<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【ご近所マップ】幽霊ハウス



 幼い子供の泣き声に、シルフェは足を止めた。 水色の髪を風に靡かせ、青色の瞳で周囲を見渡す。
 人垣の中心に、小さな白い手とフワリとした白いスカートが見えた。
 華奢で頼りなさそうな、桜色のふわふわとした長い髪の少女は、近くで見ればお人形さんのように愛らしい顔をしていた。透き通った紫色の瞳から零れる透明な雫が、パタリと地面に落ちては濃い染みをつくる。
「大丈夫ですか?」
 淡い水色の光がシャリアーの身体を包み込み、パチリと瞬きをすると自身の身体を見下ろす。
「もう痛くないのー!」
「それは良かったです‥‥‥」
 優しい微笑を向け、シルフェは崩れつつある人の輪を見渡した。 これだけ大騒ぎをしたのだから、両親なりが現れても良さそうなものだが、少女の無事を確認した大人たちは安堵の表情を浮かべ、自身の目的を果たすべく去っていく。
 ――― もしかして、迷子でしょうか‥‥‥
 そう言えば、先ほど怪我をする前にチラリと視界の端に映った少女は、キョロキョロと誰かを探しているようでもあった。
「えぇと‥‥‥どなたかをお探しですか?」
 お母さんかお父さんと訊こうとし、言葉を飲み込んだ。 もしかしたら違う人を捜しているのかも知れないし、それに最近、迷子にそう訊いて「パパとママはもういなくなっちゃったの。お空の人よ」と言われた事があった。
 お空の人よ、とシルフェに言った彼女は、丁度目の前にいる少女と同じかやや年上くらいだった。
「んっとぉ‥‥‥お名前、なんて言うのー?」
「わたくしの、ですか?」
「そうなのー!」
 可愛らしい外見に反しない、鈴の音のように愛らしい声に微笑みながら、シルフェは名乗った。
「シルフェちゃん、覚えたのっ! シャリーはね、シャリアーって言うのっ!あのね、痛いの治してくれて、有難う御座いましたなのーっ!」
 ペコリと頭を下げたシャリアーに、シルフェは大したことではないと言って首を振った。
 ――― 随分シッカリしてますね‥‥‥
 見た目はいかにも頼りなげでポワポワしているのに、意外な一面に驚く。
「えぇと、それで‥‥‥誰をお探しですか?」
「んっとね、シルフェちゃんを捜してたのー!」
 その答えに、シルフェは少女とどこかで会った事があったかと、記憶を探った。
 一瞬の記憶検索の後、シルフェが出した答えはNoだった。 つまり、彼女とはこれが初対面のはずだった。
「あのね、シルフェちゃんは“ご近所マップ隊一番隊員”なのっ!」
「はあ‥‥‥」
「今日の任務は、幽霊ハウスなのーっ!」
「‥‥‥幽霊ハウス、ですか?」



 顔を輝かせ、幽霊ハウスがいかに恐ろしそうな場所であるかを語る少女の横顔を見下ろしながら、シルフェは口元に浮かぶ笑みを隠せないでいた。
 ――― 埃ですとか、ネズミですとか、猫ですとか、いわゆるハズレな気もします‥‥‥
「 ? 」
 キョtンとした顔でシルフェを見上げるシャリアー。 その無垢な瞳は“どうして笑ってるの、シルフェちゃん?”と語りかけてきている。
「いいえ、なんでも。うふふ」
 口元に手を当て、上品に微笑んだシルフェが、ポンと手を叩くと隊長にある提案をした。
「もしかしたら、幽霊さんはお腹がすいているのかも知れませんよ」
「お腹がすいてるのー?」
「そうです。家の中をうろうろしているところを目撃されているんですよね?」
「昼も夜も見えるのよー!」
 若干話しはかみ合っていないが、シルフェは気にせずに、それならばと言って小さなお土産物屋さんに入るとクッキーと猫の餌を手に取った。
「 ? 」
「もしかしたら、幽霊さんにはペットの猫さんがいるかも知れません」
「猫さんもお腹ペコペコだと、可哀想なのー!」
「それから、もしも怖い幽霊さんでいらっしゃった場合を考え、お守りも買っておきましょう」
 かなりしっかりと退魔の魔法の施してあるお守りを幾つか選び、内心では「きっと大丈夫でしょうけれども」と思いながらもレジにいた女性に手渡した時、シャリアーが大輪の花のような笑顔で一つのお守りをシルフェに差し出した。
「これ、すっごくすっごく効きそうなのー!」
「それでは、それも買いま‥‥‥」
 ピンク色の鈴のついたソレは、思い切り“交通安全”と書かれている。
「‥‥‥それも買いましょうね」
 彼女が退魔守りだと思っているのならばそれで良いじゃないかと、シルフェは天使のように慈悲深い微笑を浮かべながら、シャリアーの手からお守りを受け取ると、これも一緒にお願いしますと言って女性に差し出した。
「これでもう、怖いものはないのー!」
 ――― シャリアー様の場合、退魔守りよりもそちらのお守りのほうが守ってくれそうですわね
 例えば転ぶとか、例えば前方不注意で誰かにぶつかって転ぶとか、交通守りならば守ってくれるだろう。退魔守りでは、管轄外だと言って守ってはくれないだろうが。



 割れた窓ガラスに、窓枠から垂れ下がる汚れたカーテン。今にも朽ち果てそうなそこそこ大きな2階建てのその家は、確かに“幽霊ハウス”と言われても仕方がない外観をしていた。
「まあ、本当に幽霊ハウスですね」
「ボロロ〜ンなのーっ!」
 ‥‥‥ボロボロと言うのは、シャリアー語では“ボロロ〜ン”と言うらしい。 可愛らしい表現だと言えば可愛らしいが、幽霊ハウスと言うおどろおどろしい名前には似合わない。
 これからボロロ〜ンの幽霊ハウスに行くのー! と言われても、100%そこには幽霊はいないと断言できる。
「んっとぉー、まずは幽霊さんのご飯を置かなくちゃだけど‥‥‥テーブル、あるかなぁ〜?」
 割れた窓から中を覗き込めば、ボロボロながらも人が住んでいた時代の名残があり、鏡台や椅子などが残っていた。もっとも、双方ともかなり痛んでおり、鏡台にいたってはガラスの3分の2以上が割れ落ちている。
「テーブルよりも、階段の途中や物陰に置いたほうが良いかも知れませんよ」
「 ? 」
「えぇと‥‥‥隠れんぼ好きの幽霊さんかも知れませんし、それに猫さんは階段の途中とかに置いてあげた方が見つけ易いですし」
「シルフェちゃん、頭いいのーっ!」
 尊敬の眼差しを向けられ、シルフェは微笑みながらも若干の罪悪感が感じて視線を逸らしたが、すぐに気持ちを切り替えると道の脇に先ほど買ったお守りを置いた。
「これも置くのー?」
 シャリアーがピンク色の交通安全のお守りをシルフェに見せる。
「いいえ、それはシャリアー様が持っていてください」
 特にこれから進むのは、自然のトラップが仕掛けられている可能盛大のボロボロ幽霊ハウスなのだ。悪意なき落とし穴にはまり、また大泣きされても困ってしまうし、怪我をさせてしまったら可哀想だ。
 ドアノブを捻れば、蝶番の悲鳴と共に扉が開いた。シャリアーがビクリと肩を震わせ、シルフェの腰元に抱きつくと緊張の面持ちでキョロキョロと周囲を確認する。
「今のはドアの軋みの音ですよ」
「そうなのー?シャリーてっきり‥‥‥」
 ――― 幽霊の悲鳴だとでも思ったのでしょうか?
 そんな想像をしていたシルフェの耳に届いたのは、思いもよらなかった答えだった。
「幽霊さんのお腹の音かと思ったのー」
 子供は時に、こちらの想像を超えたおかしな答えをする。こちらから見れば思わず笑ってしまうようなものだったとしても、相手はかなり真面目に言っているのだ。笑ってしまっては、失礼にあたたる。 シルフェはにやける口元を必死に引き締めながら、シャリアーを先に中に通した。
 トテトテと進むシャリアーに気をつけるように声をかけ、シルフェは慎重に歩き出した。 木製の床はかなり強度が危うく、いくら細身のシルフェと言えど、身長は普通にある。低身長で華奢なシャリアーのように、トテトテと走り回ってはいつ落とし穴にはまってしまうか分からない。
「シルフェちゃん!ここにクッキー置くのー!」
 シャリアーがテーブルの下にクッキーを置き、コッチにも置くのー! と言ってソファーの陰に隠れる。
 他には何処に隠そうかと瞳を輝かせるシャリアーに、シルフェは彼女のしたいようにさせておいた。トテトテと走り回る彼女は無邪気で、見ているこちらも思わず頬が緩む。勿論、危険な事をしそうになったら止めようとは思っていたが、彼女はそんな危なっかしいことはしなかった。
「シルフェちゃん、猫ちゃんの餌はどこに置くのー?」
「階段の途中に置いておきましょう」
 穴が開かないように注意しながら上る途中、そっと猫の餌を置くと屋根裏に入り込んだ。 明り取りの窓が1つあるだけで薄暗いそこは、1階や2階よりも汚れてはいなかった。薄明かりを頼りに周囲を見渡せば、壁には子供の落書きがいたるところに書かれており、端の方には本が無造作に置かれている。
 ――― 秘密基地にでもしているのでしょうか?
 思えば確かにここは、子供達にとっては絶好の遊び場だ。大人達は近寄らず、所有者が行方知れずになって長いここは、ひっそりと忍び込めば誰に咎められるでもない。
 お手製らしい、やや不細工なクマのぬいぐるみが無表情に見つめる中、シャリアーが息を詰めて真下を見つめていた。 小さく開いた穴から覗く階下には、シャリアーが置いた猫の餌が見える。
 ゴクリと唾を飲み込み、紫色の瞳をジーっと見開く。一瞬たりとも目を放さないと意気込んでいるらしい彼女の横顔に口元を緩めながら、シルフェも穴から下を覗いた。
 沈黙の時間が1分過ぎ、10分過ぎ、30分過ぎ、そろそろシャリアーが飽きてくる気配を感じた時、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえて来た。
「幽霊さんの猫ちゃん‥‥‥!」
 小さな驚きに口を薄く開きながら、シャリアーが必死に目を凝らす。 トテトテと何かが歩いてくる音がし、次に真っ白な毛の猫が姿を現した。子猫と言うには大きすぎ、大人と言うには幼い、微妙な年齢の猫は、シャリアーの置いた餌を用心深くにおうと、手でつついた。
「良かったですね、シャリアー様」
 幽霊さんの正体が分かって。 そう続くはずだったシルフェの言葉は、シャリアーの興奮したような低い声にかき消された。
「うんなの!もうすぐで幽霊さんに会えるのー!」
 それから30分、興奮したように幽霊の登場を待っていたシャリアーだったが、シルフェの読み通り彼、ないし彼女は姿を見せてはくれなかった。
 夕方が迫り、そろそろ帰らなくちゃと言うシャリアーと共に屋根裏部屋を出れば、あの猫がボロボロのソファーでグッタリと眠っているのが見えた。 物音に気づいたらしい猫が薄く目を開け、突然の侵入者に驚いて毛を逆立てる。
 ――― 警戒心の強そうな猫さんですね‥‥‥
 周囲からも敬遠される幽霊ハウスの住人ならば、警戒心が強いのも頷けるが‥‥‥。
 ――― それにしても、毛がとても綺麗ですけれど、誰かお世話をしてくれている方がいらっしゃるのでしょうか
 ボンヤリと考え込むシルフェの隣で、シャリアーがパァっと顔を輝かせると両手を広げた。
「猫ちゃん可愛いのーっ!!おいでなのーっ!」
「シャリアー様、猫さんは警戒して‥‥‥」
 ふっと白いものがシルフェの隣を通り過ぎ、シャリアーの腕にすっぽりと納まる。 あれだけ警戒心をむき出しにしていた猫は、どんな気まぐれか、シャリアーの腕の中で丸くなるとゴロゴロと喉を鳴らしている。
「シルフェちゃん、猫ちゃんとっても良い子なのーっ!」
「えぇ、そうですね‥‥‥」
『基本的に、心許したヤツには懐くからな』
「 ? 」
 どこからか聞こえて来た声に、首を傾げる。周囲を見渡してみても、シャリアー以外には誰もない。
『なにキョロキョロしてんだよ、ボクはここだ』
「猫さんですか‥‥‥?」
「シルフェちゃん、どうしたのー?」
 キョトンとしているシャリアーには、どうやら猫の声は聞こえていないらしい。
『ふーん、お前ボクの声が聞こえるのか。そりゃ好都合だ。ボク、これからこの子のところに行きたいんだけど、君から何か言ってくれない』
「そんなことを言われましても‥‥‥」
『おぉっと、ボクが喋れるって言うのは秘密にしてくれよ。あくまでボクは可愛い猫でいたんだからさ。人語が喋れる猫ってんじゃなくて』
「 ? 」
 我が侭な白猫の生意気な瞳と、シャリアーの困ったような紫色の瞳を交互に眺めながら、シルフェは微笑んだ。
「シャリアー様、その猫さん、どうするおつもりですか?」
「うーん‥‥‥でもこの猫ちゃん、幽霊さんの猫ちゃんなんだよねぇ?」
『はぁ?なんだよ幽霊の猫って!?』
「えぇと‥‥‥シャリアー様、実はわたくし、先ほど幽霊さんの声をふと聞いたんです」
「シルフェちゃん、幽霊さんの声聞こえるのー!?」
「えぇ。たまに、ですけれども‥‥‥」
「幽霊さん、なんて言ってたのー?」
「ぜひ、シャリアー様に猫さんを頼みたいと‥‥‥」
 苦しい説明だったが、猫の願いをかなえるためにはこう言うほかない。
「そうなの!?それじゃぁ、シャリーが猫ちゃん飼うのっ!」
「きっと幽霊さんも喜んでくれます」
 キャッキャとはしゃぐシャリアーと、ゴロゴロと喉を鳴らす猫。
 ――― それにしても、猫さんはどうして急にシャリアー様に懐いたんでしょう?
『このお嬢ちゃんから、癒しの雰囲気を感じたからさ』
 ――― 癒しの雰囲気、ですか‥‥‥? それより、猫さんと声に出さなくとも会話が出来るのは便利ですね
 シャリアーに首を傾げられないでも済むようになったシルフェは、幽霊ハウスを出ると道に置いてあったお守りを拾い上げた。
「そうだ!猫ちゃん名前ないと可哀想なのー!んっと‥‥‥タイガーガブリにしようか、ニャーニャーキックにしようか、ライオンサブロウケンザンにしようか‥‥‥」
 猫の名前にしてはとてもダイナミックな ――― はっきり言ってネーミングセンスの欠片もない ――― 名前に、猫が必死の叫び声を上げる。
『ボクの名前は“ジザ”だ!お嬢ちゃんにジザだって伝えてくれ!』
 あまりに必死の声に、悪戯心を刺激されておかしな名前を伝えようかと色々名前候補を考えてみるが、シャリアーが挙げたもの以上におかしな名前は考え付かなかった。
「シャリアー様、その猫さんはジザ様と仰るそうですよ」
「ジザちゃん?」
「はい。その‥‥‥幽霊さんが言ってました」
「そうなのー?ジザちゃん!」
 にゃん!と、可愛らしい声で鳴いたジザ。 助かったぜ‥‥‥とシルフェにお礼を言っている声の安堵感が、また面白かった。
「‥‥‥今日は幽霊さんの正体を見る事が出来なかったのー」
「えぇ、それは残念でしたね」
「でも、失敗でもないの、ねー?だから、シルフェちゃんは一番隊員のままだけど‥‥‥二番目なの!」
「一番隊員なのに、二番目なんですか?」
「そうなの!一番目は、ジザちゃんの隊で、0.5番隊なの!」
 こうしてご近所マップ隊は“0.5番隊員”と“一番隊員”の一人と一匹と言う編成になったのだが、後日シルフェは再び一番目の一番隊に戻された事を知る。



 シルフェちゃんへ

 この間、ジザちゃんが“リタのところからおやつを持ってくる”ミッションにおいて、自分だけがおやつを食べ、シャリーの分を忘れると言う失敗をしたため、ジザちゃんを十番隊に“こうかく”しました。
 シャリーの分まで食べちゃったのよーっ!プンプンなのーっ!  シャリアーより


 シルフェはシャリアー独特の丸っこい読み難い字が並ぶ手紙に目を通しながら、思わずクスクスと笑い出した。
「いけませんわ、ジザ様。ミッションはきちんと成功させませんと‥‥‥」


『お嬢ちゃんの頼みと言えど、リタ姫のマフィンからは逃れられなかったのさ』



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2994 / シルフェ / 女性 / 17歳 / 水操師


 NPC / シャリアー

◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

初めましてー!
シャリアーのお相手をしていただき、有難う御座いました
ミッションは成功です! 幽霊の正体はジザと言う猫でした
現在ご近所マップ隊は隊長シャリアー、一番隊員シルフェちゃん、十番隊員ジザとなっています
全体的にふんわりとしたお話になっていればと思います
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!