<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【ご近所マップ】幽霊ハウス



 暗い部屋の中で一日中書物の読解や研究、実験を繰り返す日々を送っていたチュチュラは、久しぶりにノンビリしてみようかと言う気になり、本をパタンと閉じると釣りの道具を片手に部屋を後にした。
 釣り道具を片手に歩く道中も頭の中は研究のことで一杯で、うっかり曲がる道を違えて大通りまで出て来てしまった。
 ハタと自分の間違いに気づき、足を止めたチュチュラはそこで初めて先ほどからボンヤリと聞こえてきていた声の正体を知った。
「ふえぇぇ〜んっ!! えっく、うぅ‥‥‥」
 ザワザワと人が遠巻きに見ている中心で、鮮やかなピンク色の髪の毛と真っ白なレースのリボンが風に揺れている。フワフワとした淡いピンク色のドレスを着た小さな女の子が、紫色の瞳から大粒の涙を流して泣いていた。
 お人形のように愛らしい少女の痛ましい姿に同情する人はいれど、近付いていく人はいない。保護者は何処にいるのかと必死になって探している人達を掻き分けて、チュチュラは少女の前に立つとジっとその瞳を見つめた。
「うるさいデス」
「ふぇっ‥‥‥!?」
 思ってもみなかった声をかけられ、少女の涙が一瞬止まる。暫し無言でかけられた言葉の意味を考えた後、少女の瞳が再び潤みだす。
 チュチュラよりも幼い、9歳か8歳くらいの外見をした少女を前に、ポケットをノロノロと漁るとアメ玉を見つけ、差し出した。
 少女がピタリと泣くのを止め、恐る恐るチュチュラを見上げると首を傾げる。
「くれる、のー?」
 コクンと頷いたのを確認してから、少女がゆっくりと手を伸ばすとチュチュラの掌からアメ玉を取る。
 上目遣いでチュチュラをジーっと見上げながら包みを剥がし、アメ玉を口の中に放り込む。
 最初にかけた言葉が“うるさいデス”と言う、厳しめの言葉だったために少女が警戒するのも仕方ないと思うが、だからと言ってそこまで怯えなくとも良いと思う。 まるで野生の小動物に餌をあげているような気分だ。
 少女の頬っぺたがアメの形に膨らみ、コロコロと舌で転がしている様が分かる。 最初は硬かった表情が次第に解れて行き、パァっと顔を輝かせると立ち上がった。
 突然の起立に驚いたチュチュラが1歩後退るが、少女は後退った分だけ近付くと、チュチュラの手を握った。
「おめでとうなの!一番隊に任命なのーっ!」
「一番隊、デスか?」
「そうなのっ!シャリーが隊長なのっ!」
「シャリーさんって言うんデスか?」
「シャリーは、シャリアーって言うのっ!喫茶店・ティクルアの“かんばんむすめ”なのっ! でもね、“かんばんむすめ”って言葉の意味はよく分からないのっ!シャリーは“かんばん”じゃないのに‥‥‥」
「看板娘って言うのは‥‥‥」
 真面目に説明をしようと思ったチュチュラだったが、小さく溜息をつくと目を閉じた。
 分かり易いように説明できる自信はあったが、どれだけ分かりやすく説明をしても目の前の少女、シャリアーがそれを理解できるかどうかは疑問だ。
「アメ玉ちゃんはなんてお名前なのー?」
 無邪気に言われた言葉は、チュチュラの頭の中まで入ってこなかった。
「‥‥‥アメ玉ちゃんって、ボクのことデスか?」
「そうなのーっ!だって、シャリーお名前知らないから‥‥‥」
 名前を知らないからと言って、アメ玉を1つあげたくらいで変なあだ名をつけないでほしい。
「ボクはチュチュラって言いマス」
「チュチュラちゃん!」
「ちゃんは別に要らないデス」
「‥‥‥チュチュラちゃ‥‥‥ちゅ、ちゅらちゃ‥‥‥ちゅ‥‥‥」
 チュチュラの後に何をつければ良いのか悩んでいるのか、シャリアーは“チュラチャチュチュチャ”と混乱している。
 呼び捨てでも構わないと言っても良いのだが、頭の回転の遅そうなシャリアーのこと、やはり混乱しそうだ。
「別に、チュチュラちゃんでも良いデス」
「本当なのー!?良かったのーっ!」
 チュチュラの手を取り、ピョンピョンと跳ねるシャリアー。
 感情の表現の仕方がいまいち分からずに無表情になりがちなチュチュラとは対照的だった。
「それで、一番隊って何なんデスか?」
「あのね、幽霊さんの正体を確かめに行くのーっ!」


* * *


 いかにも何か出そうなボロボロのお屋敷を前に、チュチュラは袖をガシリと掴んだまま放さないでピタリと隣に寄り添っているシャリアーを見下ろした。
 チュチュラも身長は低いが、シャリアーの方がなお低い。 強張ったような顔を見ながら、チュチュラは平坦な声で疑問を投げかけた。
「怖いんデスか?」
「こっ‥‥‥怖いわけない、のーっ!」
 シャリーはこう見えてもとーっても強いのよー! と言って胸を張るが、どう見たって弱そうにしか見えない。
 強風が吹いたら吹き飛ばされてしまいそうなほど頼りない華奢な体と良い、チュチュラの袖を放さない手と良い、弱さしか見られない。
 本気で怖がるようならば中止にすれば良いし、泣き出すようならばまだポケットに入っているアメ玉をあげれば良い。 チュチュラはそう考えると、ドアノブに手をかけた。
 ドアには鍵など掛かっておらず、今にも崩れ落ちそうな木の廊下が奥へと続いている。 一歩踏み出してみればギシリと軋みはしたものの、チュチュラの体重は十分持ち堪えられそうだ。チュチュラが大丈夫だったのだから、当然シャリアーが乗っても大丈夫だろう。 事実廊下は軋みもせずシャリアーの体重を受け止めた。
「幽霊さん、もっと綺麗な所に住めば良いのに‥‥‥」
 ボロボロの廊下や壁を見ながら、シャリアーがポツリと呟く。
 幽霊が新築の家にいると言うのもあまり様にならないのではないかと思ってみるが、シャリアーにとっては“幽霊さん”も自分も同じようなものだと考えているのだろう。
 ――― 幽霊と自分を同じ位置に立たせて考える事が出来るのに、怖がっている‥‥‥シャリアーさんは結構複雑な人なんデスね
 おそらく彼女はそこまで深く考えて言っているわけではないのだろうが、幽霊を怖がっているからには自分と切り離して考えても不思議ではないはずだ。それなのに彼女はあくまで自分と幽霊を乖離せず、もっと綺麗な所に住めば良いのにと感想を零している。
 何も考えていなさそうで ――― 事実何も考えていないのだろうが ――― けれど深い何かを持っている。面白い精神構造をしている人だと思う。
 チュチュラにとってみれば、あれだけ素直に感情を表現できると言う事も凄いと思う。
 素直に笑い、素直に泣き、素直に ――― 口では強がっているが、態度には素直に出ている ――― 怖がる。全ての行動に嘘や偽り、計算はどこにもなく、そこには透明な彼女の心のうちが包み隠さずに示されている。
「うぅーん、幽霊さんいないみたいなのー。お留守なのかなぁ?」
「幽霊さんは、普通は人間の前には簡単に姿を見せないんデスよ」
「そうなのーっ!? どうしようなの‥‥‥」
「ボクに考えがありマス」
 シャリアーの手を引いて物陰に隠れ、 あらかじめスペルカードに封じておいた小さな光の玉を出す。青白い炎は火の玉のようで、シャリアーが目を白黒させながら光りの玉を指差している。
「ゆ、幽霊さん、なのー?」
「あれは違うデス」
「それもそうなのー、幽霊さんがまん丸なわけないのー!」
「‥‥‥シャリアーさんは、幽霊さんをどんな人だって思ってるんデスか?」
「んっとね、髪の長い綺麗な女の人で、名前はセラって言うのー!」
 ‥‥‥名前まで決まっていたとは驚きだ。
「名前まで決まっているんデスか‥‥‥」
 どう反応したら良いのかわからず、思った事をそのまま口に出してしまう。
 幽霊の出現を待っている間はやる事がないため、ヒソヒソ声でお喋りでもして暇を潰せれば良かったのだが、残念ながらシャリアーとチュチュラでは話しの方向性がズレ過ぎている。
 シャリアーがワクワクと言った表情で前方を見つめているのを横目に、ポケットから小さなチューブを取り出すと中身を額に塗りつける。 前髪を汚さないように気をつけながら、手鏡に映る自分の顔と睨めっこをする。
「セラちゃんに会ったら、一緒に紅茶飲んで、クッキー食べて、ダンス踊るのー!」
「‥‥‥幽霊さんは紅茶飲んだりクッキー食べたり出来るんデスか?」
「出来るのよっ!“想いの強さはどんな事でも可能にする、強く願えば想いは叶う”リタがいつも言ってる事なの」
「リタさん、デスか?」
「リタはね、リタ・ツヴァイって言って、ティクルアの“てんちょーさん”なの!リタの作るお菓子はみーんな、とーっても美味しいのよ!チュチュラちゃんも、絶対に気に入るとおも‥‥‥」
 シャリアーが笑顔でチュチュラを振り返り、固まる。 その視線はチュチュラの両眼から額へと這い上がり、そこから流れる赤いものに釘付けになると顔を強張らせた。
「チュチュラちゃん!まっかっかなのっ!」
「これは血のりなのでだいじょう‥‥‥」
「どこかにゴッツンしたの!?痛い!? 痛いの痛いの飛んでけ〜!なのっ!」
「あの、シャリアーさん、だからこれは‥‥‥」
「救急車なのっ!シャリー、外に行って救急車さん呼んでくるの!」
「だから‥‥‥」
 シャリアーが立ち上がろうとした時、部屋の隅でカタンと微かな物音がした。 シャリアーがはっと口元に手を当てて息を呑み、チュチュラもそちらに視線を向ける。
 白い物が物陰から物陰へ動くのを見つけ、チュチュラは素早く演技に入った。
「暗いヨ〜〜〜‥‥‥誰か助けて〜〜〜‥‥‥」
 ボソボソと低音で呟き、仲間と思わせる作戦を開始する。
 シャリアーがチュチュラの言葉を真に受け、「んっと、明るくするには‥‥‥カーテンを‥‥‥はう、ここ、カーテンないのー」とボソボソと独り言を呟いている。 しかし目はちゃんと幽霊らしきものに固定されており、生唾をゴクリと飲み込むその横顔は緊張に強張っている。
 白い物体がチュチュラとシャリアーの気配に気づいたのか、ピクリと止まるとコチラの様子を窺う。
 ふわふわと白い物が頼りなげに揺れ ――― 勢い良く部屋の隅へと移動する。 シャリアーが慌てて追いかけようとするが派手に転び、痛みを堪えるとチュチュラに指示を飛ばす。
「チュチュラちゃん、幽霊さんを追いかけるのーっ!」
 涙目になっている彼女の事も気になるが、今は任務の最中だ。 出来れば使いたくなかったが、最終手段として聖獣装具のマルチプルレッグを発動させる。
 腰部分に着けた鎧型の聖獣装具から六本の脚が生え、ワサワサと動くと凄まじい勢いで白いふわふわの後を追う。
 今にも崩れそうな階段を駆け上がり、スルスルと屋根に上っていくその後を追う。 割れた窓を潜り抜けた先、オレンジ色に染まりつつある空が迫る。
「あれ‥‥‥?」
 屋根の上に立ったチュチュラは、周囲を見渡すと首を傾げた。
 白いふわふわの幽霊は忽然と姿を消し、屋根の上にはチュチュラの他には誰もいない。
 ――― 消えてしまったのでしょうカ?
 慎重に歩を進めながら屋根の上をくまなく探すが、やはり潜んでいる者はいない。
 逃げられてしまいまシタ ――― 溜息混じりに心の中でそう呟いた時、足元から細い悲鳴が上がった。
「な、何でそんなところにいるんです!? あっ!怪我もしてます!」
 金髪の少女がそう言って、手に持っていたバッグを落とす。
「今助けに行くから、待ってて!」
 少女の隣に立っていた銀髪の少年が慌てて家の中に駆け込み ――――― 何かにぶつかる音が響く。
「シャリアー!?」
「‥‥‥わぁあああーーーんっ!!リンクがシャリーのこと蹴ったのーーーっ!!」
 チュチュラは暫しその場でどうするか悩んだ後で、自力で屋根の上から降りると金髪の少女を見上げた。
「リタさんデスか?」
 リタの目が見開かれ、中から聞こえてくるシャリアーの泣き声とリンクが彼女を必死に慰める声を聞くと何かを察したらしく、微笑んだ。
「シャリアーのお友達ですか?」
「具体的には、一番隊隊員デス」


* * *


 チュチュラちゃんへ

 この間は、幽霊の正体が分からなかったので、ミッションは失敗だったの。
 なのでチュチュラちゃんを三番隊に“こうかく”するの!
 ちなみにシャリーは隊長だから、特別に“こうかく”はナシなのよーっ!  シャリアーより


 シャリアー独特の丸っこく読み難い文字が並ぶ手紙に目を通しながら、チュチュラは眉根を寄せた。
「理不尽デス」
 そもそも、失敗を部下に押し付ける上司と言うのも考え物だ。 良い上司なら、自分がその失敗の責任を取るだろう。
『まぁでも、世界なんてそんなもんだと思うよ。厳しいからね、世の中は』
「そうかも知れないデスが、それにしたってボクだけ降格だなんて‥‥‥」
『でも、君とお嬢ちゃんしか人がいないんだから、どっちも降格したら意味ないだろう?』
「確かにそうデスが‥‥‥」
 そこまで言って、自分は現在誰と喋っているのかと、チュチュラは足を止めた。
 自然に心の中に入って来た声に思わず言葉を返したが、どう考えてもおかしい。
「誰デスか?」
 声に警戒心を滲ませ、周囲を見渡す。 左手にはあの幽霊ハウスがあり、今日も相変わらずボロボロの外観をしている。
『ジザ。君達が探していた相手だ』
 チリンと鈴の音を最後に、声は聞こえなくなった。
「‥‥‥幽霊さんは、やっぱりいたんデスね」
 それが本物の幽霊かどうかは分からないが、シャリアーとチュチュラが探していた“幽霊”と言う存在は、どうやらちゃんと実在していたらしい。
「今度こそ、見つけマスよ。ジザさん」
 ――― シャリアーさん、幽霊さんはセラさんじゃなくてジザさんって名前だそうデスよ
 チュチュラは今度シャリアーに会った時にその事実を伝えようと心に決めると、直ぐに考えは研究のことへと切り替わった。



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 3663 / チュチュラ / 男性 / 12歳 / 超常魔導師


 NPC / シャリアー