<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『苺農園で見た未来?〜悪夢〜』

 ソーン中心通りにある、白山羊亭。
 料理が美味しいことで知られる評判の酒場である。

 聖都エルザードは今、麗らかな春真っ盛りだ。
 ここ白山羊亭では、春季期間限定で、苺祭りを開催中だ。
 様々な苺スイーツがメニューに並んでいる。
 一番人気があるのは、苺たっぷりの苺ケーキ。
 続いて、苺タルトに、苺ババロアも大人気だ。
 しかし、白山羊亭では現在、材料の苺が入手できない状況に陥っていた。
 なんでも、契約を結んでいた農家で異常事態が起きたらしく、配達が滞っているのだ。
「というわけで、様子を見てきてほしいんです」
 ルディアは苺メニューをオーダーした客に事情を話し、協力を求めた。
「噂でしかないのですが……」
 ルディアは噂に聞いた農家の状況を語る。
「苺畑に収穫に向おうとしても、何故かそのまま家に帰ってしまうんだそうです。誰も近づけないみたいです」
 なんともよくわからない状況なようだ。
「幻術の類いらしいのですが、人為的なものじゃないみたいな……」
 ルディアは困り果てた顔を見せる。
 苺祭りと大々的に宣伝しているのに、出せる苺がない。市場では、必要量確保することができない。
「解決に導いた場合は、苺祭り期間中、苺スイーツをお好きなだけ提供します。農家の方からも報酬として、とても甘い新鮮な苺をいただけると思います」

    *    *    *    *

 のどかな道が続いている。
 暖かな陽射しが降り注いでいる。
 寒くも暑くもなく、風も穏やかだ。
「あそこのようですね」
「いちごが見えるですっ!」
「でも本物じゃないわね。絵だけ?」
 白山羊亭で話を聞き調査に乗り出したのは、自警団員のフィリオ・ラフスハウシェと、カーバンクルの幼子リディア、そして魔女のレナ・スウォンプであった。
「いちごですーっ。いちご欲しいですっ」
 リディアがぱたぱた苺のポスターに走り寄った。
「収穫が出来ないようですからね」
「なんでかしらね、もったいない」
 そう言いはしたが、レナには大体理由が分かっていた。
 人為的ではないのなら、人物以外の魔力や、精霊の力。恐らくレナの得意とする分野だ。
「そこのお嬢さん達ー! 苺グッズはいかがですかー!!」
 農家の男性が、自宅の軒下で手を振っている。
「くれるですかーっ!」
 即座にリディアが反応し、男性の元に走っていく。
「なになに? 可愛いのあるー? 意外とこういうところに掘り出し物あったりして?」
 そんなことを言いながら、レナ、そしてフィリオも男性の元に向った。
「か、可愛いです。可愛いですーっ」
 リディアは縁側に並べられた数々の苺グッズを、手にとっては感動していた。
「大人向けのアクセはないけど、確かにとても可愛いわね。全部リディアちゃんに似合いそうだわ」
 レナは苺クッションを手に取ってみる。手作りのクッションだ。これなんかは、レナの部屋においてもいいかもしれない。
「でもでも、リディア我慢するです。お金ないですから……。グッズは我慢して、苺の収穫手伝うです! そして、ルディアに美味しいお菓子を作ってもらうです。食べ放題ですっ」
「そうそう、スイーツ食べたいわよね! 女の子だもんね。苺の果汁酒とかもあったらいいわね」
「リディアはお酒は飲めないですけど、お酒入りのケーキはとっても美味しいんです。食べたいです」
 年の違う2人の女の子は苺スイーツの話に夢中になり始めた。
「おお、君達は、収穫を手伝いに来てくれたのかい?」
 農家の男性の言葉にはフィリオが答える。
「はい、そうです。状況を聞かせていただけますか? それと……」
 フィリオは苺グッズの中から、大きな苺の粒がついた可愛らしい髪留めと、苺のクッションを手にとった。
「この2つ下さい」
 そう言って、微笑を浮かべた。

 3人は家の中に通され、簡単な説明を受ける。
 とはいえ、状況は家族にも分かっていないらしく、ほぼ白山羊亭で聞いた話と同じであった。
「私達は、たどり着けないんですけど、ペット達には行けるらしいんです。うちの愛犬が苺を銜えてきたことがあるんですよ」
 膝の上で丸くなっている猫を撫でながら、男性の妻が言った。
「ですから、逆に小さなお嬢さんの方が成功できるかもしれません。純粋でしょうから」
「なんだか、私が純粋じゃないって言われてるみたいだわ」
 男性の言葉に、レナが即座に反応を示す。
「でも、多分簡単な理由だと思うわ。任せておいて」
「リディアはそのいちごくえてきた、わんちゃんと行くですっ!」
「ありがとうございます。では娘を案内につけますね」
「わかりましたですっ!」
 リディアが元気に答えて、ぴょんと立ち上がった。
 可愛らしい幼子の姿に、フィリオとレナは顔を合わせて微笑んだ。

    *    *    *    *

「うちの両親ってさー、人使い荒いんだよね。毎日のようにあたしに、苺農園見て来いっていうしさ〜。魔物かなんかに可愛い娘が襲われたらどうするんだっての! どーせ辿りつけやしないって。あーメンドクサイー。行きたくナーイ。だるーい」
 道中、農家の娘は自己中心的なボヤキばかり漏らしていた。
「道案内ここまででいいよね。この林の先が農園だから。辿りついても、盗んだりしないでよね」
 言ったあと、農家の娘はリディアにリードを差し出す。
「この子の名前はタロー、大型犬だけどすごく臆病だから。噛み付くってことはないけど、暴れ出したらリード離していいよ。どうせ家に逃げ帰ってくるだけだからさ」
「はいですっ!」
 リディアはリードを受け取ると、タローと目線をあわせにっこりと笑った。
「よろしくです。タロー」
 リディアの言葉に答えるかのように、タローは尻尾を大きく振っていた。
「それじゃ、行こうか。とりあえず、原因調べてきて、対処方法教えればいいのよね?」
 レナの言葉に、農家の娘が頷いた。
「せっかくここまで来たんだから、絶対突き止めてよね。報酬なんてなーんも出ないけどさあ」
 笑い声を残して、娘は去っていく。
「態度の悪い子ね。あれじゃあ、たどり着けなくて当然よねぇ」
 そんなことを言いながら、レナがまず、林に足を踏み入れた。
 フィリオはこの現象を、ループ系の魔法効果によるものではないかと考えていた。
 似たような風景が続き、迷ってしまうのではないかと。
 そして、それは現実のものとなった。
 迷うはずもない林であったが、一応目印をつけて、歩いていた。
 主に、足で不自然なふみ跡をつけていたのだが……気づけば、ふみ跡がある場所に出ている。そして、レナやリディアの姿はなかった。
 林の終りが見えるほどの、狭い林のはずだ。
 それなのに一向に外へ出られない。
 フィリオは次第に焦りを感じ始める。
 足早になり、走り始めてしまう。
 だめだ。落ち着かねば。
 フィリオは休憩を取ることにする。このまま走り回っても、進むことも戻ることもできないだろう。
 座り込んで、空を見上げた。
 木々の隙間から、僅かに見えるだけで、光は射し込んでこない。そんなに深い林だっただろうか?
 突如、フィリオの体が震える。
 いつもの衝撃だ。体に異変が起き始める。
 背に大きな翼が生える。
 体が一回り小さくなる。
 ――聖獣装具の暴走だ。
 フィリオは時折この暴走により、本来の男性の姿から、女天使へと姿が変わってしまうのだ。
 そして、自然に戻るまで男性の姿には戻ることはできない。
 足下を昆虫が走りぬけ、フィリオは思わず震え上がる。
 自分は今、一人深い森の中にいるようなもの。
 抜け出すことの出来ない森。
 多くの虫が生息するこの場所で。
 もし、あの苦手な虫に出会ってしまったらっ。
 そう――ゴキブリ――。
 女天使になった際に、激しい嫌悪感と恐怖を感じる生き物だ。
 ガサッ
 小さな音に飛びあがる。
 呼吸を荒立たせながら振り向けば……超巨大ゴキブリがそこにいた。
「い、いやあああああああーーーーーっ!」
 叫びながら、フィリオは風を起こした。
「やだーーーっ」
 見回せば、既にゴキブリの集団に囲まれている。
 台風にも勝る強風を周囲に発生させて、必死に逃げる。
 フィリオは無我夢中でとにかく風を乱舞させた。

 数分後。
 いや、フィリオ的には数日後、ようやく苺畑へと辿りついた。
 周囲が少し焦げている。障害となっていたものとの戦闘があったのかもしれない。
 苺畑の傍には、レナとリディアが倒れていた。
 フィリオは転びそうになりながら、必死に2人に近付く。
 震える手で、レナの体を揺すった。
「ああ……ううーん……」
 レナが小さな声を上げる。
「レナさん、レナさん」
 フィリオはレナの名を呼びながら、レナを揺すり続けた。
「……って、天使!?」
 レナはフィリオの姿に驚いて飛び起きた。
「大丈夫ですか? 凄い生き物がいたようですが」
 2人もゴキブリ相手に死闘を繰り広げて倒れたのだろうか?
「あ、ああ、あなたフィリオね? うん、あたしは大丈夫」
 リディアはレナの足にぎゅっと抱きついて眠っている。怪我はないようだ。
「それでは、報告に戻りましょうか。無事たどり着けましたし」
「お!? なんだ、焼け野原も幻だったのかー」
 レナが周囲を見回して言った。
 幻――そうか、幻だったのか。
 フィリオはレナの言葉に大きく息をついた。
 振り向けば、見えるのは林。狭い林だ。
 レナか自分が起こした風のせいかは分からないが、幻の元は既に消え去っているようだ。
「リディア、起きなさい、リディアちゃん!」
 レナがリディアを揺すると、リディアはうーんと小さな声をあげながら、目を覚ました。
「……リディアの王子様、は? リディアの子供達はどこですか!?」
「は? 子供はあなた自身でしょ。夢を見ていたのよ。……だけどもしかしたら、将来現実のことになるかもね」
 そう言って笑い、レナは立ち上がった。
 身体についた土を払い、レナは伸びをした。
「あたしが見た夢も、現実のものになればいいんだけどね」
 そのレナの言葉に……。
「冗談はやめてください」
 フィリオは顔面蒼白状態でそう言ったのだった。

 農家に戻ると、フィリオは沢山の苺を受け取った。
 購入した苺のグッズめのうち、大粒の苺がついた可愛らしい髪留めは、リディアにつけてあげた。
 もう一つは……友人にあげるつもりだ。
 この沢山の苺は世話になっている……寧ろ世話している?錬金術師の男性に提供するつもりだった。
「食べていいよ」
 農家の我が侭娘がフィリオとリディアに1粒ずつ、洗った苺を差し出した。
 その大きな苺は……とても甘かった。
 美味しいスイーツができそうである。
 だけど、あのおぞましい生き物を想像しながら食べるのは絶対やめよう。そう心に決める。なぜならこの苺には、軽い幻術効果があるらしいから。
 ただ、考えたくなくても、苺を見ると思い出しかねない。
 ああ、早く男に戻りたい……。
「ありがとうございました! また是非来てください」
 フィリオは感謝の言葉を弱い笑顔で受け取ると、帰路に着くのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3339 / リディア / 女性 / 6歳 / 風喚師】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
相変わらず、黒いアレが嫌いなようで……。しかも今回は一人でしたからね。とても苦しい戦いだったかと思います(笑)。
今回、想像のシーンは個別描写になっています。よろしければ、他の参加者さんのノベルもご覧下さいませ!
ご参加ありがとうございました!