<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


動く森











「この香炉があれば、皆私を見てくれる……」

 最初は単純で小さな願いだった。
 少女の手には、小さな香炉。
 仄かな香を漂わせながら、少女は香炉を手に歩み行く。
 ただの目立たない地味な少女は、この香炉を手に入れたことで、聖女となった。
「分かりました。その願い、叶えましょう」
 少女の言葉と共に、香炉が淡く輝きだす。
 今まで車椅子だった子供が立ち上がる。
「ありがとうございます!」
 お礼の言葉に、がくがくと震える膝を鞭打って、少女は微笑み返す。その顔は青白く、今にも倒れてしまいそう……
 少女の名はエルネ・ティエロン。
 そして、事件は起きる。
「知ってるわよ! お前が香炉を手に入れてから、そんな力が使えるようになったってね」
「返して」
「ふん。誰が返すもんですか。これを使って私も聖女になってやるわ!」
「あんたには無理よ」
「何ですって!」
 人目を憚った森の中で交わされる少女たちの怒声。
「自己中心的なあんたには無理って言ったの」
 その香炉が、自らの命を糧として願いを叶えるものだということを。それを、エルネは知っている。知っていて尚行使している。
「あんたは知らないのよ」
 そんな物言いが……今まで自分の後ろに隠れていた目立たないエルネが、自分をバカにしているように聞こえて。
「少しくらいちやほらされたからっていい気になって!」
 我を忘れた少女は、獣のようにエルネに掴みかかる。
 森を、木々の隙間を転がり落ちる2人の少女。
「あ…あぁ。あぁああ!!」
 頭を抱え叫ぶエルネ。
 エルネの目の前には、顔をあらぬ方向へと向けた少女の亡骸があった。
「お…お願い、動いて! 動いてぇ!!」
 エルネの叫びが空を劈く。
 香炉が眩いばかりの光と、強い香を放った。
「!!?」
 極度に襲い来る疲労感にエルネはその場に膝を着く。
 先ほどまで倒れていた少女が、首をあらぬ方向に向けたまま、香炉を拾い上げた。
「何を…?」
 先ほどまで死んでいたはずの少女が動いていることに、気がつけるような余裕は無かった。
 朦朧とした視界の先、にたりと笑った少女の顔だけがエルネの脳裏に焼きついた。


「動く森…ね」
 エスメラルダは依頼の内容を小さく唇に乗せる。
 村の娘が1人行方不明になったのと同時に、村の近くにあった森が動き始めた。
 森が動き始める少し前、別の娘が独特の匂いを纏って森から帰ってきたが、何も話さない。
「依頼内容は、この行方不明の娘の捜索と、動く森の解明ね」
 動くことで森がどんな抵抗をしてくるか分からないため、安全とは言い難い。
 エスメラルダは黒山羊亭の中を見回した。











 訪れた村は規模に反してかなり高い人口密度を持っていた。
 皆『聖女』の噂を聞きつけ村に訪れた人々。だが、現在村に『聖女』は居ない。
「よろしくお願いします」
 小さな村の村長が依頼を受けてやってきた冒険者に頭を下げる。
 帰ってこない娘は『聖女』となってしまった少女エルネ・ティエロン。最後に彼女を見たのは、エルネとよく一緒に居た少女マリー・カルツと共に森へ入っていく姿。
 だが森から帰ってきたのはマリー一人だけ。
 そのマリーは、帰ってきてから一言も口を開かぬという―――
「……帰ってきた娘――マリーは、本当に何も話してくれないのかな?」
 村長の家でソファーに座り、出された紅茶を飲んでいたキング=オセロットは確認するように尋ねる。
 話すのを嫌がっているのか、それともエルネが居なくなったことに面白がって話そうとしないのか。
「はい…。聞いても、ただ笑うだけで、一言も……」
 『聖女』を求める旅人の対応に疲弊してしまい、ふけすぎているように見える村長が気落ちした面持ちで告げる。
「そうなると、何が起こっているのか、直接現地で確かめる他ないか」
 腕を組んでやり取りを聞いていたアレスディア・ヴォルフリートは、早速森へ行くべきかと思案する。
「故意に喋りたくないのなら……無理に聞き出すわけにも、いかないしな」
 できるだけ平和的に事は収めたい。サクリファイスは確認するように窓から村を見つめ、振り返る。
「そのマリーという少女には会えるのかな?」
「は…はぁ」
 オセロットの要求に村長は何処か気乗りしない口調で答える。
 出来ればもう関わらず、早く『聖女』を見つけて、村を盛り返して欲しい。そんな村長の願いが見え隠れ。
「案内させます」
 何も話してくれなくても、事件の一旦を担ったかもしれない少女に会っておくことは有用なことに思えた。
 村長の家を出て、案内の人が来るまでの間、三人は
「大勢で押しかけてはマリー殿も不安がる。私は一足先に森へ行こうと思う」
 アレスディアの提案は尤もだと思われた。確かに同じ女性と言えど、慣れ親しんだ村人でもなんでもない人間が一気に押しかけては、まるで尋問しているかのようだ。
 別行動を申し出たアレスディアに乗っかるようにサクリファイスも徐に口を開く。
「私も、少し気になる事があるんだ」
 娘が纏っていたという独特の匂いの正体。それが何なのか調べてみたいとサクリファイスは言う。
「ではマリーの下へは私ひとりで向かおう」
「すまない」
「いや、情報収集は手分けして行う方が効率がいい」
 森の下見。匂いの情報。そして、帰ってきたマリーとの会話。
 やるべきことは上手いこと3つに分かれている。
「森の入り口で落ち合おう」
 サクリファイスの提案に二人は頷く。そして、
「マリー殿のこと、よろしく頼む」
 アレスディアはオセロットに軽く頭を下げ、森へと向かって歩き出した。
 独特の匂いの謎を求めて、サクリファイスは村人に話を聞こうと二人と別れ、村を散策する。
「すなまい。マリーから香る匂いのことを聞きたいのだが」
 村の住人らしい女性を捕まえ、サクリファイスは問いかける。
「ああ、あそこまで香ると鼻が痛いわよね。エルネみたいに程ほどにしておけばよかったのに」
 どうやらマリーと現在行方不明のエルネからは同じ香りがするらしい。
「あれは、聖女様の香りだ……」
 ふと通りかかった男性が二人の会話に割って入った。
 引き止めてしまった女性にお礼を言うと、サクリファイスはそのまま通り過ぎていった男性を追いかける。
「すまない。詳しく話を聞かせていただけないだろうか」
 男性は引き止めたサクリファイスを怪訝そうに見る。もしかしたら聖女を狙う人間に見えたのかもしれないと、サクリファイスは自分の事情を告げた。
「聖女様の行方を捜してくださるのか…。それは、ありがたい」
 男性はそう言って、自分が知っているだけの情報を全てサクリファイスに話してくれた。
 それは、聖女――エルネがいつも持ち歩いている香炉があること。
 その仄かに香る匂いはとても安心ができること。
 そして先ほどの女性が言っていたように、エルネの香炉の香りを鼻が痛くなるほど纏って現れたマリー。
 エルネが持っていた香炉と同じものを、マリーが持っているのを見た。
「エルネと、マリー…同じ香りか……」
 エルネと同じ香りを纏っているからといって、マリーが次の聖女になったわけではない。
 なぜならば、マリーは何も喋らず、森から帰ってきてから一度も外へと出ていないというのだから。
 マリーが纏っていた独特の匂いは、エルネが持っていた香炉の匂いだと分かった。
 問題はなぜマリーがエルネの香炉を持ち帰り、エルネが森から帰ってきていないのか。
「すまない。マリーの家を教えて頂きたいのだが」
 偶然通りかかった村人に尋ねると、快く案内してくれた。
 もしかしたらまだオセロットが居るかもしれないと期待していたが、どうやら完全に入れ違ってしまったらしい。
 サクリファイスはマリー宅の扉を叩き、出迎えた母親に事情を話す。もちろん自分が先ほど訪れたであろうオセロットの仲間であることを告げるのも忘れずに。
 案内された部屋からは、鼻を突くような強い香り。こんなに何度も人が訪れたのに、マリーの表情は微笑から微動だにしない。
「マリーお願いがある。香炉を借して欲しい」
 もとはエルネの持ち物であった香炉。机の上に無造作に置かれた香炉に手をかけようとしたとき、初めてマリーが動いた。
「無理にとは言わない。借してもらえないのならば、一緒に来てもらえないかな?」










 森の入り口ではアレスディアは二人が訪れるのを待っていた。
 ふと近づく足音にアレスディアは顔を上げる。
 オセロットは軽く煙草をふかして手を上げた。
「マリー殿は…?」
「ダメだ。やはり何も喋ってはくれなかった」
 そして貼り付けたような笑顔。どうしてもそれがオセロットの胸の奥に引っかかる。
「マリー殿はもしや、喋らないのではなく、喋れないのではなかろうか」
 その可能性は考えていなかった。元々良く喋る娘だったらしいが、話さなくなったことに苦痛を感じているように見えなかったため、誰もが話さないと思ったのだろう。
「待たせてしまったか?」
「マリー?」
 香炉を両手に抱えるようにしてサクリファイスと共に現れたマリーに、オセロットは眼を細める。
「どうやらマリーが持っている香炉は、元々聖女の持ち物だったようなんだ」
 本当は香炉だけを借りたかったのだが、無理ならば一緒にと言えば、マリーは香炉と共に着いてきた。オセロットはそんなマリーにふっと笑顔を浮かべる。きっと、自ら真実を告げるためにきたのだと思って。
「サクリファイス殿も揃ったことだし、森の状況なのだが…」
 森の入り口はさしたる抵抗も無い。だが、ある一定を超えると抵抗を始める。
 きっとその先に何かがあるのだろう。
 情報を確認しあう三人を、マリーはただ微笑を浮かべ見つめている。
 その微笑みは、貼り付けたように動かず、冷たい目線で三人を見ていた。
 森に分け入る三人に遅れないようマリーは着いてくる。逆に言えば、地元であるマリーが遅れるはずもないのだが。
「この辺りからだったと思う」
 気をつけてくれ。とアレスディアは注意するよう促す。
「だが、アレスディアの見立てでは、この先なのだろう?」
 オセロットの問いにアレスディアは頷く。
「マリーは我々から離れないように」
 冒険者としての経験もない普通の村人が、こういったことに慣れているとは言い難い。
 一緒にと言ったのだ。サクリファイスには彼女を守る義務がある。
 アレスディアは一同に同意を取るよう視線を交わし、一歩を踏み出した。
 撓る枝。
 踊る根。
 走る幹。
 森は侵入者を拒む。
 だが何故拒むのか理由はその奥に隠されている。
 不法に立ち入ったのは自分たち。森を傷つけるわけには行かない。
 器用に枝や根を避けながら森の奥へと進む。
 普遍的に動く森。
「森が途切れるぞ」
 オセロットのセンサーが森の終わりを告げている。
 鞭のように撓る蔦を避けて木々の間を抜ければ、まるで木が避けて出来たような小さな広場が現れた。
 広場で倒れている痩せこけた少女。
 虚ろな視線の少女は森に繋がれ、その瞳には何も映していない。余りの様子にアレスディアはたたらを踏んだ。
「まさか…彼女がエルネ殿……?」
「大丈夫だ。生体反応はある」
 骨と皮だけしかないように見えるほど衰弱しているが、彼女はまだ生きていた。
 いや―――…
「生かされている…?」
 繋がった蔦は、まるで点滴のよう。
 エルネの唇が震えるように動いた。
「マ…リー……?」
 三人は振り返る。
 微笑が歪んだ少女が居た。
「マリー…?」
 余りにも変化したマリーの表情に、サクリファイスは狼狽する。
 冒険者ではない彼女が誰も手も借りず追いついてきたことに、もっと疑問を持つべきだった。
 マリーは三人の間を抜け、エルネを背にして立ちふさがった。
「マリー殿そこをどいてくれ。早くエルネ殿を助けねば、その命尽きかねぬ」
 アレスディアの問いかけにも、マリーの表情は動かない。
 香炉を持つ手に力が入る。匂いが強まったような気がした。
「やはり、あの香炉が」
 全ての原因。サクリファイスは、やはり香炉だけ借りてくるのだったと、歯噛みする。
 しかし、元々エルネの持ち物だった香炉が、マリーの手に渡り今の元凶が引き起こされているのなら、それを引き起こしているのは―――香炉を操るマリーだ。
 枝が、蔦が動く音がかすかに聞こえる。
 きっと、エルネがここに居ることで止まっていた森が、強まった匂いによって動き出したのだろう。
「知っているだろう? 村人は森が動くこと、エルネが帰らないことに不安を感じている。彼らの不安を取り除けるのはエルネだけだ」
 エルネを連れて帰り、動く森を止めること。マリーに止めるようオセロットは告げる。
 あの時、自分の口から真実を告げて欲しいと言ったオセロットの言葉は通じなかったのか。通じたから、一緒に来てくれたと思ったのに。
「マリー…は……」
 消え入りそうなエルネの声が響く。
 マリーは忌々しいものでも見るかのようにエルネに視線を向けた。
「マリーは…もう、死んでいるの!」
 私が殺してしまったの!
「!!?」
 マリーの顔から微笑が消える。
 森が撓った。
 マリーの身体が宙に浮く。
 何処かで思い違いをしていたのかもしれない。
 死人が森を動かすことや、自ら動くことなどできるのか?
 マリーは自分を元に戻す可能性のある香炉を、持ち主から奪っただけなのでは?
「今はエルネを」
 サクリファイスは、マリーに隔たれていたエルネに駆け寄る。
「安心してくれ」
 自分たちは、近隣の村からあなたが行方不明だということと、森が動き出したということで調査に来たのだとエルネに告げる。
 アレスディアはいつ森の攻撃が始まってもいいように、辺りを警戒するよう意識をとぎらせた。
 マリーは本格的に調査に来た自分たちを監視し、知らないうちに香炉がなくならないようわざと持ってきたのだろう。
「まずは香炉を取り戻さなければな」
 そうしなければ解決の糸口も見つからない。
 オセロットはマリーまでの距離と、力加減を計算する。
「香炉…取り戻せたら、私が、命に換えて、元に…戻すから……!」
 元に戻ったら、マリーは死んでしまうけれど、このまま皆に迷惑はかけられない。
 それに、事故とはいえ人を殺してしまった自分はもう生きていなくてもいい。
「命と引き換えに、などと……そのようなこと、誰も望まぬ」
 元に戻った森と引き換えに、死人が二人に増えることなんて、アレスディアの言うように誰も望まない。
「罪は…償えばいい。それが出来るのが人だ」
 マリーの手にある香炉を手放させようと、オセロットはソレだけを告げて、足に力を込める。
 もし、香炉が壊れてしまったら、その力によって治った諸々全てが元に戻ってしまうのではないか。だが、今はその不安を飲み込んで、マリーに向かって飛んだ。
「元気になったら、ここで、何があったのか、教えてくれないかな……?」
 サクリファイスは優しく問いかける。本当に、エルネは自分が思うようにマリーを殺してしまったのか。
 森が動く。
 アレスディアは襲い掛かる枝を槍で受け流し、反動はそのままで、エルネを生かすだけではなく拘束する役目も持っていた蔦を断ち切った。
 森が止まったら、点滴の役割をしている蔦も、ただの蔦に戻る。その前に、エルネを解放する必要があったから。
 腕から垂れる蔦を引き抜き、酷く軽いエルネを抱きしめて、サクリファイスは枝葉を避ける。
 シュルシュルと間に割って入ろうとする蔦が編みあがるが早いか、オセロットの跳躍のスピードが速いか。
 トンっと、オセロットの軽い足音が響く。
 編みあがった蔦の上に降り立ったのだ。
 突然オセロットが目の前に飛び込んできても、マリーは顔色一つ変えない。いや、変える感情がもうないのかもしれない。
 オセロットは無言のままマリーの手から香炉を叩き落とした。
 同時に、マリーの身体が、糸が切れた人形のように落ちていく。
 思わずマリーを支え、オセロットは蔦から降りた。
 アレスディアは地面に落ちた香炉を拾い上げ、それをエルネに差し出す。
 痛々しいほど角ばってしまった指先で、エルネは香炉に触れた。
 匂いが急速になくなっていく。
 強い願いは強い願いで覆すしかない。
 オセロットの腕の中、マリーは首をあらぬ方向に向け、冷たくなっていた。















 利益を求めるばかりの村長と、奇跡を求める人々でごった返した村は一気に静まり返った。
 聖女と呼ばれる所以になった香炉。その香炉の謎をマリーに知られ、もみ合ううちに崖を転がり落ちてしまったこと。
 エルネはかろうじて一命を取り留めたが、マリーは死んでしまった。
 その死を受け入れられず、もう一度動いて欲しいと願った。
 その願いを香炉が叶えマリーは動いたが、それは所謂ゾンビと同じ。不完全で喋ることができなくなっていた。
 そして、その強すぎる願いは、森をも動かした。
 マリーが香炉を手に森を去ったのは、本能だったのだろう。
 この香炉がエルネの手にもどれば、自分は確実に死ぬのだと。
 森もまた、エルネを殺してはならないと、動いた。
 死体となって帰ってきた娘を見た母親の嘆きは相当なものだった。しかし痛々しいまでのエルネの姿に責めることも出来ず泣き崩れる。
 誰もエルネを責めない。
 願いは、香炉の力ではなく、香炉を媒介として使用者の命を昇華させたものだと言う事実。
 少女の命と引き換えに得た奇跡と村の繁栄。
 全てをエルネに背負わせることは、出来なかった。
 マリーは手厚く葬られ、カルツ夫妻は村を去る。
 流動食のみしか受け付けなかったエルネも、少しずつ固形食が食べられるようになったようで、痩せこけていた頬にもやっと多少の肉がつき始めていた。
「あなたは聖女と呼ばれることで、自分を変えたかったのだな」
 そのまま死んでもいいと思えるほどに。
 サイドテーブルに飾られた花瓶に花を活け、サクリファイスはエルネに問いかける。
「結局は私も自己満足だったんです」
 シャリシャリとリンゴの皮を剥き、エルネに渡しながらアレスディアが諭すように言葉をかける。
「あなたはあなたのままで良かったのだ。みんなあなたをきちんと見ている。気にかけていたのだから」
 エルネに両親は居ない。それでも気丈に生きるエルネを、村人は大丈夫だと思っていた。エルネが誰も見てくれないと思っていたのは、目立たないなりに堅実に生きていた結果だった。
「香炉にはまだ願いを叶える力があるのかな?」
 もしそうならば、エルネが香炉を持ち続けることは危険ではないかとオセロットは言う。
「多分、あると思います」
 魔力のないエルネでは、生命力を削るしかなかった願いを叶える香炉。
 エルネから遠ざければその力が行使されることはない。
「私は、私の罪を忘れないために、香炉を持っていようと思います」
 何かの拍子にまた香炉が願いを叶えるかもしれないけれど、それはエルネの心次第。自分が感情をコントロールできれば問題ない。
「……そうか」
 これ以上願いを叶え、エルネの命が尽きるならば、香炉は壊したほうがいいのではないかとオセロットは仄かに考えていたが、エルネの意志がそうあるならば―――壊さなくて済むならば、その方がいい。
 エルネが起こした奇跡は、聖女と呼ばれるにふさわしいものばかりだったのだから。
 それがもし香炉を壊れたことで消えてしまっては、不幸になる人がきっと何人も居る。
 暫く談笑を楽しむと、まだベッドからは立ち上がれないエルネに見送られ、3人はエルザードへと帰った。















 キィ…と、小さな音を立てて扉が開く。
 そこに立つのは、紅色の髪と瞳のフードを被った小さな少女。
「分かってる。代償は、大きいわ」
 助かったけれど、私の命はもう長くない。
「切り離すことは出来る。だが命までは戻せない。迷惑を…かけたね」
 謝って済むことではないが、それ以上のことをしてあげることはできない。
「いいの。私が選んだんだから」
 残された命を大切に生きるわ。
 聖女はもう居ない。
 そこに残されたのは、元聖女の穏やかな微笑だった。

























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 動く森にご参加有難うございます。ライターの紺藤 碧です。
 OPがやはり少々分かり辛かったかなとちょっと後悔しています。
 香炉の情報を事前に調べるという選択をサクリファイス様だけが取っていたので、マリーを連れ出せたのではないかと思います。
 それではまた、サクリファイス様の出会えることを祈って……