<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


殺人鬼のRondo(C-version)



「残念ながら、夜が終わってしまった」
 赤い髪の男は、足元でうずくまっている青年に向けて言葉を手向けた。今までの戦いを思い出すには十分な傷と滴り落ちた血を青年はこびり付かせていた。無論、男もだったが、二人には違いが二箇所あった。青年は深手を何箇所も負っていたが、男は全身のかすり傷と右腕に深い引っ掻き傷があるだけだった。各の違いは歴然だった。
 そして男は自らの力で立ち、青年は土に自らの体を預けていた。
 朝を告げる鐘の音と、男の声が重なった。
「息の根が止まりそうなキミをここに置いておくのは本望ではないけれど、もう少し生きていてほしいから、これをあげるよ」
 そう言って男は懐から包帯を取り出した。屈んでそっと青年の手元に置いた。
 男は先ほどまでの殺気を完全に消して、微笑んだ。赤い髪、黒いスーツに飛んだ鮮明な赤い模様が朝日に照らされて清明に光っていた。
「さようなら、親愛なるキミ。また会える日まで」
 足音も足跡も無く、彼は立ち去った。
 完全に立ち去ったのを気配で読み取り、青年は包帯をぎゅっと掴んだ。生への欲望と死を望む懇談が心の中で葛藤していた。その間にも絶えず血は流れていた。息をしようにも血の匂いがきつすぎて息が詰まった。握りしめた手も徐々に感覚がなくなっていった。

『僕はまだ、死にたくない――』

 青年は自分に鞭打って、包帯を掴みなおすと、頭に包帯を巻きつけた。
 力強く巻き付け終わると、天を仰ぐように仰向けで寝転んだ。
 不思議と圧迫感は無い。
 仕上げに、大きく息を吸い込み吐き出した。
「助けて! 僕を助けて!」


 数時間後。

 聖都エルザードからハルフ村まで行商をしていた商人に見つかり、青年は聖都エルザードの診療所に無事運び込まれた。
『戦士がモンスターと会い、傷を負って倒れていた』
 そんな風に解釈していた良心の商人は、数分後、診療所の看護師とともに行きつけの店、黒山羊亭に依頼書を渡していた。
『治療しようとすると、暴れる患者の治療を手伝って欲しい――』
 そのような旨が依頼書には書かれていた。
「点滴を打とうとすると暴れだすし、薬は飲まないし、頭の包帯は替えさせてもらえないし……とにかく大変なんですぅー!」
 そう言って泣いた看護師はエスメラルダに慰められていた。


□■■


 商人と看護師は、病室の外で中の様子を覗き見ていた。
 後日。二人の男女が黒山羊亭から依頼を受けて診療所を訪れたのだが、男は青年を問い詰めるように大声で疑問点をぶつけると、どこかへ走って行ってしまった。
 女の方は……いや、これは商人の主観であり、もしかしたら男ではないかという疑問も残っているが、青年が眠るベッドの隣に椅子を置き、ずっと座っている。
 ずっと座っているだけなのである。何かをするというわけでもなく、ただただ座っている。
 体がむずむずして、商人は女?に質問した。
「あの……なにを、されているのですか?」
 女?は商人の方を振り向き、微笑みながら答えた。
「看ているのです」
「はい?」
「視ているのです」
「はぁ…」
 ベッドの上で眠っているはずの青年の体がピクリと動いた気がして、女?は振り向いた。
 頭の先から鼻の部分を少し開けて口の上ギリギリまで青年の頭には包帯が巻かれていた。看護師に聞いてみたところ、この青年自身がそうしたらしい。外させもしないし、代えさせもしない。
 商人が見つけたときは、もっと髪や地肌が見えていたらしいが、診療所に着いて手当てを拒否し暴れて夜が明け、朝になったらこうなっていたらしい。その後は依頼書にあった通り。
 覗き見ている商人と看護師に女?は微笑んで、目線を青年に戻した。
 青年は寝返りをして女?に背を向けた。


■□■


 冒険者リルド・ラーケンは奇妙な依頼を受けた。

『聖都エルザードとハルフ村の間で魔物が現れ、負傷者が出た。
 その負傷者は手当てを拒むので手伝って欲しい』

 魔物に興味があったのだが、まずは負傷者の元を尋ねて状況や特徴を聞かなければ動こうにも動けない。一応、依頼書にはそれらしき記述はあったのだが、実際の証言や負傷者の傷口から得られる情報もある。同じ依頼を受けたウインダーのトリ・アマグと一緒に診療所を訪れたのだったが、負傷者の青年は依頼書どおりのミイラみたいな頭をして、質問しても一向に答える気配さえ見せなかった。
 掴みかかった手を乱暴に離して、リルドは言い放った。
「俺はアンタみたいに生きたいのか死にたいのかハッキリしない奴は……」
「……zzz」
「この野郎、ふざけやがって…! もういいッ!」
「ふふふ……いってらっしゃい」
 リルドはムシャクシャした気分を足音で表現しながら、看護師と商人を睨みつけた。
「こいつに無理やりにでも薬を飲ませろ!」
 そう言うと走り出していた。
 傷口を見た限りナイフで切られたり刺されたりしたみたいだが、それ以上はわからない。わからないのならば、他に情報が得られそうな所に行けばいい。といえば、酒場やギルドだ。とりあえず、酒場の方が早く着けそうだ。
「酒場にするか……腹も空いたしな」


 行きつけの酒場の門を押すと、小さな店内にいるまばらな客がちらりとリルドの方を見て、また食事の方に目を戻した。主人はリルドをカウンターに呼ぶと、他愛もない話をはじめていった。そういえば、最近来ていなかったな、と主人との会話の中で思っていると勝手に昼食セットを出されていた。
「なぁに、元気な若者から金を取るほど俺は金が欲しかないよ」
 笑う主人の顔見ていると、ある事を思う。久しぶりに会ったとはいえ性格は変わらない。
「……賞金稼ぎにでも成功したんだろ」
 主人は笑って、頭をかいた。
「あはは……リルドにはかなわねぇな。あぁ、そうさ。本命を狙っていたんだが、思わぬところで見つけてな。稼がせてもらったぜ」
 にやけた顔を無視しながら、リルドは質問を続けた。
「なぁ。そいつの髪って赤かったか?」
「いいや、茶色かったが……なんだ? 赤い髪の野郎でも狙っているのか?」
「まぁな」
 ぶっきらぼうにそう言うと、主人は手を振った。
「やめとけ、やめとけ。俺が知っている奴だとしたら、おまえでも無傷とはいかねぇぜ」
「そんなに強いのか?」
 スープをすすりながら聞くと、主人は頷きながら言った。
「狙った獲物は確実に仕留める野郎だ。名前は……なんだったかな。とりあえず、獲物には赤い手紙を送る、いけすかねぇ野郎ってことは聞いたな」
「そうか……ふざけた野郎だな」
 リルドの頭に青年の姿が過ぎった。
 赤い髪の男にやられた……。
 まさかな。あいつは赤い手紙を持っていなかったし、生きていた。
 赤い髪のふざけた野郎とは無関係だろう――。
「……なぁ、リルド。教えてやったんだから、教えてくれよ」
 考えている途中に話しかけられて一瞬、なんの事かわからなかったが、主人の性格を思い出して、事を理解した。願い出ずに教えた情報でも、見返りが欲しいらしい。
「しょうがねぇな……どうせ、本命のことだろ? 誰だ、本命ってのは? 女か?」
「女みたいないいもんならいいんだがな。俺が狙っているのは殺人鬼だ。殺人鬼キャット。おまえも名前なら聞いたことがあるだろ? 狙ってくる賞金稼ぎを次々とでかい爪で切り裂いた猫野郎だ」
「あぁー……ギルドで聞いたことがある。最近はパッタリと噂が途絶えたと思うんだが、先を越されたんじゃねぇの」
 主人はその言葉を聞いて「やっぱりか……」と言って肩を落とした。どうやら、主人もそう考えていたようだった。
「……おまえで五人目だぜ? 聞いたの。それでもわからないんじゃあ……。もしかしたらな、これは俺の考えだが……赤い髪の野郎にやられたのかもしれねぇって思うん……」
「それは物騒な話ですね」
 大声で話していた主人の声を割るように若い男の声が二人の輪の中に入ってきた。黒いスーツを着た赤い髪の男は二人の目線など気にしていないかのように微笑みながらリルドの顔を見詰めるように見た。
「キミは綺麗な青い瞳を持っているね……。よし、主人。俺にも彼と同じ昼食をお願いする」
「あ、あぁ……」
 主人は目線を泳がせながら答えた。さらに皿を落として慌てている。
「大丈夫? 怪我をしたのならば包帯なら持っていますよ」
 男が手に持っている包帯を見て、リルドの目は大きく開いたが、考え直した。主人の様子があきらかにおかしいが、男からは殺気や闇の気配は感じ取れないし、むしろ好青年のようなイメージさえ与える男だが……リルドの野生の勘が否定した。
「なぁ……あんたさぁ、聞いたことあるか?」
「ん? なんでしょう」
「殺人鬼キャットが赤い手紙を送る野郎に殺されたかもしれねぇって話」
 リルドが男の目を覗き込んだとき、男は笑っていた。笑って言った。
「彼は生きているよ。生きて、病院にでもいるんじゃないかな」
 男は表情を変えずに答えた。
「あんた、その話どこで聞いた」
「キミはキャットに会っている」
 リルドは剣を抜いた。抜いて男の顔の前に突き出していた。慌てて主人が止めたが、リルドには届いていなかった。
「俺と一戦やろうぜ」
「俺にではなく“ブラッディ・レッドローズ”に言ってほしいところだな」
 男は怯むことなく、雰囲気を変えずに答えた。まるで目の前に剣などないかのように。
「逃げるのか」
「あいにくキミの分の薔薇と手紙はないのだよ。気を悪くしないでくれ」
「はぁ?」
 男は立ち上がると入り口の方へ歩いていこうとした。止めるリルドだったが、男はリルドの肩を叩いて、耳元で囁いた。
「キャットは両親を恨み殺した賞金首だ。賞金稼ぎを何人も殺している。彼の傍にいるウインダーは生きているかな?」
 男は笑いながら外に出てしまった。追いかけたが、遅かった。彼の姿はどこにもなくなっていた。
 彼が座っていた所に、赤い薔薇と赤い手紙を残して――。
 店内に悲鳴とどよめきが起こった。


■■□


 青年の体は身を投げ出すように診療所の窓から飛び出し、どこかへと走り去ってしまった。アマグは追いかけなかったが、知らず知らずのうちに体の力が抜けていた。
 扉が開くと、リルドが肩で息をしながら青年の行方を聞いたが、アマグは首を振るだけで何も答えなかった。
 体が勝手に倒れこむように椅子に座っていた。
 アマグの口元は絶えず笑みを浮かべたままだったが、頭は下を向いていた。
 病室には血だらけの寝具と包帯だけが、空しく落ちていた。その包帯を拾うと、リルドは悔しそうに握りしめた。
「……また会えますよ。会えなくても、噂を耳にします」
「アマグには、なにも怪我とかないか? あいつはキャットだったんだろ……」
「キャット……あぁ、あの子ですか。大丈夫です。ですが、あの子を傷付けた相手は知りません。リルドさん、わかりましたか?」
 顔を上げて問うたアマグの顔を見て、リルドは言葉を詰まらせた。
「……また会えますよ。会えなくても、噂を耳にします」
 そう言うと再び頭を下げた。
 温かくも冷たくもない風が病室内に吹き込んできた。冷めた昼食の匂いと血の匂いを洗うように風は何度も入れ替わった。その度、包帯は揺れ、血が乾いていった。


 後日。
 賞金稼ぎの網を切り裂き、殺人鬼キャットの噂は再び酒場やギルドに流れた。
 噂は噂を呼び、賞金稼ぎは賞金稼ぎを呼んだ。
 類は友を呼ぶ。
 賞金稼ぎ達は武器を握りしめ、物陰からキャットを狙っていた。
 キャットにかけられた大金しか賞金稼ぎの頭には無かった。
 今宵もまたキャットの爪は血を吸った。
 傷ついたキャットは冷たい壁に背を預けた。
 月を見上げる。
 狭い視界に月と、黒い影がうつった。

 そしてまた、赤い手紙を受け取るのだった。
 赤い髪の男からの赤い手紙を――。



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544/リルド・ラーケン/男性/19歳/冒険者】
【3619/トリ・アマグ/無性/28歳/歌姫/吟遊詩人】

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         ライター通信          
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 この度はご参加ありがとう御座いました!
 前編後編とわけ、北嶋哲也WRと書く物語の前編はいかがでしたでしょうか?
 お二人のプレイングを読んでいると、『これは、バッサリ二つに分けた方がいいのでは』と思いまして、真ん中の部分は個別となりました。
 アマグ様の方は前回ご参加いただいたシナリオを踏まえないとわからない部分が多々あるかと思います。すいません。
 違う二つの文章をお楽しみいただければと思います。

 私としては、とても楽しく書かせていただきまして嬉しかったです。
 今回で私は休みに入ってしまいますが、ソーンには楽しいシナリオがたくさんあります。
 もっともっと楽しんでいただければと切に願います。
 
 よろしければ北嶋さんが書く後編にも参加してみてくださいね。
 ありがとう御座いました!