<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


小さな悪魔の物語




 仕事を引き受けようと思ったのは、単純な生活の為の必要性だけでもない。それならもっと払いのいい仕事はいくらでもあった。魔術師を必要とする仕事は案外多いし、まして技術者としても頼られる超常魔導師ならば、なおのこと。
 結局、彼――チュチュラがその仕事に目を留めたのは他でもない、「悪魔の世話をして欲しい」という、ややもすると荒唐無稽な依頼書の文面に知的好奇心を刺激されたからだった。


 エルザードからは少々離れた田舎町。依頼書に指示されていた場所は孤児院だった。どうやら元々教会だった建物らしいが、聖母像は朽ちて首がもげていたし、建物の方も散々な状態で、チュチュラは一瞬ちらりと、依頼料の支払い能力が心配になったが、そこへ顔を出した少年の手にしていたガラス製の小さな棺にすぐ視線を奪われ、そんな心配は忘れてしまった。
「お待たせして申し訳ないね。…ちょっと今、チビの中に赤ん坊がいるもんで、目を放せなくて。…ウチの母さんはあてにならないし、全く」
 まるっきり育児に苦労する父親といった口調で語る人物は、傍目にはチュチュラとそう変わらぬ年頃――12か13か。その程度に見受けられた。耳を見るとエルフの血筋のようなので、実年齢は恐らく違うだろうが。
「ええと…チュチュラ、だったっけ。例の、悪魔の世話の件で来てくれたんだよね?」
 言いながらその人物が差し出したガラスの棺には、それなりに魔法の知識を持つ者であればすぐにそれと分かる魔力が渦巻いている。興味を惹かれたチュチュラは挨拶もそこそこに、それを受け取った。
「ハイ。…悪魔、ってこれデスか?」
 肩で揃えた銀髪を揺らして、チュチュラがこくりと首を傾ぐ。元々あまり感情を露にする方でもないので、その表情こそ無表情であったが、赤い瞳は好奇に満ちてきらきらと輝いていた。依頼主はそれに気付いて苦笑すると、うん、と頷く。
「正確にはその中。発生したばっかりで存在が安定しづらくってね、それは悪魔の封印装置をいじって作った安定装置なんだけど…おいエイオン、出ておいで」
 がたがたとガラスの棺が動き、そこから小さな、手のひらに収まるサイズの小さな体躯がひょこりと現れた。見た目には小人のようだが背中には黒い翼――それも片翼は腐り、骨が覗いている――が生えている。
 小さな悪魔は棺の上でふあああ、と欠伸をした。金色の眼をこすり、チュチュラを見上げる。チュチュラの赤い瞳にぶつかると、すぐにそれは困惑したような表情を浮かべた。
「うん?だれー?」
 声は、少女のようであり少年のようでもあり。まぁ悪魔なので男女の区別がないのかもしれないが。寝ぼけた悪魔の言葉を、ぴしゃりとその後ろから依頼主の声が叱りつけた。
「エイオン。人にものを尋ねる時にはまず自分から名乗りなさい」
「んー。分かった。ぼくはね、エイオンって言います。」
 はじめまして、と頭を下げる所作は幼い。
 発生して間もない悪魔だというのは本当らしい、とチュチュラは目を一層輝かせた。だがその興奮をうかがわせぬ淡々とした調子で、悪魔に応じて会釈をする。
「ボクは、チュチュラといいマス」
「ちゅちゅら。チュチュラ、だね。うん、覚えた」
 こくんと頷いて、それから悪魔――エイオンは背後の依頼主を見やった。それからまた、チュチュラを見やる。
「それで、ボクは何をすればいいのデス?」
 悪魔の動きや、小さなガラスの棺の仕組みの方に心を惹かれつつ、チュチュラが尋ねると、依頼主は何やら思案したようだ。
「普通に生活して、それをエイオンに見せてやって欲しいんだ。ちょっとした社会見学だね」
「普通の生活…デス、か?」
 困惑がない訳でもない。チュチュラがオウム返しに繰り返すと、依頼主の少年は力強く頷く。
「エイオンは好奇心旺盛な奴だから、邪魔をしちゃうかもしれないけど…それでよければ是非」
 好奇心旺盛ならば、気が合うかもしれない。チュチュラがそう考えたかどうかは定かではないが、結局、チュチュラはこの依頼を引き受けることにしたのだ。他でもなく、小さな悪魔に対する知的好奇心から。



 小さな悪魔はふああとまた欠伸をした。チュチュラの見ている限り、この生物――いや生物なのかどうかも怪しいが――は呼吸をしている様子がないので、欠伸をする必要があるのかどうかかなり疑わしい。
「眠いデス?」
 ――矢張り、この幼い精神の持ち主に、自分の「日常」は退屈であっただろうか。
 ちらとそんな不安を感じて、棺の上に座る悪魔、エイオンを見ると、うん?とエイオンは不思議そうに首を傾げた。
「眠いって、何で?」
「…欠伸をしてたデスし」
「欠伸すると眠いの?」
 何で?とまた首を傾げるエイオン。チュチュラはしばし思案げに自室にぐるりと、赤い目を巡らせた。
 「普通の生活」を見せてやって欲しい、という依頼人の要求に応えるべく、チュチュラが悪魔を連れて行ったのは彼の自室兼研究室である。本を日差しから守るため、昼間にも関わらずあまり日の射さぬ薄暗い部屋は、見渡す限り、本棚とそこから溢れた本だらけだ。彼は普段、ここで実験をしているか、本を読んでいるか、それでなければ昼寝をして一日を過ごしている。
 「足の踏み場もない」という言葉を体現したかのような室内で、足元にも本が溢れている状態だったが、そんな中をチュチュラは慣れた者の軽い足取りで歩いていくと、一冊の埃を被った本を引っ張り出した。薄っぺらい本は、子供向けに簡単な言葉で書かれたものである。
 何故こんなものを買ったんだったか、理由はとんと忘れてしまったが、中身は子供向けに人の身体の仕組みを解説する、教育用のもの、らしい。
「一般的に人が欠伸をするのは、眠い時なのデス。ええと、ここに書いてあったと…」
 ぱちり、金色の目を瞬かせて悪魔が顔を上げる。先ほどから彼の本を見るとなしに眺めていたので、文字は読めるらしい。チュチュラから本を受け取った小さな手には、児童向けの薄っぺらいものさえ重たそうに映るが、案外軽々と悪魔は本を持ち上げた。埃を払って適当な場所――積み上げられた本の上――に陣取ると、ぺらりと項をめくる。
 悪魔がはたして人の言語に興味を示すものだろうか。少々の不安と共にその様子を見守っていたチュチュラの観察する中で、悪魔の目線は目まぐるしく文字を追いかけていく。やがてふっと、金色の目が丸くなった。
 チュチュラとは対照的に、人でもない癖にこの悪魔は酷くストレートに感情を露にする。きらきら、輝きを増した瞳を見るまでも無く、どうやら興奮しているらしいのが見て取れた。
「人間ってこんな風に出来てるんだー!すごいね、これ誰が書いたの?誰がこんなの調べたんだろ」
 本をぱたん、と閉じて――思いのほか読むペースは速いようだ――悪魔がぴょこんと跳ねる。
「…エイオンさんは、どうして欠伸をしていたデス?」
 ふと、そこでチュチュラが気になってそう問うて見ると、悪魔はん?と首を傾げた。何故そんなことを質問されるのかが、分らないらしい。
「どうして、って、小さい人間がよくしてるから真似してるだけだよー」
「マネ、デスか」
「うん。チュチュラはどうしてそんなこと訊くの?」
「それは――」
 チュチュラは少し、無表情なままで首を傾げた。単純な質問だが、なかなか難しい。
「…知りたいからデス」
「何で?」
 間髪入れず更に問われてさすがにチュチュラも言葉に詰まった。知りたい、というのは彼にしてみればごく自然な欲求だから、それを説明しろと言われても、まして幼子のようなこの悪魔に理解できるように説明するのはかなり骨が折れるような予感がする。
「知るコトが、ボクはとても好きだからデス」
 考え考え、チュチュラは結局非常にシンプルに、そんな言葉で応じた。その辺りにあった分厚い本を一冊手に取る。数年前に発表されたある魔道技術に関する論文だ。ぱらぱらとそれを捲りながら、淡々とした語調でチュチュラは続けた。
「きっとこの本を書いた人もそうデス。新しい魔術を見つけたり、新しい技術を作り上げたり、――ニンゲンの中には、そういうことがとても好きで、好きでたまらない人も居るのデス」
 彼にしては珍しいことに少々饒舌に、僅かばかり熱を込めてそう語ると、本を元あった場所に戻す。
「エイオンさんは、好きなことはありマス?」
「好き、って感じがよく分かんない」
 悪魔の答えは実に素気ない、ある意味とても悪魔らしいものだった。これだけ感情豊かに見えるのに、という点が意外でもあったが。
「チュチュラはどういう時が好きって感じる時?」
「………。またそれは哲学的な質問デスね」
「てつがくって何?」
 ――このままでは延々と質問の応酬になりかねない。エイオンの、予想以上に旺盛な好奇心に内心で驚きつつ、チュチュラは最後の質問を意図的に無視して提案することにした。
「調べてみる、というのはどうデスか?ここには本が沢山ありマスし、ひとつくらい、『好き』なものが見つかるかもデスよ」
 確か、少し奥の方を探せば、子供向けの絵本やら、目に鮮やかな画集などがあったはずだ。さすがに魔道研究の本に、幼子のようなこの悪魔が興味を示すとも思えなかったが、山のような本の中には一冊くらい、悪魔の琴線に――こういう表現も妙だが――触れるものがあるかもしれない。
「楽しい、と思ったら、それを読んでみるといいデス。きっとそれが『好き』なものデス」
 我ながら少々無理のある理屈だと感じたが、存外あっさりとエイオンはその提案に顔を輝かせた。――さて、欠伸をするのは人間の真似、だと言っていたエイオンだが、表情も人間を真似て覚えたものなのだろうか。そう思うと少し不思議な気がして、チュチュラは窓に映った自身の、およそ感情を映さぬ顔を見やった。別段、そこにどんな不満を見た訳でも無いのだが、矢張り少しばかり不思議な気はする。
「ねーねー、チュチュラ、これはなーに?」
 物思いに耽る間もなく、無邪気な甲高い声がした。


 あれは何、これは?と質問攻めにあったチュチュラが解放されたのはそれからたっぷり一刻ほどの後。悪魔が一冊の絵本を見つけ出してからだった。
 どうやら悪魔は、空想上の物語――絵本の方に興味をもったらしく、小さな体が埋もれるほどに絵本を積み上げていたのだが、そのうちの一冊を熱心に読み始めてからすっかり大人しくなったのだ。

「つくりばなし?ええと…それって嘘ってこと?」
「……そう言うと全く身も蓋も無いデスが」
 当初、絵本を発見した悪魔には人が空想だけで作り上げる物語という概念が、まず理解できないものだったらしい。眉根を寄せて怪訝そうな顔をしてみせる。だが、いざ絵本を読みはじめると、その表情は一転して生き生きと輝きだした。
 どうやら人間の創造した「物語」という文化は、いたくこの悪魔のお気に召したものらしい。
 本棚を探しては開き、開いては読みを繰り返した挙句、絵本の小さな山を築きあげたエイオンがやがて見つけ出したのは、チュチュラが何となしに絵を気に入って手に入れた一冊だった。
 内容の方は――あまりはっきりとは覚えていない。
 ただ、児童向けとは思えぬ精緻なイラストで描かれた、「お菓子の家」だけはやけに鮮明に記憶に残っている。見た瞬間に空腹を感じるような、それはそれはよく描かれた「お菓子の家」だったのだ。
 熱心に本に見入るエイオンをひょいと覗いて、チュチュラはその表紙を見てそんなことを思い起こしていた。――そういえば、窓を見れば外は既に昼下がりだろうか。朝から何も口にして居なかったことを思い出す。
「ね、お菓子の家って、美味しいの?」
 悪魔は食事をするのだろうか、などとぼんやりと思案に耽るチュチュラの意識を現実へ戻したのは、相も変わらずの悪魔の質問だった。迂闊な返答をすれば質問地獄へ逆戻りだと、チュチュラは赤い瞳に僅かに警戒の色を浮かべつつ、慎重に言葉を選ぶ。
「美味デスよ。甘いのデス」
「甘いの?…んー、キイチゴみたいな感じ?」
「近いデスけど、少し違…」
 そこまで考えて、ん、と疑念を覚えて彼は眼前の悪魔を改めて見た。好奇心旺盛な小さな悪魔は、「お菓子の家」の描かれたページをじっと見ている。
「お菓子、食べたことないのデス?」
 彼を預かっている依頼主は孤児院の人間だ。子どもに接する機会の多かったらしい悪魔がお菓子を食べた事がない、というのは妙なことのように思われた。
 が、悪魔はあっさり、ふるふると首を横に振る。ページに落した視線はそのまま、
「僕、ニンゲンみたいな食事って要らないし、お菓子高いからあんまり買わないんだって。だからあんまり、ご飯も食べないよ」
 ――成程と妙な納得を覚えてチュチュラは頷いた。
 雨漏りも放置、壊れた壁には申し訳程度の風除け――という孤児院の惨状を思い出したのだ。あれは余程金に困っているモノと見た。子育てなど無縁なので、実際、子供達を育てる為にどれだけの資金が必要なのかまでは想像が出来なかったが。
(食事が必要無い彼の為にわざわざ、支出をしたくないのデスね…それで依頼料は払えるのデス?)
 ちらと疑問が胸をよぎるが、これは依頼を引き受けた今となっては黙殺するより他にない。
「じゃあ、食べてみマス?」
 なんとなしに提案したチュチュラに、悪魔は少し首を傾げた。
「お菓子、あるの?」
 勿論、とチュチュラは力強く頷いた。
「ボクは甘いものも『好き』なのデス」
「おおー」
 と、何故か小さな手で拍手をするエイオン。
「じゃあ、チュチュラが食べてよ。僕、隣で見てる」
「…」
 見られながら食べるのも奇異な気がして、チュチュラは何も言えずに、戸棚の奥に無造作に置いた、ひと抱えもあるガラス瓶――キャンディやチョコレートなどが、カラフルな包装をされてたっぷりと詰め込んである――を引っ張り出した。
 エイオンはにこにこ、笑いながらこちらを見ている。
 黄色の包装紙をはがしてキャンディを掌にのせ、結局、チュチュラはその視線に耐えきれずに、小さなキャンディをエイオンへと差し出した。
「うんー?」
 チュチュラの言わんとするところが分からなかったのだろう、きょとんとして首を傾ぐ悪魔に、チュチュラは一度だけ小さく、ため息。
「覚えておくといいデス。…人は、そんなに見られながら食事をすると、落ち着かない気分になるのデス――だから一緒に、食べるデスよ」
「ふぇ。そういうものなの…?」
「まぁ、人にはよるデスけど」
 とりあえずボクは落ち着かないのデス、と告げて、チュチュラはガラス瓶を窓際に置いた。薄暗い部屋でも窓際に置けば日の光が僅かながらに射してくるので、ガラス瓶がその陽だまりに置かれると、色とりどりの包装紙が光を跳ね返して、「お菓子の家」ほどではなくても、やっぱりその光景は絵本のページのよう。
「でもチュチュラ、甘いの、好きなんでしょ?好きなものって、人にあげていいの?」
 僕がもらっていいの、とエイオンは彼を見上げて心底不思議そうに問う。
「確かに、これはボクの宝物なのデス」
 とん、とガラス瓶の蓋を軽く叩いて示し、少し自慢げにチュチュラが答えた。
「だから、いつもは全部独り占めしているのデスが。――今日は特別デス」
「んー、んー…」
 悪魔はやっぱり、よく分からない、と言う風に困った顔をしている。
「好きなら、全部、自分で食べたらいいのに」
「好きだから、一緒に食べるのデスよ」
 チュチュラは反射的にそう反駁して、自分の言葉に自分で奇妙に納得した。――好きなものを、一緒に居る誰かと共有したい、そう思うのも人として自然な欲求のひとつなのかもしれない。
 意図せず新しい発見をしたような気分でいると、ふいに掌の上の小さな塊が消えた。エイオンがおずおずと手を伸ばして、キャンディを手に取ったのだ。
「…んーと、こういうときは、『ありがとう』って言うんだっけ」
 全体、そんな礼儀作法を誰がこの悪魔に吹きこんだのだろうか。思案げにお礼の言葉を思い出そうとするエイオンの姿を見ているとそんなことが頭をよぎり、チュチュラは珍しく――本当に珍しく、仄かに微笑んだ。
「こう言う時は『ご馳走になります』とか『いただきます』でも、いいのデス」
「そうなの?んーと、じゃあ、『いただきます』」
 小さな体には少々大きなサイズだったが、かりかり、とキャンディを齧ったエイオンは金色の丸い瞳を更に丸くした。ぱちぱちと瞬き、チュチュラを見上げる。
「あまいー!」
 おいしい、という表現にはならなかったが、彼なりに甘味を気に入ったのだろう。そのままかりかりと、キャンディを齧り続ける。
(…。木の実を齧っているリスみたいデス)
 一瞬そんな感想を持ったチュチュラだったが、とりあえず、「宝物」であるお菓子を気に入ってもらえたらしいと安堵した。そして今日は特別デスから、と胸中で自分にも言い訳してから、ガラス瓶の蓋をあける。
「好きなだけ、プレゼントデス」
 我ながら大盤振る舞いし過ぎたかもしれないという予感もないではなかったが、キャンディで口周りをべたべたにしたエイオンがぱっと微笑んだので、まぁいいか、とチュチュラはその予感を隅へ追いやることにする。
 そして自分も、ピンクの包装紙からキャンディを取り出して、口へ放った。
 今日は随分と、慣れないことばかり考えていた気がする。甘味は口に広がって、チュチュラのそんな疲労をも癒してくれるようだ。ほう、と満足感にため息をついて、チュチュラは窓の外を見る。正確には窓に映る、相も変わらず無表情な自分の顔の方を見た。
 大きなキャンディを頬張っている自分の顔は、今は、この無駄に表情豊かな悪魔とさして変わらないようだった。それが可笑しくて、少しの間窓に見入る。
「えへ。何だか甘いのって、楽しくなる、ね」
 不意にキャンディから顔を上げたエイオンが呟いた。チュチュラはその言葉に少し思案して、それから口の中の大分小さくなっていたキャンディを飲み込んでから、口を開く。
「そういうのが、『好き』のハジマリかもデスよ」
 実際にどうだかは、分らない。悪魔は慣れぬ味覚を楽しんでいただけかもしれないからだ。
 とはいえ、
「…ボクは、エイオンさんがお菓子を好きになってくれれば、嬉しいデス」
 これは偽らざる本音だ。やっぱり、自分の好きなものは、誰かにも好きでいて欲しい。

 


「ごめんね、騒がしかっただろ?」
 依頼主に再び会う約束をしていたのは夕刻の頃である。棺の上に座って足を揺らすエイオンを、棺ごと依頼主に手渡し、チュチュラはその言葉に小さく首を振った。
「――いえ。ボクも何だか、楽しかったデス。普段考えないようなことを考えて」
 騒々しい上に予想外の質問をぶつけてくるエイオンは、本と実験のことばかり考えるエイオンの思考を全く違う方面へと連れ去っていた。気付けば、部屋から出ることも無く、ただ本を読むだけなのに、ひどく不思議な一日だったようだ。
「さよならデス、エイオンさん」
 小さな悪魔へ目をやって、手を振ると、悪魔はふわりと笑った。
「さよならじゃなくって、またねって言うんだよー」
 また遊んでねー、とエイオンは無邪気に手を振る。釣られてチュチュラも手を振って、改めて、告げた。
「では、『またね』、デス」
 
 
 
 ――帰り道に、依頼主が、ガラスの棺にぎゅうぎゅうに押し込められたキャンディやらチョコレートやらのカラフルな包装紙を見て首を傾げていたが、チュチュラはそんなこと知る由もない。
「どうしたの、これ…」
「プレゼント!えとね、チュチュラは甘いものが好きで、甘いものは食べるとちょっと楽しくて嬉しいの。それから、好きなものはみんなで食べるんだよ。だからこれ、帰ってみんなで食べるの」
 エイオンの無邪気過ぎる回答に、やれやれと苦笑する。
「…依頼料、上乗せするべきだったなぁ」
 勿論、孤児院にそんな余裕はないのだけれど。
 振り返っても、とうにチュチュラの小さな影は見えなくなってしまっていた。


 

 
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/チュチュラ/男性/12歳/



NPC/悪魔(エイオン)
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ライターより
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初めまして、夜狐です。発注ありがとうございましたー。
遅くなって申し訳ありません。
チュチュラさんの口調やキャラが上手く掴めて居れば良いのですが…!

またご縁がありましたら、宜しくお願いしますね。
ではでは。