね‥‥‥厨房に行かせないように出来るなら、連れて来て良いわよ」
「猫ちゃんは頭良いもん!メって言ったら、きっと分かってくれるのー!」
 嬉しそうにピョンと椅子から飛び降りたシャリアーが、トテトテと階段を上がって行く。
「‥‥シャリアーに任せてたら、猫が危険だ‥‥‥」
 リンクがポツリと呟き、慌ててシャリアーの後を追う。
「そろそろクッキーも冷めた頃でしょうか‥‥。建一さん、シャリアーが下りて来たら、厨房に連れてきていただけます?」
「えぇ、良いですよ」
 宜しくお願いしますと言って厨房に去って行くリタ。階上からドタバタと賑やかな足音が聞こえ、直ぐに白猫を抱いたリンクとシャリアーが姿を現す。
「建一ちゃん、聞いて聞いてーっ!」
「何かあったんですか?」
 キャッキャとはしゃぎながら抱きついてきたシャリアーを受け止め、建一はチラリとリンクに視線を向けた。どこか機嫌の悪そうな、ムッツリとした顔で腕の中の白猫を睨んでいる彼は、普段の大人っぽい仮面を脱ぎ捨て、年相応に見えた。
「シャリーがね、抱っこすると、猫ちゃん大人しいの。でもね、リンクが抱っこすると‥‥‥」
 フーッ!と、猫が毛を逆立て、リンクの顔に飛び掛る。慌てて避けたリンクの後ろで猫が華麗に着地し、すぐに戦闘態勢に入る。
「どうしたの?」
 お店での騒ぎに気づいたリタが、目を丸くしながら顔を覗かせる。
「あのね、リタ、聞いて聞いて!」
 建一に抱きついていたシャリアーがリタへと駆け寄り、リンクが白猫を四苦八苦しながら捕まえると、建一の隣に腰を下ろした。
「コイツ、俺にだけ懐かないんですよ」
 一番世話をしているのは自分なのにと唇を尖らせるリンク。
 腕の中の子猫は居心地が悪いのか、隙あらば飛び出そうという気配を滲ませている。
「男の子には懐かないみたいなんですよ。旦那さんにもあまり懐いていないと仰ってましたし‥‥‥女の子が好きなのかしら?」
「猫ちゃん、男の子だから女の子の方が好きなんだよねー?」
 リタとシャリアーの綺麗なソプラノの声に苦笑した時、白猫がリンクの腕から飛び出し、建一の膝の上に乗ると丸くなった。
 戸惑いながらも柔らかな毛並みを撫ぜてやれば、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
「‥‥‥そう言えば、外でその子を抱いていた時も大人しかったですよね‥‥」
「建一ちゃん、女の子だったのー!?」
 シャリアーのとんでもない間違えに訂正を入れ、建一は首を傾げた。
「どうして僕に懐いてリンクさんに懐かないんでしょうか‥‥?」
「‥‥‥その猫、綺麗な人とか怖そうな人とかには、男でも懐くんですよ」
 え、そうなの?と、驚き顔のリタが、暫し考え込むとポンと手を打った。
「あぁ、だから昼間‥‥‥」
 あの男の人に抱かれても大人しかったのね ――― そう続くはずだった彼女の言葉は、シャリアーの甲高い笑い声にかき消された。
「やっぱり猫ちゃんは頭が良いのーっ!」
「‥‥‥要領が良いの間違いじゃない?」
 苦々しい顔で呟くリンクと、そんな彼の視線など気にも留めずに建一の膝の上で丸くなる猫。シャリアーが楽しそうに笑い、リタが穏やかに微笑む。いつ来ても同じ和やかな店内に、建一は表情を緩めた。
 まったりとした時間が流れるティクルアの店を包み込むかのように、白い雪がハラリ、ハラリと舞い落ちては世界を染め上げて行く。
 後数刻のうちに、世界は白銀のベールをかけられ、時が止まったかのように美しい世界に変るだろう。
 建一はそう思うと、最高級の紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ ―――――



END


 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)


  NPC / リタ・ツヴァイ
  NPC / シャリアー
  NPC / リンク・エルフィア

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 リタと料理&従業員とのお話メニューと言うことでしたが、如何でしたか?
 建一君は子猫が似合いそうだなぁと思い、白猫を登場させてみました。
 リンクが報われないかわいそうなポジションになっています。
 一番猫の事を思い、可愛がっているのはリンクでしょうに‥‥‥
 どんな紅茶にしようかなと色々と調べ、結果ダージリンを持ってきていただきました。
 美味しい紅茶を有難う御座いました!
 ほのぼのとした、優しいお話になっていればなと思います。
 この度はティクルアにご来店いただきまして、まことに有難う御座いました!