<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


     求む!道具屋トームの手がかり

 無限に広がる地下迷宮、通称『ラビリンス』が何のために、誰によって作られたのか知る者はいない。しかし、この迷宮を訪れたことがある者たちだけは、その構造から製作者の性格を垣間見ることができる。そして、勇敢なる冒険者たちは知りたくもなかった『彼』の趣味嗜好を目の当たりにし、憤然と、その奇抜さ、悪質さ、一貫性のなさに悪態をつきたい衝動に駆られるのが相場と決まっていた。
 『ラビリンス』の探索中にうっかりと転移の罠にかかり、思わぬところへ飛ばされたリルド・ラーケンも、そんな冒険者の一人である。
 「……ッ! またやっちまった。あー……ここはどこだ?」
 乱暴に床へ放り出されたリルドは小さく舌打ちすると、身を起こしながら唸るようにぼやいた。
 「大体、魔物のいる通路に罠なんか普通に仕掛けてんじゃねぇっつの……この迷宮作った奴、性格悪いんじゃねぇ?」
 的を射た感想を苦々しく口にしてリルドは周辺の状況を確認し、そこが確かに先ほどまでいた通路とは違うことが疑いようもないと知ると、たちまち渋面になった。
 不本意にも飛ばされてきてしまったその場所は薄暗く、ほのかな明かりの灯る迷宮の複雑な通路とは印象がずいぶんと異なる。まるで大きな天然の洞窟に迷い込んだような感じだった。道幅が広く、床は平らでこそあったもののそこらじゅうに苔らしき物が生えており、空気も湿り気を帯びている。そればかりでなく、どこからかかすかに風すら吹き付けてきていた。
 リルドは青い瞳をすがめ、眼前にかかる薄闇を見透かそうとするかのように目をこらす。しかし、進むべき方向を決めるにふさわしい、目立った物が周囲にないと判ると、時折黒い髪を巻き上げるようにしてなでていく風の流れに意識を向けた。空気がよどむことなく動いているということは、風が入り込み、出て行く道があるということである。『ラビリンス』は地下に作られた迷宮であるから自然の風が入り込んでいるということはないだろうが、ひんやりとした空気の流れはリルドの関心を惹いた。
 興味深げに首をめぐらせ、リルドは口の端を上げる。そして、風の道をたどるようにして空気の流れを感じる方へと歩き出した。

 「だから、何で魔物のいる通路に仕掛けるんだ!」
 どこからともなく飛んできた矢を剣で叩き落とし、リルドは抗議の声をあげる。たった今斬り伏せた魔物が、床に倒れ込んだ拍子に罠を発動させたのだ。先の転移の罠も魔物が徘徊する通路の壁に唐突に仕掛けられており、まさかそんなところにそんな物があるとは思っていなかったリルドは、魔物を見つけ剣を抜こうと鞘を払った瞬間、その先端を壁に当てて罠を発動させてしまい、転移されてしまったのである。そんな経験を生かして今回は用心深く剣を抜いたリルドだったが、倒した魔物が罠を発動させようとは思ってもみなかった。大体、そのような場所に罠を仕掛けたら侵入者を阻む役目を果たすはずの魔物たちもかかるに違いないが、どうやら迷宮の製作者はそんなことに気を遣うほど繊細でも、慈悲深くもなかったらしい。それに加えてこの洞窟を作る際は罠を仕掛けることに執念を燃やしていたらしく、その数は他の階層とは比べものにならなかった。
 しかし、先へと進むにつれだんだんと闇が薄れ、前方が明るくなってくると、そのおかげで罠にかかって無残に倒れている魔物たちの姿が嫌でも視界に飛び込んでくるようになる。そして、奇しくもそれが製作者の意図に反して、罠が設置されているおおよその場所を知らせてしまっていた。
 「意味ねぇだろ……。」
 リルドはやや呆れながらも歩調を緩めることなく、光が差し、冷たい風の吹いてくる方へと突き進む。次第に光と風は強くなり、その源が近いという確信を得る頃には円形にひらけた場所にたどり着いた。もっとも、そこで行き止まりというわけではなく、リルドがやって来た道の対角線上にはぽっかりと穴が開いており、どうやら光と風はそこから届いているようである。
 だが、そのことよりも先にリルドの関心を惹いたのは、広間の中央でうなり声をあげ、暴れている奇怪な生物の存在だった。曲がりくねった角、蛇のようにのたうつ長い尾、鋭く尖った鉤爪、食いしばった歯も一本一本が太い杭のように鋭利で、鱗のような物で覆われた身体と大きな翼は竜に近しくも見えたが、竜と呼ぶにはあまりにも無様で醜い。
 それはまるで何か見えない敵と戦っているかのように手足をばたつかせ、低い声を響かせていた。
 「何やってんだお前……?」
 油断なく剣を構えたものの、目の前の相手が自分を標的にしている風ではないことに気づき、リルドは訝しげに呟く。眼帯をしていない方の目をじっとこらし、不審に思いながら少しずつ距離を詰めると、その奇妙な魔物の喉元が何かを飲み込んだように不自然な形で突き出しているのが判った。
 ――と、次の瞬間、鋭い声と共に長い尾がリルドに向けて振るわれる。どうやら来訪者に気づき、彼を敵とみなしたらしい。
 リルドは身を翻してその一撃をかわすと、反射的に両手で剣の柄を握り、真っ直ぐに振り下ろした。体重を乗せた強力な斬撃だったが、しかし、それは鱗をいくらか砕いただけで尾を断ち切ることはできず、はね返される。
 小さく舌打ちし、リルドは再びくり出された尾を跳びすさるようにかわして距離をとった。その間も魔物は地響きのようなうなり声をあげ、リルドのことを警戒しながらもがくように手足を振り回している。
 「何を呑み込んだのか知らねえが、取るのを手伝ってやるぜ。」
 どこか面白がっているようにも聞こえる口調でリルドは言い、かすかに口の端を上げると左腰に差した鞘に剣を収めた。ついで、そちらとは反対の側に提げている三本の短刀のうち二本を同時に引き抜き、片方の手の中でくるりと回して一本を空中に放り投げる。それをもう一方の手でつかみ、短刀を一本ずつ両手に構えると、ぱりぱりという帯電するような音が鼓膜をくすぐった。右手に握った短刀には雷の魔法が付与されているのだ。それは広間の奥から流れ込んでくる冷ややかな風と光を浴びてかすかに震えながら、ぼんやりと輝き始める。
 リルドはそれを一瞥し鼻を鳴らすと、出し抜けに魔物との距離を一瞬で詰めた。三度振るわれた尾を跳躍でかわし、目を狙って左手の短刀を投げる。魔物はそれを難なく鋭い鉤爪の手で振り払ったが、その時にはすでにリルドは右手の短刀を投じていた。一本目の刃に注意を向けさせ、二本目は魔物の背――翼が生えている装甲の薄い部分めがけて放ったのである。それはあやまたず、翼を裂いて深々と魔物の背に突き刺さった。その次の瞬間、短刀に付与されていた魔法が発動し、落雷にも似た爆音が響く。
 魔物の身体が痙攣しながら傾ぎ、床に倒れこむのと、片手をついて着地したリルドが身を起こすのはほぼ同時だった。
 「……威力、上がってねえか?」
 慎重な足取りで近づき、魔物が昏倒しているのを確認したリルドは首をかしげながらそう呟いて、魔物の背に刺さったままの短刀を引き抜いた。その刀身は奥の穴から吹きつけてくる風と光に呼応するかのように未だぼんやりと輝いている。
 リルドは怪訝な表情でそれを鞘に収め、もう一本の短刀を求めて首をめぐらせると、白く冷たい光と風が吹き込む穴の傍に、探し物である短刀と、金属製のケースのような物を見つけた。その形からすぐに魔物の喉元に引っかかっていた物だと察しがつく。どうやら倒れたはずみか魔法の衝撃で飛び出したらしい。興味を惹かれてリルドは足早に歩み寄ると、短刀と共にその金属のケースを拾い上げた。
 そして、何気なく足を一歩踏み出した――次の瞬間。かちり、という機械的な音が小さく響いたかと思うと、リルドの視界がぐにゃりと歪んだ。その宿酔いにも似た感覚にもはや慣れつつあるリルドは、すぐに状況をのみこみ、
 「だから、こんな所に罠を仕掛けるなっつーの!」
 と叫んだが、その声は彼の姿と共にかき消え、冷ややかな風が何事もなかったかのように吹き抜けて余韻までさらっていってしまった。

 「で、戻るついでに持ってきた。」
 擦り傷だらけの顔を不服そうに歪め、リルドは憤懣やる方がないといった口調で言うと、眼前の巨人――否、『大柄な』道具屋の女店主、レディ・ジェイドに、かろうじて原型をとどめている金属のケースを差し出した。
 「『ラビリンス』の中じゃ見かけねえ物だ。もしかしたらアンタの探してる奴の持ち物かもと思ってな。」
 そう言うリルドからケースを受け取った女店主は、そのケースを手に入れたいきさつを聞いている間も動かさなかった眉を器用に片方だけ上げ、間近で見つめて表面をなでたり、裏返したりと丹念に調べていたが、やがて感心したような声をあげて「よく判ったね。」と言い、その大きな丸顔いっぱいに笑みを浮かべてみせた。
 「これは確かにあの人が持っていた商品の内の一つだよ。ケース自体はそれほど珍しくないけど、この紋章が入ったケースを扱ってたのはあたしの父親、トームだけさ。……でも、それが何だって魔物の口の中に?」
 レディ・ジェイドが指し示す、裏返したケースの背面に刻まれている小さな紋章を、さほど興味をひかれた様子もなく眺めると、リルドは女店主の問いに『俺が知るか』と言わんばかりに無言で肩をすくめてみせる。それには彼女も苦笑いをもらした。
 「ま、あの人がそう簡単に魔物に食われてやるようなお人よしとも思えないし、食われかけてとっさにこれを呑ませたのかもしれないね。」
 そう言うと気を取り直したように明るい顔で、ぱんと手を打つ。
 「何にしろ、大きな手がかりだ! 物を食べられない状況でまだ魔物は生きてたんだから、トームがそこを訪れたのはきっと古い話じゃない。お手柄だよ、あんた! さすがだねえ。」
 「礼なら言葉じゃなくて物でしてくれよ。」
 ぶっきらぼうにリルドが言うと、レディ・ジェイドはつまらない、というように唇を尖らせて反論した。
 「何だい、照れることないじゃないか。もちろん店の物を一つ、お礼にどれでもあげるよ。」
 それから不意にいたずらを思いついたような顔で、リルドの青い片目を覗き込む。
 「それにしてもあんた、転移の罠にかかる天才じゃないのかい? どうやったらそんなに何度も引っかかれるのさ。あんたの目には罠がどこにあるか見えてるの?」
 「うるせえな。これもらうぞ!」
 「炎のマジックスクロール? なかなか目が高いじゃないか。だが……それを使う場所はよく考えた方がいい。あんたがさっき話してくれた、その魔物がいたっていうところ……たぶん魔力の濃度が高い場所だよ。穴から吹き込んでいた風っていうのは、きっと魔力によって起きたものさ。穴の向こうに魔力の源みたいな物があるんだよ。魔物の姿がおかしかったのも、強い魔力の影響で歪んだせいかもしれない。そういうところでは魔法の威力も上がるんだ。それを考えて使わないと……危険だよ。」
 にやり、と不敵な笑みを浮かべて忠告を口にした女店主に対し、リルドは不機嫌そうな顔をしてみせた。
 「……ずいぶんと親切じゃねえか。」
 「意外そうに言われると心外だね。ま、あんたみたいな上客を逃したくはないからさ。せいぜい気を付けて、またいい物を持ってきておくれよ。」
 これにリルドは小さく鼻を鳴らし、手を振ってみせる。そしてレディ・ジェイドに背を向けると、さっさとその場を立ち去ってしまった。もちろん、そんな彼には女店主の独り言など聞こえるはずもない。ただ、愉快そうに笑う声がリルドの靴音に重なり、地下迷宮に小さく響いただけだった。



     了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳(実年齢19歳) / 冒険者】

【NPC / レディ・ジェイド / 女性 / 自称30歳 / 道具屋店主】


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■         ライター通信          ■
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リルド・ラーケン様、こんにちは。
この度は「求む!道具屋トームの手がかり」にご参加下さりありがとうございました。
またこうしてリルド・ラーケン様とお会いできたことを、女店主共々大変嬉しく思っております。
類まれなる才能と思しき転移の罠との相性の良さ(悪さ?)や魔物との戦い等楽しい場面を書かせていただくことができてとても幸せでした。
また、トームの手がかりだけでなく『ラビリンス』の新たな情報も持ち帰っていただく結果となり、NPCも喜んでおります。
ぜひこれからも探索を続けていただきたいと切に、図々しく願います。
観光の方にも興味を持っていただけたようで、嬉しく思います。
道具屋一同、てぐすねを引いてお待ちしておりますので、お気が向かれました時にはどうぞよろしくお願い致します。
それでは最後に、聞こえなかったはずの女店主の独り言を。

 ――「トームの手がかり、魔力の源……アリスドーラに調べてもらいたいことがたくさんできたね。」
 ――女店主はそう呟いてから、ふと思い出したような顔で声をあげて笑う。
 ――「問題は、彼みたいにアリスドーラが運良く転移の罠にかかれるかってことだけど?」

ありがとうございました。