<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『キミの笑顔は僕のもの〜僕等のアイドル〜』

「いらっしゃいませ」
 いつも明るい看板娘、ルディア・カナーズだが、その日は少し元気がないように見えた。
 気になって、何かあったのかと聞いてみると……。
「実は、ちょっと変な人に絡まれていて……」
 小声で、ルディアは話し始めた。

 “変な人”に、ルディアは1週間ほど前からストーカー行為を受けているという。
 それまでもその男は度々白山羊亭を訪れてルディアを遠巻きに見ていたそうだが、当時ルディアは、彼のことを単なる大人しい客程度にしか思っていなかった。
 その男性客に、1週間前にルディアは待ち伏せをされ、告白をされたそうだ。
 ルディアとしては、その客を恋愛対象には見れなかったため、「好きな人がいる」と嘘をつき、その場で断ったのだが……。
 以来、毎日のようにその客は現れるようになった。
 まるでルディアを監視するかのように。

「家のポストに『本当に好きな人いるの? 告白しなよ。付き合いはじめたら僕も諦められるだろうし。断られたら、僕と付き合ってくれるんでしょ』といった赤い文字で書かれた紙が入っていたりして……」
 今、その客は店内にはいないらしい。
 そろそろ買出しに出かける時間なので、食料品店に先回りし、待ち伏せをしているのだろうということだ。
「逆恨みが怖くて、強いことも言えないの」
 ルディアは真剣な顔で、こう続けた。
「お願い。ルディアの好きな人ってことにしてもらえない? ルディアから告白するから、OKしてほしいんの。そしてしばらくの間、付き合うそぶりをしてくれれば……多分、あの人も諦めてくれると思う」
 一通り話を聞いた後、虎の霊獣人の虎王丸は大きく息をついた。
「はああ? かわいそーな野郎もいたもんだな、まあいいぜ、そういう奴の説得は俺、得意だと思うしさ」
「虎王丸さんが“説得”?」
「おうよ、拳で説得だ!」
 それは説得ではないような……少し不安に思いながらも、ルディアは虎王丸にお願いをするのであった。

    *    *    *    *

 それから数日後、虎王丸とルディアは天使の広場で待ち合わせた。
「虎王丸さん、今日ここに来てもらったのは〜」
「わかってるって、デートだろ♪」
「はいっ。ルディアは、虎王丸さんが好きです」
「俺もだぜっ」
 ストレートなやり取りをして、2人は共に歩き出す。
「とりあえず、メシにすっかー」
「うん、お腹好いちゃった」
「やっぱ肉が食いてえよな。安くて美味い店といえばー」
 虎王丸は辺りを見回して、いつもの定食屋に眼を止めた。
「あそこにしようぜ」
「うん!」
 
 相手がルディアではなければ、もう少し洒落た店を選ぶところだが、ルディアは虎王丸にとって、女性になる前の女の子である。恋愛対象としてはちと早いのだ。
 例の男性はやはり自分達をつけているようだ。虎王丸達が窓際の奥の席にいるのに対し、例の人物は入り口付近で雑誌を読むフリをしながら、こちらの様子をちらちらと伺っているようだ。
 虎王丸は普段の調子でがつがつ定食を食べる。
 ルディアもいつもの調子で、そんな虎王丸を微笑みながら見ていた。
「虎王丸さんたら、頬にご飯粒ついてるよっ」
 手を伸ばして、ルディアは虎王丸の頬のご飯を取った。
「おう、サンキュー。ここのメシうめぇなー。ま、白山羊亭も負けちゃいねーけどな」
「もちろん。ルディアが作ってるわけじゃないけどね」
 2人は料理の話や、冒険の話をしながら、楽しい食事の時間を過ごすのだった。

 食事後、2人は中心街から少し離れた通りへと出た。
 珍品が置かれている店や、鍛冶屋や、ファッション店など、2人が興味のある店を交互に見て回る。
 2人とも明るい性格をしているため、話はとても弾んだ。恋人というより、本当に仲の良い友達に見えた。
 ストーカーの存在を忘れてしまうほど、2人は楽しい時間を過ごした。
 頃合を見て、2人は街路樹の脇に置かれたベンチに並んで座った。
 虎王丸は手を団扇代わりに扇ぎ、ルディアはハンカチで汗を拭う。
「おーい、こっちだこっち!」
 道路の真ん中できょろきょろしている少年に、虎王丸は大きく手を振った。
「あ、こんなところにいたのかー」
 なんだかぎこちない仕草で、そのダラン・ローデスという名の少年は、虎王丸に袋を渡した。
 布製の袋の中には、飲み物と菓子が入っていた。
「なにしてんだー、ふたりで」
 ダランの言葉も態度も、やはりなんだかぎこちない。
「へへー、俺達付き合い始めたんだぜ〜」
 そう言って、虎王丸はルディアの肩をぐっと抱き寄せた。
「えー!!」
 ダランは驚きのあまり後ろにひっくりかえり、尻餅をついた。
(この馬鹿、大袈裟すぎだっての!)
 実はダランにはこの件に関して、予め話してあった。
 で、覗き見叶温泉情報2つ♪と引き換えに協力させたわけだが……どうやらダランには演技力というものがないらしい。
「とゆーわけで、お前は邪魔だからカエレ」
 手を振って、虎王丸はダランを追い帰す。
「そんな、ダランさん、せっかく来てくれたんだから、一緒に食べようよ」
「こんな御邪魔虫がいたら、2人だけの時間が台無しだろ」
「そうだけどぉ」
 ルディアがちょっぴり照れながら、虎王丸に頬を寄せる。ルディアも虎王丸相手にノリノリだった。
「そんじゃ、この菓子、端と端を銜えて、一緒に食おうぜ」
「やだっ。半分しか食べられないじゃない」
「半分食べたら、もっと美味いもんが食えるんだぜ」
「もう、虎王丸さんたらっ」
 小突き合う二人の様子に――。
「「離れろ、コラアッ!」」
 二つの声が同時に飛んだ。
 一人はダラン。もう一人は街路樹の後ろに隠れていた怪しい覆面男であった。
「公衆の面前で恥ずかしいことをしてんじゃねぇ」
「そうだそうだ!!」
 男の言葉に、ダランが賛同する。
「って、なんでお前そっちについてんだよ!」
 虎王丸はルディアから手を離さずに、ダランを怒鳴りつける。
「うっさい、皆のルディアを盗ろうとするヤツは、たとえ友達だって成敗してやるー!」
「行くぞ!」
「おおッ!」
 何故か覆面男と意気投合したダランは、覆面男と一緒に虎王丸に飛びかかってきた。

 ドカ、バキ、ゲシッ

 ……無論、2人とも、虎王丸の相手になるわけがなく。
 いとも簡単に縛り上げられたのだった。覆面男の方は腕だけを。ダランは一応身体も縛っておく。
 虎王丸は覆面男の覆面をとっぱらい、ルディアの方を向かせた。
「ほら、ルディアに言うことあんだろ?」
「る、る、ルディアさん、僕とつきあ……」
 ゲシ
 虎王丸の蹴りが跳んだ。
「ゲフッ。……つきあ……ってくれなくていいです(ぐすん)。好きでした。本当に好きでした。ごめんなさい……」
 男は涙を浮かべながらそう言った。
「う、うん。もう付き纏わないでね」
 こくりと頷いた男の髪をぐいっとひっぱり、虎王丸はにっこり笑った。
「お前さんも血が頭に上ってたんだろ」
 ……そういわれてみると、なんだか頭が熱い。
「まあ、頭冷やしてこいよ〜」
 そう言って、虎王丸は男の足を軽く蹴った。
 男は跳ね上がるように立ち上がる。
「ん、あ……あ、あちちちちちちちちちちちちちっ。ぎゃーーーーーー!!!」
 男は絶叫して去って言った。頭に、炎を立ち上らせながら。
 虎王丸はひらひらと手を振って見送る。
「虎王丸さん、やりすぎ……」
 ルディアははらはらと見守っていた。
「で……」
 くるりと振り向いて、虎王丸はダランを見た。
「どーして、お前はあっちについたんだー」
 指でつんつんとオデコをつっつく。
「だって、ルディアが誰かのモンになるなんて嫌だろー!」
「ほほう」
 にやりと笑うと、虎王丸はルディアの肩を抱いた。
「そんじゃルディア、ガキはほっといて、大人の時間を楽しもうぜ〜♪」
「え、ええっ!?」
 ルディアが驚きの声を上げた。
「虎王丸ーっ、この縄切れーーーー!」
「頑張れよ、大魔術師〜!」
 手を高く上げて振りながら、虎王丸はルディアを連れてその場を去っていく。
 とりあえず、覆面男の方は素敵にハゲたはずなので、当分現れはしないだろう。
 しばらくダランをからかって遊べそうだし。
 金にはならなかったが、なかなか楽しい依頼だった。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】

NPC
ルディア・カナーズ
ダラン・ローデス
覆面男

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
ルディアはダランの好みでもあるので、こんな展開になりました。
多分今頃、ストーカーさんは鏡の前で大泣きしていると思いますっ。
楽しい行動、ありがとうございました!