<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『広場の薬屋〜手解き〜』
「ぎゃっ」
石に躓いて、勢い良く転倒した。
両腕と頬を軽く擦りむいてしまう。
「ほら、何やってんだ」
転んだ少年に、手が差し伸べられる。
「……ありがと」
少年――いや、少年に扮した少女、キャトルはワグネルの手を掴んで立ち上がった。
「身のこなしは思ったよりはマシだが、対人戦じゃあ、ガキにも勝てねぇな」
「あた……僕、実戦経験殆どないからな。けど、実家に行けば、戦闘訓練用の部屋とかもあってさ、色々学べるんだよ」
とはいえ、物理戦については、実家では教えてくれる人がいない。
「でも、こうして習うのとは、全然違うな。やっぱ先生がいるって分かりやすい」
血の滲んだ頬を手の平で拭い、キャトルは真直ぐワグネルを見た。
「組み手とか、教えてよ」
「まだ早い。先に、攻撃の躱し方や、受身を覚えろ」
ワグネルが木刀をキャトルに向けた。
キャトルは教えられたとおりの姿勢で、木刀を見据えた。
木刀を振り上げると、キャトルは上を向いた。
振り下ろされた木刀がキャトルの肩に迫る。肩に触れると同時に、キャトルは身を逸らした。
「反応が遅い。本気で打ち込んでいたら、肩の骨砕けてたぞ。目で剣を追うな。相手の動きを見て、予測するんだ」
ただ、キャトルは木刀が振り下ろされたにも関わらず、目を瞑ることはなかった。動かなかったのも、恐怖で動けなかったわけではない。
度胸も根性もある。
ファムル・ディートが残していった薬のお陰で、体力もついてきたように思える。
そして、彼女の話では、今まで彼女を苦しめていた生まれつきの障害が、改善されつつあるとのことだ。
ワグネルとて、彼女危険な目に遭わせたいわけではない。
しかし、ワグネルは自由気ままに生きており、自分がそうであるが故、他人を縛るつもりもなかった。
彼女が強くなりたいというのなら。
彼女が自分の大切な人を助けに行くというのなら。
それは、彼女自身の自由。それがキャトル・ヴァン・ディズヌフの生き方だ。
その生き方を認めるか、認めないかではない。
今、彼女に知っていて欲しいことを、教える。
深く考えるではなく、ワグネルは自分らしく自由に動いていた。
ワグネルはもう一度木刀を振り上げて、キャトルに下ろした。
キャトルが左に身体を逸らす。
コン
キャトルの頭に軽く木刀が打ち込まれる。
「身体の動きでバレバレだ。俺が木刀打ち下ろすって分かってんだから、後方に跳んで間合いを取る方が確実だ」
「ううん。あたしは躱したい。後ろには跳びたくないんだ。後ろには守るべき人がいるかもしれないし、近くにいた方が反撃時に相手にも大きなダメージを与えられるだろ」
「そりゃまあ、そうだが。技がダメージを与えるだけの技があればな。とりあえずは、回避術と受身を優先的に身に付けろ」
「わかった」
キャトルは再び、ワグネルを真直ぐ見つめる。
彼女の真剣さが、ワグネルに伝わってくる。
自然と、指導に熱が入る。
気づけば、昼から休憩も取らずに夕方を迎えていた。
* * * *
診療所に戻ると、キャトルは変装を解いて顔を洗い、傷の手当てをした。
その後、ワグネルとキャトルはソファーに向かい合って腰掛ける。
「しょっちゅう実家とここの往復をしているから、少しずつ鍛えられてはいると思うんだ。あとはワグネルのように相手をしてくれる人が増えるといいんだけど」
「まあ、お前の相手くらいなら、その辺の猫でも出来そうだがな」
「なるほど、猫を捕まえられるくらいすばしっこくならなきゃダメってことか」
キャトルはワグネルの冗談交じりの言葉を、真面目に解釈する。
「あとは……もう少し、変装のレパートリーを増やした方がよさそうだな」
「え? いいよ。上げ底の靴とかで身長伸ばしたら動きにくそうだし、少年だけで十分だ」
「じゃなくて、普段の格好を変えてみたらどうだ。貴族風のドレスを着てみるとかな。ま、とこういうのは俺の分野じゃねぇから、専門家呼んでやるけどよ」
その言葉にキャトルはちょっと赤くなった。
「や、やだ。そういうのは着たくない」
「はあ? 何でだ」
「だって、あたしの痩せてるし、身体つき子供だし、そういう服、全然似合わないの分かってるから。もう少し修行したり、沢山食べたりしたら、太れるはずだし、お、女の子らしく成長できる……かもしれないから。そうなってからがいい」
慌てながらそう言うキャトルの様子に、ワグネルは思わず笑ってしまった。
多分、この子はそういう服に憧れているのだ。
しかし、自分には似合わないからと、避けてきたのだろう。
「了解」
笑いながら、ワグネルはキャトルの肩を叩いて、立ち上がった。
「もう帰るの? 泊まっていかないの?」
「あー、宿とってあるしな。なんだ、一人じゃ怖いのか?」
小馬鹿にするような口調と顔で言うと、キャトルは少し膨れた。
「怖くなんてないよ! けどさ……」
ふて腐れたような顔を少しずつ、不安気に変えていく。
「一人で寝ることは普通だったんだけどさ、家の中に自分一人っていうのは慣れてないんだ。朝、起こしてくれる人も、起こす人もいなくて……特にこの場所は、周りに何もないからさ」
言葉を切った後、目を逸らしたまま、キャトルはこう言った。
「怖いんじゃない。寂しいんだ」
彼女がそう言った途端、ファムルが飼っていた犬の吠え声が響いた。
「あそっか、あの子がいたね。うん、平気」
そう言って、キャトルは顔を上げて、僅かな笑みを見せた。
「それじゃ、またね、ワグネル。感謝してるよ。いつか、数倍にして返してあげるからっ」
パンパンとキャトルはワグネルの背を叩いた。
一人、キャトルを診療所に残して帰ることには気が引けたが……毎晩、泊まってやることもできない。
「キャトル、なるべく夜間は実家で過ごしたらどうだ?」
「うん、そうだね」
ほんの少し寂しげに笑って、キャトルは手を振りながらワグネルを見送った。
『行かないで、お兄ちゃん……』
そんな声が聞こえた気がして、ワグネルは診療所が見えなくなってから、一度だけ振り向いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
手解きありがとうございます。
変装の方は女の子らしい服装は今のところダメなようです。無理矢理着せてみるのも、面白いかもしれませんが……っ。
この度はご依頼ありがとうございました。またどうぞ、よろしくお願いいたします!
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