<東京怪談ノベル(シングル)>
〜憎しみの果てに見るもの〜
疲弊した身体を引きずるようにして、フガク(ふがく)はつぶやいた。
「…ここ以外、ないはずだ…」
光る柱を見つけ、そこに刻まれた道しるべを見つけた。
だが、途中の道に生息する吸血ヅタが彼の行く手をさえぎり、何度も彼を撃退していた。
まるで、その先に大事な何かがあるかのように。
それだけではない。
とにかく時間がかかっている。
あまりに広いこの地下水脈を、何の手がかりもなしに探し回っているのだ。
既に路銀も尽きかけている。
以前のように、何かしら仕事をしてから再挑戦する、そんな気は毛頭ない。
ただただ、彼の記憶の底に残された、あの声に応えるためだけに、フガクは今、生きていた。
鍛え上げられた無駄のない身体からは、必要な肉すら落ち始めている。
まともな物を口にしていないのだから、当然だ。
だが、誰かに「あの地」を暴かれる訳にはいかないのだ。
特に、奴らには。
「一族を、あんな目に追いやった奴らを、俺は絶対に許さない」
目ばかりを爛々と輝かせて、フガクは炎のように、そう吐き捨てた。
なぜ、自分たちは、生きるためにあんな思いをしてきたのか。
それだけならまだしも、この世に存在することすら、許さないというのか。
地獄の業火とやらがあるのなら、今すぐ報復できようものを。
フガクは唇を噛みしめた。
だが、自分がここで朽ち果てる訳にはいかないのだ。
感情に飲まれて、一時の憎悪に染まる訳には。
彼はもう何度となく往復したエバクトへの道を引き返した。
野宿をするのは一向にかまわないが、食べ物が買えなくなるのは問題だ。
しかし、あと数日で、そうなってしまうのは必至だったのだ。
フガクはふと、先日の酒場でのことを思い出した。
「あの時、あいつらが言ってたよな…」
『伝説の地の扉』にたどり着いた二人組がいた、と。
エバクトは、その地下水脈に一番近い村だ。
正確な情報も、当然手に入るだろう。
フガクは念のため、先日訪れた酒場を覗いてみた。
だが、混雑した店内のどこにも、先日の話し手たちの姿は見あたらなかった。
小さい村だ、酒場はここ一軒しかない。
フガクは早々にあきらめた。
そして、近くの椅子に腰を下ろすと、温かい野菜と白身魚のシチューを頼んで、空腹を満たした。
路銀を惜しんで、その晩は村の民家の陰で座ったまま眠り、翌朝早く、彼は水脈に行くたびに立ち寄る、道具屋に足を向けた。
「おお、おまえさんか」
店主は赤銅色の腕をした、体格のいい男だった。
昔、傭兵をしていたことがあるという。
「油布を巻いた、燃える時間が長い松明が手に入ったぞ。また水脈に籠もるなら、かなり役に立つと思うがな」
「ああ、ありがとな」
言って、フガクは少し笑った。
笑うこと自体が久し振りすぎて、頬が引きつっているのが自分でもわかる。
「なぁ、オヤジ」
「何だ?松明じゃなくて食料の方か?」
「それもほしいんだけどさ、ちょっと訊いてもいいか?」
「返答は確約できんぞ」
「…この村から水脈に降りて行った人間ってのは多いのか?」
「ああ、そりゃあな。何しろ、ここの水脈にある水は、世界中探してもなかなか見つからねえほどの純度らしい。魔法使いやら薬師やら、まあ、いろんなのが来るな」
「そっか、かなりすごい水なんだな」
「なんだ、おまえさんの目的は水じゃねえのか」
「…あのさ、『伝説の地』ってのの話、聞いたことないか?」
店主は顎の無精髭を撫でながら、眉をひそめた。
「そいつがめあてか」
「ああ」
「…この村に住み着いた子供がいたな。そいつに訊いてみちゃどうだ?」
「子供?」
「背格好は子供だな。まあ、このソーンにゃ、いろんな生き物がいるからよ、実際の年齢なんてのは、わかりゃせん。だから見た目だけで言わせてもらえば、『子供』ってことだ。何度も水脈に降りて行ってたぜ」
なるほど、とフガクは頷いた。
「そうそう、おまえさんによく似た風貌の子供だったな」
「俺に?」
「ああ、銀色の髪と紫っぽい青の目とな」
「オヤジ、恩に着る!!」
フガクはその店を飛び出した。
このソーンにまでたどり着いた同族の者など、数えるほどしかいない。
しかもそのほとんどは、もうこの世にいないか、『伝説の地』の聖なる門をくぐった者だろう。
そして、道具屋の主人が告げた「この村に住み、自分に似た子供のような風貌の人間」と言えば、たったひとりしかいない。
そして、それはとりもなおさず、「扉をくぐっていない」ことになる。
フガクはそのことに、心の底からほっとした。
だが、酒場で得た情報によれば、たどり着いたのはふたりだ。
(入り込んだのはふたり…もし内のひとりがあの魔瞳族の男なら…騙すのは容易いな)
嫌な笑いを浮かべる。
最初の標的は決まった。
フガクの足は、村の出口へと向かっていた。
そう、聖都に行くのだ――――あの魔瞳族の男に会いに。
(『フガク』、お前との約束は必ず…一族は俺があいつ等の手から守ってみせる…)
瞳の炎が、一瞬激しく揺らめいた。
はやる心を抑えながら、フガクは一路、聖都を目指すのだった。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、ありがとうございます!
ライターの藤沢麗です!
フガクさんの真実が、
ひとつずつ明らかになっていきますね。
真実を知るのが、
少々怖い状況になってはいますが、
彼の過去に片をつけるためには、
避けては通れない道なのでしょう…。
今後、フガクさんの運命との戦いを、
綴る機会に恵まれましたら、
とても光栄です…!
このたびはご依頼、
本当にありがとうございました!
|
|