<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
Vinculum
「ジュリスさん、はい、あーんですの」
にこにこと栗色の髪の少女が、右手にもった小さなものを、自身より頭一つ程身長の高い黒髪の女性へと差し出した。
「……え?」
ここは聖都エルザード。人々が賑わいに賑わいを重ねるアルマ通りである。
快晴の空の下、長い黒髪に紅の双眸を持つジュリス・エアライスと、肩口でくるりとカールした栗色の髪に、満月色の双眸を持つ少女ミリア・ガードナーは連れ立って歩いていた。
「え?じゃありませんわ。こちら、一日30個限定のとっておきのショコラなんですのよ?ジュリスさんの為に早起きしてゲットして参りましたの」
あら、はしたない、と俗っぽい言葉を思わず口にしてから笑い。親指と人差し指で摘んだそれを改めて示した。視線を向ければ、一口サイズのショコラは薔薇の形をしており、白やピンク色のチョコレートが朝露のように花弁を飾って、花芯にはジャムだろうか、とろりとした液体のようなものが伺えた。
ごくり、と自然とジュリスの喉が嚥下する音が響く。
「……あ、ありがとう、ミリア」
「ですから、はい。あーん、ですの」
にっこり。
結局、会話は振り出しに戻った。
「ええっと…、でも。ほら、周囲の視線も…、部屋に戻ってから…」
「まぁ、そう仰らず、一口だけでもいかが?」
ショコラが『いーと・みー』と誘っているようだった。ぐらぐらと羞恥心と乙女心もとい甘味への愛で揺れ──、結局、甘味への欲求が勝った。
「それじゃ、流石に視線が痛いから……、あちらで頂く事にして良い?」
そっと一本奥へと入った場所を指差して、妥協案としてミリアへと告げた。満月色の双眸をくりんと瞬かせてから、こくりと頷き。
「宜しいですわ。ジュリスさんは照れ屋さんですのね。ふふ」
楽しそうに告げて、左手に持っていた小さな箱へとショコラを収め、先に立って歩くジュリスに続く。
かつり、かつりと石畳の上に靴音が響く。幾つかの角を曲がった時、不意とジュリスが足をとめた。
「……ミリア」
「ええ。……囲まれて、ますわね」
端的な問いに、こくりと頷く栗毛色の頭部。視線のみで会話をすると、一息に通りへと踊り出る。
刹那、空気が動いた。開けた場所へと出た瞬間には、どこからともなく人影が周囲を取り囲んでいた。
「アセシナート公国の方ですの?ご苦労様ですわね?─…折角ですけれど、お土産は差し上げられませんわ?」
菓子の小箱を懐に仕舞ってミリアが、くすりと微笑みかけた。ジュリスの方は既に無言で愛用の剣を抜き放ち、敵との間合いを計っていた。
目立たぬ地味な色彩を纏った数人の人影は、誰一人として只者ではない空気を放っていた。
そして、余計な情報を与えぬ為にか、ミリアの言葉にも声を返すこともない。
ざっ、と殺気に満ち満ちた空気が動いて、包囲網が狭まる。一触即発の空気が、ぴりりと肌を焼いた。
(あの、おかしな格好してるヤツ以外は、大した事ないわね……)
一人、二人、と刺客へと視線を流しながら、感情を排除し戦いへと思考を切り替えたジュリスは、相手の力量を推し量っていた。
「お帰りはあちらですのよっ!」
はっ!と短い気合の声を放って、傍らの小柄な躯が動いた。同時にジュリスも駆け出す。
明らかな殺意を向けてくる刺客へと、ジュリスは剣で、ミリアは小柄な躯の何処からそんな力が出ているのかと疑問に思うほどの、必殺の蹴りでなぎ倒していく。
「……くっ!」
ぎぃん、と硬い音を響かせて、ジュリスの剣が弾かれた。
勢いで間合いを取った際、対面に立つ面覆いで隠された、刺客の恐らくリーダー格で在ろう男の、僅かに覗く爬虫類じみた双眸が嘲笑うかのよう細めらるのがわかった。
「ジュリスさんっ!」
先程まで格闘していた、刺客の一人をなぎ倒したミリアが、苦戦している様子を見て取って駆け寄ってくるのが、振り向かずともわかった。
「ミリア、駄目。─…部が悪い、ここは引…」
騎士のような正規の剣術を学んでいない、忍者を相手にするのは荒事にはなれたジュリスであっても骨がおれた。
しかも、この男は刺客の中でも能力が群を抜いていた。
「大丈夫ですわ…ッ!ここはわたくしに任せてくださいませ!」
ひらりとスカートの裾を靡かせて、少女の躯がジュリスの傍らを軽やかに駆けた。
そのまま、弾丸のような素早さで飛ぶと男の頸部目掛けて回し蹴りを放つ。
「ミリア……ッ!」
「───ッあ!ぐ……ッ!!」
並の相手ならば身動きも取れずに地面とキスをする事になっていただろうミリアの蹴りは、しかし、まるで虫を払い落とすかのようなあっけない一挙動で男によって叩き落された。
がすん、と鈍い音を伴い、少女の小柄な躯が石畳の上に転がった。
「……ぅ、あ……っ」
拳を叩き込まれたのか、躯をくの字に折って苦悶するミリアは腹部を抑えて転がっていた。
「…っ、貴様っ!」
少女の姿を見た瞬間、ぷつんと、ジュリスの中の何かが切れた。
目の前が真っ赤に染まり、怒りの感情が支配する。紅の双眸が、感情にあわせてか鮮やかな真紅に染まった。
「殺す」
端的に紡ぐと、男へと一気に間合いを詰めて、胸部を目掛けて剣を振りかざす。
が、必殺のそれは寸前でくないと呼ばれる短剣で弾かれ、男を倒すには至らない。
ぎぃん、と金属の打ち合う音と火花を散らしながら、男とジュリスは数合うちあっていた。
殺気と殺気のぶつかり合い。だが、ジュリスと男との実力の差は歴然としていた。
「───ッあ!」
かしゃん、と乾いた音とたててジュリスの手から落ちた剣が石畳の上を転がる。バランスを崩して倒れ込んだジュリスの胸部に男の右足が乗せられ、瞬間、ぐ、と息が詰まる。
「…このまま、踏み潰してやる。─…何、お前達の首さえあれば土産には事足りる」
双眸に勝者の笑みを滲ませ、ジュリスを踏んだ男がぼそりと呟いた。
「ジュリスさんっ!」
倒れ込んだまま未だ動けずにいるミリアの悲鳴のような声が聞こえた。みしり、と男の足がのった部分から嫌な音が響いて、一瞬意識が遠くなりかけた。
「…く、ぅ」
「死ね。──…ッ!!」
ジュリスが、死を覚悟した瞬間だった。
唐突に胸部を圧迫していた重みが消える。ぼたぼたと何か液体のようなものが落ちてくるのを感じ、目を開くと、ぐらりとバランスを崩した男の、口元から血を流して倒れる姿が目に入って。
「─…なに、やってるんだか…ね?」
何が起こったのかいまいち分かっていない様子で瞬く二人へと、淡々とした声がかけられた。
視線を向ければ、見覚えのあるすらりとした女の姿。扇情的な躯つきの、白い肌の彼方此方には傷痕が覗く黒髪の美女が、血塗れの刀を軽く弄びながら口端だけを笑ませて此方をみていた。
「斑咲…さん?」
けほ、と軽く咳をしながら漸く身を起こしたミリアの声に頷いた女は、斑咲。
影から影へと渡り、暗殺から諜報活動まで幅広く行う忍の一人だった。
「ありが…とう、危ない所を…」
血に汚れた衣服を渋い顔で見やりつつも、身を起こしたジュリスへ軽く女は肩を竦め。
「礼は要らない。─…もう、貰ったから」
「……?」
きょとんとするジュリスに振り返ることもせず、一呼吸の間をおいて、女の姿は消え去った。
「…はぁ。ミリア…無事?」
「え、ええ。なんとか大丈夫ですわ。危ない所でしたわね、ジュリスさん」
よろよろと、彼方此方痛む躯を引き摺って立ち上がり、お互いの安否を気遣い。周囲に転がった死体についてはあえて目を向けない。
その内警備兵が来て片付けるだろうと、思考の隅で考えていれば、ふと、ミリアが双眸を大きく見開いた。
「あぁ───ッ!!!」
「……?」
素っ頓狂な声に何事かと瞬くジュリスへ、少女は慌てたようぱんぱんと懐を叩いて見せる。
「ショコラ!ありませんの…───ッ!確かにここにしまったんですのよ!」
─礼は要らない。─…もう、貰ったから─
「……」
「……」
二人同時に脳裏に巡ったその言葉。そうして次の刹那に視線があうと小さくわらった。
「明日、一緒に店に並びましょう?」
二人の娘たちの、明るい笑い声が石畳に響いた。
─FIN─
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