<東京怪談ノベル(シングル)>
『試練』
荒野が続いている。
荒れた土地と、岩。
そして、岩の間に深い穴。
穴の向こうに蠢く存在を感じる。
馬車も通らず、冒険者も立ち寄ることはない。
殺伐たる光景。
エルザードを離れて数日、ようやくリルド・ラーケンは求めていた場所に辿りついた。
リルドは竜と同化した人間だ。
竜の属性が水である為、水場の近くでは調子が上がり、戦闘能力も増す。
今回は、敢えて水場から離れた場所を選んだ。
荷物を岩陰に置き、上着を脱いだ。
風が、砂を巻き上げる。
眼を閉じると、瞼の裏に浮かび上がる光景がある。
燃える山。
黒い、聖殿。
小さな村。
そして――人物。
男の姿。豪華な鎧を纏っている。自分を見下した態度。
若作りをした貴族風の女。
目の前で姿を消した痩せた男。世話になっていた人物だ。自分を友と言ってくれる少女の大切な人でもある。
巻き込むべきではなかった相手。
その後の調査により、判明はしていた。
巻き込んだのではなく、元々彼は関係者であったことが。
ただ、あの時あの場所で、連れて行かれなければならない理由はなかったはずだ。
リルドは自責の念に駆られていた。
多分放っておいても、アセシナートは彼の存在に辿りついただろう。
だけれど自分の提案は、隠さねばならないものを、引き渡してしまったも同然だと。
そんな思いが渦巻いていた。
大きく息をついた。
「一度目は見逃されて、二度目は良くて相打ちってとこか……」
消えない男の影がある。
勝ちたいだけだったあの時とは違う。
奪われた人がいる。
共に立ち向かう仲間がいる。
今の自分の実力では、守りたい者を守ることなどできやしない。
この数ヶ月間で、痛いほど思い知った。
相打ち?
いや、相手が万全の状態であれば、十中八九負けていた。
少なくとも、竜化した状態で倒されている相手だ。
自身の能力を上げた上で、竜の力も自分のものとせねば、本当の意味での相打ちには持ち込めない。
そして、更に力を。
相手も無駄に日々を送ってはいないはずだ。
死線を潜り抜けている相手に、負けない強さを。
打ち勝つ力を。
リルドは竜化を制御する薬を取り出した。
一気に飲み干して、瓶を捨てると、一部分――腕だけの竜化を試みる。
なかなか、思うようにはいかない。
体全体の骨と筋肉が軋み、変化が起こりそうになる。
更に鋭く、強く、意識を集中する。
指に、鋭い爪が生える。
体が鱗に覆われていく。ただし、完全に竜と化したのは、両の腕だけだ。
竜の気配を察知したのか、暗く深い穴から、魔物が飛び出してくる。
赤い熊のような獣が、リルドに飛びかかり、腕を振り下ろす。
リルドの黄金色に変わった瞳が、魔物を睨みつける。
重い攻撃を、竜化した腕で受ける。
体に強い衝撃を受けた。剣では受けきれない重さだ。
しかし、竜化した腕には傷1つない。
リルドは魔物の攻撃を振り払い、反対の腕で、その腹から胸を裂いた。吹き出る血がリルドに降りかかる。
魔物の数が増えていく。
背に集中し、翼を生やす。空中に飛び、魔物の後方へと着地を果たすと、振り向きざまを切裂いていく。
「っ……こんなもんじゃねぇ!!」
リルドは突如叫んだ。
倒さねばならぬ相手をイメージしている。
しかし、全く違う。違うのだ。
確かに、魔物の攻撃力は強い。
だが、知能がない。本能だけの存在と、臨機応変に動く、経験豊富な人間では全く違うのだ。
リルドは飛び上がると、呪文を唱え、雷を打ち下ろす。
避ける術のない魔物達は、直撃を受け、動かなくなる。
焦げた大地に着地すると同時に、リルドは魔力を抑える薬を飲んで、瓶を投げ捨てた。
感情の昂りと共に、自我を失いそうになっていた。
地に両膝、両腕をつき、荒い呼吸を繰り返す。
汗が、大地に吸収されていく。
拳を、大地に叩き付ける。
「こんなモンじゃねぇんだよ……ッ」
活路が見出せない。
だが、得られたことも大きい。
部分竜化は、今後も修行を積み重ねていけば、可能だろう。
しかし、腕だけ竜化した状態で攻撃を受けた場合、人間の下半身が衝撃に耐えられず、ダメージを受ける可能性がある。
また、攻撃を行なう際も、踏ん張りがきかない。つまり、本来の力を出し切ることができない。
ただ、それは魔法で補うことも可能だろう。
相手は、武術と魔法両方を織り交ぜた攻撃をしてくるはずだ。2度目の戦闘のラストがそうであったように。
人為的にどれだけの肉体強化を受けているかは不明だが、通常、人が魔術を使う際は、精神集中や、呪文を唱える必要がある。
そのため、相手は2度目の戦闘時、当初術を使った攻撃が出来ずにいた。
武術で戦闘をしながらも、精神は別の分野に傾けていたという事実から、相当の精神力、魔術コントロール能力を秘めていると思われる。
自分は、武術と魔法、そして竜の力を織り交ぜて戦う。
人間よりも、術の発動は早い。
そして、竜の力をもっと自然に自分のものと……いや、自分自身と認めれば。
勝機はある。
そう、信じたい。
「ケッ、今は見出せずとも、必ずブッ潰す」
拳を固めて、瞼の裏の男に宣戦布告をする。
全てを自分の物とし、全ての力を最大限に行かせる方法を――再び相見えるその日までに、会得せねばならない。
●ライターより
ライターの川岸です。
修行シーンを描かせていただけて、光栄に思っております。
リルドさんの葛藤、成長を今後も見守らせていただきます。
発注ありがとうございました。
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