<PCクエストノベル(2人)>


邂逅と失敗 〜 麗しの瞳 〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【 2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師 】
 【 1070 / 虎王丸 / 火炎剣士 】

 【その他登場人物】
 【 フィリ:オフィーリア・ウェルディナス 】
 【 リィン:リィンベル・ウェルディナス 】
 【 ハーブ:ハーブ・オーウェン 】

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 蒼柳・凪は部屋の中で狂喜乱舞する虎王丸を前に、顔を引き攣らせていた。
 そもそもが穏やかな性格の凪は、あまり人から嫌われる事は無い。ただ、基本的に穏やかではあるが自分の主張や言う時はしっかり言うタイプのため、時折虎王丸と喧嘩をする時が無いとは言い切れないが、大抵の場合は双方言いたい事を言い、穏便に済ませている。
 心にわだかまりを作らないための最良の方法は、話し合うことだ。自分の意見を言い、相手の意見を聞き、様々な面から問題を見る事によって解決の糸口が掴めるようになる。だからこそ、凪は虎王丸に言いたい事がある場合は遠慮なく言うようにしている。
 言うようにしているのだが‥‥‥今日ばかりは流石に、凪も声をかける事が躊躇われていた。
 トロリとした目と、だらしなく開いた口と、締まりの無い表情と、意味不明の踊りを踊りながら、どこの言葉とも知れぬ調子外れの歌を歌いながら、虎王丸は凪から見れば壊れたのではないかと思うほど幸せそうにわけの分からない事をしている。

凪(とうとう虎王丸も‥‥‥)

 たまに凪から見れば信じられないような行動を取っていた虎王丸だったが、それでも聞けば一応の理由は通っていたし、どれほど信じられないような行動をしていようとも虎王丸はいつだって正気だった。
 しかし今は、どこからどう見ても、どんなに好意的に見ようと必死になったとしても、虎王丸のおかしな行動は“壊れた”以外に説明のしようが無かった。
 凪の頭の中に、修理業者と言う4文字が浮かぶ。 しかし虎王丸は残念ながら機械ではない。どこかの螺子を締めなおしたら正気に戻ると言うような、お手軽な機能は持ち合わせていない。
 かと言って医者に連れて行くと言うのも悩む。虎王丸のこの状況を冷静に説明できるのは凪だけだが、どうして彼があんな風になってしまったのかの理由を知らない。
 そもそも、コレは病気なのだろうか? 病気なら治る可能性があるが、壊れてしまったならば治る可能性は低い。いや、修理業者に頼めば直るのかも知れないが、第一字が違うし、虎王丸は残念ながら機械ではない。どこかの螺子を締めなおしたら正気に戻ると言うような、お手軽な機能は持ち合わせていない。
 混乱する凪の思考が堂々巡りを繰り返す。 こんな複雑怪奇な問題を真剣に考えているうちに、凪の思考がおかしな方向へと向かっていく。‥‥‥虎王丸を助ける前に、凪の方がどうにかなってしまいそうだった。


* * *


 虎王丸の運命の出会いは、家に帰って凪を悩ませる数時間前に遡る。
 エルザードの街を歩いていた虎王丸は、聞いた事のある細い声に足を止め、振り返った。

???「どうしましょう‥‥‥これってボク、完全に迷子ですよね‥‥‥」

 真っ白なウサギのフード、フードの下から覗く淡い金色の髪、全体的に色素の薄い少年は透き通った海水のような色の瞳を寂しそうに伏せるとその場に座り込んだ。 華奢な身体はいかにも頼りなげで、遠くからでは女の子のようにも見える。
 街行く人々が振り返るほど可愛らしいその少年の事を、虎王丸は知っていた。

虎王丸「よ、リィン!久しぶりだな」

 明るく声をかければ、潤んだリィンの瞳と目が合う。 姉とは全然似ていないと思っていたが、瞳の奥に潜む艶かしさはどこか似たものを持っているように感じる。外見年齢8か9、この歳にしてそこらの女性よりも強い色香を持っているとは、リィンの将来が危ぶまれる。

リィン「と、虎王丸様!?お、お久しぶりです!今日はお一人なんですか?」
虎王丸「あぁ、今日は俺だけだ。リィンこそ、フィリはどうしたんだ?」
リィン「それが、姉様とハーブ様とはぐれてしまって‥‥‥くすん」

 涙声になったリィンが鼻を鳴らす。 これが女の子で、もっと歳が上だったら良かったのにと内心で思うが、リィンはれっきとした男の子だしお子様だ。虎王丸は年上好きだし、いくらセクシーなお姉さんなら魔物でも弱い彼でも、男にはときめかない。
 リィンを慰めつつ、彼と一緒にいればフィリに会える可能性が高いと言うことに心躍らせる。
 腰まである艶やかな夜色の髪に、艶かしい視線を発する紫色の瞳、着崩した着物からは豊満な胸が覗き、裾は短く切られ、際どい位置まで入ったスリットからは細長く白い脚が見えている。
 フィリは完全に虎王丸の守備範囲内にいた。 もっとも、虎王丸でなくとも健全な男性ならば思わずクラリと来てしまう官能的な美女である。
 彼女に全く心動かされない凪の男の子としての感覚を思わず心配してしまう虎王丸だったが、凪からしてみればセクシーなお姉さんは魔物でも守備範囲内に入れようとしている虎王丸の方が心配だった。

虎王丸「今日はどうしてここに?買い物か?」
リィン「はいです。でも、それだけじゃないです」
虎王丸「それだけじゃない?」
リィン「虎王丸様は、麗しの瞳と言う魔法をご存知ですか?」

 リィンの薄い青色の瞳を穴が開くほど見つめた後で、虎王丸は彼の華奢な肩をガシリと掴んだ。 突然の捕獲に戸惑ったリィンが虎王丸の瞳に宿る危険な色に気づき、身を捩って逃げようとするが、もともとの力の差がかなりあるため上手く行かない。
 真顔になった虎王丸に怯え、泣き出しそうになるリィンを通行人達が不憫な目で見つめる。 しかし誰一人として不幸な美少年に手を差し伸べる者がいないのは、ひとえに虎王丸の“超本気”が怖すぎるからだろう。

虎王丸「リィンベル君、その事を詳しく聞かせてくれないかね」
リィン「ふ、ふぇ!?リ、リィンベル君、ですか!?」

 リィンは正式にはリィンベルと言う名前なのだが、仲間内からは親しみを込めてリィンと呼ばれている。彼と同じ理由でフィリも正式にはオフィーリアと言う名前だ。
 ちなみにフィリは虎王丸を虎ちゃん、凪を凪っちょと呼んでいるが、おそらく彼女なりの親しみの込め方なのだと思うので、その呼び名のセンスについては深く突っ込まないことにしておく。

リィン「ぼ、ボク達とは違う盗賊団に、どうやらその魔法を持っているらしい人がいるみたいで‥‥‥そこの盗賊団も、弱者からは盗まない、誰も傷付けないと言うポリシーを持ってやっているみたいで‥‥‥だから、姉様もあまり人様のところに口を出したくは無いんですけれど‥‥‥」
虎王丸「先を続けたまえ、リィンベル君」
リィン「うぅ‥‥‥虎王丸様、その呼び名と口調止めて下さいです。なんだか怖いです‥‥‥」
虎王丸「さぁ、早く先を続けたまえリィンベル君。時間は待ってはくれないんだよ、何とか矢の如しとよく言うではないか」
リィン「それを言うなら光陰矢のごとしです。しかも、ニュアンスが若干違ってる気がしますです。‥‥‥そう言えば、帰心矢のごとしって言うのもありましたね。でも、それだと全然意味が‥‥‥」
虎王丸「リィンベル君!」
リィン「うぅっ‥‥‥えっと、それで‥‥‥姉様もあまり口煩くは言いたくないのですが、麗しの瞳は効果時間がバラバラで、一瞬の場合もあれば永続的に効果のある場合もあるんです」
虎王丸「そう言う魔法があるのは知っていたが、都市伝説の類だと思ったいた‥‥‥僕は愚かだった!」
リィン(虎王丸様が怖いです!助けてください姉様、ハーブ様、凪様ーっ!!)

 リィンが心中で必死の叫びを上げていた時、食料調達のために家を出ていた凪は両手に紙袋を抱えたまま道の真ん中で盛大なくしゃみをした。 一瞬風邪でもひいたのかと思うが、身体の不調は感じられない。

凪(誰か噂でもしているのか? なんだか虎王丸に関係がありそうな‥‥‥)

 当たらずとも遠からずだったが、リィンの悲痛な叫びまでは伝わらなかった。

リィン「どうやら持ち主さんはそのところを良く分かってないみたいでして、色々と問題が出て来ていますです。一瞬なら問題は無いですが、永続的な場合はかかってしまった人がかわいそうですし‥‥‥」
虎王丸「そうか‥‥‥それさえあれば成功率がかなり上がるだろうな‥‥‥」
リィン「あの、虎王丸様聞いてますですか?ボク、今物凄く重要なこと言ってますが‥‥‥」
虎王丸「その盗賊の居場所が分かるのか!?」
リィン「えぇっ!?ぼ、ボクそんなこと言ってないです! いえ、もしかしたらって大体の場所は姉様とハーブ様が探していますが、でも今ボクが言っていたのはそう言うことじゃなくて‥‥‥」
虎王丸「それで、ハーブとフィリはどこにいる!?」
リィン「ですから、ボク迷子になっちゃって‥‥‥」
虎王丸「よし、探すぞ!」

 虎王丸の目が輝き、素早く町中にいる人々の中からフィリとハーブを探すべく神経を研ぎ澄ませる。

リィン「あの、虎王丸様‥‥‥姉様もハーブ様も言ってましたし、ボクも同感だと思うのですが、やっぱり人の意思をそうやって魔法で変えちゃうのは、問題だって思うんです。一瞬ならまだ良いですが、永続的になってしまった場合はその人の心に対して責任を負う必要があると思いますですし、もしその人に大切な人がいた場合、凄く可哀想だと思うんです。責任とかじゃなく、それは罪になるんじゃないかって、そう思うんです。‥‥‥って、虎王丸様聞いてますですか?」
虎王丸「おっしゃぁっ!!フィリとハーブ見つけたぜ!」

 こんな幼いリィンが必死になって良い事を言っていたというのに、虎王丸はさっぱり聞いていなかった。
 彼の頭の中には、麗しの瞳を手に入れさえすれば女性へのナンパ成功率が飛躍的に高くなるだろうと、その執念だけが何重にもなって渦巻いていた。


* * *


 凪は壁にかかった時計を見上げると溜息をついた。 そろそろ夕食を作らなくてはならない時間だと分かってはいるが、重たい腰は動かない。1日くらい食べなくても死にはしないと、今日の夕食作りを放棄し始めている自分に気づき、苦笑する。虎王丸がいれば、そんなことは絶対に考えないのに‥‥‥。それこそ、虎王丸の腹減ったコールで作らざるを得ない状況になってしまうはずだ。
 空になったマグカップを流しに入れ、溜まった洗い物を一瞥する。流しに入っているお皿は昨夜のもの、しかも凪の分だけだった。
 虎王丸は昨夜から帰ってきていない。昼間にどこかへ出かけたきり、連絡もなしだった。
 夜が遅くなる時や帰って来ない時は必ず言ってから出かける。思いがけず遅くなったり帰って来られなくなったところで、次の日には帰ってきているのが常だった。
 虎王丸だってもう子供じゃない、わざわざ俺が心配する必要もないじゃないかと思ってはみるが、心の中の引っかかりはなかなか取れない。嫌な予感が不安と渦巻き、心の中に漂っている。
 起きていても良いことはないと、まだかなり早いがベッドに向かおうとした時、扉を軽くノックする音が聞こえた。虎王丸が帰って来たのかと急いで扉に向かう。 虎王丸ならばもっと荒々しいノックをするだろうし、鍵を持っているのだから勝手に入ってくるだろう。そんな当たり前の事にまで頭は回らなかった。

凪「虎王丸、いったいいつまで外で‥‥‥」
???「無用心だねぇ、凪っちょ。まずは誰が来たか確認してから開けないと」
???「そうですよ、盗賊だったらどうするんです?」
???「ハーブ様、ボク達が盗賊ですよ‥‥‥」
凪「フィリさんにハーブさん、それにリィン‥‥‥?」
フィリ「ちょっと話があるんだけど、入っても良いかい?」
凪「えぇ、どうぞ。‥‥‥お久しぶりです」
フィリ「感動の再会ってわけで色々話をしたいんだけどねぇ、生憎急ぎの用があるんだ」
リィン「凪様、虎王丸様、帰ってきていませんですか?」
凪「あぁ、昨夜から帰ってきてないんだが‥‥‥」
ハーブ「少し、厄介な事に巻き込まれてしまった可能性があるんです」
フィリ「完全にあたしのミスだ」

 苦々しく言ったフィリが頭を下げ、凪が驚きながらも3人に椅子を勧め、急いでお茶を入れる。 お手伝いにと来たリィンが流しを覗き込んで目をパチクリさせ、きちんと片しておくんだったと後悔する。

リィン「凪様、もしかして昨夜から何も食べてませんですか?ボク、こう見えてもお料理は得意なんです。何かお作りいたしますですか?」
凪「いや、でも悪いし‥‥‥」
フィリ「あたし達も今朝から何も食べてないんだ。凪っちょさえ良ければ、台所貸りても良いかぃ?」
リィン「食材もきちんと持ってきましたです」

 きっとフィリ達は凪が昨夜から何も食べていないだろうと言う事を悟っていたのだろう。リィンが手際よくお皿を洗い、準備を始めるのを横目に、凪はお茶をフィリとハーブの前に出した。

凪「それでフィリさん、虎王丸はいったい‥‥‥」
フィリ「ちょいと話が長くなるが、質問があれば最後に回してくれ。良いね?」

 凪が頷いたのを確認した後で、フィリは虎王丸とばったり出会った日のことから話し始めた。


* * *


 フィリとハーブへの挨拶もそこそこに、しかし目はしっかりとフィリに釘付けになりながら、虎王丸は慎重に言葉を選んで麗しの瞳の事を尋ねた。 好奇心や野心から聞いているわけではなく、リィンから麗しの瞳とみられる能力を持った人がいて、問題が出ていると聞いているがもっと詳しく話してくれないかと、いたって紳士的に尋ねた。
 最初はどこまで話したものかと思案していた様子のフィリとハーブだったが、虎王丸の「力になる」との一言で、虎ちゃんなら教えても差し支えはなさそうだと結論付けた。 リィンも虎王丸の真剣な横顔に圧倒され、先ほどの変わりようには口を噤んでいた。

フィリ「確かにねぇ、暴力を使わず、弱い者からは奪わずって言うのに同感は出来る。でもねぇ、魅了して相手から差し出させるって言うのもなんか、おかしいとあたしは思うんだけどねぇ」
ハーブ「効果時間が人によって差があると、そのところが考えどころですよね」
フィリ「どうもね、使い方を見てる限り使用者はそこのところをよく理解してないみたいなんだよねぇ」
ハーブ「効果時間に差があるということを知ってはいるのだと思いますが‥‥‥」
フィリ「少し問題も出て来ているようだし、あたしが話をしに行こうと思ってね。幸いな事に相手もあたしのことを知ってるみたいで、話し合いの機会を設けてもらえるらしい」
虎王丸「相手は男か?それとも女なのか?」
リィン「そのところはよく分からないんです。その人の側近の一人の手下が、ボク達の仲間の一人に会っても良いと言うことを伝えただけで、ボク達は会う場所と日時しか知らないんです」
虎王丸「どこで、いつ話し合いをするんだ? フィリ一人だけで行くのか?」
フィリ「いや、リィンとハーブを連れて行くよ。向こうも数人連れてくるだろうしね。ま、話のわかるやつみたいだから、いきなり暴力沙汰になりはしないだろうけどね」
ハーブ「場所が場所なだけに、そんな強硬手段には出ないでしょうしね」
フィリ「流石に真昼間の天使の広場でそんなことしたら目立ちすぎだしねぇ」
虎王丸「天使の広場の中からどうやって相手を見つけるんだ?」
フィリ「簡単な事さ、相手は青い花束の中に一輪だけ赤い花を入れて持って行く、あたし達は赤い花束の中に一輪だけ青い花を入れて持って行く」
リィン「ボク達のマントが紅、相手のマントが青だからだと思いますです」
虎王丸「そうか。ま、話しに聞く限り相手も凶暴なやつじゃなさそうだし、俺が心配するほどでもないか。きっとフィリなら上手く話を纏められるだろ」
フィリ「あぁ、頑張るよ」
虎王丸「応援してるぜ、フィリ!」


* * *


 室内に奇妙な沈黙が漂い、リィンが作ったスープだけが湯気を揺らして発言を求めている。
 強張った顔をした凪がじっと手元に視線を落とし、ハーブとリィンが緊張した面持ちでテーブルの真ん中を無意味に見つめている。そんな3人の様子を一通り眺めた後で、遠慮気味にフィリが口を開く。

フィリ「悪かったね凪っちょ、あたしがもう少し虎ちゃんの事を見ていれば‥‥‥」
凪「フィリさん、虎王丸はその話を聞いた日の夜、不自然なほど狂喜乱舞していました」
フィリ「まさか虎ちゃんが麗しの瞳に興味があるとは思ってなくてね」
リィン「ボクも、姉様やハーブ様に言わなかったです。ボク、虎王丸様が麗しの瞳の事を気にかけているの、知っていましたのに‥‥‥」
フィリ「とにかく、虎ちゃんはあたし達が責任を持って‥‥‥」
凪「フィリさんやリィンのせいじゃありません。これは全て虎王丸の責任です‥‥‥」

 恥ずかしさに顔を赤くしながら、凪は立ち上がると深々と頭を下げた。

凪「すみません!話し合いも出来なかったんですよね?」
フィリ「あ、あぁ‥‥‥あたし達が行った時には、虎ちゃんも相手もいなかった。でも、虎ちゃんとその人が会ってるのを見たって人がいるにはいる」
リィン「フードを被っていて男の人なのか女の人なのかまでは分からなかったそうです」
ハーブ「虎王丸君が自分の意思でついて行ったのならともかく、麗しの瞳に惑わされている可能性があります」
フィリ「凪っちょ、麗しの瞳がどんなものかは知ってるかぃ?」
凪「一般で言われているようなことは大体知っています」

 リィンに座ってくださいと促され、凪はゆっくりと腰を下ろした。
 先ほどまでは虎王丸の身に何かあったのではないかと心配していたのだが、今は怒りの方が強い。

ハーブ「それにしても、虎王丸君はどうして麗しの瞳に興味があるのでしょう」
フィリ「ま、魅力的な魔法だとは思うけどねぇ」
リィン「姉様には必要ないと思います。ね、ハーブ様?」
ハーブ「確かに、フィリ様は魅力的ですからね」
凪「虎王丸のことです、どうせナンパの成功率を上げようとか、そう言うことしか考えてません」
フィリ「おや、虎ちゃんには厳しいんだね凪っちょ。盗賊団の魔の手から麗しの瞳を取り上げようと勇んで行ったとは思わないのかい?」
凪「虎王丸に限って、それは絶対にありません。ありえません」
リィン(凪様、虎王丸様を完全否定されてますです‥‥‥)

 凪にあの日の虎王丸の様子を伝えようかとも思ったリィンだったが、何とか呑み込んだ。 今ですらも瞳の奥に微かな怒りの炎を宿している凪が、リィンのその一言で爆発させないとも限らない。
 それこそ、虎王丸の身の危機‥‥‥いや、食の危機だ。リィンの勘が正しければ、この家のお台所事情はほとんどの権力を凪が手中に収めているのだろう。

フィリ「虎ちゃんの思惑が何であったにせよ、麗しの瞳にかかっているのかいないのかも一先ず置いておくとして、とにかく何処にいるのかを突き止めなくちゃならない」
ハーブ「現在最優先事項として仲間達に捜索を依頼しています」
リィン「虎王丸様の意思で行ったのなら良いのですけれども‥‥‥」


* * *


 臭いだけで酔ってしまいそうなほど充満したお酒の匂い、そこかしこで吸っているために天井付近に溜まってしまった紫煙、男達の笑い声と怒声が入り混じり、普通に会話をするだけでも怒鳴らざるを得ないほどの喧騒。
 踊り子が手拍子と細い弦楽器の音にあわせて踊り、艶かしい白い細腕をくねらせる。肩にかかった薄いベールがランプの明かりを受けて光り、腰元に撒きついていた薄い布が大きく広がる。
 淡いピンク色の口紅を引いた唇が、三日月のようにキュっとカーブする。腰まである黄金色の髪が揺れ、吸い込まれそうなほど深い藍色の瞳が細められる。
 口笛、歓声、拍手。 美しい踊り子に向けられる賛辞を背に、虎王丸は緩んだ表情を目の前に座る人物へと向けていた。
 その人がグラスを掴むたび、口元に持って行くたび、前髪を払うたび、虎王丸の口から溜息が漏れる。

???「使用の際はあれほど気をつけなくてはならないと言ったはずですよ」
???「分かっている。しかし、あの場では他にどうすることも出来なかった」
???「それで、どうするおつもりなんです?」
???「効果が切れるまで、傍に置いておくほかはあるまい。このまま放り出すわけにはいかないだろう」

 椅子に座っている人物と、その隣に立っていた人物が顔を見合わせ、溜息をつく。
 心底困っている二人を前に、虎王丸は締まりの無い笑顔を向けると、拳を硬く握った。

虎王丸「ご命令とあらば、どんなことでもやってみせるぜ!」
???「こう言ってるんだ、仲間にするのも悪くは無いだろう?」
???「まぁ、見たところかなり強いみたいですし‥‥‥」

 渋々と言った様子だったが、初老の男性は奥から青色のマントを持ってくると虎王丸に手渡した。

???「これで君も仲間だ」

 そう言われた瞬間、虎王丸は今までに感じた事もないような強烈な幸福感に包まれた ―――――



≪ to be continued‥‥‥ ≫