<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


祠の奥 + 偽りの勇者 +



 聖預言者様は言いました。
 勇者様が来るのと同時に、この世界を破滅させる偽りの勇者が現れると。 そしてその人が本物の勇者なのかそうでないのかを見極めるのは、わたくし達だと。
 わたくし達は本物の勇者様を選ばなくてはなりません。この世界を救ってくれる、本物の勇者様を ―――


* * *


 山本・建一はその日、何故だか胸騒ぎを覚えた。
(何かが起きる気がします‥‥‥)
 それは何か取り返しのつかない事が今まさに起こっているような、そんな嫌な予感だった。
 カーテンを開け、闇に沈む世界に目を凝らす。 ランプをつけていたために鏡のようになったガラスには建一の不安そうな顔が映っており、薄い月明かりが頼りなげに地上を照らしているのがボンヤリと見えていた。
 ランプを消し、再び窓に近付く。 先ほどよりは見渡せるようになった窓の外、木々が風に揺れている。森がザワリと揺れ、鳥達が飛び立つ姿が月明かりに浮かび上がる。
(何が起きているんでしょう)
 ベットリとした空気は部屋の中まで入ってきており、隅々の闇と言う闇に潜み、じっとコチラを窺っているように思う。
 部屋の隅に立てかけてあった水竜の琴に触れた瞬間、建一の脳裏にあの日の光景が蘇った。 耳にはティレイアの美しい歌声が聞こえ、指先が空中で琴を弾く。
 舞い踊り 舞い狂い 全てをゆだね 満月を誘う
 平和を願い 争いを厭い 狂おしいほど 民を愛し
 祈るよりも剣を取り、満月に問うならば舞い踊り
 流れ行く時を止める術はなく、ただ無常に過ぎる時の中
 足掻き、苦しみ、いつしか時を止める術はやって来る
 時と時が繋がるこの場所で ―――――
(あの世界に何かあったのでしょうか‥‥‥)
 いや、違う。 きっとそうではない。 自分の考えを直ぐに否定する。
 もっと違う何か、それと関連する何か ―――――
「明後日には建一さんにもお見せできるよう、訳したものを作っておきますね」
 耳元で聞こえたリンク・エルフィアの声に、建一は顔を上げると息を呑んだ。
「まさか‥‥‥まさか、リンクさんに何か‥‥‥」


* * *


 数日前 ――― 祠での不思議な体験をした翌日 ――― 建一とリンクは王立図書館に向かうと、歴史書を片っ端から紐解いた。 新しい年代からさかのぼり、古い年代の資料も丹念に調べるが、レーリアの文字は何処にもなかった。
「ダメですね。レーリアばかりでなく、ソワルの事も書かれていません」
「おかしいですね‥‥‥。もしかして、歴史上には存在しない国なのでしょうか? もしくは、この世界とは違う世界の国だとか‥‥‥」
「うーん、でも、あの祠に書かれていた文字はとても古いですが、あそこの辺りで使われていた文字で‥‥‥」
 リンクがはっと顔を上げ、暫し宙を睨みつけた後でダっと走り出した。
 図書館の中では走ったらいけないと注意する間もなく、リンクはあるコーナーに入ると本の背表紙を指でなぞった。
「リンクさん、ここって‥‥‥」
「あの文字を使った文章で、幾つか解明できない箇所があると言う話を聞いた事があります。 実際にはない戦争の名前や、王国の名前が記されてあるのだと‥‥‥」
 あったと小さく叫び、リンクが1冊の本を開いて建一に押し付けた。 古いその本はページが黄色く変色し、紙はゴワゴワと質を劣化させていたが、黒いペンで書かれた文字はその当時のままの色を残していた。
「伝説の都、ですか‥‥‥?」
「レーリアとソワル‥‥‥ある集落に伝わる伝説に出てくる都だそうです」
「その集落とはどこにあるのです?」
「そこまでは書いていません。 ‥‥‥あっ、ちょっと待ってください。もしかしたら、こっちの本になら‥‥‥」
 リンクが素早く2冊本を取り出し、パラパラと凄まじい勢いで捲っていく。
「レーリアとソワル、それを伝えている集落‥‥‥ありました!」
「それで、その集落はどこにあるんです?」
「それが‥‥‥。 もう100年以上前になくなっているそうです」
 集落の人数が減り、自然に消滅してしまったのだろうか。 そう考える建一の耳に飛び込んできたのは、思いもよらない事実だった。
「その集落は、1日にして突然消えてしまったようなんです。 空から赤い光りが落ちて、一瞬で焼けたとあります」
「‥‥‥空から落ちてきた赤い光り、ですか‥‥‥」
 何かの魔法だろうか? もしそうだとすれば、何故集落を消す必要があったのだろうか。
「‥‥‥建一さん、どうやらあの都には何か途轍もない事が隠されている気がします」
「レーリアとソワルは、何故滅んだのでしょう?」
 疑問を確かめるために手元の本に視線を落とすが、ある集落にそのような都の名前が出てくるとだけしか書いていない。 他のページを繰って見れば、伝説の内容が事細かに書いてある。 この話だけこれだけ内容が薄いところを見ると、どうやらその集落は伝説の内容を全て話し終わる前にこの世から消えてしまったらしい。
「ここには、現代語に翻訳された本が大半です。解読が必要な古文書の類はないみたいですし‥‥‥」
 リンクがグルリと館内を見渡し、困ったように眉を顰める。 建一が本を元の場所に戻し、同じように館内を見渡す。確かに、本棚に詰まっている本の背表紙はどれも建一に読めるものばかりだった。
「俺、こういう場所に置かれないような、まだ未解読だったり翻訳し終わっていないものだったリを持っている人に心当たりがあるんです」
「お借りできるんですか?」
「えぇ、多分喜んで貸してくれますよ。 ‥‥‥丁度良かったリンク!お前も解読に付き合え!‥‥‥って」
 その光景を脳裏に描いたのか、リンクが苦笑しながら肩を竦める。
「今日にでも連絡を取って、明日には見せてもらえるよう頼んでみます」
「お任せしても良いですか?」
「えぇ。 明後日には建一さんにもお見せできるよう、訳したものを作っておきますね」


* * *


 胸騒ぎの正体を知りたくて、建一は外に飛び出した。 もし何事もなければそれで良いと思いながら、喫茶店・ティクルアに向けて歩き出す。歩行速度はいつしか競歩へとなり、ついに建一は駆け出していた。
 月明かりのみが世界を照らす中、ティクルアの前に人影が見えた。近付くに従って徐々に輪郭がはっきりとし、金色の長い髪が風に揺れている様子が見えるようになった。
「リタさん!」
 ティクルアの店長、リタ・ツヴァイが声に反応して振り返る。 暗く不安気な表情が一瞬だけ明るく変化し、再び元の表情に戻る。
「建一さん! どうしてここに‥‥‥」
「夜分遅くにすみません。 何か胸騒ぎがして‥‥‥」
 二度三度、深呼吸をしただけで呼吸を整えた建一は夜空を見上げて何かを祈るように胸の前で手を組むリタを見下ろした。
「建一さんは、勘が良い方ですか?」
「良いかどうかは分かりません。 でも、悪くはないと思っています」
「‥‥‥リンクが‥‥‥リンクが、何者かに襲われました」
(やっぱり‥‥‥!!)
「それで、リンクさんは‥‥‥」
「治癒師の方をお呼びしたのですが、どうにも手のつけられない状況で‥‥‥」
「そんな‥‥‥」
「キチンとした設備のあるところに運ぶ事になったのですが、今日に限って竜樹の鳥が遠くまで行ってしまったようで、なかなか帰ってこないのです」
「それでは、リンクさんはまだ中にいるんですか?」
「えぇ。 ‥‥‥リンクから、建一さんに言伝があったのですが‥‥‥直接聞いてあげてください。 何か、祠に関する大切なことみたいです」
 竜樹の鳥の早い帰宅を願うリタをそのままに、建一はティクルアの中に飛び込んだ。 いつもは穏やかな雰囲気が充満し、時の感覚が薄れるほどにゆったりとした空間が、今日ばかりは殺伐としたものに変わっていた。
 白いローブを着た男性が一心に杖を振るっているが、足元でグッタリと横たわるリンクには少しも効いていないらしい。
「建一ちゃん!」
 部屋の隅で涙を浮かべて様子を見つめていたシャリアーが駆け出し、建一の腰に抱きつく。
「リンクが‥‥‥リンクが‥‥‥」
「落ち着いてください、シャリアーちゃん」
「建一ちゃんに、お話があるって‥‥‥」
 グイグイと手を引っ張り、建一をリンクの横に座らせると、シャリアーは再び元の場所に戻って唇を噛んでジっと大人しくしていた。 本当は不安で悲しくて、誰かに縋って泣きたい気持ちなのだろうが、彼女はその点に関して言えば大人だった。自分が今、そんな幼稚な行動をすれば誰もが困ってしまうこと、リンクにとって悪い作用しか働かない事を心得ていた。
「リンクさん、何があったんです‥‥‥?」
 リンクの体には、左胸から右わき腹にかけて、鋭利な刃物で裂いたような深い傷が開いていた。 そこからは止め処なく血があふれ出し、治癒師の能力を持ってしても傷口を塞ぐことは出来そうになかった。
 この傷でまだ生きているのが不思議なほどだったが、よく見れば左胸の傷は右わき腹よりも浅い。そちらから斬り込んだため、十分に力が入っていなかったのだろう。
「建一さん‥‥‥」
 リンクが目を開け、深く息を吸い込むと咳き込む。 口の端から血が垂れ、慌てて持っていたハンカチを差し出す。
「誰がこんな事を‥‥‥」
「‥‥‥の、勇者が‥‥‥あの都を、壊すん、です」
「え?」
「早く‥‥‥あの場所に、勇者を‥‥‥」
 途切れ途切れの言葉は断片的にしか聞こえず、リンクが何を言いたいのかは良く分からなかった。 聞き返す間もなくリタが数人の治癒師を連れてティクルアの中に走りこんで来るとリンクの体を運び出す。
「リタさんも一緒に来てください」
「でも、シャリアーが‥‥‥」
「シャリアーちゃんの事は僕に任せてください」
「そうなの! リタはリンクと一緒に行くの!」
「すみません‥‥‥。それでは建一さん、お願いします。シャリアー、建一さんの言う事を聞いて、良い子にしてるのよ。それから、朝になったらジョエルさんの所に行きなさい」
「分かったの!」
 リタが慌てて出て行き、ティクルアに重苦しい沈黙が漂う。 床には大きな血の染みが出来ており、シャリアーがパタパタと奥へ走っていくとバケツと雑巾を持て帰ってきた。
 バケツには水が汲まれており、雑巾をそこに浸すと軽く絞って床を拭く。建一もシャリアーに習い、床をゴシゴシと擦った。
「‥‥‥シャリー、リンクを襲ったの、見たの」
 視線は手元に固定させたまま、まるで何でもないような話題を振るときのように自然な様子で、シャリアーはポツリとそう呟いた。
「え?」
「シャリー、リンクを襲った人を、見たのよ。 シャリーの目の前で、リンクはね‥‥‥」
「シャリアーちゃん‥‥‥」
 決して泣くまいとする瞳の強さを前に、建一はそっと彼女の体を抱きとめた。 リンクが目の前で倒れた時、どれほどの恐怖を感じたのだろうか。治癒師が懸命に処置をしている間、どんな事を考えていたのだろうか。そして今、床の血を拭きながら、何を思っているのだろうか。
「黒い人だった。マント着てて、大きな鎌を持ってたの。 それでね、伝説は伝説なんだって‥‥‥言ってた」
「伝説は伝説?」
「伝説を作る勇者の邪魔を、しちゃいけないって‥‥‥」
(どう言う意味なんでしょう)
 伝説を作る勇者の邪魔をしてはいけない。 ――― やはりあの伝説の都に何か関係があるのだろうか。
「‥‥‥建一ちゃん。‥‥‥建一ちゃんも、リンクみたいになっちゃうの?」
 不安そうな純粋な瞳を前に、建一は一瞬言葉に詰まった。
 もしリンクが襲われたのがあの祠での出来事に関係していたとしたら、その魔の手は建一にも伸びる可能性が高い。
「‥‥‥心配しないで下さい、シャリアーちゃん。 僕は、大丈夫ですから」


* * *


 翌日、シャリアーをジョエル婦人に預けた後で建一は竜樹の鳥に乗り、祠のある村に降り立った。 隣にリンクのいない事を寂しく思いながらゆっくりと祠を押す。
 ヒンヤリとした風を感じながら、ゆっくりと長い階段を下りる。 水滴が落ちる音が反響し、幾重にも広がる。いつしか水音の合間に歌声が混じり、建一の足もそれに従って速まった。
 階段の終わりは透けるように美しい淡い水色の部屋で、足元には七色に光る水が溜まっている。 あちこちで天井から落ちてくる水滴によって波紋が広がり、幻想的な空間に艶っぽさを加えていた。
「ようこそ、建一様。そろそろお越しになるんじゃないかと思っておりましたのよ」
 青みがかった長い銀色の髪、白い肌に七色の瞳。 ソフィナは友好的な笑顔を浮かべ、ヒラリと手を振ると建一を呼んだ。
「今宵はリンク様はいらっしゃらないのですか?」
「‥‥‥えぇ、少し‥‥‥色々ありまして」
「そうですか。‥‥‥残念ですわ、折角極上のお菓子をご用意いたしましたのに」
「あら? 姉様、建一さんがいらしたの?」
 エリーンがオレンジ色の髪をなびかせながら、パシャパシャと走ってくる。 ソフィナが困ったような顔をしながら「はしたないでしょう、エリーン」と言って窘め、エリーンが小さく舌を出すと悪戯っ子のように微笑んだ。
「それで、建一さん、今宵はどうしていらしたの?」
 先ほどからの会話を聞いている限りでは、コチラの世界は夜のようだった。
「勇者様になる決意はつきまして? 建一様」
「その、勇者についてなのですが、僕にはいまいちまだ良く分からないのですけれど‥‥‥」
「レーリアとソワルの危機に立ち上がってくださる勇者様。その剣は敵を追い返し、両都に永久の繁栄を約束する物。 つまり、先頭に立って戦ってくださいますかと言うことですわ」
「エリーン、不躾な質問はおよしなさい」
「でも姉様、それ以上に簡単な言葉は見つかりまして?」
 ソフィナが困ったように眉を寄せ、紅茶の支度をしに奥へと行ってしまう。 残されたエリーンは建一の顔を覗き込み、質問の答えを待っているようだった。
「残念ながら僕は、救世主になるとかそんなつもりはありません」
 エリーンの顔が明らかに強張る。 彼女の表情を受けて、建一は慌てて言葉を続けた。
「ただ、過去の出来事でもかかわり、救えるものもあるかも知れない。それに、その逆もあるかも知れない」
「‥‥‥逆があってはいけないのです! 勇者様は常に正しき道を選んでくださらないと、レーリアとソワルは‥‥‥」
「エリーン! 何を大きな声を出しているのです?」
「姉様!だって‥‥‥! もしかして‥‥‥この方がアレなのでは‥‥‥」
「エリーン、少しわたくしと建一様の二人きりにしていただけませんか。 わたくし、建一様のお話をもっと聞きたいのです」
「でも姉様、この方は‥‥‥」
「エリーン!」
 決して怒鳴りつけるような声量ではなかったにもかかわらず、ソフィナの声は鋭くその場に突き刺さった。
「分かりましたわ、姉様。 でも、お気をつけて‥‥‥」
 エリーンが小さく頷き、暗がりへと駆け出していく。 今度ばかりは、ソフィナもその行動を諌めるようなことはなかった。
「すみません。エリーンが失礼な事を」
「いえ、別に気にしていません。それより、アレとは何なんです?」
「‥‥‥建一様は、今宵はどのような御用でいらっしゃったのです?」
 リンクの事を言うべきかどうか、建一は迷った。 今ここで言ってしまえば、混乱をもたらすかも知れない。
「本日は、ティレイア様はお越しになられないのですか?」
「ティレイア様はお忙しい方です。今のような状況では、そうやすやすとはこちらにはお越しになれません」
「そうですか‥‥‥」
「ティレイア様に何か御用がおありですか?」
「いえ。 ティレイア様とお話をして友人になりたいなと。気の合う方かもしれませんし‥‥‥」
「友人、ですか‥‥‥?」
 ソフィナが怪訝な顔をする。 聖女・ティレイアはいくら親しく話をしていても、彼女たちから見れば次元の違う存在に違いない。そんな彼女と友人になりたいという建一の思考回路を理解する事が出来ないようだった。
「そう言えば、ここには聖なる力の源の聖女様が眠っていると言っていましたが‥‥‥何か起こす方法はないのですか?」
「さぁ。 わたくし達は聖女様の安らかな眠りを守る者ですので、そのようなことは存じ上げません。 何か他に、わたくしに訊きたい事はありますか?」
「敵国の情報とか、分かりますか?」
「少しならば入ってきています。 様々な種族が混在された国だそうです」
「その国の目的とかは‥‥‥」
「何故レーリアやソワルを狙っているのかは分かりません。 ただこの世界を手中に収めたいだけなのかもしれませんし、レーリアやソワルにある、わたくし達の知らない何かを狙っている可能性も否定は出来ません」
「そうですか‥‥‥。それと、もう1つ。聖預言者・ハーベスとは?」
「聖預言者・ハーベス様は‥‥‥わたくしもそのお姿を拝見したことは御座いません。そのお姿を拝見できるのは、ティレイア様のみです。 聖預言者様は生まれつき聖預言者としての印を持っています。ハーベス様は幼き時から予言を行い、わたくし達を導いてくださいました。ハーベス様の予言は絶対です。決して違うことはありません」
 二人の間に沈黙が落ち、ソフィナが居心地が悪そうに指を何度も組みなおしている。
 前回来た時には感じなかった軽い拒絶の空気を敏感に感じ取り、建一は腰を上げた。
「今度また‥‥‥リンクさんと一緒に来ます。僕だけでは、どうも分からない事が多くて‥‥‥」
「何故リンク様は今宵、お見えになられなかったのです? 建一様のご様子を拝見いたしますに、何かが‥‥‥起こったように思うのです」
「怪我をしたんです。かなり酷い」
「まぁ! それで、リンク様はご無事なのですか!?」
「‥‥‥リンクさんなら大丈夫だと、僕は信じています」
「そんなに‥‥‥」
 リンク様にお大事にとお伝えくださいと言い、頭を下げたソフィナがふと顔を上げると角度によって色を変える瞳を細めた。
「建一様、エリーンになんと仰ったのですか?」
「え?」
「わたくしが紅茶をお淹れしている間、エリーンとどのような事をお話しになっていたのです?」
「あぁ‥‥‥。僕は、救世主になるつもりはないと言ったのです。ただ、過去の出来事に関わる事によって救えるものも、またその逆もあるかも知れないと」
「そう‥‥‥ですか‥‥‥」
 ソフィナが寂しそうに目を瞑った瞬間、建一の目の前が真っ白になった。 ふわりと意識を失う直前、建一の耳に短い会話が聞こえてきた。
「ソフィナさん、エリーンさん、お久しぶりです」
「お久しぶりなんて‥‥‥わたくし達にとってみれば、ほんの少しの時間しか流れていませんのよ」
「姉様、きっとこの方が勇者様なのよ! きっと‥‥‥いえ、絶対に‥‥‥」


* * *


 祠から帰ったその足で、リンクはティクルアに向かった。 ティクルアの玄関には≪ Open ≫の看板がぶら下がっており、中ではリタが右へ左へと忙しく動いていた。
 そっと扉を開け、中に入り込む。 リタが笑顔で顔を上げ、空いている席はないかと見渡す。
「リタさん、リンクさんの容態はどうですか?」
「無事に治癒魔法を無効化させる呪いを解き、治療中です。 命に別状はないようですし、傷口も数日すれば治ると仰っていました」
「意識は‥‥‥」
「今は眠りの魔法をかけられています。傷が治り次第魔法を解いてくださるようですので、その時に意識も戻ります」
「そうですか。良かった‥‥‥」
「建一さん、何かお食べになりますか? あちらの席しか今は空いていないのですけれど‥‥‥」
「忙しそうですけれど、何かお手伝いしましょうか? リンクさんほどお役に立てるかどうかは分かりませんが、注文をとって運ぶくらいなら出来ますよ」
「そんな、悪いですし良いです。‥‥‥と、言いたいところなのですが、ご好意に甘えてしまっても宜しいですか?」
「えぇ、勿論。 でも、何もこんな日にお店を開けずとも良いんじゃないですか?」
「‥‥‥リンクの治療代が凄い事になってしまって‥‥‥。 リンクが無事に帰ってきたら、今までの倍は働いてもらわないとダメですね」
 茶目っ気たっぷりにそう言って、サンドイッチを窓際の席へと届けると厨房に入るリタ。 建一も厨房に入り、装備を奥に置くと手を洗い、1日臨時ウエイターとして忙しいティクルアの中を右へ左へと動き回った。



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)