<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


旅籠屋―幻―へようこそ

 人通りで賑わう、大きな通りから一歩踏み入れた小さな通り。
 そこに、その店は佇んでいる。

(ここに来たのは、食堂兼酒場というのが強いでしょうね……)
 店の前までやってきた山本建一は、そんなことを思いながら、人が集まり、賑わい始めたその店の暖簾をくぐった。
「……いらっしゃい。食べに来たのなら、好きな席に座って……」
 店の奥、カウンターの片隅で、食事の用意をしながら、女将らしき女性――闇月夜が顔を上げ、健一にそう告げた。
 中を見渡すと、食事をする者、酒を飲む者、語り合う者など様々だ。小さな通りに店を構えている割に、客は多いように見える。
「一曲演奏をさせてもらえると嬉しいのですが」
 カウンターに近付きながら、健一は夜へと話しかける。
「演奏……?」
「僕は吟遊詩人なのです。宿泊代も食事代もあるのですが、商売柄の癖、とでも言うんですかね」
 健一は手にした、青い竜の形をした琴を見せて、首を傾げた夜にそう言う。
「吟遊詩人……へぇ。それじゃあ、試しに一曲、お願いしよう……この場の空気を乱さないような曲を……」
 夜は琴と健一とを交互に見て、言う。
「ありがとうございます」
 健一は夜に一礼し、カウンターの傍に並ぶ椅子の一つに座る。
 そして、琴を構えると、そっと指先を滑らせた。
 賑やかな店内に、琴が奏でる明るい曲が響き渡る。
 食事をしていた者も語り合っていた者も酒を飲んでいた者も手や話を止めて、健一の方へと向いた。
 一曲、演奏し終えると、思わず手や話を止めて聞き入ってしまっていた周りの客たちから拍手が起こった。
 店の片隅に座る用心棒――如月誠も拍手を送る。
「いやー、兄ちゃんすごいなー!」
「他の曲も演奏してくれよ。料金取るってなら、酒なり、食事なり、おごるぜ!」
 拍手をしながら、声をかけてくる客たちの声に戸惑いながら、健一は夜の方を振り返る。
「……気に入ってもらえたみたい……ね。私は、構わないわよ……。この店で、どのように過ごすかは、客、それぞれの勝手だから……」
 振り返った健一に、こくりと一つ頷いて見せながら、夜は言う。
「ありがとうございます。では、次はどのような曲に致しましょう?」
 健一は改めて、夜に一礼し、客たちの方を見ると、次の曲のリクエストを求めた。
 明るめの曲を求める客が多く、リクエストに答えるべく、健一は指先を琴に這わせる。
 響き渡る明るいけれど何処となく神秘的な感じの曲に、客たちは聞き入る。
 健一が一曲弾き終えると、またも多くの拍手と賛辞の言葉が飛び交った。
「……一旦、休憩して食事でもどうぞ……」
 客の一人が健一へと食事を出すように頼んだようで、彼の近くのテーブルへと夜が食事を運んできた。
「ありがとうございます」
「今日の出会いに、乾杯だ!」
 その場を仕切っているような男がジョッキを掲げる。周りに居た客たちもグラスや杯など、手にしていた酒を掲げた。
「あ、はい」
 健一も出されたグラスを手にとって、男の音頭に合わせて、グラスの縁を重ねあった。

「弾き語りとかも……お願いできる?」
 食事をし終えた健一に、店の隅で座っていた誠が声をかけてきた。
「リクエストがあれば、お応えしますよ」
 水の入ったグラスを置きながら、健一は誠へと言葉を返す。
「じゃあ……冒険の物語とかあれば、聞きたい……」
 少し考えてから、誠は言う。健一はこくりと頷くと、琴を手に取った。そして、弦に指を這わせながら、どの物語にしようかと考える。
 それから曲に合わせるように、物語を紡ぎ始めた。
 紡がれるのは一人の男の冒険譚。苦しみや悲しみ、そして厳しい戦いを乗り越え、囚われた少女を救い出すという物語。
 最後は少女を救い出し、男は少女と末永く暮らすという。楽しく明るい曲で物語は終えられた。
「……どう、でしょう?」
 聞き入ったままの誠に、演奏し終え、琴の弦から指を離した健一が訊ねかける。
「ん……すばらしかった、の」
 誠はハッとして、慌てるように拍手を送る。余程、物語の中に入り込んでいたようだ。
「喜んでいただけたなら、光栄です。それでは、次の曲で最後にしましょうか。夜も遅いので、そろそろお休みの時間でしょう?」
 そう言って健一は、今にも眠りに誘われそうなゆったりとした曲を紡ぐ。
 紡ぎ終えると、すっかり酔っていた者は、テーブルに突っ伏してしまっていた。
「……あとで、運ばないとね」
 誠は苦笑しながら、空になっている食器をカウンターへと運ぶ。初めは食事の用意をしていた夜も最後の曲を聴きながら、食器を洗い始めていたようだ。
「仕事をして、食事をして、それから宿泊場所へ行くというのは面倒ですけれど、ここはその辺りが楽ですね」
 健一はそう言って、一室を借りるよう、手続きする。
「おやすみなさい」
 誠と夜に声をかけて、健一は二階への階段を上がり始めた。

 そうして、旅籠屋―幻―で過ごした一夜は過ぎていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 山本健一さん、初めまして!
 このたびは『旅籠屋―幻―へようこそ』への発注、ありがとうございました。
 吟遊詩人さんが音楽や物語を紡ぎに来てくれるのは嬉しいことです。
 気に入っていただければよいのですが……。

 よろしければ、また、訪れてくださいね。