<PCクエストノベル(2人)>


〜たまの休暇は温泉三昧〜

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【冒険者一覧】

【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】
【2377/ 松浪・静四郎 (まつなみ・せいしろう) / 放浪の癒し手】

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 うららかな午後のある日。
 松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は、義弟の心語(しんご)に、こんな提案をした。



静四郎:「たまには温泉にでも行きましょうか?」
心語:「…おん、せん…?」
静四郎:「ええ、近くにハルフ村という、温泉が湧く場所があるようなのです。そんなに大きい村ではないのですが、露店があったり、おみやげ物屋さんがあったりするみたいですよ。ぜひ一度心語といっしょに行きたいと思っていたので」
心語:「…わく…?」
静四郎:「ああ、心語は『温泉』は初めてでしたっけ…『温泉』というのは、熱いお湯が地面から噴き出している場所なのですよ」
心語:「……湯を……飲むのか……?」
静四郎:「ええ、確かに飲めるお湯もありますけれどね、基本的には、そのお湯に全身漬かって、疲れを癒すのですよ。お湯には体に良い成分がいろいろ含まれていますから、病気や怪我などにも効くのです」
心語:「……全身……漬かる……?!」
静四郎:「そうです。衣服は全部脱いでから、ですけれど」
心語:「…!」



 にこにこと、いつもの穏やかさを保ちながら話し続ける義兄に、心語は目を見開いて驚きを表した。
 常に戦場に在った身としては、そんな無防備な状態になって、しかも熱い湯に漬かるなど、想像を越えていた。
 しかし、義兄の話はさらに不可解さを増した。



静四郎:「お湯に入る前に、まず全身を洗うのですよ。石鹸を持って行きましょうね。とっておきの薔薇油を混ぜたものがありますから。それから、お湯に漬かるのですが、漬かったら100を数えるまでは出てはいけませんよ」
心語:「火傷…は…」
静四郎:「中にはとても熱い温泉もありますけれど、火傷をするほどの温度のものはありませんから、心配しなくても大丈夫ですよ。入る時に片手を入れてみて、熱すぎないお湯に入ればいいのですからね。それと、温泉にはたくさんの人がいっしょに漬かりますから、迷惑になることをしてはいけませんよ。お湯の中で泳いだり、飛び込んだり、ね」
心語:「……知らない……人が……そんなに……?」
静四郎:「そういう方たちとも、お湯に漬かりながらお話ししたりするのも、楽しみのひとつですね」
心語:「……」



 静四郎は「楽しみ」だと言ったが、どこにどんな者がいるかわからない。
 心語は常に、自分の持ち物のありかを確認しておこうと、心に決めた。
 あまり気が進まない様子の義弟を見て、静四郎は苦笑した。



静四郎:「そんなに構えるような場所ではありませんよ、心語。ゆっくりお湯につかって、美味しい物を食べて、お店を少し見て回る…それを楽しむ場所ですからね」
心語:「……わかった……」



 こくんと頷いた義弟に、「それでは明日、ここから行きましょうね」と静四郎は苦笑のまま、そう伝えた。


 あくる日、静四郎がくるくるとよく立ち働き、あっという間に温泉に出かける支度をした。
 着替え一式、体を拭く布、それから香りの良い石鹸とお土産を持って帰るための袋まで用意して、準備万端整ったところで、出発した。
 心語は相変わらず憮然としたままだったが、「着いたら少しは気分も変わるでしょう」と、静四郎はあまり心配してはいなかった。
 実際、ハルフ村に向かう乗合馬車の中で、たくさんの人たちが楽しそうにハルフ村の話をするのを耳にし、多少興味を覚えたような表情に変わった。



心語:「結構……人が……いるんだな……」
静四郎:「ええ。この辺りの温泉地と言ったら、ハルフ村だけですからね。日頃の疲れを癒しに行く人も多いようですよ」



 エバクトから、乗合馬車で半刻ほど行ったところに、ハルフ村はあった。
 我先にと馬車を降りる人たちに紛れて、ふたりはハルフ村に降り立つ。



心語:「活気の……ある村……だな……」
静四郎:「そうですね」



 心語の表情がだいぶ落ち着いたのを見て取って、さっそく静四郎は村の入り口にある温泉マップの立て札に近付いた。
 そこには、かなりの数の温泉があることが記されていたが、ひとまず一番近いところに入ってみることにした。
 そこは、お休み処が併設された、比較的大きな湯屋だった。
 昨日注意されたことを、きちんと心語は覚えていた。
 衣服は広い脱衣所で脱ぐのだが、持ち物は開放的な棚の中に置くようになっていて、「……無用心だな……」と心語は心の中で思っていた。
 一番目につきやすい場所に荷物を置き、衣服を脱ぎ始める。
 それから注意深く周りを見回し、しっかり位置を確認してから、義兄について温泉に歩いて行った。
 近付くにつれ、凄まじい臭いが鼻をつく。
 毒のようなそれに、あからさまに顔をしかめた義弟を見て、静四郎は安心させるように言った。



静四郎:「心配はいりませんよ、独特のにおいはしますけれど、これが体に良いと言われている成分のにおいですから」
心語:「……卵が……腐ったような……においだ……」
静四郎:「確かに。このにおいの元になる成分のせいで、このお湯の中に、金属を漬けると黒くなってしまうようですよ」
心語:「……それなら……全員……丸腰なのも……頷ける……」
静四郎:「そうですね。それでは、先に体を洗いましょうね。汚れた体でお湯に入るのは、他の方々に失礼ですから」



 ちがうことに妙に納得する、生真面目な戦士の義弟に微苦笑して、静四郎は洗い場に向かった。
 持って来た薔薇香油の石鹸を泡立て、心語の背中を洗い始めると、水浴び程度しかしたことのない新語は、嫌そうな顔をした。
 体を、ごしごしこすられるのには慣れていない。
 しかも、全身から花のにおいがするのは女性のようで、何だか恥ずかしい気がして仕方なかった。
 その上、髪まで洗われて、大きく目を開いていた心語は、痛みにうめいた。



静四郎:「石鹸が目に入ると、痛みますよ。ぎゅっとつぶっていましょうね」
心語:「……わかった……」



 義兄に渡された布で、ごしごし目をこすって泡をぬぐい、律儀に心語は目をつぶった。
 今度は何も入る隙間がないくらいに、しっかりと。
 全身を丸洗いされて、何だか生皮をはがされたような気分になりながらも、静四郎が立ち上がったので、心語はその後におとなしくついていった。



静四郎:「最初は露天風呂から行きましょうか」
心語:「ろてん……?」
静四郎:「景色が楽しめる温泉ですよ」



 何のことかさっぱりわからない心語は、とりあえず義兄の歩くとおりについていく。
 すると、どんどん外の方へと向かっているではないか。
 自分が丸裸であることに違和感があった心語は、思わず静四郎の腕を引っ張った。



心語:「兄上……!」
静四郎:「どうかしましたか?」
心語:「そっちは……外……だが……」
静四郎:「ええ、外に行くのですよ。『露天風呂』は、外にあるのですからね」
心語:「?!」



 今日は何度も義弟の驚く顔が見られて、静四郎は微笑ましく思っていた。
 ハルフ村に来た目的はひとつ、いつも忙しくしているこの義弟の心身を、ゆっくりと休ませることにあったからだ。
 薬効もある温泉である、疲労が一気に回復してくれれば、何よりだと思った。
 木の表戸を開けて、露天風呂のある一角に出ると、そこは自然の風景を配した庭園のようになっていた。
 

 
心語:「外……なのか……?」
静四郎:「いえ、一応湯屋の中ですよ。外の景色がよく見えるように作られているだけです」



 訝る義弟を手招きして、静四郎は、お湯に手を入れて温度を確かめ、ゆっくりと露天風呂につかった。


静四郎:「心語も入るのですよ」
心語:「……」


 恐る恐る心語は、湯に足を入れる。
 そのあまりの熱さにびっくりして、一瞬足を引っ込めたが、義兄がにこにこしながら待っているので、我慢して湯に身を沈めた。


静四郎:「気持ちいいでしょう?」
心語:「あ、ああ……」


 何とも表現しがたい顔で心語はうなずく。
 正直、あまり気持ちのいいものではなかった。
 少なくとも、彼にとっては。
 だんだん体中が燃えるように熱くなり、全身が赤くなってきてしまう。
 だが、静四郎に言われたとおり、100を数えるまでは何とか我慢した。
 その後も、発砲するお湯や塩味のする温泉に連れて行かれたが、その都度心語は、促されるまで湯に入ろうとはしなかった。
 熱い湯が全身を覆う感覚に慣れなかったし、衣服を身につけていないのにも落ち着かなかった。
 静四郎は、入る湯入る湯のすべての効能や薬効を教えてくれたので、温泉自体は素晴らしいものだと理解した。
 だが、ひとりで来ようとまでは思えなかった。
 そうやってすべての温泉を制覇した頃には、心語の全身はふやけてしまって、少しだけふらふらした。
 無論、静四郎は心語を気遣って、ゆっくり時間をかけて回ってくれたのだが、やはり温泉初心者としては、多少きつかったようだった。
 最後の温泉を出たところで、静四郎はその湯屋で貸し出していた「ゆかた」というものを取り出して、心語に羽織らせた。
 いろいろなところがあいているが、そこから夜気が入り込み、とても心地よかった。
 静四郎は、心語の背中に兵児帯で大きな蝶結びをしてやった。
 それからハルフ村の夜店に繰り出す。



静四郎:「何でも好きなものを買ってあげますよ。今日頑張ったご褒美です」
心語:「……あれ……は?」



 心語が指さしたのは、透明な飴の中に大きな赤い実が入っている、棒状のものだった。
 異国の果物のようで、「すもも」というものらしい。
 ふたりはそのすももの水飴を買い、雲のような形をした飴菓子を買い、焼いた香ばしいにおいのする麺を買った。
 小さな東屋でそれらを食べながら、ふたりはのんびりと話をした。
 久しぶりに、緩やかな時間の流れを感じられた瞬間だった。
 それらの空き皿などを捨てに行った心語は、藍色の地に白で鳥の絵を染め抜いた扇子を、小さな土産物屋で見つけた。
 義兄に教えてもらったとおり、袂に入れた硬貨入れから、いくつかの銅貨をつまみ出し、店の主人に手渡す。
 そして、その扇子を片手に、静四郎の元へと戻った。



静四郎:「おかえりなさい」
心語:「……これ……を……」



 静四郎は、心語の差し出したものを受け取って、驚いた。
 見上げると、少し頬に朱を刷いた義弟が、うつむきがちに言った。



心語:「兄上に……似合うと……思ったから……」
静四郎:「心語…」



 静四郎はもう一度その扇子に視線を落とす。
 図柄はシンプルだが、色合いが綺麗だった。
 房は銀色で、地色を引き立てている。
 静四郎は、うれしそうににっこりと笑った。



静四郎:「ありがとうございます、心語。大切にしますね」
心語:「……ああ……」



 ハルフ村の夜は長い。
 夜店の軒先のろうそくが、夜に映えて、まるで星のようだった。



静四郎:「また来ましょうね」



 そうつぶやいた静四郎に、心語は一度だけ頷く。
 こんな穏やかな夜が迎えられるなら、何度でも来よう、そう心の中で誓いながら。


〜END〜




〜ライターより〜


 いつもご依頼、ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です!

 今回はハルフ村への骨休めですね!
 おふたりにとって、素敵な思い出がひとつ増えたのでしょうか。
 心語さんはあまり、
 温泉が好きではないようですが、
 慣れればきっと……!?


 それでは近い将来、
 おふたりの心温まる物語を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!