<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【楼蘭】椿・落全
「おや、これはとんだところを見られてしまったな」
降り積もった雪の上に寝転がった瞬・嵩晃の上に落ちる紅の椿。しかし、その下で雪を染めているのは椿の花弁ではない。
瞬は見下ろす異国の旅人に、色をなくしてすっかり白くなってしまった手をかざして苦笑した。
「どうやら油断していたようでね」
いつもなら跳ね返すのだけど、どうやら相手の想いもそうとうなもので。
「血がね、止まらないんだ」
かざした手に自然と生まれた切り傷から零れた赤い雫は、瞬の上で椿の花へと変化する。
流石に雪に染み込んでしまったものまでは変化させられないのだろう。どうりで言葉ほど周りが赤くないわけだ。
「そろそろ解呪したいと思うんだ。このままでは私は死んでしまうしね」
血が椿に変わるなどそんな相手の美的感覚に感心して、ついついなすがままになってしまった。
「道具を、取ってきて欲しいんだ」
お願いしてもいいかい? と、その場を送り出された。
山本建一が瞬の庵に着いたとき、中からはけたたましいほどの破壊音が響き渡っていた。
建一はわざと音を立てて戸口を開く。
どこか据わったような目つきで、一人の青年が振り返った。
年のころ20歳くらいだろうか。
「こんにちは」
見定めるように建一は青年に声をかける。
青年は手を止め、屈めていた腰を上げた。
「何か御用ですか?」
凍てつく氷のような眼は、激昂によって我を忘れているわけではなく、ただ静かなまでの憤怒。
「道具を取りに来ました」
瞬が解呪をするために必要だという道具を目線で探しながら建一は答える。
「この庵ではないのでしょう。ほかを当たってください」
彼はそれだけを一言告げて、他の壷にまた手をかける。
「瞬さんに送り出していただいたので、ここで間違いないと思いますが」
尋ねるように切り返せば、彼の冷たい眼差しがまた建一を見た。
「瞬憐に送り出された…?」
「はい」
青年はため息をつき、自分が知る瞬・嵩晃という仙人がどんな人物であるのかを。
とりあえず、青年の名は賢徳貴人と言うらしい。瞬と同じように人であったころの名を口にするのならば、“姜・楊朱”。
元々、人が仙人になるためには、身体の中に仙骨というものも持っていることが条件となる。しかし、姜は生粋の人と言う身でありながら、仙人になるための修行を受けることを許された、数少ない存在。
仙人は、仙骨があるだけでも高位につくことは難しい。それなのに、何の苦労も無く遊んでいるだけの彼―――
「貴方は、そんな彼を助けるのですか?」
少しくらい苦労を噛み締めてみてもいいと、そう思って。
「瞬さんは動けなくなっていましたので」
動けないのなら、いつか自分に矛を向ける存在だったとしても、君は助けるというのか?
「いいでしょう。貴方に分かるのならば、勝手に持っていきなさい」
ただ、それが今も残っているのなら。
姜の最後の一言は発せられることは無かったが、建一は素直に「ありがとうございます」と微笑み、庵に足を踏み入れる。だが、そんな微笑が彼の癪に障ったらしい。一瞬彼の柳眉が釣りあがったが、姜はそれ以上建一に関わってこようとはしてこなかった。
あまりにも興奮しているようだったら、呪歌によって沈静化させることも考えていたのだが、ただ壷を壊し続けているだけで、彼はそれ以上のことを何一つしていなかった。
建一は道具を探しながら、姜を盗み見る。
行動の過激さに、もしかしたら突発的にでも攻撃してくるのではないかと思っていたが、意外にも姜は建一には何もしてこなかった。
―――いや、正確には建一など眼中にもなかったと言ったほうが正しい。
姜は建一など気にするそぶりもなく庵内の道具を壊し続けている。どうすれば彼の気を逸らすことができるか。
「瞬さんが今どうなっているか知っていますか?」
今、瞬は、雪の上で微かな切り傷と、椿と、血にまみれて倒れている。
瞬は言っていた。“このままでは死んでしまう”と。
建一は此方に一瞥さえもくれない姜に説明する。
「こんな形で彼を始末しては、今までのあなたが苦労してきた修行やあなたを慕っている人達を裏切ることになりますよ」
ぴたりと壷が割れる音が止む。
「……始末」
やっと姜の手が止まったことに、建一は安堵の息を漏らした。
「貴方の言葉は軽い」
庵には誰も居らず、道具を取ってくるだけだったならそれなりの知識を持っている建一は役に立っただろう。
「それに、短絡的です」
姜はふっと息を吐き、力が抜けたように立ち尽くす。
「……無聊」
本気で始末するつもりだったら、こんな回りくどいことなどせず、確実に屠れるものを選ぶ。
姜は小さくそう呟いて、眼を細めて建一を見た。
そして、長く薄くため息をつく。
「道具を、瞬憐に持ってこいと言われたといいましたね?」
建一は頷く。
「何を持ってこいと頼まれましたか?」
姜の問いかけに、建一は瞬から頼まれた道具を全て伝える。
「全く、瞬憐という人は……」
彼はふっと息を吐き、どこか寂しく口の端にだけ笑みを浮かべたように見えた。だが、それも一瞬のことで、すぐさま厳しい顔つきに変わる。
「貴方が道具を持っていく必要はありません」
彼は建一が持ってきてほしいと言われたものとは別の道具を手にして庵から外へ出る。
「どちらへ?」
「貴方の役目はここで終わりです」
建一は驚いて、さっさと歩く姜についていった。
ざくっと雪が踏みしめられる音に、瞬は視線を音のほうへ向けた。
「……君は…」
瞬の眼は一瞬驚きの色を映し、ゆっくりと瞳を伏せる。
「何故、返さなかったのですか? 道具を取りに行くよう異国の旅人に頼むなどということをせず」
姜の問いかけに瞬は答えず、ただ肩をすくめてうっすらと微笑むのみ。
「貴方ならば媒介など無くとも全て跳ね返すことが出来たでしょうに」
「……意味が、分からない」
閉じたままの瞳で、瞬はただ微笑む。
このまま跳ね返せばその反動は全て姜に返る。それは、術が大きければ大きいほど激しくその身に振り返る。だが、媒介――例えば、人形などの移し身を使えば、解呪の反動を術者本人に返さなくて済む。
「だから、私は貴方が嫌いなんですよ……」
そう口にしながらも、姜はしょうがないとでも言うように微笑んでいる。
その後、瞬は何かに気がついたかのように姜から視線を外し、その向こうを見た。
「あぁ建一」
姜はふんっと息を吐いて、瞬の上に自分が持ってきた道具をかざし、印を組む。
その瞬間、瞬の肌に自然に生まれていた傷が消えうせる。
瞬は起き上がり、何時もの情けない笑いを浮かべる。
「さぁ、お茶にでもしようか」
過ぎてしまったことはもう振り返らない。
瞬は二人に向けて手を差し出した。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)
【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人
【NPC】
姜・楊朱(?・無性)
仙人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
椿・落全にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
まずやはり申し訳ないのですが、相手が攻撃してくると身構えている人に心を許すような人はいません。仮定の話をしておくことは確かに有効ですが、それが2種類も提示されている時点で友好な結果は望めません。
それではまた、建一様に出会えることを祈って……
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