<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


     迷宮観光案内

 「あら、あんたいいところに来たわね! 少し前にアリスドーラが帰ってきたんだけど、彼女と新しい商売を考えたのよ。」
 地下迷宮に店を構える変わり者の道具屋店主レディ・ジェイドは、なじみの客である隻眼の青年――リルド・ラーケンの顔を見るなり明るい声でそう言って、店の隅で巨大な羊皮紙を広げていた銀髪の女性――アリスドーラを手招きで呼び寄せた。彼女は羊皮紙――どうやら手製の、『ラビリンス』の地図のようだ――を丸めながら「やはり無謀じゃないか? 迷宮で観光なんて。」と、人形らしからぬ見事なしかめ面で言う。マギドールと呼ばれる魔法人形にそんな感情表現を教えたレディ・ジェイドは、師として申し分ない豊かな表現力で憤然とそれに反論した。
 「そんなことないわよ! この『ラビリンス』に挑む冒険者は多いけど、あんたが一番詳しいじゃないの。彼らはきっと自分の知らない名所をあんたに案内して欲しいと思うに違いないわ――ねえ、そうだろう?」
 最後の言葉は、二人のやりとりを見守っていたリルドに向けられたものである。レディ・ジェイドは身を乗り出して「ね、あんたもそう思うだろ?」と、リルドの片方だけの青い目を覗き込むようにして詰め寄った。
 この女店主は巨人の一族だと紹介されても誰もが納得しそうな巨体の持ち主であるため、初対面の者は彼女が顔を寄せたりささやかな身振りをしただけで大概は萎縮してしまうが、リルドはそんな店主の態度には幸か不幸か慣れていたので、ひるんだ様子もなく逆ににやりと不敵な笑みを浮かべ、彼女の肩越しにアリスドーラへちらと視線を向けると、こう答えたのである。
 「観光か、悪くねぇ。どうせ行くんだ、行った事の無い所を観光しようじゃねぇか。アンタといればトラップにかかりそうもねぇし、それに……丁度一つ困った場所があってな。」

 リルドとアリスドーラは肩を並べ、最近は奥に行くほど陰険になるとも噂されている地下迷宮『ラビリンス』を慣れた足取りで進んだ。
 アリスドーラは案内人を務めるほどこの迷宮に詳しいが、リルドも熟練の冒険者であるため、すでに単独で太陽の光を忘れてしまいそうなほどの階層まで探索を行っている。そんな彼が案内人を必要としたことにはもちろん理由があった。一つは、今彼らが目指している目的地である。リルドが先の探索で見つけた魔力の風が吹き込む奇妙な場所。そこはどうやらこの『ラビリンス』の謎にかかわる重要な地点と思われたが、それだけに危険が伴うだろうことは容易に予想されたため、探索に慣れたアリスドーラのような存在は保険になる。
 しかし、そのこと以上にリルドが彼女を必要としたのは、『ラビリンス』に仕掛けられている転移の罠との彼の相性の良さ――あるいは悪さにあるだろう。リルドはすでに何度か転移の罠にかかり、思わぬ地点まで飛ばされるという経験をしていた。今目指している場所もその奇妙な体質により偶然見つけたのだが、再度訪れようにも目的地へたどり着く前に別の転移の罠にかからないという保証はどこにもなかったのである。無駄な遠回りと骨折りをさけるためには、罠を見抜くことのできるアリスドーラは確かに案内役として適任だった。
 かくして、二人の冒険者はいかにも熟練の者らしい速さで迷宮を地下へ地下へと進み、目的地まで一瞬にして飛ばしてくれる転移の罠が仕掛けられた通路へ到着すると、慎重にそれを作動させた。そして転移の罠特有の宿酔いにも似た不快感を共有したのち、広い洞窟のような場所へとたどり着いたのである。奥に見える穴からは強い魔力の放つ冷たい風と白い光が、以前と変わることなく差し込んできていた。
 「ここに魔物がいたんだが……いなくなってるな。」
 くらくらする頭を振って周囲を見渡したリルドは、奥の穴から吹きつけてくる魔力の影響で歪んだのではないかと思われる醜い姿をした魔物のことを思い出し、独り言のように言った。その奇妙な魔物は飲み込んだ異物を吐き出そうとここでもがいていたのだが、リルドが(少々手荒な方法で)それを取ってやったので、これ幸いとどこかへ行ってしまったのかもしれない。何にしろ無用な戦闘という手間をはぶけるのはありがたいことだった。問題は魔物ではなく、今も絶えず風と光を吹きつけてきている前方の穴と、そこへ至るまでの床に仕掛けられた罠、そして穴の向こうに待ち構えているであろう『ラビリンス』の謎なのだから。
 「あの穴の向こうに、この風を作っている魔力の塊があるんじゃねぇかと思う。まずそこを調べたいんだが……大丈夫か?」
 眼帯をしていない方の目を眇め、前方を一瞥してアリスドーラを振り返ったリルドは、片膝をついて顔をゆがめている魔法人形に訝るような語調で声をかけた。それに彼女はさっと立ち上がって膝についたほこりを払いながら「ひどい罠だ。」と短く応じる。どうやら転移の魔法による影響は、初めて経験するアリスドーラにはいたく堪えたようだった。彼女は動力源だという魔法のかかった銀色の髪をなで、「それに、」と呟く。
 「この風と光。とても強い魔法の奔流だ。髪がちりちりする。」
 「俺にも判る。」
 数十歩ほど先に見える穴の方へ再び目を向け、リルドはそう言って片手をもう一方の腕に添えた。身につけている金色の腕環がかすかに熱を持っているのを感じる。それは魔力を貯めておくことのできる物で、冷ややかな魔力の風と光にあたって静かに反応していた。腰に佩いた短刀三本の内、魔力を付与されている二本を少し鞘から抜いてみると、どちらもやはり風と光に呼応するようにぼんやりと輝いている。
 傍らからそれを見てとったアリスドーラと、リルドは互いに視線を交わし、示し合わせたように一つ頷くと、肩を並べて風の吹きつけてくる方を向いて立った。
 「わたしのあとについてきて。距離をあけずに、わたしの歩いたところを踏むように。嫌がらせとしか思えないほどの罠があるから。」
 そう言ってアリスドーラは度々視線を周囲に向けながらゆっくりと歩を進める。リルドにはどこに罠があるのか判らなかったが、前を行くアリスドーラにはしっかりと判っているらしく、時に何かをまたぐように大股になったりさけるように大回りをしたりしながら、確実に穴へと距離を縮めていった。一歩近づくたびに風は冷たさを増し、光は強くなる。広いホールのような洞窟にぽっかりと開いた穴をくぐる時には、目を閉じなければならなかったほどである。
 先に立って歩いていたアリスドーラが突然立ち止まり、そのため彼女の背にぶつかったことで、リルドは閉じていた目を開いた。その青い瞳に真っ先に映ったのは、アリスドーラの銀色の髪を白金に輝かせている前方の白い、巨大な光の玉である。それは何にも繋がれることなく、月か太陽のように宙に浮かんでいた。
 「何だ……これは。」
 思わずそう呟いてリルドはアリスドーラを押しのけ、風を吐き出している光の方へ近づこうとしたが、足場がないことに気づいて立ち止まる。よく見ると彼らはドーナツ型に張り出した狭い足場の上にいた。頭上を見上げると天井らしきものは見当たらず、ひたすら空洞が続いているばかりで、十歩ほど先にある光の玉の下は、やはり底の知れない縦穴が茫漠と広がっている。強大な円形の筒の中に光の玉を浮かべ、筒の壁に数歩分の幅しかない足場をぐるりとめぐらせたような格好だった。周囲は空中に浮いたままの光のおかげで地上の昼間のように明るく、煌々と照らされている円形に反った壁には、見覚えのある奇妙な文様がびっしりと描かれている。リルドは以前それを『ラビリンス』の隠し部屋の一つで見かけたことがあった。その時と同様に文様は魔力の光の中でもうっすらと輝きを放ち、リルドの身体に残っている古傷を苛む。
 「どうやらここは、よほど大事な場所らしいな。」
 そう言ってリルドは隣でじっと立ち尽くしているアリスドーラに視線を向け――次の瞬間、弾かれたように跳びすさった。一瞬前までリルドが立っていた場所にアリスドーラの剣が振り下ろされ、虚しく床を打つ。
 「あっぶねぇな、何の冗談だ?」
 「侵入者……排除せよ……マギドール……。」
 不意打ちにも動じた様子を見せず油断なく身構えたリルドの問いに、しかしアリスドーラは答えず、無機質な声音でぶつぶつとそんなことを呟いた。その表情はいかにも人形らしく感情に欠け、金色の目には壁に刻まれた文様と同じものが光となって浮かんでいる。銀色の髪は周囲に満ちあふれている魔力を浴びて静電気でも帯びたように広がり、強い風にあおられてはためいていた。
 明らかに正気――そんなものが魔法人形にあるのならば、だが――を失っているらしいアリスドーラの様子に小さく舌打ちし、リルドが腰の短刀を一本引き抜くと、再び白刃がひらめき、空を裂いて振り下ろされる。それを寸でのところでかわしたリルドは、壁に近い狭い足場で長剣を抜くのは得策でないと考え、そのまま短刀だけを構えてアリスドーラと向き合い、今度は自分から仕掛けた。壁際に沿って距離を詰め、三度振られた剣が壁にあたり剣筋がそれた隙をついて背後に回りこむと、ぴたりと相手の首筋に短刀を押しあてる。決着は一瞬だった。
 「客に手を上げたなんて知れたら、ジェイドが黙っちゃいないと思うぜ。」
 リルドがそう言うと、痙攣したようにアリスドーラの動きが止まる。「ジェイド……。」
 おうむ返しに自分の主とでも言うべき者の名前を呟くと、再度感情のない声で早口に奇妙な言葉を紡ぐ。
 「マギドール、管理者、命令、侵入者を排除、マスター……マスター情報不一致、個体識別コード不一致、上書きエラー、情報復元……。」
 そこまで言ったところでがしゃん、という乾いた金属音が響いた。はっとしてリルドが足下を見ると、アリスドーラの握っていた剣が床に転がっている。様子が変わったことに気づき、リルドは短刀をひいて――しかし用心深く距離をとった。そんな彼の方をアリスドーラがゆっくりと振り返る。その金色の目にはもう光で編まれた文様は浮かんでいなかった。
 「すまない、あやうく情報を書き換えられるところだった。」
 「何のことかよく判らねぇが……正気に戻ったんなら良かったぜ。」
 小さく息をつき、リルドは短刀を鞘に収めた。そんな彼にアリスドーラは剣を拾い上げながら、どこかいたずらの計画をもちかけるような口調でこう声をかける。
 「わたしと取引をしないか。」
 訝しげに眉を上げたリルドに、アリスドーラはかすかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
 「ここに足を踏み入れた瞬間、そこにある光の玉――魔力の結晶と言ってもいいが、そこから『マギドールを制御する』命令が流れてきた。同時にこの『ラビリンス』に関する情報もだ。マスターの情報が一致しなかったために命令の書き込みはされず、『わたし』は『アリスドーラと呼ばれているわたし』として復元されたが、いくつか情報を盗むことができた。」
 「それで?」
 「お前の言った通り、一時的とはいえわたしが客であるお前に剣を向けたことがジェイドに知れたら、しばらく盛大な説教を聞かされることになる。彼女はいい人間だが口うるさいのが欠点だ。お前がわたしの失態を黙っておいてくれたら、『ラビリンス』に関する情報を提供しよう。」
 道具屋トーム・アンド・レディ・ジェイドは情報も商品として扱っている。それをただで横流しするとアリスドーラは言っているのだ。
 「なるほど、悪くねぇ話だ。」
 にやりと笑ってリルドも頷く。それを見て笑みを返したアリスドーラがたてた小気味良い、剣をおさめる音は、交渉成立を意味していた。

 「あの光の玉は『ラビリンス』の動力源だ。罠や仕掛けを動かすための物。壁の文様はその力を各所へ届ける毛細血管のような物だ。しかし、それ一つですべてが動いているわけではなさそうだな……あれでも容量が足りなすぎる。」
 光の玉の周囲をぐるりと回り、壁の文様を詳細に調べたリルドとアリスドーラは、長時間強い魔力の風にあたり続けるのは害があると判断し――以前リルドが見た魔物の姿が歪んでいたことからもそれは明白だった――ちょうど彼らがやってきた入り口の向かい側にあった別の穴を抜けて、ひとまずそこが安全であることを確認すると、地図を広げ情報の整理を始めていた。
 「たぶんあれと同じような物がどこかにもう一つあるはずだ。魔力を制御する物もどこか別の場所にあるのだろう。ここの制御システムは簡単なものだけ……その中に『マギドールを制御する』ものもあったわけだが。」
 「ちょっと待てよ。ということは、アンタ以外にマギドールがいるってことか?」
 最後にぽつりと付け足すように言ったアリスドーラの言葉にリルドは眉を上げる。
 「この『ラビリンス』に?」
 「どうやらその可能性があるようだな。どこかにある制御システムの他に、マギドールに管理能力を与えることで『ラビリンス』を制御していると考えられる。マギドールが未だ正常に動作しているかどうかは判らないが……『ラビリンス』が確かに今も健在である上、半永久機関を持つマギドールだ、事故で壊れていない限り現存している可能性は高いだろう。」
 アリスドーラはそう言って人間のように一つ息をつくと、現在位置を書き加えた地図を指差し、「それから動力だが、」と言葉を続けた。
 「これは何よりバランスが大切だ。同じ動力源がこの場所と対になる地点に置かれていると推測できる。その場所が判れば制御システムの位置も見当がつくかもしれない。『ラビリンス』全体の地理情報が手に入らなかったのは残念だが、制御システムがあるらしいことは判ったから、それを見つけて解析できれば……。」
 「『ラビリンス』のすべての謎が解けるかも、か。あるいはマギドールを探すって手もあるな。管理能力があるなら。」
 「そういうことだ。」
 そこでリルドとアリスドーラは視線を交わし、どちらからともなく笑みを浮かべる――と、その次の瞬間、地響きにも似た低い唸り声が轟き、二人は同時にはじかれたように剣を抜いた。
 魔力の結晶が浮かんでいた空間の方へ背を向け、陰気な闇が広がる未踏の迷宮の先へと油断なく視線を動かした彼らの耳に魔物の咆哮が響いてくる。
 「何にしろ、進むならあの声の主を倒さないといけないだろうな。」
 そう言ってリルドは口の端を上げ、軽く剣を振って構えた。それに付き従うようにアリスドーラも肩を並べ、「名誉挽回の機会だ。お前の背中はわたしが守ろう。」と生真面目に言う。リルドはそれににやりと笑って、こう答えたのだった。
 「アンタの出番があるかどうかは保証しないぜ。」



     了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳(実年齢19歳) / 冒険者】

【NPC / アリスドーラ / 無性 / 外見25歳 / 観光案内人】


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■         ライター通信          ■
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リルド・ラーケン様、こんにちは。
この度は「迷宮観光案内」にご参加下さりありがとうございました。
お届けするのが遅くなってしまって申し訳ありません。
『ラビリンス』の探索を進めていただけて大変嬉しく思います。
さすが冒険者様だけに、その行動力や好奇心くすぐるプレイングが素晴らしく、書かせていただくわたしもどきどきしながら楽しませていただいております。
今回は情報入手ということで地味目な探索となりましたが、観光案内を始めようというくらいラビリンスのことなら詳しい道具屋の情報源が微力ながらお力添えできることになりましたので、今後の探索にお役立ていただければ嬉しく思います。
転移の罠との相性が少しでも良好になれば幸いです。
いつかリルド・ラーケン様が『ラビリンス』を完全制覇して下さることを夢見つつ……またこのような場でお会いできることを心から楽しみにしております。
こちらも全力を尽くしますのでよろしくお願い致します。
それでは最後に、語られなかった話を一つ。

 ――「一度わたしは貴重な品と知らずに物を壊したことがある。そのあと三ヶ月はジェイドに毎日文句を言われた。」
 ――というアリスドーラの言葉に、相手は片方だけの目に呆れとも同情ともつかない色を浮かべた。
 ――「口うるさいそんな彼女のいいところは、償いとなる物を用意すればきれいさっぱり水に流してくれるところだ。」

ありがとうございました。