<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『英雄伝説??〜英雄誕生??〜』

 ソーンで最も有名な歓楽街、ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
 この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。

「……というわけで、俺、英雄になるんだ!!」
 トラブルメーカーとして知られている、ダラン・ローデスという少年が、依頼書を2枚エスメラルダに手渡した。
 エスメラルダは渡された依頼書を読んで、ため息を1つついた。
「英雄になりたいのなら、他の依頼をこつこつこなして力をつけてから、危険な依頼に挑めばいいんじゃない?」
「そうだけどさ、なかなか俺に合った依頼ってないし。別に危険な依頼こなしたからって英雄になれるわけじゃないだろ? ほら、街を救ったりしなきゃさー、でも、そんな事件って度々起こらないし、むしろ、起きたら困るし!」
「……だから、起こすのね」
 エスメラルダの言葉に、ダランは笑顔で頷いた。
「そう、こつこつ起こす!」
 ダランの依頼は以下だ。

依頼その1
『ヒロイン募集!』
 危険はなし。
 洞窟の中で、数時間待機するだけ。
 反抗や抵抗をしない人。
 募集人数:1〜3人

依頼その2
『助力者募集!』
 依頼主の援護をして、盗賊に捕らえられたヒロインの救出に向ってくれる人募集。あくまで補助。
 募集人数:1〜3人

「ヒロインが決定した後、助力者の募集をしてくれよな〜」
 盗賊役は用意してあるのか、いたということにしておくのかは不明だが……。
 報酬として提示されている金額はかなりの額だ。
 単なる金持ちの道楽と考え、危険もないことだしとエスメラルダはその依頼書を受け取ることにした。


    *    *    *    *

「はあ?」
 ダラン・ローデスの計画を聞いた虎王丸は疑問の声を上げた。
 なんてゆーか、もう完全なバレバレのやらせ計画である。
「完全におままごとじゃねえかよ〜」
 とため息交じりに言いはしたが、ダランの隣には憧れの妖艶な美女、エスメラルダの姿がある。
「お願いね」
 お守を頼むとばかりに、言われてしまっては、男虎王丸!断るわけにはいかない。
 ……尤もエスメラルダの真意は、何かと騒がしい2人を追い出して、たまには本来の黒山羊亭の雰囲気を他の客に楽しんでもらいたいというものだったが。
「しょうがねえなあ、付き合ってやっよ」
 言いながら、虎王丸の目はエスメラルダに向けられている。
「しょうがねえなあ、連れてってやるよ!」
 アホなダランの発言も気にならない。エスメラルダが美しく微笑んでくれたから。
「ま、コイツのことは俺に任せとけって!」
 にっこり微笑む美女の姿を目に焼き付けて、虎王丸はダランと共に黒山羊亭を後にした。

    *    *    *    *

 他のメンバーと合流し、英雄一行は聖都近くの集落へと向った。
「やっぱり、英雄になる男としては、情報収集をして名を売っておかないとなー!」
「お前の場合、そんなことしなくても名は売れてるだろ。トラブルメーカーとして」
 前を歩く2人の少年を見ながら、助力者として動向している千獣とチユ・オルセンは顔を合わせて微笑んだ。
 ダランはもちろんのこと、虎王丸の方だって、結構名が売れている。……ナンパ師として。
 ダランが手配した情報屋の男は、酒場にいるとのことだ。
 その酒場はあえて最後に行くことにし、商店や宿屋で情報を集めることにする。
 もちろん、何の手がかりも得られない……と思いきや。
「最近、近くの山に山賊が現れることがあってねー」
「貴方達も気をつけなさいよ。中途半端に強そうだし」
 そんな言葉を多々耳にするのだった。
「なんだよ、情報屋が一般人に情報漏らしてどうすんだよ〜」
「つーか、中途半端にっていうのが余計だ」
 ダランと虎王丸はそんなことを言いながら、酒場へと向う。
 昼間だというのに、酒場の前に怪しげな男が1人いた。見るからに不自然だ。
「情報屋さんが目立ってどうするんだろう……」
 チユは一人くすくす笑った。
 千獣はきょろきょろ回りを見回しながら、ダランの意図を探る。一体この少年は何がしたいのだろうか。
「女の子達が攫われたって聞いたんだけど、どこに連れていかれた?」
 ダランが素人演技丸出しで情報屋の男に訊ねた。
「あの山だ。しかし、危険だぞ。生きて帰れる保証はない」
「大丈夫だ。俺の命に代えても、女の子達を守る!」
 ダランは腕を上げて、拳を握り締めた。
「……ええっと……」
 そんな一人盛り上がるダランを見ながら、千獣は自分がすべきことをもう一度考えてみる。
「……女の子を、助け、出すのは、ダラン。私、は……」
 千獣には、3つすべきことがある。
「……ダラン、守る。“ヒロイン”、守る。そのために、盗賊、倒す……」
 でも、これから自分達が探し出す盗賊は、偽者であることも千獣は知っていた。
「さあ、攫われたヒロインを探しに、出発よ!」
 チユが明るくそう言ってみると、ダランは即腕を頭上に上げて答えた。
「おー!」
「おおー!」
 虎王丸もダランより大きな声を発した。近くを美人の女性が通りかかったから、気を引こうと思ったのだ。
 どこの女性だろう、名前と連絡先を……。
 しかし、女性を追おうとした虎王丸の腕をダランが掴んでひっぱる。大人の魅力を醸し出しているその女性は、ダランの好みではないらしく、目には入っていない。
「さあ、行くぞー!」
「おー!」
「……お〜?」
 チユと千獣も声をあげ、ダランの後についていく。
 虎王丸も女性を追うことを諦め、ダランと共に山へと向うことにする。

    *    *    *    *

 水溜りに、水滴が落ちる音が響いていた。
 薄暗い洞窟の中、淡いピンクのふりふりのドレスを着た緑の髪の女性が、鉄格子を掴んでいる。
「お願い……ここから、出して……っ」
 女性――レナは、は悲壮な声で大袈裟にそう言った。
 その隣に、もう一つ影がある。
 こちらの女性は黒い髪の持ち主だ。膨らみのあるスカート、派手な模様のある服をまとっていた。聖都では見かけない服装だ。
 その少女はレナの隣で足を伸ばしていた。首を回してみたり、目を閉じてみたり……完全に寛いでいた。
「はっ、足音よ、足音っ」
 そう言うと、レナはくるりと後ろを向き、ポケットの中からマル秘アイテムを取り出す。
「お願い、出して……っ」
 再び鉄格子を掴んだレナの目から、大きな水の粒が零れ落ちる。水というか目薬だが。
「はあ? いつの間に捕まえたんだ、こんな女」
 そう言って、鉄格子の間から、男が手を伸ばしてきた。
 髭モジャの気味の悪い男だ。
 何だか、服装もだらしがなく、少し臭いそうなカンジもする。
 レナは当然、鉄格子から離れた。
「いや、何をする気っ」
 側にいた少女と抱き合って、震える。
「あとでたっぷり可愛がってやるさ」
 そう言い、男達はレナ達の前を通りすぎていった。
 あとで可愛がる? 何のことだろう。
 というか、自分達をここに連れて来た男達は比較的紳士的な服装をしていた。腰には長剣を下げていたが、それもとても似合っているナイスガイ達だった。
 美味しいオヤツも食べ放題だったし、退屈しのぎに欲しいものがあたったら何でも言ってくれと言っていた。
 とりあえずレナは、ブランドなあれ(服)とかそれ(アクセ)とかこれ(バッグ)を見てみたいわっと言ってみたのだが、まだ現物は届いていない。
 あんな不潔っぽい男達とバトンタッチしたのだろうか。
 レナは演技をする気が失せてため息をついた。
「なんか、変だよね」
 レナの隣に座っている少女が言った。
「ダランが雇った人達には見えない」
「……それもそうよね」
 かすかに男達の下品な笑い声が聞こえてくる。
 薄暗い洞窟の中、眉を寄せてレナと少女は考え込むのであった。

    *    *    *    *

「ガサガサガサ! モンスターが現れた!! ダランの攻撃!!」
 小さなトカゲ型モンスターを前にチユはそう言って、足を引いた。
「おーし、クリティカルヒットだーーーー!」
 意気込んで、ダランは炎の弾を撃ち込む。
「モンスターはヒラリと躱した!」
 チユがくすくすと笑いながら実況をする。
「くそーっ」
 ダランは再び詠唱を始める。
「遊び人虎王丸の攻撃、虎王丸はあくびをしている!」
「誰が遊び人だよー」
 チユの言葉に虎王丸が悪態をつく。でも、退屈すぎてあくびをしていたのは本当だ。チユにも何度かアタックしたが、全然相手にしてもらえてないし。どこかに綺麗な女性いないかな〜と。
 グシャ。
 ぴょんと跳んだトカゲを、千獣が腕……前足で潰した。
「千獣の勝利! 1ポイントの経験値を得た〜」
「あー、俺の獲物ー。英雄になるための一歩だったのにー」
「アホか。くだらねー」
 ダランの行動に虎王丸は終始呆れ顔だ。
 しかし、ダランも解説を続けるチユも、目を回しているトカゲモンスターに目を瞬かせている千獣も、なんだか楽しそうであった。
「モンスターにしても、もう少し手ごたえのあるヤツを相手にしようぜー」
 そう言って、虎王丸は何気なく頭上を見上げた。
 ……なんだか、人の気配を感じる。
「上か? やっぱラスボスは上にいるんだよな! よーし、行くぞー!!」
 ダランが山道を駆け上がっていく。……どうせすぐへばると思うので、一同は顔をあわせた後、普通のペースで後を追うことにした。

 案の定、僅か十数秒ででダランはへばり、数十秒後には一番後ろを歩いていた。
「花が綺麗ねー」
「……一番、綺麗、な、時期……」
「山に来るなら、やっぱ秋だと思うぜ。美味いもんが採れるしな!」
 チユ、千獣、虎王丸はのんびり会話を楽しみながら、上っていく。一人、ダランは肩で息をしながら、皆になんとかついてきていた。
「止れ」
 上り始めて数分後、太い声が響いた。
 見上げれば、不精髭を生やした男が2人、自分達を見下ろしていた。
「荷物を置いていけ」
 男の一人が、大剣を英雄ご一行に向けた。
「ほら、盗賊が出たぞ。どうすんだよ」
 虎王丸が振り返ってダランに尋ねる。
「お、俺様の攻撃で、やられる手はず、に……」
「なんだ、やっぱりやらせかよ! かー、情けねぇ」
「それじゃ、頑張ってね♪」
 そう言って、チユが端へと歩いた。
「ぐるるるるる……」
 千獣は弱めの威嚇に徹することにする。
「おーし、行くぞー!!」
 ダランは皆の前に出ると、手を広げて男達に向けた。
「オイ」
 即座に虎王丸の蹴りが飛んだ。
「戦士の前で目立ちながら魔法唱えてどうすんだよ、魔法使いってのは後衛でこそこそ魔法使うもんなんだよ」
「……なんだって? 違うだろ、魔法使いはどかーんと派手な魔法で真っ先に敵を全滅させるのが役目だろ!」
「それは例外! お前は後方支援型だろうが」
「それじゃ、虎王丸が英雄になっちゃうじゃんかー!」
 そういいながら、ダランが立ち上がったその時だった。
 ダランの足元を何かが通過した。
 飛んできた方向を見ると……あの男達がこちらを睨んでいた。
 一人は大剣、もう一人は弓を番えていた。
「危ねーじゃねーか! 俺に何かあったらどうすんだよッ」
 そんなダランの言葉に、一同苦笑する。
「それでもとりあえず、活躍させなくちゃね」
 そう言って、チユはスペルカードを取り出した。
「英雄ダラン様! 魔法使いが後衛だというのなら、前衛の虎王丸さんが、つっこんで敵の気を引いてくれるはずだから。そのスキに大呪文を放つのですー」
「おおなるほど!」
 ダランはチユの言葉に首を2度縦に振った。
 ……その間にも、何故か弓が的確にダランを狙って放たれていたが、千獣が前に出て、本当に当たったらどうするんだろ? と思いながら、ペシペシ手で弓を落としていた。
「よーし、行け、我が下僕虎王丸」
 ゴイーン!
 虎王丸が鉄拳でダランを殴る。
 しかし、自分がまず飛び込むことには異存はない。
「でぇぇぇぇーやーーーー!!」
 大袈裟に振りかぶって、虎王丸は敵に斬りかかる。
 男達の注意が、虎王丸に向いた。
「今よ、英雄様!」
 チユの言葉を受け、ダランが呪文を唱え始める。
 千獣は2人の隣へと下がった。
 虎王丸の刀と、男の大剣が交わった。
「いけ、火炎弾!」
 ダランの前方に火の玉が浮かび上がり、弓を構えてる男の方へと向かっていった。
 同時に、チユがスペルカードを発動する。
 周囲が光った。
 次の瞬間、爆音が響く!
 ダランが飛び上がって驚き、尻餅をついた。
 爆音と砂嵐が止んだ後、男達のいた場所に大きな穴が出来ていた。
「英雄の一撃により、悪は滅んだようね」
 チユがダランににっこり笑いかけた。
「い、いや、俺が放った魔法、爆発系じゃないし……」
「多分あの辺りにガスが充満してたのね。それを見極めて火炎を放つなんて、やっぱり英雄になるべくして生まれてきた人は違うわねぇ」
「そ、そうか? そうかっ。やっぱり、俺って天才魔術師!?」
「……天才……えい、ゆう……」
 千獣はダランとチユを代わる代わる見ながら首を傾げていた。
「……えい、ゆう……って、なに……?」
「なんだ、英雄の意味も知らずに、英雄一行に加わったのか〜。英雄っていのはな、どかーんとメチャメチャ活躍して皆にすげーって言われる人のことだ」
 千獣はますます分からなくなった。
 チユはくすくす笑っている。
「では、敵地に乗り込もうか、英雄様?」
「おうよ!」
 チユの言葉に頷いて、ダランは目的地である女性達が捕まっている洞窟へと歩き始めた。
「……おい」
 後方から届いた小さな声に千獣が振り向き、声の主を確認すると、ダランの服の裾を引っ張った。
 間一髪、斜面を転がり爆発を逃れた人物だった。
「ん? あ、なんだ虎王丸か。ぐずぐずすんなよー、行くぞー!」
「待てお前等! 俺ごと吹き飛ばすつもりだっただろ!!」
「それ覚悟で囮として切り込むのがお前の役目だろ」
 平然と言うダラン。
「そんなこと、あるわけないじゃない」
 にこにこと微笑むチユ。
 決して虎王丸のアタックが煩わしかったからではない。決して適当にスペルカードを選んだわけじゃない。決して……多分、きっと。

    *    *    *    *

 男達が立っていた所まで上ると、少し先に洞窟の入り口が見えた。
 大きな入り口の両側には松明が灯されている。
「女の子達はあそこに……じゃなくて、怪しい洞窟だ! きっとあそこが盗賊のアジトに違いない。俺は悪を許さないーっ! 行くぞ、突撃だっ!」
 そう言って、ダランが洞窟へと駆け出す。
「なんだ、てめぇら」
 しかし、駆け出した途端、洞窟から響いた強面の男の声に、急ブレーキをかける。
 男の後ろから、ぞろぞろと男達が顔を出す。
 着崩した格好。
 武器を携えた姿。
 焼けた肌、鋭い目つき。
 ……なんだか、様子が違う。
 ダランが不安気な顔で振り向く。
「んー、やっぱり何か変よね」
 チユの言葉に、虎王丸と千獣が頷く。
「ああ」
「……演技、なのに、危険、なこと、してくる……」 
「あ、あのう……ここは俺んちの土地だよね?」
 後退りして虎王丸の腕を掴みながら、ダランは男達に言った。
「ああ? 今の時期、ここは俺等が拠点として使ってやってるんだ。荷物を置いて、さっさと帰れや」
 下っ端っぽい若い男がそう答えた。
「ど、どうしよう……」
 ダランが皆を見回した。
「というか、どうすんだよ!」
 虎王丸がダランの腕を振り払いながら言った。
「なんだか、本物みたいね? 先に向ったヒロイン達は無事かしら……」
 チユの言葉に、ダランがますます不安気な表情になる。
「さっきの爆発はなんだ? まさかてめーら、ここを狙ったんじゃねぇだろうな」
 男達が近付いてくる。
 状況を理解できてはいないが、千獣の方針に変更はない。
 千獣は皆の前に立ち、身構えた。
「そうね、いい機会だから、本当の英雄になっちゃいなさい」
 チユがバシッとダランの背を叩いた。
「えーっ!? ま、魔術師は後方から皆の支援をするのが、や、役割なんだよな」
「ああ、そうだ。全体を見て、的確な指示を出してくれよ。で、どうする?」
 後退していくダランに、虎王丸が訊ねる。
「ええっと、ええっと……虎王丸は、敵に向かっていって斬り込んで、千獣はここで俺達のガード。チユは俺を守りつつ、スペルカードの攻撃魔法で虎王丸を援護」
 意外にまともな発言だ。虎王丸はちょっと驚いた。
「で、肝心のお前は何をするんだ」
「……け、見物……」
 虎王丸は大きくため息をつく。しかし、会話をしている時間はもうないようだ。
 若い男が、自分達の方へと向かってくる。
 虎王丸が飛び出し、その男を軽く突き飛ばすと、入り口にたむろしている集団に斬り込んでいった。
 よろめいた若い男の前には、千獣が立ちふさがる。
「てめぇらッ!」
 男が繰り出した拳を躱すと、獣の手を振り上げて、男の頭上から拳骨を叩き込む。
 倒れた男が苦しげなうめき声を上げる。
 千獣は振り向いてダランを見た。
「……止めの、チャンス……!」
「い、いや。千獣に任せたっ! 大魔術師の俺は、じゃ、弱者には手を出さねぇの」
 ダランよりこの男の方が数倍力がありそうだが。
 千獣はダランが何をしたいのかが、よくわからなかった。
 続いて、自分達に飛び込んできた男にも、千獣は黙々と拳骨を叩き込む。
 起き上がってくれば、また拳骨をたたきいれる。
 ……。なんだろう、こういう遊びを見たことがある。
「……もぐら、叩き……」
 千獣がぽつりと呟いた。聖都でたまに見かける子供の遊びだ。
 楽しくはないけれど、続けなければならないらしい。
 一方、虎王丸の方は、大人の男性数人相手に切り結んでいた。
 チユは単体攻撃系魔法を入れてあるスペルカードを選ぶと、次々に発動していき、虎王丸の回りの男達を倒し、援護していく。
「ええっと、ええっと、霧の魔法使ったら、皆も何も見えなくなるか? 土の魔法つかったら、みんなの動きも止めちまうかも? 火の魔法つかったら、虎王丸巻き込むか?」
 ダランは指示を与えねば、自分で自分の行動を決められないらしい。
「英雄の出番よ!」
 そう声を上げると、チユは爆風の魔法を発動する。
 強烈な風が、ダランの身体を浮き上がらせ、更に発動された衝撃派により、ダランの身体がふっとんでいく。
「わ、わわわわ……っ!」
 虎王丸の背後に迫っていた戦士風の男に、ロケット弾と化したダランが衝突をする。
「ああ、さすが英雄。仲間がピンチな時には身を挺してくれるのね」
 チユは満足気に微笑んでいた。
 千獣にはやっぱり意味は分からなかったが、向かってきた男には全部拳骨を叩き込んで倒したし、虎王丸も多少の傷は負っているが無事だし、チユはなんだか楽しそうだし、ダランも手強そうな敵を倒した?し、これでよかったのだろう……多分。
 
    *    *    *    *

 男達を縛り上げた後、一行は洞窟の中へと進んだ。
 洞窟の中は、いくつもに分かれていが、所々に明りた灯されており、思いのほか歩き易かった。
 聖都から比較的近いこともあり、元々観光場所として整備された洞窟だ。
 ダランは地図を持っているので、迷うことなく、牢のある場所へと向う。
 盗賊たちが占領する前に訪れていたのなら、ヒロイン達はここにいるはずなのだが……。
 虎王丸と千獣が並んで先頭を歩き、チユに押されるようにその後にダランが続いていた。……未だ頭を抑えている。相当痛かったらしい。
 目的の場所に近付いた頃、洞窟がかすかに揺れた。途端、ダランはビクリと震えて、チユの後ろに隠れようとする。無論、チユは更に後退し、ダランに前を歩かせる。
「もう限界、数時間の約束なのに、何日待たせるつもり! 残業代で家が買えちゃうわよ!!」
 甲高い女性の声が響いてくる。ハキハキした強気な口調である。盗賊の仲間だろうか。
 そして再び、大地が揺れた。奇妙な金属音も響く。
 虎王丸はなんとなく、状況がつかめて苦笑する。
 千獣はきょとんとした表情だ。
「……えい、ゆう……ヒロイン、助ける、んだよね?」
 千獣が足を止めて振り返った。
「おーそうか、感動の対面だな、行ってこいよ」
 虎王丸も道をあける。
「ででででも、魔術師は後方支援型だからっ」
「けどさ、お前が蒔いた種だろ? お前のせいで、本当に女性達が危ない目にあってたら、どうすんだよ?」
 虎王丸の言葉に、ダランはごくりと唾を飲み込んだ。
 そして、足を前に出し、奥へと進んでいく。

 鉄の檻があった。
 しかし、太い鉄格子は、尋常ではない力により曲がっていた。
「ほら、行くわよ」
 檻の前に、女性の姿があった。檻の中の少女に手を差し出している。
 その女性の格好は……ひらひらの淡いピンクのドレス姿。とても可愛らしい格好なのだが、スカートが無残に引き裂かれている。肩の辺りも、大きく切られ、白い肌が露になっていた。
「だ、大丈夫!?」
 ダランは心配した。
 本当に心配した。ヒロインがあの盗賊達に襲われたのではないかと……!
「あ……っ。勇者……様?」
 振り向いた女性――レナは、一瞬で表情を変え、崩れ落ちた。
「怖かった……。あたし、もう少しで、もう少しで……」
 言いながら、顔に両手を当てる。足音に気づいていれば、目薬を差しておいたのに!
「てか、怖いわけねーだろ!」
 レナを見たダランが言った。
 ダランはレナの強さを知っている。どこで見たのかはよく覚えていないのだが、彼女は大魔術師(になる予定)の自分を脅かす(到底超えられない)存在だ。
「って、なーんだ、お子様と女性達なのかあ……」
 指の隙間からメンバーを確認したレナは拍子抜けして立ち上がった。
「ええっと、君は大丈夫? このお姉さんが守ってくれただろうけど」
 ダランはまだ檻の中にいる少女に問いかけた。
 少女――ウィノナ・ライプニッツはダランと眼を合わせると、こくりと頷いた。

    *    *    *    *

 洞窟から出た後、助けてくれた勇者様のお手当てということで、他都市の少女に扮したウィノナが、ダランの手当てをすることになった。
「大きい、コブ……ですね。どうされたのですか?」
 口調と声のトーンを変えて、普段よりゆっくりと喋る。
「盗賊に体当たりを食らわしたんだ」
 なるほど。
 その言葉だけでウィノナは瞬時に理解した。仲間に突き飛ばされて、体当たりを食らわすことになったとか、そんなところだろう。
「それは、勇敢ですね。助けてくださり、ありがとうございました」
 そういいながら、痛み止めの薬を塗ると、ダランは得意気に笑って、なれなれしくウィノナの肩に手を回してきた。
「君、名前は〜? エルザードの娘じゃないよな?」
「ぼ……わたし、ずっと遠くの街から、エルザードに働きに来たんです」
「ふーん。稼ぎ口なら沢山紹介してやれるぜっ。俺ん家のメイドとか〜♪」
 ウィノナは照れたような笑いを見せる。心の中では苦笑していたが。
「助けてあげた礼……てかご主人様にお礼のちゅーしてくれてもいいんだぜっ」
 ウィノナはエスメラルダにばっちり化粧をしてもらっている。服装も普段は絶対着ないような衣装であるため、ダランはウィノナだとは全然気づいてないらしい。
 さてどうしよう。
「ほら、そろそろ帰るぞ。お嬢様がお怒りだ」
 レナの方といえば、約束が違うということで、不機嫌モードだった。
「カタログ見ただけで、何ももらえなかったし、お昼ごはん食べてないし……ああ、ムカツク!!」
 こんな状態で、盗賊の残党に出会おうものなら、山ごと吹き飛ばしてしまいそうだ。
「きっちり残業代払ってもらうからね!」
「もちろんー。報酬5倍ってことで。……ええっと、ごめんな」
「許すわ。あたし、寛大だものっ」
 しかしレナはダランの一言を受けて、あっさり許した。当然謝罪の言葉を受けたからではなく、破格の報酬の確約がとれたからだ!
「じゃ、帰るかー」
 ふらりとダランが立ち上がる。
 結局大した魔術は使わなかったのだが、体当たりがかなり応えたらしく、歩くことも辛そうだった。
 しかし、英雄が背負われて帰還というのもどうかと思い、一同の励ましを受けて、のんびりと聖都に帰還を果たしたのだった。

 それから数日、数週間が過ぎても……。
 ダランが英雄として褒め称えられることはなかった。
「俺が突っ込んでぶっつぶしたーって言っても、誰も信じてくれねーし」
 その言葉を耳にして、配達に訪れていたウィノナは密かに笑った。
 ぶっつぶしたのは、ダランじゃないだろうに、と。
「英雄的行動って難しいぜ。いてぇし」
 ダランは黒山羊亭のテーブルにつっぷして、ぶつぶつ呟いていた。
 居合わせた千獣はやっぱりわからない。
 結局、英雄ってなんなんだろう。
 とにかく、難しくて、痛いものらしい。
 ただ……。
「……何かを、演じる、のと……何かに、なる、のは……違う、もの、だと、思う……」
 千獣がぽつりと呟いた。
「演じてれば、本当になれるかもしんないじゃん……はあ……」
「……そう、かな……?」
 ぐったりと伸びているダランがちょっと可哀想になり、千獣は手を伸ばしてダランの頭を撫でた。
 エスメラルダはくすりと笑った。
「皆無事でよかったじゃない。盗賊も捕まったし、あなたの行動、聖都の人々の為になったわよ」
「うーん……」
 ダランがうめき声のような声を上げた。
 この様子だと、当分騒ぎは起こさない、かも、しれない……?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
伝説の英雄?? にご参加いただきありがとうございました。
ダランは英雄に近づけたでしょうか? ……近づけるわけないですね、はいっ。
こちらは英雄側になります。よろしければ、副題の違うノベルの方もご覧くださいませー。