<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
●獅子の様に
「……そうか、アイツはまだ見つからんか」
「ええ……心当たりも尋ねてみたのですが……」
コロシアム内の訓練施設で言葉を交わすヴァルス・ダラディオンとジュリス・エアライス。ヴァルスとジュリスは、顔を合わせれば一言挨拶を交わす位の仲である。といっても、ヴァルスにとって見れば、大半の人物はその範疇に入るのだが。
ともあれ、その二人を悩ますのは、二人の共通の知己である、アイツこと天井麻里。ヴァルスとジュリスが顔を合わせるきっかけを作ったのも麻里であった。
そして、今、彼女は行方不明。それが、二人を悩ませる原因だった。ヴァルスにしてみれば、何度も自分に挑戦してくる麻里は、弟子か娘のような物かもしれない。
「無事だと良いんだがなぁ……」
言葉には出さないが、ジュリスも同じ思いだったであろう。
「ヴァルス、ヴァルス・ダラディオンは居るかや!」
激しい訛で怒鳴る男の声。何事かと気をやるジュリスとヴァルス。
「ヴァルスは俺だが……?」
応じたヴァルスの方を見遣り、更にその側に居たジュリスに目を向ける男。
「流石にチャンピオンともなると良いご身分だなぁや。めんこい娘っ子侍らせてよぉ」
「何だと?」
心の気圧が一気に下がるヴァルス。同時に部屋の気温も急に下がったような緊張感が立ち込める。
「ま、女さうつつ抜かしてる奴なんざ敵じゃないやな。娘っ子も、俺に鞍替えするなら今のうちだぞ?」
下品な顔で笑う男。男を阿修羅もかくやと言う表情で睨みつけるヴァルス。そして、俯くジュリスの表情に気付く者は居なかった。
「……た、如き……」
「ん?」
ジュリスの呟きを聞き逃した二人。
「貴方如き、私で十分です!」
珍しく怒りの表情で叫ぶジュリス。それを受けて男はニヤリと笑う。
「言うたな娘っ子。俺は女子供だども手加減はしねぇ。ええだな?」
「望むところです!」
「お前ら、勝手に話を……全く……」
呆れ顔で溜息をつくヴァルス。こうして、ヴァルスに挑戦しに来た筈の男と、ジュリスとの勝負が執り行われる事となった。
闘技場内にて向かい合うジュリスと男。ヴァルスはジュリス側のセコンドに立っている。ジュリスは愛用の長剣を手にしている。一方、相手方の男は素手だが、袖に隠された腕が何と無く膨らんでいるように見える。
「あれは何か仕込んでるな……。気をつけろ」
ヴァルスの言葉が聞こえているのかいないのか、ジュリスはずっと男を睨みつけている。
「……此処は俺が出しゃばる幕じゃないらしい……」
苦笑を浮かべ、後方に下がるヴァルス。そして、男を観察する体勢に入る。若しかしたら自分と戦う事になるかも知れない相手を観察する事は悪くない。相手を知っているかどうかは、勝負の行方に大きく関わってくるからだ。そう言う意味では、ジュリスが先に戦う事は、ジュリスには悪いがヴァルスにとっては願ったり、と言う事になる。
「準備はええだな?したらば、行くべ!」
宣言と共に駆け出す男。当然の如く、待ち構えて、男を横薙ぎにしようと剣を振るうジュリス。だが、男は剣の先僅かで急停止し、バックステップで再び間合いを計る。
「女が振り回すような剣じゃねぇっぺ。遅い遅い」
男にはジュリスの剣筋が見えているらしい。だが、決してジュリスが遅いわけではなく、男の目がかなり良いのだ。
「あれが見えているか……どうやら、唯の身の程知らずじゃあないらしい」
素直に男の実力を認めるヴァルス。自分に挑み掛ってくるだけの事はある、と。だが、ジュリスはそれを認めるわけにはいかない。今回は、不覚にも自分から喧嘩を売ったような状態なのだ。
「くっ!」
ジュリスは間合いのギリギリから剣を振るっている。相手が何を隠し持っていようと、素手の相手は近づけてはならない。武器とは、自分に近付けば近付くほどに力を失うものなのだ。
「ぐふっはっはっは、んだば遠い所から剣を振っても当らんっぺ!」
突きや袈裟気味の斬撃は体を振って間合いを詰める男。そして、横薙ぎの剣ならさっさと間合いを離す。傍から見ればさも鬼ごっこのような光景だ。余裕綽々の男。だが、ジュリスは真剣そのもの。
一旦離れて息を整えるジュリス。このままでは埒があかない。上半身を狙えば避けられる。腰を狙えば逃げられる。他に狙える場所は……脚。相手の機動力を奪い、さらに失血死も狙える、さらに狙いやすい。実戦では極めて有効な故に、正当な剣術からは邪道と言われる部位。
ジュリスは息を吐き、剣を低い位置から、更に斜めに打ち下ろす。
「そう来ると思ったっぺよ!」
ジュリスのモーションを見るや、ジャンプして避ける男。だが、ジュリスはそこで止まらなかった。剣をそのまま勢いに任せて上段に運び、兜割りに打ち据える。だが、ジュリスの予想した手ごたえは無かった。固い。そう、まるで切り通しの岩の斜面を斬りつけた様な……。改めてみれば、頭上に掲げた男の腕に、黒い金属のような物が見える。
「武器さ使う奴の所に乗り込むに何も用意せんと思ったかや?」
「鉄甲……」
あの一撃を止められるとは思っていなかったジュリス。それは、大きな隙を招く事になる。
「奥の手まで使わせるとは悪い娘っ子だっぺ!」
男の掌がジュリスの咽喉元に迫る。激しい圧迫感と共に、空中に吊り上げられるジュリス。所謂、喉輪という技である。
「かっ……はっ……」
何とか抵抗をしようにも、利き手は逆関節に極められ、抵抗するだけの力を生み出せない。やがて、ジュリスの手から剣が離れ、そして、全身から力が抜けた。
だが、男はジュリスを降ろそうとはしなかった。
「おい、勝負はついた。もう良いだろう!」
「いんや、駄目だっぺ。俺は逆らった奴ば許さね。この娘っ子にはそのまま消えて貰うんさ!」
冷酷に言い放つ男。そして、ジュリスを叩きつけようとした所に、一陣の鋭利な風が男を襲う。男は思わずジュリスを突き放し、どうにか駆け込んだヴァルスがキャッチした。
「あの風は……」
ヴァルスには覚えがあった。初めて自分に挑んできた時に魔法であの風を起こした少女がいた。その後も何度も懲りずに挑んで来た、手を組んで戦った事もあった。
「既に敗れた相手に止めを刺すと言う非道な行為、断じて許すわけには行きませんわ!」
あの、正義感溢れる高飛車な物言い。ああ、間違いない。
「帰ってきたか……」
ヴァルスが苦笑と安堵を混ぜたような複雑な表情で呟く。
「それ以上やると言うならば、この天井麻里がお相手いたしますわ!」
そう、そこには天井麻里が立っていた。
「俺ば邪魔したらどうなるか……解ってんだべなぁ!」
睨みあう麻里と男。燃え盛る怒りを全身から振るわせるような男。対し、麻里は凍て付いた、見る物すら凍らせそうな目をしている。こちらも怒りは大きい。が、頭の芯は冷えている、冷静、冷徹な怒りだ。
「ほう……あいつ、唯行方不明になっていた訳じゃないらしい」
今の麻里ならば信頼に足る。そう判断したヴァルスは、ジュリスを医務室に連れて行くためにその場を後にした。
「これで止める奴ばいねぇ。覚悟すんだな!」
圧力を掛けつつ突進してくる男。だが、麻里は言葉は返さず、相手を睨むのみ。
「貰ったっぺ!」
両手で掴みかかってくる男。だが、その両手に麻里の体は触れて居ない。
「甘いですわ」
突き出された男の片腕を軸に、横に回っていた麻里。男の膝裏に強烈な蹴りを食らわせると、すかさず間合いを取る。
「ぐっ……チョコマカと!」
尚も掴みかかってこようとする男。完全に頭に血が上ってるらしい。幾ら向こうが素早かろうと、人は限界を超えては動けない。ならば、気をつけてさえいれば、捕まる事は無い。相手の腕を避け、着実に相手の膝裏にダメージを重ねていく。終始、冷静に、油断せず……。
「が、あ、足が……!」
やがて、蓄積したダメージに耐え切れなくなり、男は膝を折る。必死に立ち上がろうとするが、既にその脚は意思の外だった。
「終わりですわ!」
手頃な高さに落ちた相手の顎に、全身のばねを使った打ち上げ式の肘を見舞う麻里。白目を向いて仰向けにひっくり返る男。相手が起き上がらない事を見届け、後ろを振り返る麻里。そこには、ヴァルスが立っていた。
「成長したな」
「ご心配、お掛けしました。そして、あの時は、本当に……」
穏やかに染みるヴァルスの言葉。思わず少々赤くなりながらも、礼と謝罪の言葉を述べる麻里。だが、緊張したのか最後の言葉が掠れてしまった。
「ん?」
「何でもありませんわ!次の勝負では、必ず貴方に勝って見せますわ!」
「それは楽しみだ。が、とりあえずジュリスの見舞いに行ってやれ。そろそろ気付く頃だろう。心配してたのは、アイツだ」
その言葉に、医務室へ駆け出す麻里。その背中を見ながら、ヴァルスは呟く。
「早く、俺の所まで上がって来い。……待っている」
彼女等は若い。何度も挫折を経験するのだろう。だが、その度に乗り越えて、強くなって行くだろう。さながら、千尋の谷から這い上がってくる獅子のように……。
了
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