<東京怪談ノベル(シングル)>
『その花の意味』
診療所で開かれた祝いから戻った山本健一は、思うところがあり、一人図書館へと向かっていた。
自分宛に送られてきた花。
確か、「イカリソウ」という花だった。
今、その花は手元にないが、花を包んであったという包装紙は健一の手の中にあった。
送り主の欄に、名前は書かれていない。『K研究所所長』とだけ書かれている。
その研究所に、心当たりがあった。
「カンザエラ研究所」
言葉に出した途端、胸が騒いだ。
閉館間際の図書館に駆け込み、花図鑑を開く。
ページを捲っていき、目的の花のページで手を止めた。
……確かに、あの花は「イカリソウ」という花であった。滋養強壮剤などの材料になる花だ。
もし、送り主があの人物ならば、何故、自分にこのような花を贈ってきたのだろうか。
何か、理由があるはずだ。
健一は図鑑を閉じて、花言葉の本を探し出し、本棚から数冊引き抜くと、テーブルの上に置いた。
逸る心を抑えながら、一番薄く、探しやすい本から開いていく、
イカリソウのページを開き、最初に目に飛び込んだ言葉は――。
“あなたを捕らえる”
であった。
健一は、そのまま本を凝視する。
小さく吐息のような……嘲笑のような笑みを浮かべる。
「ザリス・ディルダ」
呟いたその女性こそ、カンザエラの所長にして、アセシナートの騎士団であらゆる研究に携っている人物である。
その騎士団――月の騎士団の諜報員は、ここ聖都エルザードに多く潜伏していると思われる。
城の中にさえも。
健一は騎士団に目をつけられている。冒険者である為定住はしていないが、エルファリアなど懇意にしている人物から、健一の情報や居場所を突き止めることは難しくはないだろう。
「そういうことですか」
健一は鋭く本を睨んだ。
「宣戦布告と見るべきですか」
かつて、花言葉辞典をこれほど険しい表情で見た者がいただろうか。
その他にも、イカリソウの花言葉として、「あなたをつかまえる」「人生の出発」「君を離さない」「信じる」「あなたを渡さない」などの言葉が記されていた。
この花の花言葉は……交戦的な意味合いよりも、愛情的な意味合いが強いようにも見える。
目を伏せて、カンザエラの研究所で出会ったザリス・ディルダの表情や言葉を思い出す。
彼女は健一達のことを、欲していた。まるで、好いているかのように。研究材料や手駒として、だが。
「月の騎士団……次の相手は彼女か、彼女の手の者になるんでしょうか」
厄介な相手だ。
武闘派ならば、作戦を立てておびき出し、一対一の対決を臨むことも出来るだろう。だが、ザリスは完全に頭脳派だ。そう健一は把握している。
この手の相手は、何十にも罠を仕掛けてくる。
まして、一度接触をし、長時間に渡り身体に触れられていたため、こちらの身体データはある程度把握されている可能性が高い。
彼女が健一の前に、一人で顔を出す可能性はゼロと言っていいだろう。万が一、そんな事があるのなら、かなりの策略を張り巡らしていると思われる。
不意をつくべきなのだろうが、彼女の懐に入り込めるだけの情報はない。
健一は吐息をついて、本を閉じた。
本を棚に戻すと、図書館を後にする。
夜の聖都へと、足を踏み出した。
夜風が冷たく感じた。
聖都には明りが灯っている。
時折、人々の明るい声も耳に入った。
あの女も、この街へ来たのだろうか。
「まさか、私に花を贈るために来たわけじゃないですよね」
何かが、起ころうとしている。
また、戦いが始まるのだろうか。
* * * *
女はソファーに身体を投げ出した。
すぐに、従者が彼女に水を差し出した。
「長旅、お疲れ様でした」
「ホント、自分で行かなきゃならないなんて、不便よねえ。頼れるパートナーが欲しいものだわ。……戻ってきてくれるのが、一番だけど」
女は、水を口に含む。乾いた口の中が一瞬にして潤う。
水は、仄かにレモンの味がした。
そのまま飲み込んで、大きく息をつく。
「完璧な人形を思うままに操れたら最高なのだけれど……。術や薬で操るとその影響で自己判断能力が鈍り、その人物の本来の力が発揮できなくなるのが、難点なのよね」
その言葉に、従者がくすりと笑みを浮かべた。
「傀儡の候補でも見つけました?」
「ええ、目をつけている人物は何人かいるわ。でも、手に入らないの」
グラスを置いて、ソファーに深く座りなおす。
「だからこそ、余計に手に入れたくなるわ。欲しくなる一方よ」
女は冷たく目を光らせながら微笑んだ。
「花、届いたかしら」
そして小さく呟く。
「――次は、離さないわ」
――To be continued――
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