<PCクエストノベル(2人)>
■なんだか微妙に〜貴石の谷〜■
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【冒険者一覧:整理番号/名前/クラス】
【2357/イクスティナ・エジェン/第三級術煉士】
【2358/ルュ・ルフェ・メグ・メール/フェイメル・シー】
【助力探求者】
【NPC/ルディア・カナーズ/ウェイトレス】
【その他登場人物】
【NPC/行商人】
【NPC/採掘者】
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空は広く澄み渡り、風は清々しく走り抜け、外気に触れれば心も弾む。
イクス:「…………」
はずなのだけれども、イクスティナ・エジェンはといえばガタゴト揺れる荷台から空を見上げて溜息を一つ零してみた。
ああ。空はあんなにスッキリしているのに。
なのにどうして自分はこんなにスッキリしないのか。
ルルフェ:「イクスイクス!このベーグル美味しいよ〜」
イクス:「ああそうかそうか良かったなあ」
ルディア:「イクスさんは食べないんですか?ホントに美味しいのに」
イクス:「そんな気分じゃないんだよ」
ガタゴトガタゴト、ゴトン。
時折小石を乗り越えでもするのか強く揺れる荷台には、イクスティナだけではなく、蜻蛉を思わせる羽根を持つ妖精のルュ・ルフェ・メグ・メール――ルルフェと白山羊亭の元気娘ウエイトレスなルディア・カナーズとが同じように座っている。
二人はルディアが持参したバスケットを開けてそれぞれにベーグルサンドを持ったままイクスティナを見詰めており、邪気のない、ごく単純に『おいしいのになあ』というだけ気持ちを表情で示していた。ちらりとそれを確かめてイクスティナは嘆息する。
スッキリしない理由なんて今更考えるまでもなくわかっていた。
この妙に陽気な妖精とウエイトレス。二人以外のどこにも理由なんてあるものか。
イクス:「だいたいなんでルディアが一緒なんだ……」
ルルフェ:「お弁当持ってきてくれたのにそんな言い方ダメだよ、イクス〜」
ルディア:「美味しいでしょ。買って帰る人も多いメニューだもの」
けれども渋った声で呟いたところで望む方向性の返答もフォローも期待は出来ず、予想通りに目の前に差し出されたのは確かに美味しそうなベーグルサンド。
はい、と小さな身体でルルフェが抱えて寄越したそれを仕方がないので受け取り遠慮なく齧り付く。確かに美味しくはあった。望んだリアクションではないが、このそれなりに馴染んだ付き合いの妖精がそれをくれるとは思わないので黙々と齧って考える。これは今度バイトのときにでも食べてみようか――いや違うそうではなくて。
瞬間過ぎった思考に慌てて頭を振ってイクスティナはきりりと気持ちを引き締めた。
思い出せ思い出せ。
自分は何をすべくこうして馬車の荷台にお邪魔しているのだったのか。
けして長閑なピクニックではありえない、そのはずの道行の発端はそりゃあまあ複雑な気分になるバイト先での噂話だけれども。
イクス:「貴石の谷まではあとどの程度なんだ?」
行商人:「あんた達がメシ食い終わって一服済ませる頃かなあ」
ガタゴトガタゴト。
手綱をゆるりと握って座る行商人に尋ねて返る答えにイクスティナは「そうか」と頷き、座り直した。護衛を兼ねて同乗させて貰ったというのに何事もなかった道中であるが、それもあと少し。
聖都エルザードの郊外からは随分と様子を変えた周囲を見るともなく見ていれば、ふわりと肩口に寄って来たルルフェが小さな顔を楽しそうに綻ばせて――いつだってこの妖精は楽しそうに、幸せそうに、にこにこと笑ってイクスティナの傍に居るので普段通りといえば普段通り――語りかける。
ルルフェ:「綺麗な石があるといいね〜、イクス」
イクス:「そうだな。なるべく深くの、価値の高いヤツがな」
ルルフェ:「イクスに似合うのもきっとあるよー」
イクス:「……俺が持っとくワケじゃねえだろうが……」
会話の示す目的というか、向かう先に期待するものが少し重なっていない気がしないでもない二人を、ルディアはにこにこと笑って見るばかり。
白山羊亭でのアルバイトに声をかけて以来、イクスティナとルルフェ、この少女と妖精はいつだってこんな風だ。制服でもなくトレードマークの三つ編みでもなく、白山羊亭の中ではないけれど彼等の気負いない空気はルディアにこの『遠出』を日常の延長のようにさえ感じさせていた。
** *** *
それは、足元からスースーとして落ち着かない制服姿でウエイトレス業に勤しんでいたイクスティナが、客の離れたテーブルを片付けている日々変わらぬアルバイト時間の最中だった。
やれやれ今日も一日なんとか乗り切った。
当初程には反射で客を張り倒したり蹴り飛ばしたり殴りつけたりしかけもしたが、どうにかこうにか辛抱して『基本的には』さらりと交わし『少し』しか手を出さなくなった自分の忍耐を内心で誉めてやりつつ業務終了を思って息を吐いた折のこと。
イクス:「……待てよ俺」
突如として思い至った己の現在。
いくら出費を抑える理由も兼ねてのアルバイトとはいえ、それにどれだけ時間を割いているのか。そこから得る収入で良しとしているのか。客あしらいが上手くなったからといって感心されていていいのか。
待て待て待て待て。思い出せイクスティナ・エジェン。
自分の本業はなんだった。白山羊亭のウエイトレスか――否。
テーブルを片付ける姿勢のままぴたりと止まってしまったイクスティナをルディア辺りが怪訝そうに見遣りもするが、当人まるきり気付かないまま卓上に置いた腕に力を込める。身じろいだ拍子に揺れる耳元のピアス。動物の牙で出来たそれは単なる飾りではなく、イクスティナの能力と技量を証してみせるに足りるもの。そうだ術剣だ。自分はウエイトレスではなく術煉士ではないか。
だというに軽い財布をなんとかすべくのウエイトレス業に最近は力の限り馴染むばかり。
ルディア:「おかえりなさい、ルルフェさん」
ルルフェ:「うん。ただいま〜。イクス、おつかれさま」
ルディア:「もうちょっとバイト時間ですよルルフェさん」
ルルフェ:「ほんとだね。がんばれイクス〜」
明らかに本来の立場から外れた現状に今更ながら愕然とし、どうにか軌道修正をせねばと片付け途中の姿勢のまま考えるイクスティナ。その耳に届く声。ルルフェ。言い辛い名前の妖精。ときになにやら深い言葉を寄越すこともあるけれど、基本的にはサイズに見合わぬ大飯喰らいの陽気者。
ルディア:「なんだか甘い匂いがしますよルルフェさん」
ルルフェ:「あのねえ、橋の向こうのお店に新しいお菓子が出てたんだ〜」
イクスにも貰ってきたんだよ、と三つ編みウエイトレスに見せる小さな体の妖精は、しかしけして無料で頂戴したわけではない。イクスティナはわかっていた。ルルフェは今日もまた財布の中身を減らして己の胃袋の中身を増やしに増やして来たのだと。
イクス:「このままじゃ、ダメだ」
なんとかしなくてはならない。
改めて考えたそれは割合に繰り返して考えられる事柄ながら、この日ばかりは気付いてしまった現状に甘えがちな己、という点が更に焦りを追い立てた。いけない。ウエイトレスで稼いでそれで満足しそうになってはいけない。自分はけしてウエイトレスが本業ではない。これは財布の中身を守る一端としてのアルバイトなのだアルバイト。
そうして卓上で強く拳を握って決意を新たにしたイクスティナ。
――貴石の谷。その深部。希少かつ貴重な魔法石も採れる場所。
過日、折良く耳にしたそれは非常に幸運だったに違いない。
白山羊亭で聞いた噂話を思い出してイクスティナはそう考える。
期間限定だとか早い者勝ちだとかではなく、一つの土地で毎日繰り返される作業の中にある儲け話。そりゃあ簡単ではないだろうし、辿り着いた谷の宿で聞いたところによれば『宝石喰い』なる厄介な化け物もいるという話だけれども。
ルルフェ:「ねえねえイクス」
それでもそんな噂話をしながらむしゃむしゃ食事する客を相手に色々と堪えるよりは、余程に、はるかに、イクスティナには遣り甲斐のあることなのだ。
宿代の足し程度でも護衛料金を、荷馬車同乗させて貰った上に頂戴したし、その辺りを考えるに幸先がいい気もする。
ルルフェ:「ねえ、イクスってば」
よし貴石の谷に行くぞという話をすれば、何がどうなったのかバスケット持ったルディアが同行して来て『何がどうして、てめぇェかチビ』という遣り取りの間に流れ作業的に荷馬車に乗ってゴトゴト出発してしまったりもしたけれど。しかしそれでも幸先はいい。はず。多分。
ルルフェ:「ねえ〜イクス〜」
イクス:「ってうるせぇ!少しは静かにできねぇのかっ!」
ルルフェ:「うるさいのはイクスだよー。声が大きいんだもん」
さて、遠出に付き合ったくせに出掛けた先でまでウエイトレスじみた手伝いを始めたルディアを思い出し、あれは本業だなと考えたところで聞き流していたルルフェの声にイクスティナは声を上げた。すかさず返された言葉にぐ、と詰まる。
そりゃあ洞窟内となれば怒鳴り声はよく響くが、頭の上にてろんと乗って呼びかけられるというのは別の煩さがあるものだ。眉を顰めたイクスティナの正面へとルルフェはふんわり飛んで移動し、小さな手をそこでちょんと伸ばして触れた。
ルルフェ:「落ち着いてよイクス。もっともっと進むんだから」
間近で笑う小さな妖精。
彼の悠々と漂う姿をしばし白々しく眺めてからイクスティナは緋色の瞳を滑らせた。
鼻先に妖精の手がちょこんと当たっている程度は日常にあるので気になりもしない。
ルルフェのしたいようにさせて視線を走らせる周囲は、まだ入り口から然程潜ってはいない証明のように掘り返した痕跡ばかりが広がっている。貴石なぞと称せそうなものは当然ながら欠片も無し。
確かにまだまだ奥に進まなくては、と歩を進めるイクスティナ。
イクス:「そうだな。虹の雫でも見つけたいところだ」
ルルフェ:「永遠の炎は?きっとイクスの色だよ〜」
とっても綺麗で眩しいよ!とルルフェは彼女の傍らから主張する。
そして先に待つ貴石を思えば僅かに浮き立つ心でもって、そこまでは笑みを刷きつつ聞いていたイクスティナは、けれどもそこまでしか笑えなかった。
ルルフェ:「さっき買ったアクセサリーも綺麗だったけどきっと――」
イクス:「おいコラ」
ルルフェ:「――うん?」
聞き捨てならない言葉が今、たった今、この妖精の口から出はしなかったか。
買った、アクセサリー?食べ物に目を輝かせていたのは知っていたが、アクセサリー?
イクス:「そりゃあ初耳だなぁ……」
ルルフェ:「さっきルディアと一緒に選んでたんだ〜」
イクス:「さっき?俺が坑道の情報確かめてたときか」
ルルフェ:「そうそう。イクスにはどんなのが似合うだろうねえって」
イクス:「…………てめぇら」
流石に『宝石喰い』以外にもモンスターの出没する坑道内は同行を控えたルディアも含め、絞り出すような声で呼ぶイクスティナの心情がわかるだろうか。
財布の中身を増やす為に、重みを増す為に、ウエイトレス業で稼ぐ以外の収入を果たす為に、つまり稼ぐ為にわざわざ足を延ばして貴石の谷まで来たというのに逆に中身を減らせれていたこの心情が。
イクス:「チビ……てめぇは特にだ」
ルルフェ:「なーにー?」
イクス:「もう少し物を考えて買い物しろっ!」
思わず目の前の妖精を捕まえて指先で頬を摘んでみる程度は仕方のない話であった。
いっそこの妖精を振ってコインが出るのなら。出るわけはない。
ルルフェ:「い、いひゃいよイクス〜」
イクス:「だいたいなんだってルディアが一緒なんだ」
ルルフェ:「危ない場所は離れて待ってて安全だよー」
イクス:「じゃなくて谷まで来たのがなんでだって聞いてんだよチビ」
どうにか自由になった頬を揉み解しつつルルフェが窺うイクスティナは、ついでとばかりに予定外だった同行者――白山羊亭のウエイトレスについても言及する。出発前のささやかな遣り取りからするにこの妖精が声をかけた風であるのだ。勿論ルディア自身の意志があってこその『荷馬車にちゃっかり一緒に乗り込み』だったりするわけだけれど。
訝しむ素振りの少女の手からするりと抜け出すルルフェ。
ひらひらと数度、羽を動かしてまたイクスティナの正面に漂ってから彼は「だってね」と笑って言った。
ルルフェ:「だってねえイクス。ルディアはキミの友達だから」
イクス:「……は?」
ルルフェ:「友達が外ではどんなのかなって知りたかったんだよ」
急に何を言い出すんだこのチビ。
イクスティナはそんな風な考えが頭の中を走り抜けた気もしながら目の前を飛ぶ妖精を見る。にこにこと笑うルルフェは普段の通りだけれど少しだけ、老成した空気。
ルルフェ:「イクスはもっと色んな人と話すべきだよ」
イクス:「なんだそりゃ」
ルルフェ:「たくさん話してもっと素敵にならなきゃー」
なんとも解り辛い流れにイクスティナの眉間が小さな縦線を作る。
奥から響く何かの音にちらりと視線を走らせながら首を捻る間もルルフェは笑顔。
だいたい『もっと素敵に』ってどういう言い方だ。
遅まきながらも気付いたその言い回しにほんのりと、薄褐色の肌を色づかせながら若い術煉士はとりあえず、近付いてきた音源に備えてまず佩いた剣を抜き放った。
イクス:「とにかくまずは魔法石――ってな」
ルルフェ:「がんばれイクス〜!」
坑道の奥に居たらしい人々。おそらくは採掘者。
まろび出てくる数人と、その向こうには牙が窮屈に並ぶ巨大な口を開いたモンスター。宝石喰いだね、と慌てる素振りのないルルフェの言葉。話に聞くところによれば貴石を食べるとか食べないとか。
つまり、ヤツの向こうには魔法石。最低でもそれなりの貴石。
眼前に迫った儲け話がイクスティナの心を高揚させ、緋色の双眸がきらきらと噂の魔法石もかくやと思わせる程に力を帯びる。
短い呼気と合図に束ねた髪がはらりと踊って。
――そして坑道は崩れ落ちたそうな。
採掘者:「数日前にも同じ坑道で冒険者がモンスターと戦ったんです」
運悪く戦闘の余波が周囲に響いていたところにイクスティナが遭遇した『宝石喰い』の軽い暴れっぷり。小ぶりであってもルルフェのような可愛らしいサイズではない。
採掘者:「いえ、お嬢さんのせいじゃないですよ。限界だっただけで」
戦闘自体は程無く終了し、イクスティナが鈍ってはいなかった己の技量に安堵したその頭上でそれは起きた。きらきらと煌めく魔法石が遠目に見えていそうな気分でいたイクスティナの上でそれは、始まった。
採掘者:「結構深くまで進んでいて、魔法石もたまに出る道だったんですがねえ」
ルルフェの少し慌てた声だとか、背後に逃がしていた採掘者達だとか、何人もの声がイクスティナの身体を反射のように動かした直後に落ちてきた大きな岩盤。ごとごとと土埃を起して坑道は埋められ塞がれていく。
あああ、と嘆く声は採掘者の一人からだったけれど、もしかしたらイクスティナからも漏れていたかもしれない。それくらいに目の前で起きた衝撃の分断だった。
採掘者:「は?ああ魔法石ですか。そりゃまたお気の毒です」
そろそろ掘り進めないと、と話される段階の坑道ばかりで今は見つけるのが少しばかり手間取るらしい。その中で一番しっかりと採掘出来ていたのがこの場所で。
採掘者:「まあしばらくは難しいでしょうなあ」
イクス:「………………」
何がどうなってイクスティナがどんな衝撃を受けたかは、もはや語るまでもなく。
** *** *
ルルフェ:「でもさイクス〜。怪我もなかったし、よかったねえ」
ルディア:「そうそう!無事がなによりですってば!」
宿で出迎えたルディアの前には力を無くした風情で落胆しきりなイクスティナ。
その肩辺りを漂いつつのルルフェの言葉も、焦った素振りのルディアの言葉も、採掘場の粉塵に汚れた少女にはなんの慰めも与えはしなかった。
だって、だって、そう。
イクス:「儲けるどころかソイツの無駄遣い……っ」
ルディア:「…………えーっと……」
ルルフェ:「無駄じゃないよぉ。これはイクスの為のものなんだから〜」
かろうじて赤字にならないだけで、エルザードを発つときとなんら変化のない懐具合は明らかなのだから。
ほら似合う、なぞと嬉しそうに笑う妖精をどうしてくれよう。
思いつつ何かをするにも力が入らないイクスティナ・エジェン。職業は術煉士。でも収入源はどっちかというとアルバイトなわけであって。
ルディア:「とりあえず……またアルバイト、よろしく……かなあ」
ルルフェ:「あ!これつけて仕事したらきっと可愛いよ〜」
とりあえずとばかりに笑うルディアに己のウエイトレス姿を重ね、彼女の肩はついにガクリと落とされたのであった。帰路の荷台から見上げる空はさぞやしょっぱく滲んで清々しいことだろう。
――ああ本当に。自分はいつだって、なんだか微妙に、ついていないのだ。
耳元で揺れるピアスが慰めるように少しだけ、揺れた。
end.
なんだか微妙に〜貴石の谷〜
はじめまして、こんにちは。ライター珠洲です。
セリフ前のお名前は迷ったのですが、似た位置の方が見やすいかなと思って略称を使わせて頂きました。
折角の助力探究者なので谷までは一緒して貰っておりますが、友達とちょっと遠出くらいの感覚で付き合っているならウエイトレスでもいけるかなという感じですね。
お二人の距離感やルディアとの親しさは考えておられる通りであればいいと思いつつ。
ひねりのないタイトルはどうぞお見逃し下さいませ。まんまでした。
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