<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ベル オブ ミクトラン


 風が吹きぬけた気配。遠い緑がさらさらと揺れて、夜の光を運んでいる。
 夢と現実の境目は、ある時に曖昧になる。遠くで鳥の羽ばたきを聞いた時、記憶の中の空と匂いを思い出した時、懐かしい響きだけが感じ取れるいつかの名前を聞いた時。少しでも目を閉じれば、床も天井も真っ黒に染まっていってしまう。世界は何度でも崩壊するのだ。

 ナーディル・Kは、夜空の下、真っ黒な世界に立っていた。静かな場所だ。星と月の無いいつもの夜空か、それとも何も無い新しい場所か。風の運んでくる草の香りは新しいようで古めかしい。街の景色さえ見えれば、ここが記憶にある場所と同じだと信じられるのかもしれないのだが。照る光は無く、夜の輝きだけが辺りを満たしている。周りを見渡せば、同じ表情をした木が立ち並んでいて。
 ここはどこだろうか。
 見覚えがあるとは言い切れない、しかし全く知らないとも言えない。現に、知らない場所に向かって歩こうとしていた訳ではない。だからそこには少しでも知っているものがある筈で、ぼんやりと広がる違和感は闇の所為であると思い込んでしまっても問題は無かった。


 聞こえないはずの鐘の音が聞こえる。ころんころん、またはごおんごおん、もしくはがらんがらん。いつも聞こえる町の雑踏や風の音色と同じように、日常にあるべき音へ近づこうとしている、わざとらしい自然な音。“しっくりくる違和感”。ナーデイルは眉をひそめた。『あれはあなたにしか聞こえない音!』。心が言う。どこかから水のように湧き出る鐘の音が、森や草原を滑るように響いて、自分の世界にだけ流れ込んできている。目を凝らせば音の波紋がじんわりと浮かんで、白い波のように炙り出されてきそうだ。
 何もない夜。
 風に煽られた髪をそのままに、ナーディルは遠くを見つめる。隠れた地平線と、月のあるべき場所。音の来る方向を確かめようと、本来あるべきではない音の姿を捉え、そちらに向かう。
 夜空の光を食った音。鐘を開いて河を流そう。白い流れ。空に流れ落ちる光。誰も知らない夜。時計の廻らない時間。言うなれば、物語の章と章の間の空白、ページとページの間にあるべき呼吸だ。


 いつのまにか。深い森が海の底のように続いている。虫も鳴かない、耳が痛くなりそうな無音。差し込む光も無い木々の住処は、不気味を通り越してもはや夢のようだった。起きたら忘れてしまっている夢。鐘の音は――音として聞こえているのではなく、ある種の重力波の様だった。地鳴りと言ってもいいかもしれない。聞こえる時は聞こえているのに、聞こえないと気付いた時には聞こえない音。

 不意に頭上で葉が揺れて、ナーディルは顔を上げた。彼女の視線の先には、一度見たことのある姿。
「こうして再会するなんてね?」
 暗闇に照らされた赤い髪、茶色い目を細める青年。
「レッドローズね」
「今はローズ・ヴァーミリオンだよ。こんばんは」
「こちらこそ、まさかまた会うとは思っていなかったわ。何か用かしら?」
 思い出せば思い出せる、奇妙な殺人鬼。立ち止まったナーディルの言葉に笑み、彼は背中の翼を広げた。
「キミに聞こえる鐘の音は、俺達には聞こえない。キミに着いて行くしか無いんだよ」

 ナーディルが一言「そう」、と呟き、再び森を歩き出す。どこかに向かおうとして迷い込んでしまった森。行くべきと言う意志がうっすらと覗いているにも関わらず、そこから何をするべきなのかが導き出せない。ただ歩けと誰かが叫んでいるような気がする。普段よりも軽く、それでいて淡々とした景色と足音。

「ミクトランの鳴き声は、無いに等しいんだ」
 ローズがひとりごちる。
「だから、聞こえる人にしか聞こえない。俺達には仕事もあるのにね。いい夢を見たいとも思うのに」

 耳を澄ませば全ての心臓の鼓動すら聞こえそうだ。眠るもの、歩くもの、飛びつづけるもの。暗いはずの道には黒い灯りが充満していて視力が奪われそうなほど明るく、はっきりしすぎている景色の輪郭が溶けてしまいそうだ。時々ローズの羽が風で枝を揺らしていた。耳が拾う音はそれだけだった。だから、ナーディルの目が拾う景色も、暗い森だけであるべきだった。どこかで黒い月がこうこうと照っている気がする。もしかしたら……白い空に空いた穴が黒く見えるだけで、それを人々が勝手に“月や星ではないところ”だと勘違いしているだけなのかもしれない。どちらが『有るもの』なのかなんて、誰も決められないはずだった。無限に続いているのは空か宇宙か……それとも本当に何も無いのか。黒い星に白い空、いや、白い星に黒い空だっただろうか。――枝が揺れて葉が舞い落ちる。

「私もあなたも、何か騙されているんじゃない? 遠い所からの鐘の音なんて」
「でも、だからこそ、現実に戻る為に、ミクトランへ向かわなければいけないんだ」

 足元の道が、黒い石と透明な水で出来た小川になる。水は冷たいが靴に染みない。ばしゃばしゃと言う音が聞こえるのにしぶきが跳ねない小川は、考えさえしなければ違和感無くそこに横たわっていた。鐘の音はまだどこかから聞こえて来る。足を止めることなく、木に囲まれた川を上っていく。
 遠くに尖ったウロコを軋ませている蛇が居た。景色の中には見えないが、遠くに居ることは解る。硬質なウロコはお互いを傷付けあい鳴らしあい、ぎしぎしと音を立てた。顔には目が二つ、額に目が一つ、背中に目が四つ。瞳の無い金色の目。恐ろしいほどの無気力。僅かに開いた口からは白い光を薄ぼんやりと滴らせ、煙のような輝きを呼吸と共に吐き出している。るるると喉を鳴らし、彼は首を重たそうに持ち上げた。星の無い空。


「何もない夢ね」
「夢と気付いたね。そう、ここは何も無い夢」
「何故、ここに来たのだろう……。呼ばれたのかしら」
「理由があることを願おう」

 森の終わりが見えてきて、二人はどちらからともなく速度を落とした。川は広く広く広がって、灯りの無い明るい空の輝きを反射している。白い石に流れる水。ナーディルは歩いていたのだが、水の抵抗は感じなかった。足に触れる前に水が自分を避けているのだろうか。そう思えるほどの軽さ。ローズは何時の間にか隣に降りて来ていた。いつかの夜と同じ顔をして、同じ笑みを浮かべていた。彼の足にも水は触れていないようで、上流も下流もわからないまま流れるべき方向へ流れようとしている様だった。
 視線の先には、石造りの神殿と大きな鐘、そしてぎらぎらと光るウロコの蛇がある。どこにもおかしいところなど無い筈なのに、どこか不安定に見える景色だった。妙に空が歪んでいるような、今にも崩れだしそうな。蛇が首を持ち上げて、三つの目でこちらを見下ろしている。神殿にぶら下がった鐘はよく見れば鳥篭で、しかし居るべきはずの鳥が居ない。黒かった夜空には青が少しだけ塗りこまれ、地平線から自立し様と足掻いている様に見えた。

「彼がこの夢と現実を繋げている鎖だよ」
 ローズが目を細める。
「キミが呼ばれたのだとしたら、彼が呼んだんだ」
「じゃあ、あの蛇を倒せば、元の場所に戻れるのね」
「そう。ミクトランは寂しがりやだから……」
 こちらをじっと見つめる蛇から視線を外さないまま、ナーディルが剣を鞘から引き抜いた。鈍い光沢を放つ刃。
「俺も、彼を止めなければならない」
「協力はしてくれなくて構わないわよ」
「冷たいね。じゃあ、各々の方法で立ち向かうとしよう」
 ローズの背に幻の翼がぱっと生える。蛇は口から息と光を吐いた。煙のような光が昇り、広がって消える。
「帰るには、あの鳥篭の扉を開ければいい。蛇に気をつけて」

 その言葉が終わるか終わらないかの内に、ナーディルは地面を蹴っていた。低く構えた剣に、蛇の眼が映る。振り上げられた刃はあっという間に蛇の頭へ打ち下ろされた。ウロコが鋭い音を立てる。金属音。
「なるほど、鱗はただの見掛け倒しじゃないのね」
 散る火花と腕から伝う衝撃に、ナーディルが呟く。額の目が彼女を見つめた。直後飛び退いたナーディルを追うように、鋭い牙が並んだ口を開き飛び掛る。涎と息の変わりに溢れ出すのは光。ナーディルはそれを飛び越し、首を払うように剣を振る。だが、それもやはりウロコで止められた。首をこちらへ回す蛇を尻目に、飛び退いて距離を取る。蛇の背後からナイフを突き刺すのはローズ。背にある瞳へ刃を立てれば、真っ白な血と肉片が飛び散った。蛇は尻尾をぴくりと震わせたが、痛覚があるのか無いのか、喉をうううと鳴らすだけだった。ウロコがじゃらりと鳴る。
 足をばねにして、双眸へと飛び掛るナーディル。刃は左目を捕らえ、突き刺さった剣は口の中まで貫通した様だった。剣を抜けば、やはり白い血が――いや、光の血だ――が吹き出る。蛇が首を左右に震わせ、残った目でナーディルを見つめた。振り落とそうと首を勢い良く振り、天に向かっておおうと吼える。ナーディルは剣にしがみ付き、重い蛇の首へ足を乗せ、思い切り剣を引き抜いた。そのまま剣を蛇の胴体へ降ろし、そこを支えにして地面へ下りる。ローズは二つ目の目玉を刺した所だった。滴り落ちた血が川に溶け、輝く影に変わる。
 直後、蛇は尻尾をなぎ払うように振った。跳躍でそれを避けて着地すると、蛇は大きく口を開けて、だらだらと血を流す眼窩をそのままにこちらを凝視し、低い唸り声と共に喉の奥へと空気を吸い込んだ。黒い黒い闇の喉。中にはきらきらと輝く小さな明かりが見えた。

 この妙な空気の収縮は、夜の異様な雰囲気と似ている。喉の闇を見つめていると、あの吸い込まれそうな夜空を際限なく見つめた時の違和感を思い出せるかもしれない。そこにあるべきは星空。

 蛇の口の中には、左目の傷から流れた血が溜まっていた。それを見れば、蛇は決して空間を吸い込んでいるわけではない事が解る。魔力の凝縮、光の渦。耳を貫くような轟音と目を焼くような閃光が一瞬の内に広がる。蛇が首を擡げそれを地面へ叩き付けるように振り下ろした時、現実の住人である二人の人間はそれぞれ飛び退き飛び上がり、鉄砲水のごとく噴出した魔法を回避した。押し寄せる光の波、足元の川の水は押し流されていく。地響きで揺れた神殿、吊り下げられた金はごおおおんと鳴った。もはや白だけに染まった世界、放たれた輝きから目を背け腕で光を遮りついには瞼を閉じた二人。
 響く金属音にようやく目を開ければ、ローズが短剣で蛇の尻尾による打撃を防いだ所であった。ナーディルの方を向いた蛇が、あああと声を上げて威嚇する。巨大な頭を振り上げ体当たりを繰り出してきた蛇を飛び越え、ウロコによって攻撃を防がれるのならば必然的に戦闘を終わらせるべきと判断したナーディルが神殿の鳥篭へと向かう。蛇の甲高い鳴き声の後、じゃらじゃらと言うウロコの音が近づいてきた。肩越しに後ろを見やれば、大きく口を開いた蛇が迫ってくる。流れ出す光の血、あああと言う鳴き声にはごぼごぼとしたうがいのような声も混じっていた。再びの体当たりを走りながら避けると、頭上を飛んでいたローズが急降下の後に蛇の右目を潰した。双眸を失い、呻き声を上げて首を振る蛇。血液があたりに飛び散り、やはり光が水へ溶けていった。

 大きな神殿を器用に登るナーディル。ローズがナイフを引き抜き、飛び退いて距離を取る。人の物より数倍大きな階段の先に、鐘の形をした鳥篭はあった。中には鳥が一羽もおらず、音を出す仕掛けすら無い。からっぽの鳥篭。扉には、星の形を象った鎖が付いている。
 蛇の声。首を伸ばし、額の目でナーディルを捉えた彼は、人の背丈ほどもある口を開き突進してくる。だが、その牙がナーディルの構えた剣に当たる前に、蛇は大きく仰け反った。よく見れば、首のウロコの隙間に、刺さったばかりであろう短剣の刃が光っている。神殿の手前へ飛び上がったローズが、首を狙ってナイフを投げたのだ。口の隙間から一筋、新しく血が流れ出る。蛇の鳴き声は高い音から地鳴りのようなごおおと言う低い音へと変わっていた。
 蛇の顔へと軽く跳躍しナイフの柄へ手を掛けるローズ。ナイフを手放した事によって消えていた翼が再び姿を現す。これは各々が進み方を決める戦い――言葉を交わすことなく、ナーディルは鳥篭へと向き直った。試しに鎖を引っ張ってみるが、がしゃんと音を立てるだけだ。

 星屑の川。浮かぶのは上弦の月、夜の船。きらきらと散る光は闇に食われ、月はいつか沈んでいく。晴れた夜にはカササギが橋渡し。黒い羽は艶やかに、暗い空気へ溶けていく。

 床へと置いていた剣を構え、鎖を切るように振り下ろす。ぎちっと鳴く鎖、僅かに傷が付く。もう一度剣を振り下ろすと、鎖の輪と輪の間へ刃が辺り、先ほどよりも大きな手ごたえを感じた。不意に背後で風を切る音が聞こえる。直後にすぐ下、階段へと蛇の突進が炸裂した。石は崩れ、神殿が大きく揺れる。ローズが頭にナイフを勢い良く突き立て、蛇の軌道をずらしたらしい。バランスを取る為に鳥篭へしがみ付いたナーディルは、揺れが収まると同時に再び剣を構えた。叩くように振った剣からはまた手ごたえを感じたが、鎖を断ち切るには至っていない。鐘が鳴る。眼下に広がる川の水が波紋のように揺れた。光の血に染まった川。
 空気の流れが頬を掠める。ちらと後ろを見やれば、蛇が再び首を擡げ光を吸収している。
「鐘はこれで間違いが無いのよね?」
 羽音を立てずに神殿へ着地したローズを見て、ナーディルが声をかけた。
「間違いないよ。さっき響いた音は、今まで来る時に聞いた音だっただろう?」
 記憶の中で鳴り響く鐘。ええ、と、ナーディルが頷いた。
「それにしても時間が無い」
「解ってるわ」
「頼むよ」
 魔力が集まっていく気配。蛇の喉、闇の奥には、細く輝く月の光。ナーディルが剣を高く構えた。狙うのは鎖の一番脆い部分。黒い鳥篭、銀色の鎖。
 ほんの少し、気のせいのように、辺りが静まり返る。居ない鳥がちちと鳴く。金色の小鳥。籠の中に居たはずの小鳥の声だ。輝く羽毛に、ビーズのような黒い目。それは鳥篭から出たくて仕方が無いと言った様子で、じっとこちらを見つめていた。今は見えない鳥。飛び立つ時を待ちかねている翼。

 蛇が光の波を吐き出すのと、ナーディルの振り下ろした剣が鎖を切るのは、ほぼ同時だった。ちゃりん、と、小さな音を立てて鎖が落ちる。扉は独りでに開いた。居ない小鳥が再びちちちと鳴いて翼を打ち鳴らす。飛び立つ鳥、黒い鳥篭、欠片を散らす銀色の鎖、真っ白な世界、全てがスロウになって流れる。なくなっていた時間が戻り、ないはずだった時間が止まるのだ。誰も知らない世界から、誰もが生きる世界へと戻る。無音が響いて耳鳴りがする。閉じ込められていた空気が翼を広げ、ようやく呼吸をした。





 ちゃりん。ナーディルがはっとして足元を見ると、星の形をした鎖の輪が落ちていた。茶色い地面に、それは妙な輝きを持って横たわっている。辺りを見回せば、いつもの帰り道。ほんの少し聖都の外に出て、依頼をこなしてきたのだ。
 記憶はある。何が起こったのかも、何をしていたのかも。鎖を拾い上げ、それを片手に持ち、ナーディルは歩き出した。もう少し歩いたところにあるのは、一人暮らしには大きい小屋。窓からオレンジ色の灯りが漏れていて、夜空の下にしては目立つ場所。

「こんな所に住んでいたのね?」
 ドアの傍に立つローズを見て、肩を竦めて見せるナーディル。
「ちょっと目立ちすぎるんじゃないかしら」

「居心地がいいからね。そう簡単に離れたくないんだ」
 相変わらずの笑みを浮かべながら、彼は会釈をした。ドアを開き、手招きをする。
「今日はどうも。折角だから、夕飯でも食べていきなよ」
「変な感じね。毒でも盛ってるの」
「まさか」

 小屋に一歩足を踏み入れれば、香ばしい香りとあたたかい空気が身体を包み込む。ローズはドアの近くのカウンターに座って、「好きなテーブルに座りなよ」とだけ言った。いらっしゃい、と声をかけてくるのは、人間や人間と鳥の亜人たち。テーブルにはパンやサラダが並び、様々な飲み物がグラスに注がれている。小さな喫茶店のようだった。
 ふと見知った顔を見つけ、ナーディルは微笑んだ。黒髪の少年、キャット。
「久しぶり」
 キャットはびくりと身体を震わせ、おそるおそるナーディルを見上げた。自分の目の前の椅子に着いた彼女を警戒しているのか、目こそ合わせないが、神経を尖らせているのが解る。
「どう? 一緒に住んでいる人にいじめられてない?」
 ナーディルの言葉に、キャットは心底驚いたようで、前かがみになっていた姿勢を正し、目をぱちくりさせた。ナーディルはテーブルに肘をつき、その様子を嬉しそうに見つめている。少年は以前と同じくらいに痩せてはいるものの、傷やあざなどは目立たなくなったし、服も汚れていない。他人を恐れていそうなのは相変わらずであったが、恐ろしいほど荒んでいた時期――殺人鬼と呼ばれていたころより、大分落ち着いた様子だった。
 彼はほんの僅かの間言葉の意味を考えていたようで、一瞬の沈黙の後にゆっくり小さく頷いた。「大丈夫」と、呟いて。
「僕は、大丈夫。怖い事もあるけれど、いじめられることはない。寂しい時も、ひとりじゃないから」
「そう。よかった」
「全部が怖くないわけじゃないけど、大丈夫じゃなくない」
 たどたどしい口調ではあったが、逆にナーディルにとっては微笑ましく感じる声。子供らしさと言うのは、永遠の宝物になりうるのだ。

「あの、」
 キャットが顔を上げて、ナーディルの瞳を見つめた。
「今日は空に星の川があるって。さっき、雲が晴れてきたから」
 すぐに視線は外したが、言葉は続けた。
「すごく綺麗なんだって。僕は窓から見ようと思ってる」

 遠い場所を飛ぶ一羽の鳥。夜に掛かる虹も、白く輝く雲も、それはそれで美しい。
 静かな夏。光と闇が共存する場所。星の鎖が結ぶのは、天と地、光と影。

 窓の外を見つめ、ナーディルは片手に持っていた鎖を両手で広げ、夜空に浮かぶ天の川を横切るように掲げた。川の両側には、二つの輝く星。少し目線をずらせば、細い月が浮かんでいる。雲の無い夜空に、一つの橋が掛かる。銀色の橋。ほんの少し長い夢は、きっといつか、恋人達を結んでくれる。それは悲劇でも喜劇でもない、未来の話だ。



おしまい

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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/ナーディル・K(なーでぃる・けい)/女性/28歳/吟遊詩人

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ライター通信
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ナーディル・Kさん、こんにちは。お久しぶりです、北嶋です。
この度は「ベルオブミクトラン」にご参加して頂き、誠にありがとうございました!
お届けが大変遅くなってしまい申し訳ございません。
NPCの指名、ありがとうございました。キャットは無事にやってます!
戦闘などをある程度一歩引いた視点から書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
あとは、こっそり七夕ノベルでした。上手く表現できていれば良いのですが。
お気に召しましたら幸いでございます。

では、再びお会いできる日がありましたら。
北嶋でございました。