<東京怪談ノベル(シングル)>


『聳え立つ壷』

 悪魔と呼ばれていた存在であっても、このソーンでは、働かなければ食べていくことができず。
 しかし、地道な肉体労働などという手段は当然選ぶわけがなく。
 冒険者のシャンタルは、今日も盗賊ギルドに入り浸っていた。
「一気にガツンと稼げる仕事がいいんだ。楽で短時間で終わって、後腐れもないものがいい」
 シャンタルは軽い口調で、受付の女性に言った。
「なかなか難しい注文だね。まあ、一応楽で高額な仕事ならあるんだが」
 受付の女性が、依頼書を一枚取り出す。
「なになに……」
 シャンタルは依頼書を受け取って、目を通した。
「壷? 壷を1つ盗めばいいだけ?」
「ああそうだよ。その他、一緒に盗ったものは追加報酬として持って帰って構わないそうだ」
「うおっ♪ けど、それにしちゃあ、報酬が高額すぎないか?」
「その壷が物凄く高価なものだからさ」
 描かれたイラストを見る限りでは、何の変哲もない壷に見える。
「万が一、壊しちまったら、どうなる?」
「そりゃ、弁償さ。1000Gは請求されるだろうね」
 いっせん……って。
 それだけあれば、何ヶ月遊んで暮せることか。
「ま、いいや。この依頼、受けることにする」
「ただ」
 突如受付の女性が、眉を顰めた。
「この依頼だけど、現地調査の段階で断念する奴等が多くてね。その場合は違約金が発生するからそのつもりで」
「なんだ、情けない奴等ばかりだな。了解」
 そう言って、シャンタルは依頼書を手に、さっそく現地に向うことにした。

 壷……。
 確かに、それは壷だった。
 だって、胴が丸くて太いし。
 口と底は狭まっているし。
 そう、これは確かに壷というものだ。
 イラストとも相違ない。
 部屋の中にある、壷。ずっと遠くからも見えていた。
 しかし、遠くからはそれが壷であると認識できなかった。
 なんだろう、円柱?
 それとも、巨大な風呂釜?
 何故、そんなものが部屋の中央にあるのだろう。
 そう疑問を抱きながら、近付いてみて判明したのだ。
 それが、依頼された壷であることが!
 大きさはといえば、底はシャンタルの体2つ分くらい。
 胴はシャンタル10人分くらいの太さ。
 高さは、シャンタル1.5人分♪
「なんつー、巨大な壷だッ」
 思わず声に出してしまう。
 しかし、その直後、シャンタルは顔に笑みを浮かべる。
 そう、この依頼。
「すんげー、あたし向き!」
 彼女の為にあるような依頼だ。
 急ぎ、シャンタルは依頼主の元に向うことにする。
 盗むことはできる。
 ただ、保管場所があれば、だが。

「本当に盗めるのかね?」
 依頼主は訝しげな顔でそう言った。
「できるさ」
「壊して運び、接着剤でくっつけるなどという手段を取られても困るんだが?」
「だから、できるっつってんだろ。で、どこに運び入れればいい?」
 シャンタルの言葉に、依頼主は疑心を向けながらも、彼女をリビングへと案内した。
「この部屋なら入るだろ」
「なるほど……けど、シャンデリアが邪魔だな。外しておいてくれ。今日、日が暮れるまでに必ずな。あたしが来る前に外しておかないと、壷を傷つけることになっちまう。ただ、部屋は明るくしておいてくれ。窓から中が見えるようにな。分かったな?」
「了解した。是非とも頼む」
 シャンタルの自信あり気な言葉に、依頼主は一応彼女を信じてみることにしたらしい。
 なんでも、相手の家とこの家は親戚関係にあり、何かと張り合っているらしい。
 元々は、相続関係のトラブルが原因のようだが。
 まあ、そんなこと、シャンタルにはどうでもいいことだ。

 日が暮れてから、シャンタルは再び、ターゲットの家へと向った。
 窓もカーテンも閉められていたが、その部屋に壷があることはわかっている。人の手で部屋から出せるものではない。
 多分、壷を入れてから、部屋の壁を作ったのだろう。まだ新しい家だ。
 シャンタルはそっと敷地に入り込むと、身を屈めて、住人達の居場所を探る。
 ……どうやら、食事の最中のようだ。
「そんじゃ、軽く済ませちまおうか」
 にやりと笑みを浮かべ、シャンタルは壷の在る部屋の窓ガラスに手を伸ばす。
 盗賊道具を取り出して、極力音を立てないよう、窓ガラスを割る。
 鍵を外し、真っ暗な部屋の中に入り込む。
 目はなれずとも、位置は分かっている。部屋の中央にどうどうと聳え立っているのだから。
「さーて」
 左足を振り上げるが、ギリギリで思いとどまる。
 もう少しで思い切り蹴るところであった。
「まさか薄いなんてこたーねぇよな」
 ぺたぺたと壷に触れ、コンコンと叩いてみる。
 盗賊をやっているとはいえ、専門的な盗賊知識も、壷の知識もないシャンタル。
 だが、叩いた時の感覚からして、そんなに薄くはないと思えた。
「それじゃま、先にいってろや」
 そう言って、シャンタルは左足で軽く壷を蹴った。
 途端。
 壷は跡形もなく、その場から姿を消した。
 壷の無くなった部屋には、他に何も存在しなかった。その部屋は完全に壷保管庫と化していたらしい。
「追加報酬はなしかー」
 小さく吐息をついた後、シャンタルの姿も消える。
 月の光が降り注ぐ、外へと。

 球蹴りのように、壷をけりながらシャンタルは依頼主の家へと向った。
 シャンタルの左足には、対象を瞬間移動させる力があるのだ。
 蝋燭の光で妖しく光っている部屋の中を見ながら、コツンと壷を蹴り、ついにはその部屋に壷を納めることに成功した。
 大きさが大きさなだけあり、多少通行人や酔っ払いに見られはしたが、そんなこたあどうでもいい。
 今回の依頼は傷をつけずに盗むことさえ成功すれば、盗みが発覚しても構わないというものであった。
 その晩のうちに、シャンタルは高額報酬を受け取って、依頼主の家を後にした。
「あー、これで当分働かなくてすむぜぃー!」
 シャンタルは沢山の金貨を手に、まずは美味しい酒を飲もうと酒場へと向った。
「しかし、そのうちバレんだろうし、そん時は盗られた方は盗り返そうとすんのかね? またギルドに依頼が来たら受け……いやいや、馬鹿な盗賊が受けるのを、楽しく見させてもらうか」
 笑い声を上げながら、シャンタルは酒場のドアを潜るのであった。


●ライターより
川岸満里亜です。
壷蹴りをしているシャンタルさんの姿、エルザードの人々にはどう映ったのでしょうっ。
楽しく書かせていただきました。
ご依頼ありがとうございました!