<東京怪談ノベル(シングル)>


『疑問、密かな思惑』

 カンザエラという都市があった。
 アセシナートに占拠されたその都市の人々は、過酷な運命を強いられた。
 しかし今、彼等は解放され、新たな道を歩もうとしている。
 未来に向い生きようとしている。
 だけれど、その身体に残る傷跡は消えない。
 彼等の身体は蝕まれ、果敢なく脆く存在していた。

 ある日、アセシナートの女が1つの取引を持ちかけてきた。
 カンザエラの人々には秘密にされていたが、共に過ごしていた千獣という少女には、城から声がかかった。
 城に呼び出された千獣は、同じ事件に関わった者達と共に、取引について聞いたのだった。
 その場では殆ど発言をしなかった千獣だが……。
 会議が終了した後、皆が会議室から外へ出て行く中、千獣は一人立ち止まったのだった。
 “国の問題にしたくない”
 と、聖獣王は思っているらしい。
 それは一体どういう意味だろう。
 千獣は振り返り、深い意味はなく聖獣王に問いかけた。
「……国、って、何……?」
 聖獣王は千獣に、優し気だけれど、少し憂いを含めた目を向けた。
「国とは国家のことだよ」
 千獣に合わせ、聞き取り易い口調で聖獣王は言った。
「国家って?」
「そうだね……」
 聖獣王は少し考えた後、こう千獣に説明した。
「ある一定の土地と、そこで暮す人々と、その人々を纏める人達のこと、かな」
 千獣は首を傾げて考え込む。
 土地と人々、そして人々を纏める人。
 縄張りと獣、リーダー、百獣の王……。
「……それ、は、群れ? 大きな、大きな、群れ、のこと……?」
「うーむ、そうだな。人間の集りと、この土地のことでもある」
「……それ、は、縄張り……? 大きな、大きな、群れと、大きな、大きな、縄張り……?」
「まあ、動物でいうとそんなところかな」
 その言葉を聞いて、また千獣は考えこむ。
 既に、仲間達はこの場を離れている。
 会議室に残っているのは、千獣と聖獣王、そしてドアの前に騎士が2人だけだ。
「……エルザード、という、群れ、は、アセシナート、という、群れ、と、争い、たくは、ない。……それが、今の、群れの、判断で、それを、破る、ことは、群れ、にとって、不利益、になること。……そういう、こと、だよね……?」
「そうだね」
 聖獣王の言葉に、千獣はこくりと頷いた。
 エルザードは、アセシナートと戦いたくない。
 戦えば、群れの人達が沢山沢山傷つくから。
 でも、アセシナートはエルザードと戦ってもいいと思ってる。
 だから、エルザードの人達を傷つける。
 獣も、群れと群れのリーダーが戦うことがある。
 自分の群れを護る為だったり、大きな群れのリーダーになるためだったり。
 アセシナートがエルザードの人々を傷つけるのも、そんなことからだろうか?
 よくわからない。
 分からないけれど……。
 千獣は考え込んだ後、ぽつりと言葉を漏らす。
「……その、群れには、魔物は、含まれる……?」
「魔物?」
 千獣は普段どおりの表情で首を縦に振った。
「魔物も群れに属していたら、含まれるだろう」
「……属す? 人の、言葉も、喋れなくて、人の、ように、考える、力も、なくて、本能の、ままに、唸って、襲い掛かる、魔物は……?」
「それは、属……いや、人間達の仲間ではないだろうね。しかし……」
「……しかし……?」
 どんな表情も浮かべず、どんな感情も言葉には出さず、軽く頷きながら、千獣は聖獣王の言葉を聞いていた。
「この土地、ええっと、縄張りに住んでいる魔物が、アセシナートに牙を剥いたのなら、エルザードが差し向けたとアセシナートは判断し、開戦の口実……いや、戦う理由にされてしまうだろう」
「……戦う、理由……アセシナートは、エルザードと、戦い、たい……?」
「今すぐではないかもしれない。しかし、近い将来、アセシナートの魔物達は、エルザードに牙を向け、襲い掛かるだろう」
「……魔物? アセシナート、には、魔物、いる……?」
 千獣の問いに、聖獣王はゆっくりと頷いた。
「沢山、沢山いるんだ。魔物に、人の皮を被った魔物、魔物のような人。……色々な魔物がね」
 千獣はしばらく沈黙をした。
 だけれど、やはり何も言わず、一切の感情も表さず――。
「……そっか……」
 その言葉だけを発して、その場を後にした。

 聖獣王はアセシナートの魔物と言った。
 それは、アセシナートには言葉どおりの魔物がいるという意味なのか。
 それとも、アセシナートに生きる人々は、人の姿をした魔物なのか。
 千獣が出会ったアセシナートの騎士達は、人の姿をしていた。考える力もあった。
 だけれど、心が感じられなかった。
 人間には、優しい心があるということを千獣は知っている。
 エルザードという群れに牙を向けるアセシナートという群れは、獣の集団なのだろうか?
 そして、自分は――。
「……私は、エルザード、に……“属して”、る……?」
 小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。
 風に混じり、大気の中へと消え去った。
 千獣は走り出す。
 志を同じくする者達の所へ。


●ライターより
ライターの川岸満里亜です。
聖獣王の言葉を、どう感じましたでしょうか。
千獣さんが、どんな結論を出すのか、興味深く見守らせていただきます。
ご依頼、ありがとうございました!