<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
〜苦悩と解放、そして…〜
「しっかし、よく似てるよなぁ…」
まじまじと、無遠慮なほど相手を見つめて、フガク(ふがく)は何度もうなずいた。
「この目も髪もさ、めずらしい色だから、あんまり見かけないしな」
何度も勝手にうなずいて、何かに妙に納得しているフガクを見やり、松浪心語(まつなみ・しんご)は、やや青ざめた面持ちで静かに相対していた。
フガクは言葉に出して何度も「似ている」とは言うものの、それは明らかに表面的な言葉であって、それ以上の意味はなさそうだ。
そう、自分を見ても、何の感情も湧いていない言葉なのである。
「ま、これも何かの縁ってことだからさ、よろしくな!」
大きくて無骨な、傷だらけの右手を差し出され、心語は恐る恐るそれを握った。
ふわり、と何かが心語を包み込む。
温かな、橙色の「気」だ。
懐かしさとやるせなさが入り混じったような、複雑な感情があふれ出しそうになるのを何とかこらえて、心語はその手を離した。
(兄さん…)
戦飼族は、その「気」を読み、感じることで、同族だと認識する。
そして、それが知り合いの「気」なら、あらゆる感情と共に感じ取れるのが普通だった。
だが、相手は少し首を傾げはしたが、それだけだった。
じっと相手を観察していた心語は、失望を禁じ得ないまま、視線を少し落とした。
その視界に、先ほどの木彫りの動物が移り込む。
「その…木彫りは…」
「ああ、これ?」
フガクは、心語の視線に気付いて、胸のポケットから木彫りの動物を取り出した。
その目が、一瞬愛おしそうに細められるのを、愕然として心語は見とめる。
「聞いてるとは思うけど、俺、記憶を失くしててさ、気付いたら持ってたんだ、これ。握るとすごく落ち着くんだよ、心が満たされるって言うか…あったかい気持ちになれるんだよな。だから、何で俺の手元にあるのか、その前に、俺の物なのかもわかんないけど、ものすごく大事なお守りなんだ」
義兄の言うとおりだった。
本当に、フガクは記憶を全部失くしてしまっているらしい。
自分を見ても何も感じない時点でわかってはいたのだが、改めて本人の口からそう告げられ、心語は、表情はまったく変わらずとも、内心ひどく動揺していた。
たったひとりの肉親を、自分の大切な過去の思い出を、いっぺんに失ってしまったような気持ちだった。
それこそが、「孤独」という感情なのだと、無理やりあけられた胸の空洞が嘆くように教えてくれる。
痛みを振り切るように、心語は顔を上げた。
そして、はっとする。
フガクは震えるように息をしながら、きつく眉根を寄せて、ある一点を苦しそうに見つめていた。
その右手の中には、あの木彫りが、固く握り締められている。
心語がその方向を振り返ると、そこには愛剣の「まほら」が立てかけてあった。
「あの…さ…」
努めて平静を装って、フガクは声を絞り出した。
それから、呼吸を整えるように大きく大きく息を吐き、まっすぐに心語を見つめた。
「さっきから、この木彫りをよく見てるよな?何か知ってるのか?それと、あの剣…」
再度「まほら」に視線を投げ、フガクはゆっくりと言を継ぐ。
「見覚えがあるんだ。いや、そんな気がするだけなのかも知れない…それでもいい、知ってることがあれば、教えてくれないか?」
だが、心語は首を振った。
怪訝そうな顔をするフガクに、いつもの落ち着いた声音で、こう言った。
「…一度に…たくさん話せば…負担になる…時間を…かけた方がいい…」
フガクはぽかんとした。
だがその一瞬後、天を仰いで大笑いしだした。
「あはははははは!」
あまりの急展開についていけない心語を置き去りに、フガクは家を揺るがすほどの大きな声で笑い続けた。
「いや、悪い…笑ったりしてさ」
まだ笑い足りない様子で、フガクは肩を震わせながら、大げさに片手を振った。
「よく言われるんだ、参ったな」
心語は、図らずも小さく笑みを口の端に刷いた。
痛みを訴える傍ら、心はフガクの一挙手一投足を「懐かしい」と教えてくれる。
どれも心語がよく知っているフガクの動作だった。
生まれた時から一緒だった、優しくて強い兄貴分。
笑い声が大きくて、顔立ちは端整なのに、動作が大げさすぎて繊細さのかけらもない、人懐こさを持った彼。
そんな彼に、救われていた。
だから。
「いつも…そうだったな…」
自分がそうつぶやいていたことに、心語は気付かなかった。
フガクがそれを聞きとがめ、こう訊くまでは。
「『いつも』…?どういうことなんだ?」
心語はふっと表情を厳しくした。
失言だった。
それから静かに首を横に振ると、その少女然とした容姿にそぐわない低く重い声で大事なことを言い置いた。
「一つだけ答えよう…俺達は戦飼族、戦う為だけに造られ…失われた伝説の地を探し彷徨う者…」
「せんし、ぞく…?失われた伝説の地…?それはいったい…」
だが、心語はそれ以上は答えなかった。
フガクがどんなに聞き返しても、ただ首を振るばかりで、それっきり口を貝のように閉ざす。
やがて肩をすくめて、フガクは席を立った。
「また来るよ。今日は、ありがとな」
その声にすら反応しない心語に、軽く頭を下げて、フガクはそのままその家を後にした。
「何だったんだ、あの最後の言葉は…」
彼の聖都での常宿である「海鴨亭」に戻り、フガクはベッドに足を投げ出して横たわった。
「それにあの大きな剣…あれは、よく知ってるような気がする…どこかで見たんだ…でも、どこで…」
そうつぶやいて、記憶の底へ潜って行こうとした時。
いつもの発作が彼を襲った。
体中から、すべての力が吸い取られていくような、奇妙な感覚。
つかもうとしても、砂のようにこぼれ落ちていくだけの記憶たち。
(待ってくれ…せっかく…せっかく…!)
フガクは無意識のうちに木彫りを握りしめていた。
少しだけ落下速度が弱まったような気がした。
「ち、くしょ…」
切れ切れに悪態をついて、フガクはまた心語の台詞を思い出す。
手放しそうになる意識をつなぎとめるように、また強く木彫りを握りしめた。
噛みしめた唇から、一条の血が流れ落ちて行った。
数日後。
階段を下りて来る音に気付いて、「海鴨亭」の女将は、いつものように声をかけようとそちらに視線を投げて、凍りついた。
げっそりと痩せこけた頬、落ちくぼんだ青紫の目、血がにじむ唇、そして、肩には皮袋をさげた、別人のようなフガクがそこにはいた。
表情は暗く、奈落の底のように沈んでいて、いつもの陽気さはまったく鳴りをひそめていた。
ただ、瞳の奥だけは爛々と、青い炎をたたえている。
「ちょっと、あんた、大丈夫かい?!」
女将が慌ててそう問うと、フガクは幽霊のように覚束ない足取りで、入り口の扉を押し開けた。
「女将さん、悪い、しばらく戻らない」
「今度はどこへ行くんだい?」
フガクは女将の言葉には答えずに宿を出る。
そしてそのまま、人通りの多い雑踏の中へと、あっという間に消えて行った…。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
とうとうフガクさんの記憶が…!
これから彼はどこに行こうとしているのでしょうか?
そして、今後、彼は変わってしまうのでしょうか…?
とても気になるところです…。
それではまた未来の冒険をつづる機会がありましたら、
とても光栄です!
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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