<PCクエストノベル(2人)>


失敗と信号 〜 麗しの瞳 〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【 1070 / 虎王丸 / 火炎剣士 】
 【 2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師 】

 【その他登場人物】
 【 フィリ:オフィーリア・ウェルディナス 】
 【 リィン:リィンベル・ウェルディナス 】
 【 ハーブ:ハーブ・オーウェン 】

 【 ミスト:ミスティリル・クロッカス 】
 【 ヴァン:ヴァンブロッグ・オコーネル 】

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 リィンの作った頬っぺたが落ちるかと思うほど美味しいスープに舌鼓を打ちながら、蒼柳・凪は眉間に皺を寄せていた。 味覚はスープの美味しさを必死に訴えてくるが、頭の中まで回っては来ないため、味がやけに薄く感じる。
 折角作って貰った物なのだからと、虎王丸の事を頭から追い出して食事に集中しようとするが、やはり虎王丸の顔がチラついて集中が出来ない。

凪(どうせ虎王丸の事だから、無理矢理麗しの瞳の事を尋ねようとしたところを相手が正当防衛で魔法を使ったんだろうな)

 落ち度は100%虎王丸の側にある。
 だからこそ、フィリ達が来るまでの間虎王丸の帰りを心配していた自分に腹が立つ。心配なんてしなければ良かった、魅了されても自業自得だ。

凪(フィリさん達の話し合いの場を壊して迷惑かけて‥‥‥)

 相手の盗賊団にも迷惑をかけたことだろう。どうやって謝れば良いのか、凪はそればかりを考えていた。
 謝罪の言葉と平行して、どんなお仕置きを虎王丸にするべきかも考える。1日2日ご飯を抜いたくらいでは甘すぎる。かと言ってご飯を抜き続けていれば大暴れをするだろうし、虎王丸も子供ではない、勝手にフラリと抜け出してどこかに食べに行くだろう。

凪(あの性格をどうにか出来れば良いんだけど‥‥‥)

 色っぽいお姉さんならば例え魔物でもクラリと来てしまうと言う特殊体質の虎王丸は、凪から見れば異質そのものだった。
 確かに、フィリにクラリと来てしまうのは分からないでもない。フィリは客観的に見て見た目も魅力的だし、なによりも中身がシッカリとしている。盗賊の頭をやっているため、人を纏める力があり、それと同じくらい人を思いやる心を持っている。
 けれど魔物はフィリとは似ても似つかない。色っぽいだけで良いなら、マネキンでも作ってもらえば良いのにと思う。マネキンに片思いをし続ける分には、誰にも迷惑はかからない。 ‥‥‥まぁ、せいぜい同じ屋根の下に暮らす凪に多少の迷惑 ――― 聞きたくもない愛の言葉や、マネキン相手にふにゃふにゃになっている虎王丸の姿など、見たくないものも多々見てしまうだろう ――― が降りかかるだろうが、見知らぬ誰かに迷惑をかけるよりはよっぽどマシだった。
 そうだ、どうせ魔物でも良いんだから人形で十分じゃないか。動かない、喋らないはこの際無理にでも我慢させれば良い。不特定多数の誰かに迷惑をかけるよりは良い。
 凪の思考が強硬路線に突入しようとした時、リィンが不安そうに眉を顰めながら凪の顔を覗き込んだ。

リィン「スープ、不味いですか?」
凪「いや、そんなことない。美味しいよ」
リィン「それなら良かったです。お口に合わなかったらどうしようかと、ハラハラだったです」

 安堵の表情を浮かべて微笑むリィンに、虎王丸も彼くらい大人しく純粋だったら良いのにと思う。

凪(もし虎王丸がリィンみたいだったら‥‥‥)

 まず、口調は“です・ます”になる。次に、こんなに美味しい料理が作れるようになるし、ナンパなど絶対にしなくなるだろう。控えめだけれどもやるときはしっかりやる ――― 凪達が盗賊団の襲撃を受けた後駆けつけた時のリィンはきちんと他の団員を仕切っていた ――― だろうし、姉同様思いやりに溢れ、無鉄砲な事はしないだろう。
 ‥‥‥最高じゃないか。と、思う。 しかし、脳内でリィンを虎王丸に置き換えてみても、吐き気がするばかりだ。
 虎王丸がキラキラとした笑顔で“凪様”と呼ぶと言うのを考えただけでも動悸・息切れ・眩暈・吐き気・頭痛・悪寒のフルコースだ。

凪(あの馬鹿、今頃は何をしてるんだか‥‥‥)


* * *


 凪に馬鹿呼ばわりされている虎王丸は、小高い丘の上に上ると青いマントを靡かせて右手を天に突き上げた。

虎王丸「いくぜ、野郎どもーっ!!」

 おーっ!! と言う威勢の良い声はなく、やる気のない「ぉー」と言う呻き声にも似たものがパラパラと聞こえてくる。
 空には無数の星が瞬き、酒に火照っていた身体は徐々に夜風に冷まされていく。 松明の炎が揺れ、足元に落ちていた影が奇妙なダンスをする。

虎王丸「おいおい、やる気ないなーっ! もっと声出してこうぜ!」
???「もとよりここに集まりし者どもはそのように威勢の良い者ばかりではない。出陣前の掛け声など、僕の知る限りかけたことはない」
虎王丸「だめだ、だめだ!そんなんじゃ、もしもの時に力を発揮できないじゃねぇか!」
???「もしもの時、とは?」
虎王丸「ミスティリル・クロッカス様にもしもの事がある時だよ! 例えば妙な男が言い寄ってきたとか、例えば妙な男がナンパしてきたとか、例えば妙な男が話しかけてきたとか、例えば妙な男が‥‥‥」
???「もう良い。君のそのわけの分からない主張は聞き飽きた」

 銀色の長い髪に青の瞳をしたミスティリル・クロッカス ――― 仲間内ではミストと呼ばれている ――― は小さく溜息をつくと、穏やかな面持ちでその場を眺めていたヴァンブロッグ・オコーネル ――― 仲間内ではヴァンと呼ばれている ――― に困ったような顔を向けた。
 紳士風の身なりをした初老の男性、ヴァンは外見年齢18歳かそれよりもやや年上くらいのミストの頭にポンと手を置くと、優しさの中に意地の悪さを秘めた視線を向けた。

ヴァン「ミスト様が虎王丸さんを入れると仰ったんですよ」
ミスト「分かっている。全ては僕の責任だ。‥‥‥そもそも、虎王丸君は僕の事を女の子だと思い込んでいるようだね」
ヴァン「何か問題がありますか?」
ミスト「僕は女であり、男でもある。もとより性がないのだからね」
ヴァン「けれど、見た目は何処からどう見ても女性ですよ」
ミスト「顔は女に近いからな」
ヴァン「身長もですよ」
ミスト「あと20cmはほしかったな」

 ミストとヴァンがそんな呑気な会話を繰り広げている横では、虎王丸が諦めずに「野郎どもーっ!」と、繰り返し叫んでいた。
 最初は取り合う様子を見せなかった盗賊達だったが、新入りは全員が声を合わせるまで諦めずに続けるつもりだと察したのか、次第に声が揃ってくる。

虎王丸「いくぜ、野郎どもーっ!!」
盗賊達「おーっ!!」
虎王丸「ミスティリル・クロッカス様を命に代えてもお守りするぞーっ!!」
盗賊達「おーっ!!」
虎王丸「ミスティリル・クロッカス様はこの世の宝だーっ!!」
盗賊達「宝だーっ!!」
虎王丸「ミスティリル・クロッカス様に近寄ろうとする不届き者は切り捨てろーっ!!」
盗賊達「切り捨てろーっ!!」

 まだ酒の抜け切れていない盗賊達は、次第にこの掛け声のやり取りに楽しみを見出したらしく、面白いように虎王丸の言葉尻を復唱する。
 夜空を揺るがす声の集合体に、遠くの森で鳥達が羽ばたき去る音が聞こえる。どうやら彼らの声は鳥達の穏やかな眠りの時を阻害したらしい。

ミスト「‥‥‥僕の纏めている集団は、こんなに‥‥‥なんと言うか‥‥‥」

 ミストが顔を引き攣らせながら言葉を捜す。
 青の瞳が右へ左へと頼りなく揺れ、虎王丸と盗賊達を交互に見比べては溜息をつく。

ミスト「あぁ、ダメだ。良い言葉が見つからない。 下品な言葉しか‥‥‥」
ヴァン「今日ばかりは特別に、認めます」
ミスト「僕の纏めている集団はこんなに‥‥‥馬鹿だったのか?」

 計らずしも、ミストと凪の意見は一致した。


* * *


 モヤモヤとした気持ちのままリィンと一緒にお皿を洗っていた時、外から控えめなノックの音が響いた。最初に腰を上げたのはハーブで、何かを確認するようにリィンを見つめると軽く頷いて扉を開けた。
 そこに立っていた ――― もとい、浮いていた ――― のは一匹の巨大な鷲で、脚には紙切れが結び付けられていた。
 ハーブが手早く紙を取り、広げる。 リィンが泡だらけの手を急いで流すと鷲に走りより、頭を撫ぜると何かを囁いた。
 鷲がリィンの頬に頭を寄せ、大きく羽を羽ばたかせると外の闇へと一直線に飛んで行く。 グングンと月に向かって上って行き、ついには見えなくなった。

凪「リィンの鷲なのか?」
リィン「いいえ、違いますですよ。ここに来る前に、たまたま見つけたんです」
凪「野生の鷲が伝書鳩みたいな事、するのか?」
フィリ「あぁ、凪っちょは知らなかったんだねぇ。 リィンはね、動物を懐かせる天才なんだよ」
ハーブ「モンスターの類でも懐きますよね」
リィン「モンスターは、種類によっては懐かないですよ」
凪「凄いんだな、リィン」
リィン「凄くないですよ。動物やモンスターを懐かせても、戦力にはなりませんから」
フィリ「フェロモンの類だと思ってもらえれば良いよ。 動物やモンスターをメロメロにさせて、簡単なお手伝いを頼んだり道を譲ってもらうことは出来ても、戦わせることは出来ないんだ。なにせ、リィンにメロメロになってるんだからね」
凪「それでも十分凄いと思うよ。リィンには、治癒能力もあるし」
リィン「そっちもまだまだ精進しないとです。傷口をくっつける事くらいしか出来ませんから」

 褒められて恥ずかしいのか、リィンが頬を赤く染めながら目を伏せる。
 モンスターを手懐けられれば、その分流れる血は少なくなる。戦うよりも、分かり合えればそれに越した事はない。

ハーブ「どうやら虎王丸君の居場所が分かったようですよ」
フィリ「やっぱりあたしの息子達は優秀だねぇ。 で、そこはここから遠いのかい?」
ハーブ「そうですね、少し遠いです。馬を用意させましょうか?」
フィリ「そうだねぇ。 ‥‥‥凪っちょ、馬には乗れるかい?」
凪「えぇ、少しは」
フィリ「謙遜なしで言うと、どのくらい乗れるんだい?」
凪「普通に馬に乗り慣れた人よりは乗れます」
フィリ「うぅーん、それじゃぁ少しばかり心許ないねぇ。 急ぎの事だし、あたしかハーブの馬に乗りな」
凪「それじゃぁ、ハーブさん、お願いします」
フィリ「それなら、リィンはあたしの方だね。 ‥‥‥凪っちょ、馬の手綱をシッカリ掴んで、絶対に口元を緩めるんじゃないよ。歯を食いしばってないと、舌を噛むからね」
リィン「凪様、酔い止めとかありますですか?」
凪「リィン、酔うのか?」
リィン「ボクは酔いませんですよ。 あと、何か大切な事で、後から思い出せないといけない事とかありますですか?」
凪「‥‥‥?」

 真剣なリィンの表情に、凪は心配されているのが自分だという事に気づき、苦笑した。
 毎日のように馬に乗り、悪路でも気にせず走り回るハーブやフィリほど上手くないにせよ、凪だって普通の人よりは断然上手く乗りこなせる。乗っている時に馬が暴れても冷静に対処する事だって出来る。

凪「俺は大丈夫だよ」
リィン「皆さんそう言いますです。でも、酔い止めを飲んで、メモを書くことはしておいた方が良いです」
フィリ「リィンの言うとおりにした方が良いよ、凪っちょ。あたしでさえも、ハーブの馬に乗ったら多少なりとも酔うからねぇ」
リィン「ボクも酔いましたです」

 どれだけ無茶な走りをするのだろうか? 温厚そうなハーブの顔を恐る恐る見上げれば、こんな話を聞いた後では恐怖を感じざるを得ない笑顔で首を振る。

ハーブ「凪君を乗せるんです。勿論、普段よりもスピードは落としますよ」
フィリ「せいぜい、あたしが何とかついていけるくらいにしてほしいねぇ」
リィン「ハーブ様の愛馬は、物凄く足が速いのです」

 リィンの言うとおり、ハーブの愛馬は桁外れに足が速かった。 どんな悪路もなんのその、空中に張り出した枝を左右に避け、木の根を軽く飛び越す。
 最初はリィンもフィリも心配しすぎだと思っていた凪だったのだが、上下左右に揺られているうちに考えが変わってきた。

凪(リィンの言う事を聞いて、酔い止めを飲んで来て良かった‥‥‥)

 とは言っても、実際に地面に降り立った時に本当に気持ちが悪くならないのかと聞かれれば、首を傾げざるを得ない。
 むしろ、降り立った時の悪夢を想像すればするほど、このまま永遠に揺られていた方が楽なんじゃないかと言う気にさえなってくる。

凪(そもそも、何で俺はハーブさんの馬に乗ってるんだ‥‥‥?)

 リィンの言うとおり、メモ帳に大切な事を記して置いて良かったと、凪は後になって痛感した。


* * *


 凪が本当の意味での生死をかけたリアルジェットコースターを体感し、あまつ記憶さえも曖昧になりそうなほどに脳をシェイクされていた時、元凶である虎王丸はピンチに陥っていた。
 先ほどまで一緒に団結力を高めていた仲間達が、次々と敵の手に寝返っていくのを目の当たりにし、虎王丸は剣を構えたまま唇を噛み締めた。

虎王丸(ミスティリル・クロッカス様ファンクラブの仲間を斬る事は出来ない‥‥‥!でも、ここで食い止めないと我が心、ミスティリル・クロッカス様のもとにまで、こいつらは行ってしまう!)

 “ファンクラブ”や“我が心”など、ツッコミどころは満載だが、どうか引かないでほしい。彼は正真正銘、心からそう思っているのだ。麗しの瞳の効果とは言え、虎王丸の頭の中にはミストのことしかない。
 ミストは虎王丸の守備範囲内からかなり外れているが、麗しの瞳はそんな些細な事に気を使ってはくれない。
 色っぽくなくても、胸がぺったんこでも、お姉様と言うよりは妹系だとしても、それで良いじゃないか。何処が好きなんだと言われても答えようがないが、とにかく胸の奥深く、身体の芯の辺りで燃え上がるもどかしい気持ちをどうする事も出来ない。
 愛や恋と言うのとは違う、もっと深い絆のようなものが、虎王丸の心を苦しいくらいに締め上げる。
 あの人でないとダメなんだ、あの人のためならどんなことでもやってみせる、あの人のためならば命をかけることさえ惜しくはない。

虎王丸(俺の命は、ミスティリル・クロッカス様のもの ――― )

 そして、それは彼らだって同じはずだ。ミスティリル・クロッカス様ファンクラブである以上、彼らの魂はミストのものだ。
 実際にはその場のノリで加入した者たちが殆どで、虎王丸のように麗しの瞳にかかっている者は誰もいなかったし、ミスティリル・クロッカス様万歳!と叫んではいても、命を懸けてミストを守ろうとしている者はいないに等しかったのだが。

虎王丸「変な魔法使いやがって‥‥‥」

 苦々しく呟いた虎王丸の前で、銀色の髪の少年が俯く。 彼は虎王丸よりもやや背が低く、細い体つきをしていた。青白い顔は病弱そうで、赤い瞳は頼りなげに揺れている。

???「貴方‥‥‥誰なんですか?」

 躊躇うように呟かれた言葉に、虎王丸は怪訝な顔をして睨みつけた。 少年が肩を竦め、オロオロと左右に視線を振る。そんな様子の彼を守るかのように、先ほどまで固い絆を結んでいた仲間達が虎王丸の前に立ちはだかる。

虎王丸「それはこっちの台詞だ!」
???「貴方、フィリ様の‥‥‥オフィーリア様と一緒にいませんでしたか? リィン君や、ハーブさんと一緒に」
虎王丸「フィリを知ってるのか!?」

 コクンと小さく頷き、キョロキョロと周囲を見渡すとそっと虎王丸に近付く。 最初は警戒して身を強張らせていた虎王丸だったが、いかにも腕っ節の弱そうな彼の様子に思わず警戒を解く。

???「貴方、麗しの瞳に‥‥‥かかっています、よね?」
虎王丸「麗しの瞳って、ナンパの確率を上げるアノ!?」
???「‥‥‥な、ナンパ‥‥‥ですか?」

 ポカンとした顔で目をパチクリさせる。思ってもみなかった答えだったのだろう、ナンパの言葉の意味を思い出すかのように眉根を寄せると難しい顔のまま宙を睨む。
 一方虎王丸は、噂に聞いたことのある魔法が実在したと知り、有頂天だった。

虎王丸(まさかとは思ってたけど、本当にそんなものがあるなんてな。ま、俺の心はミスティリル・クロッカス様一筋だけど、でもフィリなんかもなかなか‥‥‥)

 ふと、そこで虎王丸の脳裏になにかが蘇った。
 人通りの多い天使の広場、チョコンと座っている少女、手には青い花の中に一本だけ紅の花が混じった花束。

虎王丸「お前か?フィリと約束してたってやつは」
???「‥‥‥キミは誰?」
虎王丸「麗しの瞳を持ってるんだよな?」
???「質問を質問で返さないで欲しいんだけれど」
虎王丸「俺にはどうしてもソレが必要なんだ」
???「はぁ?」
虎王丸「これ以上、ナンパ失敗記録を更新してたまるかーーっ!!」
???「ちょ、キミ、なにすっ‥‥‥」

 ――― それから先のことは良く覚えていない。
 ミスティリル・クロッカス様命と言う事からして、おそらく虎王丸は麗しの瞳にかかってしまったのだろう。
 唖然とした顔をした後で、何かを考え込み、いきなり顔を赤く染めて怒り始めた虎王丸に、少年が困ったように周囲を見渡す。

虎王丸「み‥‥‥」
???「み?」
虎王丸「ミストは俺の趣味じゃねぇっ!!」
???「もしかして‥‥‥麗しの瞳の効果が切れたんですか?」
虎王丸「俺はもっと、こう‥‥‥セクシーで出るとこは出て引っ込んでるところは引っ込んでる、そんな女が良いんだ!」
???「ぼ、僕に言われても‥‥‥」

 虎王丸の守備範囲を聞いたところで、何も良い事はない。そんなに色っぽいお姉さんの良さを力説されても、彼の心には少しも響いてこない。
 虎王丸の対処に困り、途方に暮れている彼は無防備だった。そもそも戦闘に関して言えば素人なのだろう。虎王丸が刀を彼の喉元に突きつけるまで、彼は一歩も動く事が出来なかった。

???「!!!」
虎王丸「お前は何者だ?」
???「刀を下げてください。貴方に勝ち目はありません」

 虎王丸の周囲には、先ほどまでの仲間達が敵意を露にしながら剣を突きつけてきている。四方八方を囲まれている今、いくら虎王丸の戦闘能力が高いと言えど、無事に帰れる保証はなかった。

虎王丸「勝つつもりはない。アレさえ手に入ればそれで良い」
???「アレとは?」
虎王丸「麗しの瞳だ。さぁ、よこせ」
???「よこせと言われましても‥‥‥」

 少年が再び途方に暮れながら宙に視線を彷徨わせた次の瞬間、虎王丸の背後に強力な気配が立った。これだけの距離に詰められるまで気づかなかったのが信じられないほどに強い敵意に振り返ろうとした次の瞬間、虎王丸の胸が締め付けられた。

虎王丸(まただ‥‥‥また、あの‥‥‥)

 虎王丸の心は、目の前の少年に囚われた。


* * *


 もしかしたら、青マントの集団は虎王丸を返してくれないかも知れない。
 もしも彼らが魔法で人の心を操った事に責任を持たなかったり、それを拒絶するならば実力行使も厭わない、そう思っていた凪だったが、ミストの大歓迎の前にその熱い心は消火せざるを得なかった。

ミスト「効果時間がまちまちだって事に気づいたのは最近でね」
リィン「やっぱりそうだったですか‥‥‥」
ミスト「もう使わないと思っていたんだけどね、流石に天使の広場であんなことされちゃぁ‥‥‥」
凪「虎王丸の馬鹿が、すみませんでした」
ミスト「いや、ボクも咄嗟に力を使ったのが悪かったしね」
フィリ「それで、その肝心の虎ちゃんはどこに行ってるんだい?」
ミスト「フィリさんは、黄色のマントを羽織っている集団を知っていますか?」
フィリ「あぁ、最近よく聞くねぇ。‥‥‥もっとも、良い噂なんてちっとも聞かないけどね」
ミスト「どうやらその話をどこかからか聞いてしまったようで‥‥‥」
フィリ「虎ちゃんのことだ、一発ガツンとぶちかましに行ったんだろう?」
ミスト「数人仲間を連れて行きましたよ」

 また迷惑な事をしたのかと溜息をつきつつ、凪は隣で静かに紅茶を飲んでいるリィンの肘をつついた。

凪「黄色のマントを羽織ってる集団って?」
リィン「奪う、殺す、何でもありの集団ですよ」

 リィンが言葉を濁す。 何かあると感じ取るが、これ以上は踏み込んではいけない領域な気がして、凪は喉元まででかかった言葉を無理矢理飲み込んだ。

フィリ「しかし、虎ちゃんは鼻が良いんだか勘が良いんだか、あたしはある意味尊敬するねぇ」
ハーブ「もしかして、あの噂は本当だったんですか?」
フィリ「十中八九間違いないだろうね」
凪「あの噂って?」
リィン「その集団にも、どうやら麗しの瞳を持っている人がいるらしいんです」
凪「麗しの瞳って、そんなに簡単に手に入るものなんですか?」
フィリ「まさか。そんなに誰でも手に入れられるようなものなら、世の中滅茶苦茶になってるよ」
ハーブ「フィリ様、もしかしてその麗しの瞳を持っているのは‥‥‥」
フィリ「あたしはねぇ、実際に自分の目で確かめないと信じないよ。 何があってそうなったのかは知らないけど、そんな事をする子じゃなかったからね」
凪「‥‥‥フィリさんの知り合いなんですか?」
フィリ「息子だよ」
凪「‥‥‥ふぃ、フィリさんってご結婚‥‥‥」
リィン「違いますです。姉様は、仲間の事は皆“弟”とか“息子”とかって呼ぶです」

 勘違いに謝罪しつつも、凪はフィリの凛とした横顔を見つめた。
 強さを秘めた美しさの中で、寂しさが揺らめいているのが分かる。 思わず見入ってしまうほどに魅力的な ――― 女性としての色香と言うわけではなく、人として魅力的な ――― 表情のまま、フィリが凪と目を合わせ、一瞬躊躇うように視線を左右に振った後で微笑んだ。

フィリ「凪っちょにまで見つめられると、恥ずかしいねぇ。 あたしもまだまだ捨てたもんじゃないかもねぇ」
リィン「姉様はとっても素敵です! ね、ハーブ様?」
ハーブ「こっちに振りますか?」
ミスト「オフィーリア・ウェルディナス、どんな女かと思っていたのだが、噂に違わず魅力的だな。女としても、人としても」
フィリ「そうかい? あたしの娘‥‥‥いや、息子になりたかったら、いつでも言いな」
ミスト「そうだな‥‥‥いつか、気が向いた時にでも」
凪「ミストさん、虎王丸が向かった先は分かりますか?」
ミスト「大体なら分かる。 ヴァン、道案内を頼めるか?」
ヴァン「かしこまりました」

 それまで壁際で静かに気配を消していたヴァンがゆっくりと進み出てくると、凪達の前に立って歩き出した。

ミスト「本来ならボクが行くべきなんだろうけど‥‥‥」
フィリ「良いって良いって、こんな良い男が一緒に行ってくれるんだ、文句はないさ」
ミスト「すまないな」

 部屋を出て、細い廊下を歩く。 無限に続いているかのように思える冷たい石の壁に掌をつけ、凪は目を伏せた。

凪「ミストさんは‥‥‥」
ヴァン「もともとひ弱な性質でしたが、最近ではああやって伏せている事が多くなりました。 気分の良い時は、以前と変わらずにおりますが‥‥‥」
フィリ「何か、出生に秘密のありそうな子だね。 ‥‥‥そんな強張った顔しなさんな、余計な詮索はしないよ。あたしだって、されたくないしね」
凪(そう言えば、フィリさんとリィンって完全に血が繋がってるわけじゃなかったよな‥‥‥確か、父親が違うとか‥‥‥)

 そこまで考えて、凪は頭を振った。 余計な詮索はしない方が良いと、自分で自分を止める。
 凪が立ち入って良い領域は、きちんと決められているのだから。


* * *


 積み重なった死体の山の上で、虎王丸は無表情で立ち尽くしていた。
 ヴァンに導かれた先、点々と続く死体を辿った末に見た光景は、あまりにも残酷なものだった。
 光が失われた女性の瞳、口を開けたまま固まった男性、血の臭いが周囲に充満し、吸い込めば肺を熱く焦がす。

凪「これは‥‥‥」
フィリ「虎ちゃんがやったわけじゃないよ。 見てみな、返り血を浴びていない」
リィン「虎王丸様!!」

 駆け寄ろうとしたリィンをハーブが止める。 尋常ではない瞳の色をした虎王丸に無防備に近づいてはいけないという事を、彼は知っていた。
 凪が咄嗟に銃を構え、フィリに止められる。ヴァンが確かめるように足元の男性の首筋に手を当てるが、軽く首を振った。

フィリ「虎ちゃんは麗しの瞳に好かれてるね。‥‥‥あれは、麗しの瞳にかかってる状態だ。そうだろう、ヴァン?」
ヴァン「えぇ、そうだとは思います。けれど、ミスト様の時は‥‥‥」
ハーブ「使う人の問題でしょうね」
フィリ「もしくは、使う人を“使っている”人間の問題か」
リィン「どうして虎王丸様はあんなところに‥‥‥」
フィリ「麗しの瞳に囚われて、“仕事”に連れて行かれて‥‥‥いくら麗しの瞳と言えど、本能的に拒絶している事までは縛れなかったのかも知れないねぇ」
凪「本能的に‥‥‥?」
フィリ「虎ちゃんは、非力な人間を切り刻む事を好むような男かい?」
凪「そんなこと‥‥‥!!」
フィリ「分かってるよ、虎ちゃんはそんな事するような男じゃない。 だから、逆らった。‥‥‥もっとも大切な人の言葉に背いた。きっとそうだと思うよ」
ハーブ「どうしますか? 俺が連れてきましょうか?」
フィリ「万が一って事もあるだろうからね‥‥‥リィン、アレの用意を頼むよ」
リィン「はいです、姉様」

 リィンがトテトテと駆け出し、森の中に入って行く。
 何をするのかは分からないが、フィリ達に任せていれば大丈夫だろうと思った凪は、その場に腰を下ろすと呆然と立ちすくむ相方を見上げた。

凪(虎王丸に一体何があったんだ‥‥‥?)

 ヴァンが誰か一人でも息のある者はいないかと、必死の捜索を続けている中で、フィリとハーブが深刻な顔をして額をつき合わせていた。

凪(どうやらこの惨劇を作り出した集団の中には、フィリさん達の知り合いがいるみたいだ。フィリさんの話を聞くに、こんな事をしそうにない人らしいけれど‥‥‥)
フィリ「なに物思いに耽ってるんだい?」
凪「フィリさん‥‥‥あの、さっき言っていた息子って‥‥‥」
フィリ「とっても良い子だったんだ。人の痛みが分かる子でね、素直で、優しくて。天然で世間知らずでおっとりしすぎているとこは心配だったんだけどねぇ‥‥‥」
凪「そんな人がどうして?」
フィリ「人間、一番大切な物のためなら何でも出来るんだよ」

 フィリの瞳に真剣な光りが宿り、凪はじっとその瞳の色を見つめると口を開いた。

凪「その意見には賛成です。でも、いつかは誰かがその泥濘から出してあげないといけない。‥‥‥違いますか?」
フィリ「あぁ、そうだよ。 ‥‥‥凪っちょは、野菜を作った際、何が一番楽しみだい?」

 唐突に切り替わった話題に面食らいながらも、凪は暫し考えた。

凪「収穫、ですね」
フィリ「あたしも収穫が一番楽しみだよ。 ‥‥‥あたしが育てたものは、あたしの手で収穫する。誰にも触れさせやしない」
リィン「姉様、出来ましたです!」

 凪とフィリの間に流れた妙な沈黙を破ったのは、リィンの明るい声だった。
 森から走り出てきた彼の手には白い袋が乗せられており、フィリが何か細いものを彼に投げると虎王丸を指差した。
 一体何が始まるのだろうかと怪訝な顔をしている凪の耳元にフィリがそっと顔を近づける。 甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐり、フィリの色っぽい声がじかに鼓膜を揺らした。

フィリ「眠り薬だよ。ちょっと古風だけど、吹き矢でね。 あぁ見えてもリィンは吹き矢の名人でね」

 ふっと言う音の後で虎王丸の体がグラリと斜めに傾ぐ。 近くにいたハーブが虎王丸の体を抱きかかえ、怪我の有無を調べると右手で小さく丸の形を作った。

フィリ「まぁ、吹き矢の名人とは言え、その能力が発揮される事は稀なんだけどねぇ」


* * *


 まるで船の上にいるかのような、ゆっくりと上下左右に揺れる世界の中、虎王丸の頭の中では様々な言葉が入り乱れ、ぐちゃぐちゃに絡まっていた。
 ミスト、ヴァン、万歳、命、凪、リィン、ハーブ、万歳、フィリ、ナンパ、麗しの瞳 ―――――
 誰かが虎王丸の耳元で謝っている。 ごめんなさい、ごめんなさい、許してください。僕には守らなくちゃいけないものがあるんです。ごめんなさい、ごめんなさい、貴方を苦しめるつもりはなかったんです。ごめんなさい。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい ―――――
 永遠に続くかと思われるような謝罪の言葉。気が狂うかと思うほどに繰り返される謝罪の言葉。それはまるで凶器の様に虎王丸の心に突き刺さった。
 虎王丸は心の中で、必死に少年の声に答えていた。 もう謝らなくても良い、そんなに謝っているのに許さないわけねぇだろ?だからほら、もう謝んなって。な?
 それでも少年は謝罪を続けていた。 ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 今にも泣きそうな声に、次第に虎王丸の心も揺れ動く。 感情が共鳴し、思わず涙ぐむ。
 ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい ―――――

虎王丸「‥‥‥さい、‥‥めんな‥‥、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥」
リィン「あっ!虎王丸様が気づかれましたよ!」

 虎王丸はリィンの声に目を開けると口を閉じた。 謝罪の言葉は飲み込まれたが、頭の中ではまだあの6文字の言葉が回っていた。

凪「虎王丸、気分は? 麗しの瞳の効果は?」
フィリ「悪かったね、虎ちゃん。リィンが強めのを作っちまったようで、3日間も意識が戻らなかったんだよ」
ハーブ「虎王丸君? 大丈夫?」
虎王丸「あ‥‥‥あぁ、大丈夫‥‥‥」

 起き上がるのをリィンに手伝ってもらいながら、虎王丸の耳元ではまだあの声が聞こえていた。

凪「まったく、お前ってヤツはどうしていつもそうなんだ!? フィリさんにもミストさんにも迷惑をかけて‥‥‥大体、麗しの瞳を持とうとする根拠が不純すぎるんだ。ナンパをするために持とうなんて、言語道断、有り得ないだろう!‥‥‥虎王丸、聞いてるのか!?おい!?」
虎王丸「‥‥‥ごめんなさい」

 突然の謝罪に、流石の凪のお小言もピタリと止まった。
 それほど反省しているのか、それとも打ち所が悪かったのか、あるいは麗しの瞳のせいで頭の螺子が盛大に外れてしまったのか? ‥‥‥いや、違う。頭の螺子が締めなおされたからこそ、虎王丸はこうして謝ったに違いないのだ。
 凪がそんな事を悶々と考えている隣で、虎王丸はついにあの長い謝罪の最後の言葉を思い出した。


 ――――― ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥助けて‥‥‥ ―――――



END