<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『彼の地に迫る悪夢』
●悪夢
「ん……うぅ……!」
「凪! おい凪! 起きろ!」
ガバッ
蒼柳凪はベッドの上で体を起こした。
一瞬、自分のいる場所が確認できず、周囲を見渡してみる。
程度がいいとは言えない調度品。テーブルの上には食い散らかした残飯。そして、隣で自分を見ている、相棒の虎王丸。
「ごめん……またうなされていた……?」
「ああ。これで連続三日目だぜ。やっぱり普通じゃねぇんじゃねぇか?」
心配そうな目で見る虎王丸。
しかし、凪はそれに気づかないように、じっと暗闇の一点を見続けている。
「おい凪、聞いて……!」
「聞いてるよ」
遮るように言う凪。
その脳裏では、先程まで夢の中で見ていた光景が再現されていた。
「やっぱり……」
「何がやっぱりなんでぇ」
「夢の中の場所さ。昨日までははっきりしなかったけど、今日は見た事がある風景になっていた。あれは……『堕ちた都市』に間違いない」
きっぱりと言い切る凪に、虎王丸も首筋をぼりぼりとかきながら首を傾げる。
「お前の夢は悪い方面ばかり当たるからなぁ……。それで? またぞろカオス界からのちょっかいとか?」
だが、凪はそれに首を振った。
「そこまでは判らない。ただ、何か良からぬものが『堕ちた都市』に迫っているという事だけだ。黒い影とも、炎とも知れぬ何かが……」
「じゃ、行ってみようぜ。『堕ちた都市』によ」
「虎王丸……」
頼りになる相棒は、にやりと犬歯をみせて底意地悪そうに笑った。
「まだ、孫の奴に一泡吹かせていねぇからな!」
「まだ言ってるし……」
呆れた顔でみる凪に、虎王丸は隣のベッドから手を振る。
「そうと決まれば、今日はもう寝ようぜ。なぁに、次はいい夢見れるさ、きっとな」
「そうだといいけどね」
灯りを消し、部屋は再び暗闇に戻った。
大した時間を置かず、壮絶ないびきが聞こえてくる。今ではすっかり慣れっこになったものだが、旅を始めたばかりの頃は随分と悩まされたものだ。
闇の中で身じろぎもせずにせず、凪は先程までの夢の内容を考え続けていた。
●賢者の居る店
それから数日後、二人は『堕ちた都市』へと到着していた。
「へぇ、結構町並みはしっかりしてきてるんじゃねぇか?」
「そうだね。多分、住宅地の方を優先して復興したんだろうね」
二人がこの街を離れて半年。
その間に復興は急ピッチで進められたようであった。カグラ、ジェントスの名をそのまま受け継いだ地区も、往時の面影を取り戻そうとしている。
反面、南側の地区は全く整備が進められておらず、おざなりに塀で区切られただけのように見える。
「とりあえずどうする? カグラのギルドに顔を出して、孫の奴を呼び出すか?」
「太行さんも今やギルドマスターだからね。あまり、手間を取らせるわけにもいかないだろ」
そう言って凪は足をある方角に向けた。
「ほら、『火之鬼』を手に入れた店。あそこに行ってみようよ。あそこならギルド直営だから間違いなくあるはずだ。文明さんもいるだろうしね」
鼻を鳴らしてそれに従う虎王丸。
本音を言えば、太行に悪戯の一つも仕掛けてやりたかったのだが、凪は凪で思うところがあるようだ。今日のところは従っておいてやるつもりだった。
「ごめんください」
「おや、久しぶりですね。二人とも元気そうで何よりです……と言いたいところですが」
文明は凪の顔色をうかがって、言葉を濁した。
(自分はそんなに顔に出てるだろうか)
凪は無理やり明るい声を出した。
「文明さんもお元気そうで何よりです。実は……ちょっとご相談もありまして」
「相談? 私に聞けることであれば何なりと。まぁ、おかけなさい」
とりあえず勧められた席に座り、凪はここしばらく自分を悩ましている夢について語り始めた。
「ふむ……」
聞き終えた文明は静かに目を瞑った。
「とりあえず、直面している危機というのはないのですがね……まぁ、いい。先に貴方がお探しのものをお渡ししましょう」
そう言うと、文明はごそごそと店の中を引っ掻き回し始めた。
どうも、あの事件の後、店の在庫はいたずらに増え続けているらしい。それほど整理整頓が苦手とも思えないが、店の中は惨憺たる有様になっていた。
「ああ、あったあった。これです」
文明が差し出したのは、一組のピアスであった。
「これは?」
「ムーンストーンで作られた護符の一種ですよ。貴方の感受性の強さは、それ自体が固有の能力であるようですが……見えなくてもいいものまで見え始めているようですね。これを着ける事で、悪い波動はある程度ブロック出来るでしょう」
「へぇ……」
女性用にも見える作りだが、輝き自体は悪くなかった。
暗がりにかざすと、月光のように淡い光を放つのだが、どこか温かみを感じる光であった。
「その石にも、人の『想い』が込められています……きっとこの先、貴方を守ってくれるでしょう」
「ありがとうございます」
値段はまぁ、そこそこの金額を支払った。
今のところは懐に余裕がある。どうということはなかった。
と、そこへ。
「呉先生!」
飛び込んで来たのは孫太行であった。
これ幸いと、虎王丸が右手で弄んでいたクルミを投げつけるが、それに気づいた様子もなく、詰め寄ってくる。
「ああ、お前達も来ていたのか……ちょうどいい」
「?」
「?」
顔を見合わせる凪と虎王丸。
「それほど急ぎの用事というと……『迷宮』がらみですか?」
「ええ。明花たちが潜ったきり戻ってこないんですよ」
そして、太行は二人に頭を下げた。
「すまんが、ここで会ったのも何かの縁だ。俺に力を貸してくれ」
もちろん、二人に異存があるはずもなかった。
●混沌の迷宮
「……で、これがその『混沌の迷宮』ってわけだ」
二人は太行に連れられ、冒険用の装備のまま淡く輝く巨大な門の前にいた。
道中に聞いた話では、突如として南の地区に現れ、現在はギルドの管轄に置かれているらしい。
「ところが、冒険者って奴ぁ因果なもんでな。お宝求めて入っていく奴らがいたわけさ」
そいつらを救助する為、猛明花らに仕事を依頼したらしいのだが、ミイラ取りがミイラになったらしい。
「ジェントスのギルドナイト、レグ・ニィとやらの報告では、月の満ち欠けに応じて中の時間の進み方が変わっているらしい。それに空間が変に捻じ曲がっていて、通常の手段で入り口まで戻ってくるのは至難の業だそうだ」
太行が店に顔を出したのも、その辺が理由らしい。
「帰る手段は確保したんですか?」
「ああ。呉先生に頼んでロクト石というマジックアイテムを貸してもらった。片方をここ……迷宮の入り口に置くと、中でもう片方を発動させることで互いが引き合い、瞬時に戻ってこれるらしい」
「なんだよ、そんな便利なアイテムがあるなら持たせてやれば良かったじゃねえか」
虎王丸が呆れたような声をあげる。
それについては、太行も肩をすくめた。
「報告が来る前に飛び出していっちまったんだよ。それにこの石は一人一回しか使えないんだ。石自体は何度でも使えるんだがな」
そして三人は、門の中へと入っていった。
迷宮とは呼ばれているものの、造り自体はそれほど凝ったものではないようだ。
しかし、階層を変えると変化するらしく、通常のマッピングでは平面図を起こしても帰り道の役には立たないらしい。
「どう? 虎王丸?」
「ああ、やっぱりカオスの魔物だな。白焔の効きが違う」
途中、小型の魔物に幾度か遭遇したものの、三人の力量から見れば雑魚も同然だった。殆んど無傷のまま、下の階層に続く階段を降りる。
「あれ?」
「お?」
「ふむ」
三人三様の声が漏れる。
階段の半ばで、急に方向感覚が狂ったのだ。
「浅い階ならまだいいが……深くなってくると辛いかもな、こういうの」
言葉ほど深刻そうな素振りも見せず、淡々と歩く太行。
どうやって明花を捜すのか聞いてみたところ、ある程度の距離になれば、互いの武器が引き合うのだという。
「元々、この槍は明花が持っている剣の主を守護する為のものだったらしい。呉先生なら詳しい事を知ってるかもしれないが、俺にそういう事を聞くな」
そう言って太行は笑った。
階段を三つばかり降りてみたが、魔物の強さはそれほど変わらなかった。
数自体は増えるのだが、固体で手強いものとは当たらない。
「どうせならもう少し歯ごたえのある相手が欲しいよなー」
カオスゴーレムなどと比べれば、正直物足りなさを感じるくらいだ。
虎王丸がそんな感想を漏らし始めた頃だった。
「む!」
太行が右手の槍に目を向けた。
僅かに振動しているのが見て取れる。
「こっちだ」
彼に導かれるまま、二人は迷宮の中をうろつき回る。
すると、通路の先にふわふわと浮かぶ光球が幾つも浮かんでいるのが見えた。
「ちっ、厄介だな……」
「何なんですか、あれ?」
舌打ちする太行に凪が訊ねる。
「侵入者を先に行かせない為の魔物だよ。一体一体は弱っちぃんだが、仲間を呼ぶ習性がある。範囲魔法で一気に殲滅するしかないんだが……」
「では、僕が『氷砕波』を舞いましょう」
自在に操れる吹雪によって、魔物たちが地面に墜ちていく。
それほどの時を待たず、通路は通れるようになっていた。
「ありがとよ。戦士系だけだと、こういう時に辛くてな」
ぽん、と太行が凪の肩を叩く。
通路の先からは、人工のものと思われし光が差し込んでいた。
「おーい!」
「あれ? 太行の兄貴?」
突然現れた兄貴分に、明花がきょとんとした表情を浮かべた。
よく見ると、彼女の他にも見慣れた顔が並んでいるようだった。
「(あれ? ワグネルさんじゃないですか。記憶戻ったんですか?)」
「(いや、戻ってないはずだが……)」
彼らが小声で話をしていると、明花の方から近づいてきた。
「何だよ。結局、兄貴まで来ちゃったんじゃ、あたしたちが来た意味が無いじゃないか」
太行は笑いながら首を振って答える。
「何言ってやがる。一週間も音沙汰なしじゃ救援隊の救援を出さないわけにもいかんだろうよ」
「は?」
明花がぽかんと口を開ける。
一緒に居たカイ・ザーシェンが何か納得したかのように頷いた。
「そういう事か」
「何を納得している?」
ワグネルの方を見て、カイはにやりと笑った。
「さっきの遺体を見てな、変だとは思わなかったか?」
「変……というと?」
「あれはここ数日で出来たような遺体じゃなかった」
話によれば、彼らが助けに来た冒険者達は既に白骨化し始めていたらしい。
「そして俺達の体感時間では二日と経っていないのに、追ってきた太行は一週間が経過しているという。これはつまり?」
「……この迷宮は時間の流れが狂っていると?」
「そういう事なんだろうな」
明花らが納得した表情を浮かべるのを、追ってきた三人は微妙な表情で眺めていたのであった。
●エピローグ
そして、一行はロクト石の効果を使って入り口まで戻り、そのままギルドに直行する羽目になった。
ギルドでは今回の経験を踏まえ、しばらくの間は『門』の出入りを禁止する方針を採るとの事だ。
「俺の見た夢と、直接は関係なかったのかなぁ……」
大した苦労もしなかった割には、報酬はそこそこ入った。
その帰り道、凪はポツリと呟いた。
「どうだかな。あの程度の連中だったら、外に出てきたところで、どうってこたぁねぇけどよ」
二人はもう一度『門』のあった方角に目を向ける。
あの『門』の奥に何が潜んでいるのか。
神ならぬ身の二人には、まだ知る由もなかった……。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1070/虎王丸/男/16歳/火炎剣士
2303/蒼柳凪/男/15歳/舞術師
【NPC】
孫太行/男/30歳/戦士
呉文明/男/50歳/賢者
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。
お待たせしました。『街のどこかで』の続きをお届けします。
大層な引きを作ったものの、それほど大事を書く余裕もないわけで(苦笑)。
あくまでも冒険の一舞台だと思っていただければと思います。
二人とも強さ的にはかなりの域に達していますし、『天空の門』事件で最後まで戦い抜いたメンバーという事で、ギルドでも一目置かれている存在になっています。
続きを書くとしたら、凪が元居た世界からの追っ手が『混沌の門』を潜り抜けてこちらにやってきた、とかいう展開でも面白いかもしれませんね。
次に窓を開くのがいつになるかは判りませんが、機会があればよろしくお願いします。
それでは、また。
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