<PCクエストノベル(2人)>


『遺された剣・続』
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【2303 /蒼柳・凪 (そうりゅう・なぎ) /舞術師】
【1070 /虎王丸 (こおうまる) /火炎剣士】
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 落ちた空中都市。
 未だ凶悪な魔物や謎が残された遺跡の廊下を貫く二つの足音があった。
虎王丸「俺の白焔に拒絶反応を示さないなら元々カオスなりの悪しき力を使ってるわけじゃない。不完全品だったり、使用者の精神が弱いからああなるんだ」
 自信満々な台詞を吐き出したのは、虎王丸。がっしりとした体格に小麦色の皮膚は、この少年の活発な性格そのものを表している。
蒼柳・凪「何言ってるんだよ。危険な剣が他にもあるようなら破壊しなきゃ駄目だ」
 連れそうもう一人の少年、蒼柳・凪の口調はそれとは対照的に真剣さと沈痛な趣を孕んでいた。
虎王丸「なんだよ、堅いこと言うなよ」
蒼柳・凪「堅いことじゃない! 前回のことを忘れたわけじゃないだろ!?」
虎王丸「わかった、わかったから耳元でそんなに叫ぶなよ!」
 きんきんと耳の奥に鳴り響く耳鳴りに眉を顰めながら、虎王丸が小さく悪態をついた。
 今歩いている黒色の大理石に包まれた廊下。この奥にある奇妙な部屋で二人は黒色のこれまた奇妙な剣を持つ男との戦闘を経験した。正確には男ではなく、その男の腕に握られた剣。自ら意志を持っていかのようなその剣は男性の意識を奪い取り、近づくものに対して無差別に攻撃を仕掛けてきていた。
虎王丸(「まぁ、いざとなったら凪には内緒で物色すれば‥‥」)
蒼柳・凪「‥‥‥‥何を考えているんだ?」
 心の中を見透かされたような凪の言葉に、虎王丸の声が裏返った。
蒼柳・凪「まさか‥‥俺に内緒であの剣に触ろうとかしてないだろうな?」
虎王丸「や、やだなぁ。そんなわけないだろ?」
 作り笑いを浮かべる虎王丸が凪がじーっと凝視されて、嘘をついていることを見抜かれないように視線に耐え続けた。
蒼柳・凪「頼むぞ、もう」
 何とか誤魔化せた(?)ことにほっと息をつく虎王丸。
 そんなこんなで歩き進む中、二人は遂に前回の戦場となったカプセルだらけの部屋に到着した。
 入った途端に感じたのは、その部屋の荒れようだった。
 部屋の両脇に整列したカプセルは片っ端から壊されて、その残骸が床の上に散らばっている。前回の戦闘の跡もあるだろうが、あの時は確かに激しい戦いだったものの、ここまでカプセルは破壊されていなかったはずだ。
 凪の指示に従って、二人はカプセルを点検していくが、無事なものは一つもなく、一つ残らず見事なまでに破壊されていた。
蒼柳・凪「‥‥駄目だな。残ってるものは一つもない」
 カプセルに接続されていたパイプも無事なものはなく、全てが全壊、よくて半壊。パイプの奥から供給されていたものが何なのか判れば、この装置の仕組みも少しは判明したかもしれないが、これでは僅かな情報も得られそうにない。
虎王丸「あ〜なんだよ。一個も残ってないじゃねぇか」
蒼柳・凪「‥‥まぁ手間が省けたよ。元々俺たちはこれを破壊しに来たんだ。誰が壊したかはわからないけど、これで被害は食い止められるはずだよ」
虎王丸「そうだけどよ‥‥」
 ちっ、と舌打ちした虎王丸を凪が見逃すわけがなく。
蒼柳・凪「‥‥今、舌打ちしなかったか?」
虎王丸「そ、そんなことないっての、気のせいだよ! 気のせい!」
 おちゃらけて誤魔化しているのが、見え見えで凪が大きくため息を付く。
 少しして凪が『貴霊招陣』を舞い始めた。この舞は、過去に死んだ者を呼び寄せることが出来る。これによってこの装置の開発者の霊を呼び出し、何かの情報を得ようというのだ。
 虎王丸が見守る中、現れたのは顔に渋い顔を刻んだ老人の霊。
 礼節に従い、凪がゆっくりと頭を下げた。
蒼柳・凪「突然のお招き、申し訳ありません。お聞きしたいことがあるのですが、少々お時間を分けていただいて宜しいでしょうか?」
老人「あー? 何じゃって?」
 はきはきとした凪の清涼な声とは反対に、老人の声と反応は遅い。というか鈍い。というか、耄碌気味だ。
虎王丸「なぁ、これ、役に立つのか?」
蒼柳・凪「失礼だぞ、言葉を慎め」
 と口では言いつつも、凪の表情はやや硬い。
蒼柳・凪(「‥‥大丈夫かな」)
虎王丸「ここのカプセルがぼこぼこに壊されているけどよ、これが誰の仕業がしらねぇか?」
老人「あー? 知らんわい。わしゃぁ死んどったからのぉ」
 ‥‥なるほど、確かにそれもそうだ。
 凪がいくつかの質問を重ねていくが、答えられる言葉は限られている。というか「あー? 知らんわい」ばかりだ。
虎王丸「‥‥おい、爺さん」
 虎王丸が老人の側に近づいた。その手に握られているのは、前回戦闘をしたあの黒い剣。先ほどカプセルの中に無事なものを偶然見つけていたのだ。
蒼柳・凪「虎王丸、それ‥‥!?」
虎王丸「げっ、ま、まあいいじゃねえか、少しくらい。ってことで爺さん、この剣の扱い方を教えてくれないか?」
 凪の言葉を無視して、虎王丸が老人に詰め寄ると、開いているのかわからないほど細い瞳を携えて老人が初めてマトモな反応を見せた。
老人「んー、そうじゃなぁ、教えてやってもよいぞ」
虎王丸「なんだ、意外に話せるじゃねぇか。何をすればいいんだ?」
簡単なことじゃ、と老人は至極全うなことを言うように、変わらぬ調子で口にした。
老人「そっちの小僧を殺せ。そうすれば、力の使い方を教えてやる」
蒼柳・凪「なっ‥‥」
 思わず二人が絶句する。
老人「簡単なことじゃろう。貴様の持っておる剣でそいつの胸を一突きにすればよいだけではないか」
虎王丸「‥‥おい、ふざけんじゃねぇぞ」
 体中に殺気を漲らせて、触れないと判っていても虎王丸の腕が腰に差してあった刀の柄を掴んだ。
老人「安心せい。死ぬといっても、僅かな間に過ぎん。ここより遥か地下には生命工学に関する施設が設置してある。その施設を利用すれば、髪の毛一本でもあれば肉体などすぐに再生出来るわい。それに抜け出た魂も一切傷つくことはない。死というものが、肉体を器とし、それに伴う記憶と意識の普遍性が問題となっておるのなら、死んだその瞬間から記憶を保持した状態でその剣の中に移行する以上差し支えはなくなる。他に何か異論があるなら申してみぃ。わしらの技術はあらゆる死という定義を追憶し得る‥‥」
虎王丸「わけわかんないことぬかしてんじゃねぇよ。斬られたいか、こら!!」
蒼柳・凪「虎王丸、落ち着けって!」
虎王丸「離せ、凪。こいつはむかつく!」
 いきり立つ虎王丸を前にして、老人は表情を一つも変えることなく、胸の中から息を吐き出した。
老人「貴様がその剣の扱い方を知りたいというから、教えてやったんじゃぞ。先ほども言うたが、わしらの科学は万能の‥‥」
虎王丸「んなことはどうでもいいんだよ! 俺に凪を斬れ!? 凪と俺は仲間だ、寝言もほどほどにしやがれ!」
老人「わからぬやつじゃな。仲間など依存心という感情から起因する主体と客体の同一性を思い込むための矛盾にすぎぬというのに」
虎王丸「ああ!? わけわかんないことを言ってないで、理解出来る言葉で話しやがれ!」
蒼柳・凪「虎王丸! ‥‥申し訳ありません。虎王丸の非礼をお詫びします。でも、先ほどの言葉は撤回して頂きたい。私と虎王丸は仲間、家族同然の存在。それを殺し合えなど、無礼にも程があります」
 温厚な凪の表情が一変した。それまで虎王丸を制していた凪の瞳からも、虎王丸に匹敵するほどの強い光が漏れ出ており、目の前の老人へと一心に注がれていた。
老人「‥‥では、試してみるかの?」
 皺だらけの頬を僅かに引きつらせて、老人の中指と人差し指の二つの指を目の高さまで押し上げると、その切っ先を虎王丸に突きつけた。その途端に、虎王丸の異変は始まった。
虎王丸「ぐ、がぁあああああああああぁ!!」
 かつてここで出会ったあの時と同じ。
 右腕に握られていた黒色の剣、その刀身が揺らめいたかと思うと、ぎちぎちという異様な音をたてながら、内部にめり込んでいた瞳が浮き上がってきた。同時に柄を握っていた掌から肘にかけて、チューブ状の触手がその肉体を食らうように巻きついていった。
蒼柳・凪「これは‥‥。一体何のつもりですか!?」

老人「生き物は皆、力を求める。その意味も知らずにな」

 恐ろしいまでに据えられた老人の目は、ここにある存在を映してはいない。どこか遠く、真理という常人の範疇には納まらぬ、地平の先に向けられていた。

老人「凪というたな。仲間と呼ぶその小僧を助けたくはないか? そのために力が欲しくはないか?」

蒼柳・凪「な、何を言って‥‥?」

老人「なぜ戦うのか?
   なぜ力を求めるのか?
   何のために力があるのか?
   お前の答えを聞かせよ。もしも、お前の言葉の中に真理があったのなら、あの小   僧の助け方を教えてやる」

 整然とした様子で老人の口からは流れる水のように言葉が流れ出ていく。

老人「答えろ。何のためにお前は力を求める?」

蒼柳・凪「俺は力なんて‥‥」

老人「違うな。お前はここに来た理由は剣を封じるためと言ったが、それこそあの力の存在理由。危険と思しき存在の排除、そのために必要となるのは更なる力。友と呼ぶ存在を助けたいと考える魂。自己犠牲の上に成り立つヒロイズムなど幻想。それ故力が必要となる。目的、思想、種族、起因するそれに違いはあれど、最後に辿り着くのは力に対する終着に過ぎる。死を定められた存在がそれを求めるのは決められたことなのだ」

 喉の奥から水分が失われ、渇いているのが判る。カラカラになった喉が潤いを求めて脳へと信号を送るが、体は全くそれに反応出来ずにいた。

老人「答えろ、なぜ力を求める?」

 老人の言葉は既に一般の者に理解出来る範疇を超えていた。
 問いかけられる言葉。
 向けられる凄まじき瞳。
 逃げ場などなかった。求められる凪には、この状況からが理解出来ていないのだ。質問される内容とその理由、その意味すら判らない。老人の台詞の中に込められたものが何であるのか、それはわからない。だが、獣というには生温い、知的存在としてある一定のラインを超えた、異常者や超越者とも言うべきその存在感が確かに凪の心を徐々に押し潰していた。
虎王丸「――――――――――――――おい、ジジィ」
 不意に凪の体を縛り付けていたものが、砕け散った。
虎王丸「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ、ごちゃごちゃと!! 
うるせぇんだよ、てめぇは!!!」
 大気が焼き尽くすような熱が、虎王丸の体から漏れ出している。
虎王丸の中に存在していた獣人としての誇り高い魂が、命の危険という極限の状態において、安全弁を開放されたパイプから吹き出すガスのように周囲へと吹き出しているのだ。
 侵食しようとする剣の意志と虎王丸の意志が鬩ぎ合い、その凄まじい戦いによって生み出された覇気が空気を揺るがして大気の波がその場にいる者たちの体を打ち付けていった。
虎王丸「良く聞け、ジジィ!! 難しい理屈なんざ知るか‥‥俺は」
 腹の底から昇って来る激情が、虎王丸の心を奮い立たせていく。そしてそれは、咆哮という形となって姿を見せ、体を縛り付ける一切の呪縛の鎖を引き千切った。
虎王丸「てめぇみたいなやろうの思い通りには、死んでもならねぇ!!」
 燃え上がる炎の塊が体中から噴出し、金属の壁をも溶かしていく。
 それと同時に右腕に握られていた黒色の剣も、耳を刺すような悲鳴と共に燃え上がっていった。
 ゆっくりと床に倒れ始めた虎王丸の体を慌てて凪が受け止めた。寝ているような顔を暢気に覗かせて、にも関わらず、体から吹き出した炎によって皮膚の表面が火傷の跡のようになっている。その様はあまりにも痛々しい。
蒼柳・凪「‥‥あ、あれ?」
 気がつけば、老人の姿がなかった。
 まるで夢であったかのように、跡形も残さず消え去った老人の残滓を知らず知らずの内に追っていく。
 結局見つからない老人の面影を胸に残したまま、凪は虎王丸を抱えて外へと出て行った。