<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
Tea Time 〜魔女のお茶会〜
1.
健一がその場所に訪れたのは偶然だった。
目の前にあるのはまったく見覚えのない小屋、人里離れたこんな場所に親しいものもいないし用もない。
まるで誰かがここへ健一を導いたのではないかという気さえするが、小屋やその周囲を見る限り怪しい気配はなく敵意らしいものも感じない。
(一見する限り危険はなさそうですが、さて……)
そう思いながらふと健一が視線を移したところにあったのは小屋に隣している庭だった。
綺麗に整えられた花壇には色とりどりの花が控えめに咲いており、芝も綺麗に刈り込まれている。
その庭には白いテーブルと椅子が置かれており、まるで童話に出てきそうな光景だ。
と、小屋の扉がカラリと軽やかな音を立てて開き、主らしい姿が健一の前に現れた。
20代といったところだろうか、青いドレスを身にまとった女性だ。緑の髪がたゆたう立ち姿もまるで絵本から抜け出たかのようにも見える。
その顔が、ゆっくりと健一のほうを向いた。そのとき、初めて健一は女性の目が両方とも閉じられていることに気付いた。
にこり、と女性が微笑んだ。警戒心を抱かせない柔らかな笑みだ。
「ようこそいらっしゃいませ」
まるで予め約束がされていたかのように女性は健一にそう話しかけてくる。
「あなたはどなたでしょう」
そう尋ねたのは女性のほうではなく健一のほうだ。女性はそんなことを健一に尋ねてくる気配すらない。
「私はこの小屋にいる魔女よ」
自らを魔女と名乗る女性はその名が通常持つ印象とは裏腹にやはり柔らかい笑みのまま答える。
「魔女ですか。名前をお尋ねしてもよろしいですか?」
「魔女は魔女よ」
くすりと少女のように微笑んだ『魔女』には邪気はない。
「では、魔女さんとお呼びしてよろしいですか」
「えぇ、どうぞ。あなたの名前を聞いても良い?」
「僕は山本健一と申します」
丁寧にそう名乗った健一に魔女は微笑みながら「ようこそ」と改めて挨拶をしてから言葉を続ける。
「健一さんはお茶は好き?」
「お茶ですか」
「えぇ、ちょうどいまお茶の準備をしていたところなの」
彼女の提案には何かを企んでいるような様子はない。そう判断した健一は丁寧に頷いた。
「いただきましょう」
「じゃあ、こっちへ来て。いま持ってくるわ」
そう言いながら魔女は健一を庭に置かれている白いテーブルの前へと案内した。テーブルに椅子はちょうど2脚。
そのことを訝しむ間もなく魔女はティーセットを持って庭へとやってきた。
「お待ちどうさま」
当然だがそこにあるのは2人分のカップとティーポット。それを魔女はテーブルに置き、茶会の準備を始めた。
カップに注がれていく紅茶からは良い香りが漂ってくる。茶葉はなかなか良いものを使っているらしい。
「遠慮せずにどうぞ」
椅子に腰掛けると魔女はカップを手に取りこくりと飲んでみせ、それを真似るように健一も差し出されたカップに口をつける。
飲んだ後に漂う香りも良い。
「良い紅茶ですね」
「ありがとう。お茶菓子はこんなものしかいまはないけれど」
そう言って魔女が差し出したのは素朴な作りのクッキーなどで、それも健一は遠慮なく口にした。
「それで魔女さん、僕をこのお茶会に誘ってくれたのはいったいどういうわけでしょう」
「わけなんてないわ。でもそうね、あなたのことが気になったからかしら」
「僕のことがですか?」
健一がそう尋ねると魔女は微笑んだまま頷いた。
「私はいろいろなことに興味があるの。いろいろな人のことが。その話を聞くのが大好きなの。よければ話してくれないかしら」
言いながら魔女は閉じられたままの両目を向けるように健一のほうを見た。
「あなたはいったいどんな人かしら」
2.
その言葉や素振りに不審なものを感じることはなく、健一は少し考える素振りをしてから口を開いた。
「僕の話ですか。では、今回は故郷地球の話をしましょうか」
「そう、あなたはチキュウというところから来たのね」
耳慣れない単語に対しても魔女は興味深そうに健一のほうを見ている。話の先を促しているようだ。
「僕は吟遊詩人です。ですから歌って地球のことを語りましょう」
「素敵だわ。是非お願い」
ぱちぱちと魔女は演奏を待ちわびているように拍手をしてみせる。それを見ながら健一は水竜の琴レンディオンを取り出し奏で始めた。
静かな庭の中、やはり静かにレンディオンの音色と健一の歌声が流れる。
歌として語られるのは地球での暮らしや地球そのものの話、その歌声に魔女は黙って耳を傾けていた。
他には何の音も聞こえず、まるで健一の歌を邪魔するのを控えているかのような庭内で、健一はしばらくの間歌い続け、魔女はそれをただ静かに聞いているだけだった。
「素敵、とても素敵な歌声ね」
紅茶を飲みながら、魔女はそう嬉しそうに微笑んでみせる。
「素敵な歌を聞かせてくれたお礼にあなたに何かしてあげられたら良いんだけど、あなたの望みはなぁに?」
「望みですか?」
「えぇ、望み。あなたに何か望みがあるのなら私はそれを叶えるわ。だって、私は魔女だもの」
無邪気にそう言った魔女に、健一はそうですねと前置きをしながらそのことを口にした。
「そうですね、僕には探し人がいるんです。キャロルという名のエルフの少女です。もしここに来ることがあったら伝言を頼めませんか? 僕が彼女を探しているという」
「その人もチキュウの人なのかしら?」
「それはまた別のときに。今度はそちらの話をしましょう」
健一の頼みに対し、魔女は微笑んだままゆっくりと頷いてみせた。
「それがあなたの魔女への願いね?」
そう言った言葉は何処かいままでの声と違うものに聞こえたが、何が違うのか健一にはわからない。
だが、たったいまここで何かの特別な約束──契約といったほうが良いのだろうか、そんなものが交わされたような感覚を覚えたことだけは確かだ。
しかし、目の前に座っている『魔女』に変化はない。先程までと同じように紅茶を飲んでいるだけだ。
「あら、お茶菓子がなくなっちゃったわ」
おっとりとそう言った口調も先程までと変わらないが、どうやらそれがこのささやかな茶会の終了を告げる合図だったようだ。
ゆっくりと魔女は自分が持っていたカップを片付け、トレイに乗せる。それを見て健一もカップを置いた。
「また是非来てあなたの話を聞かせて頂戴ね」
「そうですね、また遊びに来ます」
魔女の言葉にそう返事をした健一が庭を出、その小屋か立ち去るのを魔女はただ微笑んで見送っていただけだった。
3.
町へ戻った健一は、そこにいたものにそれとなくあの小屋に住んでいるものについて話を聞いてみた。
「あぁ、あの小屋かい? なんでも魔女が住んでいるんだってね」
「魔女がいるというのは有名なんですか?」
「さぁ、どうだろう。知っている奴は知っている程度じゃないかな」
話を聞かれた男は億劫そうにそう健一に答えた。
「あの魔女は、町へやって来るんでしょうか」
「来たのを見たことはないしそんな話を聞いたこともないな」
それでも噂としてあの小屋に魔女がいるということを知っているものはいるらしいが、彼女がいったい何者なのか──本当に魔女なのかどうかを知るものは誰もいないようだった。
「彼女は、魔女なんですか?」
「知らないよ。魔女だと言うんなら魔女なんだろう」
素朴な健一の疑問に、男はやはり億劫そうにそう答えただけだった。
それを聞きながら、健一は先程まで共にお茶を飲んでいた『魔女』のことを考えたが、はたして彼女が何であるのかいまはわからないということしか健一にもわからなかった。
思えば魔女は健一の話を聞くだけで自らのことは何も語っていない。ただひとつ、自分が魔女だということ以外は。
「今度言ったときは彼女自身の話も聞けると良いんですけれど」
そう呟いた健一の言葉に答えるものは誰もいなかった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)
NPC / 小屋の魔女
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■ ライター通信 ■
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山本健一様
初めまして。ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
『魔女』との静かでささやかなお茶会となりましたがお気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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