<PCクエストノベル(1人)>


光と影の鎮魂歌

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【冒険者一覧】
【3619/トリ・アマグ/歌姫/吟遊詩人】

【助力探求者】
【カレン・ヴイオルド】
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 天使の広場は今日も賑やかだ。
 噴水のまわりを巡り遊ぶ少女たち、買い物途中でお喋りを楽しむ母親。手作りの焼き菓子を出すオープンカフェでは、若い旅人たちが異世界の話をしながらお茶を飲む姿が見られる。暖かな日差し、気紛れに吹く風は何処か、春の匂いがした。

 そんな輪の中に、カレン・ヴイオルドはいた。
 白銀の髪を風に揺らし、求められるままに歌を歌っている。胸に抱くハープは滑らかに奏でられ、一種不思議な音色が空気を震わせ聴く者を白昼夢へと誘う。ソーンに吟遊詩人は珍しくないが、中でもカレンの存在は住人にとって特別な存在のようだ。彼女が唇を開くと、人々はお喋りを止めて歌に聞き入る。

カレン:「皆、聴いてくれてありがとう。……いや、もう行かないと。今日は大事な用事があるんだ」
  歌い終えた吟遊詩人を人々は引き止めるが、カレンはゆるりと首を振り穏やかに、けれどしっかりとした態度でそれを断った。
 カレンは輪の外へ一瞥を向けると、一瞬だけ驚いたように目を見開く。けれど口元に淡い笑みを浮かべるだけで、聴衆に軽い挨拶をすると足早に広場を立ち去った。
 

 
 街からしばらく歩いたところで、カレンは歩みを止めた。
 続く先は獣道、鬱蒼とした深い森が広がっている。不気味な鳥の鳴き声、遠く響く羽音。

カレン:「……やはり、貴方だったんだね。声を掛けてくれれば良いものを」

 カレンは振り返らない。
 まるで誰かがすぐに近くにいるかのように。だが、辺りに人影は見当たらない。

トリ・アマグ:「太陽は万物に恵みをもたらす光。君はその中にいても尚、輝きを失わない。……礼を失したことは謝るよ、カレン」

 カレンの後方、がさりと木の葉が揺れ、ふわりと舞い降りてきたのはトリ・アマグだ。
 地面に音もなく着地すると、形の良い会釈をする。

カレン:「良い。大したことじゃない。それより、場所は此処で間違っていないんだろうね」
 さらりと金糸の髪を掻き揚げ、吟遊詩人は歌うように囁く。対するトリ・アマグは勿論とばかりに頷くと、黒い目を細めた。
トリ・アマグ:「それで……君は、彼と森について知っていることはあるかい?」
カレン:「森の番人、ラグラーチェ。子供の頃に聞いた昔話程度の知識さ。私も字際に来るのは初めてなんだ」
トリ・アマグ:「もしもいい景色が見れたなら、是非それを歌にしよう、カレン」
 その言葉を吟遊詩人が喜ばないわけがない。
 カレンは薄く微笑むと、返答代わりにさらりとハープを鳴らした。


トリ・アマグ:「ラグラーチェ、森の人。私はトリ・アマグ。私達は是非、この森に入りたい」
 細い笛の音に乗せ、トリ・アマグの凛とした声が辺りに響き渡る。
 森の入り口はそれ自体が獣の口のようで、気の弱い者が足を踏み入れれば「森」に飲み込まれてしまいそうだ。入れば二度と出て来られない、黒の森。

 言うことを聞かぬ子供に母親は良くこんなことをいう。「我侭ばかりの悪い子は、ラグラーチェに攫われてしまうよ」すると子供は何か言いたげに唇を動かすも、最後には押し黙ってしまう。
 ソーンの住人なら誰でも一度は聞いたことがあるだろう。そんな、子供向けの童謡の一つにラグラーチェは登場する。それによれば世界で最も気高く美しく、その瞳は血のように赤く、白き羽ばたきは悪を切り裂く。森の守護者であると同時に、畏怖の対象でもあった。

トリ・アマグ:「私は森が大好きで、その中で歌うことはもっと好きだから。あなたが許すのなら、足を踏み入れよう。森にも、その中の住人達にも、決して危害を加えないと誓う」

 遠く近く、射るような鋭い視線に二人は気づいた。
 森への侵入者を見極め、それが害成すものであるか否か判じようとしている。殺気混じりの張り詰めた空気を感じながらも、トリ・アマグは思いを乗せて歌い続けた。今此処で止めてしまえば、番人は森へ入ることを許してくれないだろう。そんな気がしていた。
 カレンは唇を閉じ、じっと木の上の一点を見ている。
 無言のまま何も言うことはしないが、抱いたハープを奏でトリ・アマグと思いを重ねていた。声を出さずとも、他者と繋がることはできる。人ならぬ番人、白梟と心を交わす為には言葉ではなく、それ以上の何かが必要だ。元より言葉とは流動的な道具でしかない。使う者が伝えたい何かを持っていなければ、何の役にも立ちはしない。
 
トリ・アマグ:「良ければ、この森で一番美しい場所を教えておくれ。そして、その景色を歌わせておくれ。返事をくれるまで、私はいつまでも待つ」
  
 童話にある、伝説の泉をトリ・アマグは思い浮かべる。
 ラグラーチェに守護されし、美しく清らかな泉。気高い鉱物が産出されるといわれているが、噂の域を出ない。一度も見たことのない光景だが、何故か瞼の裏にはっきりと思い描くことができた。水の流れる音でさえ、鮮やかな記憶のように感じることができる。

トリ・アマグ:「――どうか、声を。どうか、歌を」

 高く低く、トリ・アマグは歌う。 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。
 ふわり、と二人の前に白い羽が落ちる。驚いて顔をあげてみると、そこには白き梟。
 歌に呼ばれ、此処までやってきたのだろう。
 
「……、……」
 
 声は、無かった。
 射抜くような視線は相変わらずだが、赤き瞳に炎のような激情は失せている。思念が波となって直接頭の中へ注ぎ込まれていくようだ。


カレン:「どうやら許されたようだね。貴方の声が届いたんだ」
 白梟が去った後、カレンがお疲れ様、と唇を開く。
 トリ・アマグはカレンと共に森へ入り、清浄な空気を身に浴び一日を過ごした。
 小さな動物たちは物珍しげに二人を見ていたが、危害を加える存在ではないと理解したのだろう。カレンが呼ぶと、リスが肩に乗り木の実を食べる光景も見られた。
 普段人が入らないからだろう。森は自然なままの姿が保たれており、息吹さえ感じられた。
 
カレン:「トリ・アマグ。今日はとても良い日だった。街に戻ったら、さっそく歌を作るよ。きっといい歌ができる」
 帰り際、カレンはこんなことを言って微笑んだ。
 夕焼けが全てを染めていく。トリ・アマグもまた微笑みを返し、短い昼の時を過ごした森を振り返った。




■■ライターより■■
ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
森の番人ラグラーチェやカレンは初めての描写でしたので、拙いところがあったかもしれません……。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。それでは、またのご縁を祈りつつ失礼致します。