<Bitter or Sweet?・PCゲームノベル>


一文字のエッセンス

□Opening
 迷い込んだ小さな小道。
 見つけた店舗は、小さくて、甘い匂いが漂っていた。
「あら、いらっしゃい。季節柄、でしょうね。貴方も迷い込んできたのね」
 カウンターには、小柄な老婆の姿があった。
「見ての通り、ここはチョコレートのお店よ。甘い甘い、チョコレート」
 確かに、店には色々なチョコレートが所狭しと並んでいる。
「ただ一つ、他のお店と違うところはね、仕上げのエッセンスに、貴方の思い描いた一文字をチョコレートに込める事ができるの」
 老婆は、にっこりと笑い不思議な事を言う。
「さぁ、貴方がチョコレートに込める想いの文字はなぁに? それが、最後の仕上げのエッセンスよ」
 受け取る相手にその想いが届きますように。
 老婆は、願いを込めて一文字のエッセンスを加えるのだと言う。

■01
 松浪・心語は、慎重に片手で扉を開けた。もう片方の手は、いつでも有事に対処できるように緊張させる。
「あら、いらっしゃい。貴方も迷い込んできたのね」
 店の中は、甘ったるい匂いで満ちていた。
 心語は、カウンターの奥でにこにこと微笑む老婆に視線を向ける。同時に、注意深く店舗内を観察した。まず、全体的にピンクだ。オフホワイトの壁には大きなパッチワークキルトが飾られていて、その上にピンクのリボンがかけられている。棚にもいちいちピンクの敷物が敷かれているし、飾られている商品も概ねピンクのラッピングが施されていた。
 はじめての場所だ。
 見たところ、曲者が潜む場所は無い。けれど、それだけで油断するほど愚かでもない。
 心語は、腰を落とし、警戒を続けた。
「見ての通り、ここはチョコレートのお店よ。甘い甘い、チョコレートね」
「……」
 無言で立ちつくす心語に、老婆がやんわりと声をかける。
 その言葉につられて、展示されている商品を見た。
 確かに、むせ返るような甘い匂いは、店に入った時から感じている。しかし、チョコレートのお店と言うのが解せない。記憶を手繰り寄せてみたが、心語の知るチョコレートとは、どちらかと言えば一見食物と思えない黒い塊だ。……老婆が語るように、甘いと言うのは分かる。甘くて疲れの取れる良いものだと思う。少なくとも、心語が食べたチョコはそうだった。ただ、一度しか食べた事がないので、絶対的に情報が不足しているのか?
 展示されているのは、美しい細工が施してあるもの、様々な色合いの装飾がちりばめられているもの、それどころか、本体が黒くないものまで、実に多様な商品だ。
 おかしいではないか。
 チョコレートとは、黒い塊のはずだ。
 だから、心語は訝しげに、老婆を見返す。
 心語の様子をどう誤解したのか、老婆は、にっこりと微笑んで手招きした。
「ふふふ。男の子が可愛いお菓子を買うのって、ためらうのかしらね? けれど、せっかくのバレンタインよ。貴方にも、大切な人が居るんじゃないかしら?」
「ばれんたいん」
 また、馴染みのない言葉。
 とは言え、心語は冷静に状況を検討した。これまでの老婆の言葉と店内の雰囲気を総合すると、この店は、「ばれんたいん」のために特設された「ちょこれいと」販売所、という事になるのか。
「そうよ、バレンタインのためのお店なの。うちのお店はね、この時だけこの場所に現れるのよ。だから、貴方と出会えた事が、特別って事ね」
 心語の戸惑いを見透かしたように、老婆は語る。
「貴方も、大切な人に、チョコレートを贈ってはいかがかしら?」
「大切な……人か」
 その言葉が、心語の心に響いた。

■02
 戸惑いながらもカウンターに近づいた心語に、老婆は幾つか商品を並べてみせる。
「このお店のね、ただ一つ他と違うところは、仕上げのエッセンスに、貴方の思い描いた一文字をチョコレートに込める事ができるの」
 カウンターに並べられたチョコレートを見て、心語は不思議に思った。
 この店はチョコレートを販売していると言うことだが、並べられた商品はどれも見た事のないものばかりだった。この中の、どれを指してチョコレートと言うのだろうか? それに、他と違うと言うが、そもそもバレンタインとはどういう行事なのか聞きかじりの知識しかないので判断に困る。
「女がちょこれいとを配る祭り……のはずでは?」
「そうね、お祭りのようなイベントではあるわね」
 老婆は心語の言葉を否定しない。
 この店はチョコレートを取り扱っている事。バレンタインの期間中現れる店である事。老婆は純粋にチョコレートを勧めてくれている事。
 これらを確認して、心語はもう一度カウンターに並ぶ商品に目をやった。どうせなら、慣例に則りチョコレートを渡したい。
「どれが、ちょこれいとだ?」
「あらぁ、これ、全部。いいえ、このお店に飾ってあるものは全部、チョコレートよ」
 心語の問いに、老婆はにこやかに答えた。
 そんな事があるのだろうか……。
 一番左においてあるのは、丸い親指の先ほどの塊。木の実を砕いたようなものがちりばめられている。まるで、岩のようだ。その隣には、黒や薄茶色の薄い板が幾重にも積み重なっているものが置かれている。断層を見て分かるが、塊ですらない。その次は、指先ほどの長さの、細長い棒切れが小さな箱に詰まっている。ここまでは、それでも見知っているチョコレートの色をしていた。次の物は、何と、白いのだ。確かに、形状は一番見知ったチョコレートに近い。けれど、色が違うと言うのは、チョコレートの知識を根底から覆すような衝撃だった。その次に並んでいた物は、心語が唯一見た事のあるチョコレートに良く似ていた。小さな円盤型の黒い塊。これこそ、知ったチョコレートだ、と、一目見て決めた。
「これを」
「そう、分かったわ。それじゃあ、どんな文字を思い描く? その思いを、込めるわ」
 老婆は、心語の指差したパンワークチョコレートの包みを持ち上げて心語に微笑みかける。
 その前に一つ、確認しなければならない。
「……、ばれんたいんは、男から男にと言う事は可能か?」
 確か、この世界に来てから知った知識によると、バレンタインは女がチョコレートを配る祭りで、老婆は先ほどそれを否定しなかった。
 と、言う事は、男の自分がチョコレートを贈るのは、許されるのだろうか?
 分からない。
 老婆は、心語の問いに、静かに頷いた。
「そうねぇ、貴方が大切だと思う人に贈るのなら、それが一番だと思うわ」
 その言葉に後押しされるように、心語の心は決まった。

■03
「言葉は、……『敬』だ」
「そう、敬ね、……分かったわ、ちょっと待ってね」
 心語の言葉に、老婆が動いた。
 老婆はチョコレートをテーブルに置き、ぱんと手を叩く。すると、老婆の両手がうっすらと光はじめた。
 次に、手を握り締めチョコレートにかざす。
 老婆が手を開くと、『敬』と言う文字がさらさらとチョコレートに溶けて行った。
 戦と生き延びることしか知らない、獣同様だった自分。真っ赤な血にまみれて生きていた自分。そんな自分に、名を与え、文字を教え、教養を与え、『人間』にしてくれた義兄へ、感謝と尊敬の気持ちを贈りたい。
 言葉にするのは苦手なので、形として贈れるのならそれが良いと思う。
 老婆の不思議な術を、心語は静かに眺めていた。
「さぁ、ラッピングもきちんとしましょうね。誰に贈るのかしら? ピンク、じゃ、ないわよねぇ?」
「……俺が生きているうちに……兄上に……気持ちを……」
 ぽつりぽつりと語る心語を見て、老婆はがさごそとラッピング用紙を用意する。
「そう。だったら、シンプルな方が良いわね。リボンじゃなくて、そうねシールにしましょう。シールって言っても、義理チョコ用の物じゃ無いわよ、安心して。上品でね、金と銀と透明の剣を模ったのがあるの」
 ……、元より口数の少ない心語は、ただひたすら、流れるように喋る老婆を見守るしかなかった。
 気がつけば、淡いブルーの紙に包まれた、ちょっとしたプレゼントのようなチョコレートが自分の手の中にある。
 そう言えば、彼の人の髪の色を連想させるなと、今更ながら思った。
「気持ちが、伝わると良いわね」
 微笑む老婆に小さく頷き返し、心語は店を後にした。

■Ending
 不思議な店から戻ってきた心語は、すぐに渡す相手の姿を探した。
 何とも不確かで曖昧な店だったけれど、この手の中にチョコレートがあるという事は、それが現実だったのだろう。
 気持ちが伝わると良いと老婆は言った。
 その通りだと、心語は思う。
 本当は、言葉にして、喋って、上手に自分の気持ちを表すことができたなら、それが一番良いのかもしれないけれど、それが難しいのだから仕方が無い。
 心語は、こちらに気がついたであろう相手にチョコレートを放り投げた。
 相手の顔も見ない。
 そんな方法しか知らないけれど、貴方を尊敬していますと言う気持ちは真実だから、それで良いと思う。
 チョコレートに込めた思いが伝わる事を信じた。
<End>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3434 / 松浪・心語 / 男性 / 12歳 / 異界職】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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松浪・心語様

 はじめまして、ご依頼有難うございました。
 チョコレートについての見解などいかがでしたでしょうか? チョコ好きな私にとって”黒く一見食物と思えない塊”と言う感じ方は衝撃でした。言われてみると、確かにそうかもしれない。
 それでは、また機会がありましたらよろしお願いします。