<Bitter or Sweet?・PCゲームノベル>


『満月の花嫁(前編)―闇色の魔族―』

 バレンタインだから。
 そんな事を言っていた気がする。
 別に理由なんてどうでもいい。
 レナが荷物持ちに自分を誘うのはいつものことだ。 
 いや、荷物持ちだけの為に誘われているとは思わないが――結局荷物を持たされることになる、いつも。
「きゃー、あの服、新作よ新作っ。襟元がとっても素敵だわーっ!」
 その日もケヴィン・フォレストの服を選ぶといいつつ、レナ・スウォンプは自分の服選びに夢中になっていた。
 いつものことだし、服装なんてさして気にしないケヴィンとしては、特になんとも思わなかった。
 ただ、次第に自分だけ荷物が多くなっていくことは、ちょっとイヤだった。
「ねえケヴィン、見て見て、似合う?」
 春物のワンピースを試着して、レナがケヴィンの前でくるりと回った。
「…………」
 春物のワンピースだ。色は明るい緑。
 だからなんだ?
「ったく、お世辞の一つも言えないの? 寧ろ綺麗すぎて言葉が出ないって? きゃはははっ」
 言って、レナはバンバンとケヴィンの肩を叩いた。
 イタイ。
 何がそんなに楽しいんだ、女ってものは……。
 自分の姉達も買物が好きだったよなーと思いながら、ケヴィンはぼーっとつったっていた。
「じゃ、次はこれ来てみよっかな。ここで待っててねー」
 そう言って、レナは春物のカーディガンを手に、また試着室に入っていく。
 試着室の中から、ぶつぶつと呟く声が聞こえるが、何を言っているのかまではわからない。
 一人で喋り、一人で楽しみ、一人で笑っていてくれる。
 街中で声を掛けられた時も、対応は全て任せられる。
 無口なケヴィンにとって、レナは楽な存在だった。……むしろ、便利。
「これはどう?」
 レナが姿を現した。
 一応見たが……何が変わったのか、わからなかった。
「あー、その顔は! あたしってホント何着ても似合うって思ってるでしょ?」
 それは否定できない。
 何着ていても、似合わないとは思わないから。
 レナは上機嫌で、レジへと向った。
 もしかして、また荷物が増えるのか……と、ケヴィンは小さく吐息をついた。
 購入後、当然のようにレナはケヴィンの右手に手提げ袋を渡してきた。
 右手には既に他の店で買った服を持っているので、左手に持ち替えようとしたのだが、その前に、レナが左手に捕まってきた。
 オモイ。
「じゃ、次は雑貨屋行こー!」
 まだ買うのかーと思いもしたが、ころころ変わるレナの顔や、明るい笑顔を見ていると、平和を感じて心が和むのは事実だ。
 だからまあ、こうして買物に付き合うのは、嫌いというわけではなかった。

 ショッピングを終えた後、レナに誘われ、聖都エルザードの外にある小高い丘に出た。
「ここから見る夕日、綺麗なんだよねー」
 荷物を置き、ケヴィンはレナの隣に腰掛けた。
 腕を後ろに回し、地に手をついて身体を伸ばす。
 肩が凝っていた。
「そうそう、この間の仕事だけどさ、報酬まだ出ないんだよねぇ。結構苦労したのに!」
 最近、レナと組んで仕事を一つこなした。
 元々賞金稼ぎであるケヴィンが見つけた依頼であったが、かなり高度な魔術を使う魔物の討伐であったため、レナを誘ったのだ。
 レナの魔術にはよく助けられている。かなりの使い手なのだが……時々暴走するのはやめてほしいとも思っていた。
 その井戸に住みついていた魔物は、予想以上に手強かった。魔女であるレナでも、魔術を封じるので精一杯であり、止めはケヴィンが刺した。
 あれから一週間が経っている。
 レナが不満を言うのも無理はない。
 しかし、ケヴィンは知っていた。
 その魔物が再び現れたということを。
 住み着いているというより、誰かの手で住まわせているのではないかと、依頼主は言っていた。
 魔物を飼っている者がいる? 
 ……まあ、その話は今度でいいだろう。説明するのがメンドクサイ。
 先日討伐した分の報酬については、落ち着いたら払ってくれるとのことだ。
「あ、日が沈み始めた」
 レナの言葉に、顔を上げた。
 オレンジ色の光が、辺りを包み始めた。
 しかし、あの魔物のことを考えていたせいか、素直に綺麗とは思えなかった。
 その色は、あの魔物の身体に似ている。
 沈みゆく、太陽の色は――まるで、あの魔物の両眼のようだ。
 何故か、空気まで赤く染まっているような気がした。
 皮膚に、ぴりぴりとした痛みを感じる。……?
 殺気!?
 鋭い気配を感じ、ケヴィンは精神を研ぎ澄ませた。
「ケヴィン……なんか、感じない?」
 レナも不安気な声を上げた。
 人、だろうか。
 何者かの気配を感じる。
 自分に向けられた、鋭い視線も。
 ――誰だ、姿を見せろ!?
 そう心の中で叫んだ途端、得体の知れない力が降りてきた。
 どこから降りてきたのかは、わからない。しかし、今、目の前にその力の塊がある。
 力の塊が、人の姿へと変わっていく。
 男、だ。
 黒い服を纏った20代後半ほどの男性だ。
 自分と同じくらいの身長。
 そして、眼は。
 あの魔物と同じ色。
 鋭い、緋色であった。
「何よアンタ」
 レナが声を上げた。
「お前を、迎えに来た」
 男のその言葉は、レナに向けられていた。
 しかし、レナの知り合いではなさそうだ。
 レナは小刻みに震えながら、ケヴィンの服の袖を掴んでいた。
 そのレナが、突如、眼を押さえて倒れこむ。
 それを合図に、ケヴィンは剣を抜いた。
 この男、言葉はレナに向けているが、殺気は自分に向けている。
 しかし、ケヴィンの剣は男に届くことはなかった。
 ほんの一瞬のことだった。
 周囲が光ったことしか、分からなかった。
 気づけば周囲が弾け飛び、暗闇に引きずり込まれていた。

     *     *     *     *

 白い天井が眼に映った。
 自分は屋外にいたはずだ。
 なぜ、こんなところに――。
 身体を起こそうと力を入れた途端、激痛に襲われた。
 激しい眩暈。そして、嘔吐を感じて、倒れこんだ。
「あっ、目が覚めたのね!」
 現れたのは、見たことのある人物だった。
 確か、聖都の治療院の看護婦だ。
「流れ星を追っていた人が、辿りついた先に、あなたがいたんですって。流れ星に打たれたって本当? 本当だったら生きてはいないはずよね」
 そんな話をしながら、看護婦はケヴィンの熱や傷の具合を診ていく。
 ケヴィンは状況がよく把握できなかった。
 看護婦が処置を終え、部屋に一人になってようやく少しずつ記憶が戻ってくる。
 レナと一緒にいたはずだ。
 そして……あの男を思い出す。
 あの眼、緋色の瞳がケヴィンの脳裏に浮かび上がり、身体がビクンと震えた。
 途端、襲い掛かる痛み、激しい眩暈に意識が混乱する。
“行かなければ”
 そんな気持ちだけが、浮かんでくる。
 どこに? なんのために?
 自分に問いかける。
 賞金稼ぎの間で、時折噂にあがる人物がいる。
 黒い服を纏った、緋色の眼の魔族。
 絶大な魔力を持つ存在。
 決して近付いてはならないとされている。
 噂ではあるが、住みかは大体分かる。
 では、何のために行く?
 それは多分――。
 レナが捕らえられているから。
“お前を迎えに来た”
 あの男は、確かにそう言っていた。
 魔物と同じ眼をしたあの男。
 おそらく、魔物は囮だ。
 魔力の高い存在をおびき寄せるための。
 歯を食いしばり、ケヴィンは身を起こす。
 激しい嘔吐と眩暈に襲われる。
 気を抜けば、倒れそうになる。
 拳を握り締め、ベッドから下りた。
 体勢を崩し、手を壁につく。
 荒い呼吸を繰り返しながら、顔を上げる。
 この身体で何ができる?
 いや、可能、不可能ではない。
 絶対に譲れない意志がある。

――To be continued――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
※年齢は外見年齢です。