<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


罪の償い方〜不器用な子守りと危ない花火〜


「エスメラルダ、折り入って話したいことがある」
 彼は、一番安い酒で口を湿らせてから、エスメラルダと向き合うように座りなおした。
 エスメラルダは彼の表情を読み取って手に持っていた拭き掛けのグラスにタオルを絡ませて置いた。
 彼はずいぶん前に来たきりの客だった。
 頬と額にある蛇の刺青が印象に残っていたおかげで辛うじて覚えていた程度の客だったが、ずいぶん丸くなったような印象を持った。
 彼はもう一度酒を口に運び、重い口を自ら抉じ開けるようにゆっくりと、思い出すように話し始めた。

 彼は数年前、この一帯に拠点を持つ強盗団の一員だった。
 入った経緯や理由はよく覚えていない。
 なにも考えていなかった。 
 窃盗、強盗、恐喝、殺人……。
 彼は証拠隠滅の係りだったので、直接手を下してはいないが、すべてを見てみぬふりをしていた。
 当時はそれをなんとも思っていなかった。
 それがあたりまえだったし、日常生活の場面のひとつだった。
 しかし、捕まり、投獄され、罪を償おうと思ったとき、なにひとつ思いつかなかったのだ。
 むしろ刑が終わり、外へ出た時、昔の馴染みに声をかけられて元の世界に戻ってしまいそうになったほどだった。

「恥ずかしい話だが、生まれて初めて自分の意思で行動しようと思うんだ。だから、なんでもする。有り金だって少ないが全額捧げよう。この身がボロボロになってしまっても構わない。俺はこれからの人生で、見てみぬふりをしたくはないんだ。俺に良いことの仕方、罪の償い方を教えてほしい」
 彼、ランブルはエスメラルダに頭を下げた。


□■■


「エスメラルダさーん、ひさしぶり♪」
 黒山羊亭の客層とはまったく逆の声音がランブルの隣の席から響いてきた。ランブルが驚いて隣を見ると、小さな子供がちょこんと椅子に座っていた。
「あら、ファンじゃない。ひさしぶりね。その様子じゃあ、また道がわからなくなったのかしら?」
 ファン・ゾーモンセンは照れながら頷いた。愛らしいその顔は目を潤ませながら頬を染めて俯いている。
「えへへ、バレちゃった。花火を買いに来たんだけど、お店がわからなくって……。エスメラルダさんなら良いお店知ってそうだと思って来たんだ♪ ねぇ、どこか知らない?」
「ふふ、そうね……もうそんな季節ね。さて、どの店がいいかしら……」
 そう言って考え込んだエスメラルダを横目で見ながら、ランブルはファンを見詰めていた。黒山羊亭は有名な老舗の酒場だが、子供がのこのこやってきていいほど安全ではない。あのエスメラルダだって、時に襲われさらわれることだってあるのだ。
 安い酒で悪い方向に少しずつ酔っていたランドルは考えなしにファンに言った。
「女の子がこんなところに、のこのこと……なにがあっても知らねえぞ」
 そう言われた途端、ファンは表情を一変させて、潤んだ目からポロポロと涙を零して叫んだ。
「ボクは男の子だぁー!!!」
 ポコポコとランブルの体を、力いっぱい手をぐーにして殴った。思わぬ反応にランブルは少し酔いが醒めてタジタジしている。
「お、おい! わ、わ悪かったから、やめろって! こら、地味に痛んだぞ!」
 怒鳴られて少し怯んだが、ファンは「オジさんが悪いんだぞー!」と言って聞かない。すっかり酔いが醒めたランブルはエスメラルダと一緒にファンをなだめた。頬をぷぅっと膨らませたままだったが、なんとかポコポコは収まった。ランブルはやれやれといった感じで乱れた服を調えた。
 ファンはランブルの顔を覗き込んだ。
「なんでオジさん、笑ってるの?」
 子供とこうやって触れ合うのは何年、いや何十年ぶりだろう。そう思うとランブルの顔は不器用に緩んでいた。
「なんでもねえよ、見んじゃねえ。それに俺の名前はオジさんじゃなくて、ランブルだ。ガキ」
「ボクもガキじゃなくて、ファンって名前だよ!」
 紙にペンでしたためていたエスメラルダは、その紙をランブルに渡した。きょとんとするランブルにエスメラルダは笑顔で押し付けた。紙には地図が書かれている。
「ランブル。まずはファンのおつかいを助けてあげてくれないかしら」
 それは子守ってことじゃねえか……という言葉を飲み込んで、ランブルはファンを見た。ファンは不服そうな顔をして、エスメラルダにぶーぶー言っている。ランブルの視線に気づいて、目が合ったが、ファンは舌をベーッと出した。どうやらファンは、ランブルのことをとても悪いことをしている職業の人かと思ったらしい。露骨に警戒されている。
「強面ランブルに連れ去られて、どこかに売り飛ばされちゃうかも」
「こんなこと言ってるぞ……エスメラルダ。本当に俺に頼むのか?」
 エスメラルダは質問の答えを出す前に、悪人ヅラのランブルの救いを求める表情にとても驚いた。ランブルからこんなにも人間らしい表情が見られるなんて思いもしなかったからだ。この思いを胸に仕舞って、ランブルをはやしたてた。
「ランブルはファンのことを知らないし、ファンもランブルのことを知らないだけなのよ。大丈夫」
 もっとファンと行動すれば、ランブルは変わるかもしれない。しかし、ファンにもしものことがあるかもしれないとも思う。だが、なぜかそんなことにはならないと思った。根拠は無い。長年の勘というものだ。
「帽子を貸してあげるわ。そのままじゃ、その刺青が目立ってしまうでしょ?」
 ランブルは渡されたニット帽を深く被り、気の合わない二人は黒山羊亭を出て行った。


■□■


 エスメラルダが教えてくれた店はアルファ通りの路地にある小さな店だった。何事も無く無事に辿り着いた二人が中に入ると、店内は思っていたよりも狭かった。中央に純白のテーブルクロスをかけられた大きな机がある。その上には水晶玉を中心に、様々な小物が円を描くように並べられていた。宝石があしらわれた髪留め。ネックレス。絵本……。店の脇にあるランプに照らされて光り輝き、その光が水晶玉に色を添えていた。ファンは水晶玉の輝きにも勝るほど、瞳を輝かせて見ていた。
「うちは強盗を受け入れるほど、懐は深くないよ」
 店の奥に座っていた店主と思われる老婆が言った。昔の癖で一瞬ドキッと驚いたランブルだったが、ここは紳士的な態度で接しなければ怪しまれる。と思ったのだが、ファンがその前に口を開いた。目線はアクセサリーや小物入れの方のままだったが。
「このオジさんはね、ボクをさらって、悪い人に売っちゃう悪い人なんだよ」
 ファンはたまにシャレにならない悪戯をする。店主は目を見開いてランブルを見詰めている。ランブルの米神から汗が流れ落ちた。
「お、俺はただ……こいつの…ファンの買い物を手伝ってるだけだ」
「そうとも言うけどね♪」
 店主には天使のような微笑みを。ランブルには悪魔のような微笑みを向けてから、またファンは机に並べられた小物の数々に酔い痴れていた。
「……まぁ、いいだろう。あんたらに敵意や殺意は感じられないからねぇ。そんなことより、坊や。何を探しているんだい?」
「花火だよ♪ エスメラルダさんがこのお店を教えてくれたの」
 その話を聞いた店主は手をぽんと叩いて、ニヤリと笑った。
「ならアレだ。坊やいいときに来たね。ちょうど修理が終わったところなんだ」
「え? ええ? 花火の修理?」
 ファンは興味津々の様子で店主の服を掴んだ。店主はランブルの頭を撫でると、ランブルを呼んだ。不思議がるランブルの耳元で言った。
「アンティーク家具の分類に入るらしくて、盗賊にもまた狙われてんのよ。さっきからこっちの様子を伺っているし。坊やに見せてる間にちょっと影に隠れて店に来た奴をぶん殴ってちょうだい」
 ファンにもこの話は聞こえていた。ランブルは元盗賊っぽいし、大丈夫だろう。見た目、特に目つきと刺青が怖いし。
「あぁ、いいぜ」
 ランブルが了承すると、ファンはランブルに向かって冗談っぽく言った。
「やられちゃダメだよ?」
「あぁ、オジさんを舐めんな」
 それを聞いたファンは小躍りするように案内された部屋に入って行った。
 それを合図に一気に店内に盗賊が押し寄せてきた。
「よぉ、久し振りだな……」


■■□


 空はどこまでも澄んだ黒が広がっている。黒といえば暗い闇のイメージを想像するかもしれないが、この空の黒は清々しく澄んでいた。夜空。見上げた夜空に吸い込まれそうだった。その中にぽつぽつと光る星。この星はもうすぐ見えなくなってしまうという。それよりも強大な光に負けてしまうかららしい。
「いくよ! 鼓膜を破かれないように気をつけな!」
 二人の間を光弾が垂直に駆け上がり、激しい爆音とともに鮮やかな光の花が咲いた。
 ――花火。
「ここって、部屋の中のはずなのに打ち上げ花火ができるなんて、すごい!」
 ファンが興奮気味にいうと、店主は威張ったように言った。
「これはあたしの自信作さ。一度は盗賊団に奪われて壊れちまったが、こうやってまた元に戻ったのさ。さぁ、このボタンを押してみなさい」
 ファンが言われたとおりにボタンを押してみると、ファンのすぐ傍で線香花火に火がついた。他にもネズミ花火やロケット花火。はたまた人魂もあった。ちょっと怖かった。
「わぁー! 助けてッ!」
 ネズミ花火がシュンシュンと火の粉を拭きながらファンを追いかけている。慌てて店主は踏み消した。違うボタンを押してみると、滝のように花火が上から流れてきて、とても綺麗だったが少し熱かった。打ち上げ花火は定番の丸い形もあったのだが、ハートや文字などの形をしたものがあって、終始ファンの瞳は輝いていた。とっても綺麗だった。
 最後には店主が用意した手持ち花火を二人でやった。夜空で花火を楽しんでいるような錯覚を起こしていたが、店主が言うには、ここは部屋の中で、今いるのはその部屋の中に作った部屋らしい。
「あたしは花火が大好きなのさ。だから毎日毎日花火がしたかった。それでこれを作ったんだが、これの原動力に使った鉱石がどうも高値で取引されているみたいでね。それで前から盗賊団が狙ってきてたのさ」
 店主は部屋の外の外の気配を探っていた。表情はあくまでも楽しそうに。ファンに悟られないように。子供はこう、今のように花火をして、満点の笑顔を見せてくれるのが一番だ。特にファンの笑顔はあいらしかった。
「ボクも花火が大好きだよ♪ だから、花火をエルザードに買いに来たんだけど、ボクが先に楽しんじゃった。お婆さん、このお店に花火って売ってるの?」
「えぇ、売っているわよ。お題はあの男から貰うから、坊やは好きなだけ楽しんだり、持っていったりしなさいな」
「やったー! ありがとう」
 そう言うとファンはまた新しい花火に火をつけた。ぱちぱちと燃える花火をじっと見詰めた。夏といえば、海にスイカに花火に……数え切れないくらい楽しいことがいっぱいだ。ボクは一人で遊ぶより、みんなと遊ぶほうが好きだ。
 また、二人の頭上を打ち上げ花火が彩った。
「ねぇ、ランブルはまだこっちに来ないの?」
 ファンの問いかけに店主は一瞬困った表情をして、無理やり隠した。
「ボクがまだ子供だからって隠してるの? そんなの悲しいよ。三人で花火をしよう。だって、だって、ボクが家に帰って、またエルザードに来ても、二人に会えるとは限らないじゃん」
 花火の火が消えるのと同時にファンは立ち上がった。店主は止めたが、ファンは必死に出口を探そうと闇の中に手を伸ばしていた。また、打ち上げ花火が上がった。一瞬、扉の影が見えた。
「そこだ!」
 ファンは体当たりするように扉にぶつかっていった。扉は簡単に開いた。誰かが扉を引いたからだ。
 一瞬、悪い予感が頭を過ぎった。ファンは少しだけ知っていた。店の外から中を伺ってくる怪しい視線と、物々しい雰囲気。楽しそうに振舞ってても心配そうな店主さん。
「ボクはみんなと本当に楽しく花火がしたいのに!」


+++


 ファンは家に帰る日を数日ずらした。
 その間の宿は店主さんの家に泊まることになった。
「これが、そのときの花火だよ」
 病室で横になっているランブルの頭の上でファンは花火に火をつけようとした。
「こらっ! ここで火をつける奴がいるか!」
「ちぇっ、つまんないの」
 あれから店内に雪崩れ込んできた盗賊にランブルは隠し持っていた武器で応戦したらしい。相手はランブルの知り合いだったようで、仲間に再び入ることをランブルにもちかけてきたらしい。しかし、ランブルは応じず、武器で攻撃されても、防御に徹した。そして、数人は逃げてしまったが、店主が密かに呼んでいた警備隊によって捕まえることができた。そのときにランブルは軽い切り傷と全身打撲を負ってしまった。あの時、扉を開けたのはランブルだった。
「いやはや、あたしは君に感謝しているんだよ?」
「それなら高額の請求をしてこないだろ! なんだよ、この花火代っての。俺の治療費の三倍はしてるぞ」
「二人で楽しんだ分と持って帰る分の花火代だよ。ボクは元々花火を買いにエルザードに来てたんだもん」
「……俺、全然関係ないだろ」
「だから、今楽しもうと……」
「わ、わかったから、ここで火をつけようとするな!」
 病室内に木霊する笑い声。
 花火がもたらした激しくもあったり、光り輝いてもいたりする、ちょっと特別な日。
 ランブルは少しでも役に立てただろうか。
 顔一杯に笑顔が溢れたファンにつられて笑うランブルだった。



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0673/ファン・ゾーモンセン/男性/9歳/ガキんちょ】

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         ライター通信          
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 かわいらしくて、イタズラ好きという設定を見て、この花火の内容を思いつきました。
「決して人に向けてはいけません」
 という注意書きをあえて無視してみました。
 不器用で、寂しがり屋で、素直に接してくれたファンさんにランブルは好意を持ちました。
 子供の魔力というものは恐ろしいものです。
 笑顔だけで、盗賊団を追っ払ってしまいそう。
 まぁ、それはランブルと店主が「危ないからダメ」と言って却下してしまいそうです。

 それでは、長々と書いてしまうとアレなので、ここらで失礼させていただきます。
 発注ありがとうございました。