<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『白兎を捕まえろ〜小さな宝珠〜』

 トラブルメーカーとして有名なダラン・ローデスという少年が、黒山羊亭のカウンターをバンと叩いた。
「ティアマット(魔竜)がいい!」
「却下! 意味ナシ!」
 エスメラルダがキッパリと言い放つ。
「うううっ」
 うな垂れるダランの姿に吐息をつきながら、エスメラルダは説得を始める。
「まあ、属性は合ってるみたいだけれど、聖獣ティアマットっていったら戦士タイプじゃない。あなた、どう見ても武術の才能があるようには見えないし。自分の守護聖獣はホワイトラビットなんでしょ? まずは、ホワイトラビットに会いに行って来なさいよ」
 言いながら地図を取り出し、ダランの前に広げた。
「ホワイトラビットは、ここからかなり遠いけど……このあたりの森の中に生息しているみたい。もちろん、聖獣ホワイトラビットに守られているから、狩ろうとしても無駄よ。魅了の術で酷い目に遭わされると思うから」
「うううっ、ホワイトラビットって、兎じゃん。なんか全然大した力もってなさそうだし、それこそ意味ねーよー」
「そうかしら? 魅了の術ってある意味最凶だと思うけれど。どんなに強い相手でも、魅了して仲間にしてしまえばこっちのものだしね。相手に勝る魔力があなたにあれば、だけど」
「魅了かあ……でも俺、好きでもないヤツに好かれても嬉しくねーし、寧ろ魔物に好かれたらキモイし」
 真剣に言うダランの様子に、エスメラルダは苦笑する。
「あとは、素早を上昇させることや、魔法の打ち消しの能力もあるみたいね。あたしはあなたに最適だと思うんだけどなー」
「はああ……俺ってやっぱり、最強魔術師にはなれないのかなぁ」
 ダランはカウンターに突っ伏した。
「とりあえずは、自分の才能を伸ばすことを考えればいいじゃない。無事宝珠を手に入れたら、また違う聖獣についても教えてあげるわよ」
「約束だぞっ」
「はいはい」
 がばっと起き上がったダランに、エスメラルダは吐息交じりに返事をした。
 聖獣の宝珠。
 それが、どのように作られるのかは誰も知らない――。
 聖獣の力が具現化した生き物が、この聖獣界にも存在している。異世界でヴィジョンと呼ばれている存在だ。
 ヴィジョンは、必ず宝珠と呼ばれるエネルギーオーブを身に付けているという。
 ホワイトラビットの住処とは、いわば、聖獣ホワイトラビットの力が溢れている場所。
 臆病者のダラン・ローデスが、宝珠を譲り受けることなど、まず無理だけど!
 何か学べることがあるかもしれない。
「んー、じゃあとりあえず、道中の護衛を……」
「……その……ホワイト、ラビット……会いに、行けば……強く、なれる、の……?」
 近くの席に座っていた少女が、ダランの服の裾を引っ張りながら、そう訊ねてきた。
「強く? ……うーん、どうかなあ。俺はなれねーと思うぞ」
「いや、どんな力も使い方次第じゃない? なれないと思ったら、なれないでしょうけどね」
 エスメラルダの言葉を聞き、その黒髪の少女――千獣はしばらく考えこんだ。
 そして、ダランを見て言った。
「……私も、行って、いい……? これ、から……もっと、力が、必要に、なると、思う……私に、どんな、力が、向いて、いる、とか……上手く、使えるのか、とか、わから、ない、けど……強く、なれる、可、能、性、が、ある、なら……行きたい……」
「うん、同行者は大歓迎だぜ〜♪ でも2人じゃ危険だから、護衛も雇おうな」
 千獣は首を縦に振った。
「千獣はなんで力が欲しいの?」
 それはエスメラルダの言葉だった。
 千獣はエスメラルダを見て――優しく微笑んでいる彼女を見て、ちょっとだけ笑って言った。
「……わから、ない……。でも、必要……」
 千獣には、秘めたる思いがある。

    *    *    *    *

 ダランの誘いに応じたのは、千獣の他、山本健一という青年と、動器精霊のステイルであった。
 ステイルの外見は、普段は二十歳くらいの青年なのだが――今日は、ダランと同じ年頃の少年の姿であった。
 意図的に少年の姿にしているわけではない。先日の事件で魔力を使いすぎてしまい、未だ本調子ではないということだ。
 目的地までは、乗り物を乗り継いでもかなりの距離があり、その道中、ステイルはダランの求めに応じて、魔法の指導を行なっていた。
「なあなあ、自然の力を集めるなんてこと、本当に俺でも出来るのか?」
「それも修行しだいだな」
 ステイルが見たところ、ダランは自分自身の魔力はそう高くはない。しかし、体内に魔力を詰め込める容量というものが人間にしては異常なほど多いのだ。
 この体質を上手く利用して、自分以外の魔力を取り入れる方法を会得すれば、大きな魔法を使うことも可能だろう……無論、大魔法の発動には、集中力や精神力も必要だが。
「まぁ俺の扱う短刀と方式は同じだ」
 ステイルは短刀を取り出してみせる。
「魔力を貯めて、形にして放つ」
 短刀に魔力を込めて、炎の魔法を放ってみせる。
「元々、この短刀に魔力はない。だが、こうして魔力を籠めることで、魔法として発動される」
「うーん、魔力を溜め込めれば、おっきな魔法が放てるっていうのは分かるんだ。けどさ、自然の魔力っていうのが、まず分からない」
「そこから、教えなきゃダメなのか」
 ステイルは軽く吐息をつく。
「他人の魔力を感じることはできるか?」
「まあ、多少は」
「それじゃ、植物の魔力は」
「触ってみて、探れば分かるかも」
「ならば、触らずに感覚だけで分かるようになれ」
 そう言って、ステイルはダランの手を取った。
「今、微量にお前に魔力を流し込んでいる。分かるな?」
「う、うん」
「それじゃ、自分から奪ってみろ」
 ダランは戸惑いながら、ステイルと自分の手の当たりに力を集中する。
「違う、それじゃ俺に流し込んでるだろ」
「ううう……なんか、やったことないわけじゃないんだけど、感覚としてまだよくわかんねーんだよ。あ、そっか」
 ダランは指に嵌められている指輪のうち、赤い石のついた指輪を見た。
 すると……。
「OK」
 ステイルは即座に、ダランから手を離した。
 指輪を見た途端、ダランは恐ろしいほどの吸収能力を見せたのだった。
 これ以上子供の姿になりたくはない。あとは自分で学んでもらった方がいいだろう。
「その指輪はなんだ?」
 どこか呆然としていたダランが、意識が戻ったかのように、目を瞬かせる。
「あ、これは集中力を高める指輪。数秒間魔法のことしか考えられなくなるんだけど、自分の力を最大限に引き出せるんだ!」
「そうか」
 なかなか面白そうな魔法具を持っているようだ。
 しかし、ステイルの興味も、先を歩く健一と千獣の興味も、今は別のものに向いていた。
 そう、ホワイトラビットと宝珠だ。

    *    *    *    *

 聖獣の力が具現化した生き物が、どういう生態であるのかは、誰も知らない。
 ヴィジョンという生き物は、守護聖獣と契約をした人物に召喚される度に成長をし、独自の自我を持って実体化するといわれている。
 生息地にいるホワイトラビットは、そういったヴィジョンの集りなのかもしれない。
 数日かけて、地図に記されている場所に到着する。
 薄暗い森の中である。
 ダランは、ステイルの服の裾を掴みながら、そろそろと歩いていた。
 道というものは存在せず、木々や草の中を慎重に歩いて進んでいく。
 千獣には歩きなれた道だったが、仲間を置いていくわけにもいかず、ダランの歩調に合わせることにする。
 迷わないよう目印をつけながら進んで、その日のお昼頃、ようやく目的の場所に着いたのだった。
「さて、弁当にすっか!」
 開けた場所に到着するなり、ダランはそう言った。
 シートを引いて、食事の準備を始める――が、他の誰も、食事を採る様子はない。
 皆、エネルギーを感じ取っていた。
 魔術能力のない千獣だが、魔力がないわけではない。優れた五感に感じる気配の他、エネルギーの蠢きを感じていた。
 魔術堪能である健一には、ホワイトラビットの居場所が手に取るように分かった。穏やかな雰囲気を保ちつつ、周囲に注意を払う。
 ステイルの目には、既にダランの姿はない。同行目的はホワイトラビットの観察であった。その能力を、自分の目で見てみたいものだ。
「皆さん、強奪など危険な行為はしないでくださいね」
 健一の言葉に、千獣とステイルは無言で頷いた。
 千獣はゆっくりと歩き出す。気配を抑えて、周辺を歩き回っていく。
 健一は、自分に精神抵抗の術をかけた。個人的に宝珠に興味があった。この依頼を聞いた際、エスメラルダは『追いかけっこ自体が訓練になる』と言っていた。地形、作戦、対策、行動――まずは頭脳を働かせる。しかし、実行時には瞬時の判断で動かねばならないだろう。確かに、ダランにはいい訓練になりそうだ。
 周辺を歩いていた千獣が、突如走り出す。
 それを合図に、健一も走り出した。
 足場が悪いため、非常に走りにくい。
 しかし、先にある程度の地形の把握をしておいたため、比較的平らな場所を選んで走り兎を追っていく。
 続いて健一は、自身の体に身体能力上昇の魔法をかけた。
 逃げ惑う白兎達の数は、十数匹。体力や魔力に違いがあるようであり、比較的足の遅い兎は、楽に捕まえられそうだ。
 しかし、これは訓練も兼ねていると考えていた健一は、最も素早い兎をターゲットと決め、その兎めがけて走るのであった。
 疲れを知らないかのように、兎は森の中を駆け回る。木に登ったり、姿を消すことはないが、跳ね回る動き方は特異であり、時折見失いそうになる。そんな時は、即座に魔力を探った。
 体力、魔力を織り交ぜて、健一は時間をかけて兎を追い詰めていく。
 突如、ホワイトラビットは後方――健一の方に跳ね、反転すると健一と目を合わせた。
 赤い瞳から力が流れ出る。健一の瞳の中に入り込み、侵食していく。だが、予め施しておいた対抗魔法の効果により、健一は強い拒絶反応を感じただけで、術にかかることはなかった。手を伸ばしてホワイトラビットを掴み、胸の中に捕らえた。
「捕まえました」
 そう言って、健一は微笑んだ。
「危害を加えるつもりはありません。力の使い方を学ばせていただきに、来ただけですから」
 そして、宝珠を手に入れること。それも健一の目的であった。
 あくまで力ずくで手に入れるつもりはない。
 胸の中のホワイトラビットは、健一に攻撃を仕掛けてはこなかった。
 ただ、手をちょこんと、健一の腕の上に乗せた。その手に嵌められていた腕輪に……宝珠がついていた。
「いただいても、よろしいですか?」
 ――あなたのものです――
 健一の頭の中に、そんな声が響いたのだった。
 健一は、宝珠を受け取ると、ホワイトラビットを地に放した。
「後ほど、今日のお礼に演奏をさせていただきます。よろしければ皆さんで聞いてください」
 飛び跳ねて去っていくホワイトラビットに、健一はそう言ったのだった。

 シートの敷かれた場所に戻ると、千獣の姿のみ、その場に在った。
 健一は千獣と会釈を交わすと、シートに座って竪琴を取り出した。
 訓練のお礼に。
 宝珠のお礼に。
 そして、豊かな森の自然に感謝をして――。健一は、音を奏でた。

    *    *    *    *

 宝珠を手に入れたのは、千獣と健一だけであった。
 ステイルは宝珠には特に興味がなく、興味のあった分野の情報は十分に集めたらしい。
 皆それぞれ、目的を果たしたようだ。
 ダランも、野外で美味しい弁当を食べるという目的を果たし、満足そうだ。
「ちがーう、まだ俺、宝珠手に入れてないし!」
「でも、そろそろ帰らないと日が暮れる前に町に着きませんよ。野宿の準備、してきてはいないのでしょ?」
 健一はダランをそう諭す。
 現在のダランの能力では、ホワイトラビットの足下にも及ばず、成果を得られなかったようだ。
 健一は、手に入れた宝珠を眺めてみる。
 それは小さな石だった。
 以前見た、アセシナートの騎士が持っていた宝玉と似ているが、少し違うように思える。
 多分この石は、ホワイトラビットの能力と共鳴する力を使った時に、力を発するのだろう。
 つまり、魅了の術や、素早さを上げる術の効力UPが望める。
 健一はそっと石を仕舞いこみ、ふて腐れているダランをみて微笑んだ。
「身体能力よりも、発想力を持つといいかもしれませんよ」
 軽くアドバイスをして、帰路を急ぐこととする。
「思いつかないもんはつかねーんだもん……」
 彼もまた、緊張感を持って臨んでいたら、少しは違う結果を得られたのだろうけれど。
 そんなことを思いながら、健一は先頭を歩く。
 日没前には街に着けそうである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3654 / ステイル / 無性 / 20歳 / マテリアル・クリエイター】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『白兎を捕まえろ』にご参加いただきありがとうございました!
前半部分は集合型、後半は個々の視点で描かせていただきました。
ダランは実力不足なので、全然無理ーでしたが、皆様につきましては各々目的を達することが出来たのではないかと思います。
それではまたお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。