<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『キミの笑顔は僕のもの〜粘着質と軽い男〜』

「いらっしゃいませ」
 いつも明るい看板娘、ルディア・カナーズだが、その日は少し元気がないように見えた。
「どうした? 男にでもフラれたのか?」
 冒険者のワグネルは軽い口調でそう言いながら、カウンター席に腰かけた。
「違います」
 苦笑してそう言った後、ルディアは顔を曇らせた。
「実は、ちょっと変な人に絡まれていて……」
 小声で、ルディアは話し始めた。

 その“変な人”に、ルディアは1週間ほど前からストーカー行為を受けているという。
 それまでもその男は度々白山羊亭を訪れてルディアを遠巻きに見ていたそうだが、当時ルディアは、彼のことを単なる大人しい客程度にしか思っていなかった。
 その男性客に、1週間前にルディアは待ち伏せをされ、告白をされたそうだ。
 ルディアとしては、その客を恋愛対象には見れなかったため、「好きな人がいる」と嘘をつき、その場で断ったのだが……。
 以来、毎日のようにその客は現れるようになった。
 まるでルディアを監視するかのように。

「家のポストに『本当に好きな人いるの? 告白しなよ。付き合いはじめたら僕も諦められるだろうし。断られたら、僕と付き合ってくれるんでしょ』といった赤い文字で書かれた紙が入っていたりして……」
 今、その客は店内にはいないらしい。
 そろそろ買出しに出かける時間なので、食料品店に先回りし、待ち伏せをしているのだろうということだ。
「逆恨みが怖くて、強いことも言えないんです」
 ルディアは真剣な顔で、こう続けた。
「お願いです。ルディアの好きな人ってことにしてもらえませんか? ルディアから告白するので、OKしてほしいんです。そしてしばらくの間、付き合うそぶりをしていただければ……多分、あの人も諦めてくれると思うんです」
 ルディアの切羽詰った表情に、ワグネルはどう答えるべきか迷った。
 なぜなら、ルディアは――。
 ワグネルの守備範囲外だからっ。
「ま、いいぜ、明日なら暇だし」
 しかし、人気者の女の子に告白されてみるのも悪くはない。
 結局あまり深く考えず、軽いノリでOKしたワグネルだった。

    *    *    *    *

 ルディアとワグネルは、翌日天使の広場で待ち合わせた。
 普段のウエイトレスの姿も可愛らしいが、私服姿のルディアもなかなか可愛らしかった。
 演技とはいえ、告白するのが恥ずかしいのか、少し赤くなっている。
 ワグネルとしては、こういう初心な少女のような反応より、大人の魅力をもった女性の方が好みではあるが、これはこれでとても可愛らしく感じる。
 白いワンピース姿のルディアの手をワグネルは自然に取って、歩き始めた。
「食材の買出しに行くんだろ? そんな格好じゃ持ちにくいだろー」
 ワグネルが軽い口調でそう言うと、緊張気味のルディアの顔にも笑みが浮かんだ。
「それはもちろん、ワグネルさんに持ってもらうつもりだから」
「あー、もしかして、俺って荷物持ちの為に呼び出されたのか?」
「えへへへっ。そうかもっ」
「なんだと〜っ」
 そう言うルディアに、ワグネルは軽く体当たりをする。
「やだ、ワグネルさんっ」
 軽くよろめいたルディアは、はにかみながらワグネルの腕にぎゅっと捕まる。
「そんな服着てるからだ」
「服は関係ないもーん」
 腕を組んで笑い合う2人は本当の恋人同士のようであった。

「白山羊亭もこんな風に可愛らしい内装にしたら、もっと若い子にも人気が出ると思うんです」
 若者が集う喫茶店を見て、ルディアが言った。
「あとは、こういう少年アイドルのポスターを貼ったりとか〜」
「いや、白山羊亭は一応酒場だろ? ガキが増えても困るんじゃねーのか」
「あっ、そうですね」
「それとも、若い男がいなくてつまんねーってか?」
 ワグネルの言葉に、ルディアはちょっとふて腐れてみせた。
「そんなことないですっ。ルディアは……」
 顔を上げて、ワグネルの目をじっと見つめる。
 ……そんなルディアを後方から見ている目に、ワグネルは気づいていた。
 だけれど、当然反応は示さず、ルディアの腕を引いた。
「ほら、最近人気の露店だ。あそこの“エルザード焼き”、すげぇ美味いらしいぞ」
「えー! それじゃ新メニュー開発の為にも、是非是非食べないと!」
 2人並んで、楽しそうに露店へと向った。

 出来立てのエルザード焼きを手に、ワグネルとルディアは天使の広場に戻ってきた。
 買出しの品は、すでに白山羊亭に届けてある。
 ベンチに腰かけて、今日一日のことを語り合う。
 エルザード焼きを食べ終えると、ワグネルは手を自然にルディアの肩に回した。
 ルディアはその手のせいか、少し緊張した面持ちだった。
 2人の会話が、ふと途切れた。
 途端、刺すような視線を感じる。
「そういえば、話があるって言ってたよな」
 言いながら、ワグネルは感覚を研ぎ澄ませ、周囲の気配を探る。
 ベンチの裏。植木の辺りに、例の人物はいるらしい。
「はい。あの……」
 ルディアがワグネルを見つめる。
 ワグネルはルディアの次の言葉をゆるい表情で待った。
「る……わ、私、ワグネルさんのことが、好き、なんですっ。これからもこうして付き合ってください!」
 ルディアの真剣な顔に、ワグネルは肩をぽんぽんと叩いてこう答えた。
「OKOK、デートならいつでもしてやるよ。街でナンパをする手間が省けるってもんだ」
「もう、ワグネルさんってば」
 ルディアが諌めるような目でワグネルを見た。その瞬間。
 ワグネルがルディアをベンチに押し倒した。
 ワグネルの背を、ナイフが掠める。
「ワグネルさん……」
 震えるルディアに強く頷いてみせた後、ワグネルはベンチの後ろへと飛び下りた。
「突然投げてくるとは思わなかったぜ。隠れてねぇで出てこいよ」
 ゆらりと男が街路樹の陰から姿を現す。
「逃げ、ろ。ルディア。その男は、お前の相手として相応しくない! ルディアを誑かす不埒者め!」
 男はダガーを取り出すと、ワグネルに飛びかかってきた。
 どうやら男の視点では、ワグネルが悪人で自分が正義らしい。
 ワグネルは小さく吐息をついて、男の動きを見る。戦闘馴れはしていないようだ。
 真直ぐ突き立てられたナイフを、片足を引いて躱す。即座に、男の足を蹴り、よろめいた男の背に肘を叩き込んだ。
 男は前に倒れ、自らのナイフで首を薄く切ってしまう。
「おおっと、危ねぇ危ねぇ、こんな理由で死なれたら困る」
 ワグネルはダガーを取り上げた。
「なかなかいいダガーじゃねぇか。慰謝料としてもらっておくぜ」
 刃物に怯えているルディアの元に、ワグネルは歩み寄ってその肩を抱いた。
「わりぃな。俺達たった今から恋人同士だ。諦めて他の女を探しな」
 そう言って、ワグネルはルディアの額にキスをした。
「う、ぎぃいいいいいいいいいいーーーー!」
 男が奇声を上げる。
 そしてバッタのように、飛び跳ねて立ち上がると、一目散にその場から駆けていった。

    *    *    *    * 

「ワグネルさん、しばらくナンパは控えてくださいね」
 白山羊亭でルディアはオゴリのデザートを差し出しながら、そう言った。
「そいつは難しい相談だ」
 ワグネルはにやりと笑いながら、デザートを受け取った。
 甘酸っぱいオレンジのババロアであった。
「告白やデートのお願いは簡単にOKしてくれたのに」
「美人を見て、声を掛けないのは失礼にあたるんだぜ」
「!? ルディアはワグネルさんに誘われたことないけど……」
「そりゃ、まあ……そいうことだ」
「酷ーいっ」
 ルディアがデザートの皿を奪う。しかし、ババロアは全てワグネルの口の中だった。

 そんな2人の様子は、窓の外から見ていたストーカーの目に、十分恋人同士のように映った。
「ルディアを……僕のルディアちゃんを傷つけたら、許さない……許さないっ」
 ワグネルを見ながら、ストーカーは歯をギリギリ食いしばった。

 視界の端にちらりと移った男の姿に、ワグネルは小さく苦笑した。
 このところ、毎日つけられている。
 どうやら自分がストーカーのターゲットになってしまったようだ。
 当分美人に声を掛ける時には、刃物にも気をつけなければならなそうである。
 いや、それは好都合か? 突然襲ってきた変質者から美女を守ったということにすれば、案外簡単に美女を落とせるかも……。
「ルディア、もう一杯!」
 そんなことを考えながら、ワグネルはビールの追加を頼むのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】

NPC
ルディア・カナーズ
ストーカー男

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
当分の間、ルディアではなく、ワグネルさんが付け回されそうです。でも、ワグネルさんに簡単に撒かれてしまうのだと思います(笑)。ワグネルさんが相手だと、ストレスを一方的にどんどん溜めていきそうですよね。
ご参加ありがとうございました!