<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


兄弟げんかはほどほどに〜迷惑千万? 奥義継承は誰の手に?!


「ぅおりゃぁぁぁぁっぁぁぁあああぁっ!!」
「ほわぁぁぁぁぁたぁぁぁぁっぁぁ!!!」
奇声を上げて乱闘している黒と白の狩猟民族風の男が2名。
ご近所の迷惑も考えず朝も早くからよくやるよ、と少年はこめかみを押さえる。
遠巻きに見物している呑気な連中の姿がちらほらとあるが、大多数が怒りの眼差しを浴びせているのだが、当人達は全く意に介してない。
いや、最初から人の話を聞くという概念がどこかに捨ててきたのだろう、と思う。
でなければ、いきなりレムの店を崩壊などという暴挙に等しい奇跡が起こる訳がない。
「つぉぉぉぁぁぁあああっ!!」
「どおぅぅぅぅぅぅっ!!」
大量に巻き上がる土ぼこりと激突しあう拳と拳がどうやって話をするかと考える少年の思考をあっさり奪う。
はっきり言って……逃げたい。いくら開き直ったとしても、もし許されるなら回れ右して帰りたい。
が、それは許されざる願いだというのを少年は十二分に理解していた。
無関係な皆々様の怒りの矛先が全て自分に向けているのをひしひしと感じる。
―師匠の不始末は弟子が取れ!!
どうにかこうにか白山羊亭から姿を見せた当の師匠はのの字を書いてイジケ中。
レムが相手にならないなら弟子の少年が責任を負う。
「すっげー不条理。」
泣きたい思いで呟くと、少年は雄叫びを上げまくる二人をにらみつけた。
―ぶん殴らなきゃ気がすまない!
至極当然とも思える怒りが少年の視野を狭くする。
常なら気付いていただろう救いの手が差し伸べられていたことに少年は寸前まで気付かなかった。


この日リルドは健やかな眠りにつくはずだった。
明け方まで酒場で騒ぎに騒いで夢の世界に落ちていた彼を引きずり起こしたのは脳天に貫く奇妙かつふざけた雄叫び。
一瞬にして怒りに火がつき、店を飛び出すと全身にペイントを施した狩猟民族系の男たちが二人。
両者ともに、それはそれは楽しそうな表情でど突き合い中。
怒りは沸点を越えた同時に青白い雷光が一瞬離れた二人の間に炸裂した。
「オイ、コラァ!テメェ等…うるせーんだよ頭に響くだろうがッ!」
叫んだ瞬間、鈍重な痛みが脳天を駆け抜け、思わずよろめく。
我が声ながら怒号は二日酔いに響くというやつだ。
それでも怒り任せにリルドが放った一撃は狩猟民族系の男たちを黙らせるのには充分な効果を発揮していた。
「うぬぅぅぅぅぅっ!何奴!!」
黒いペイントを施した狩猟民族の男がくわっと歯を見せて怒りを露にする。
―何奴……って、お前の方が何者だ!
その場に居合わせた一同が胸の内で反論する。
「我らの『神聖』な儀式になんという真似をするかっ」
「し…『神聖』って……どこがだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
憤懣やるせないとばかりの白いペイントを施した男にリルドが絶叫し、纏っていた怒りが雷となって空気を震わせる。
ただでさえ苛立っているのに訳の分からないことを胸張っていうか?
いや、それ以前に問答無用にぶっ飛ばした方が良かったんじゃないか?
無茶苦茶だがそれがごく当然に思えてしまう状況にリルドは一層頭痛を覚える。
「あ〜とりあえず落ち着いて話そうか、おっさん達。なんだってレムの店をぶっ壊した挙句にこんな街中で暴れてるわけ?」
無意識のうちにぶっ飛ばそうと結論付けたらしいリルドの肩に手を置いて、少年がくっきりと浮かび上がっている青筋を引き攣らせて問いかけた。

「あれ?お前って……レムの弟子。というか、今ものすごく物騒な台詞をさらっと言わなかったか?」
突然の乱入者にリルドは一瞬毒気を抜かれるが、吐き出された台詞に目をむく。
騒ぎを知って駆けつけたアレスディアも少年の台詞に驚愕を隠せない。
「こいつらに店をぶっ壊されて現実逃避してんだよ、うちの師匠。」
そこら辺でいじけてるよ、と少年が目で指したところにレムが楽器とおぼしきケースを地面に置いて、誰かと話しているのが見えた。
遠目でよく分からないが、傍目でもわかるほど落ち込んでいる様子が察せられた。
「ヒデー話だな、おい。」
「と、とにかくだ。どのような理由があろうと往来での諍いなどはた迷惑。まずは落ち着いてお互いの言い分を聞かせてほしい。」
責任を一手に押し付けられた形となり、完全に投げやりな少年にリルドは同情の眼差しを向ける。
一瞬、思考が止まりかけたアレスディアは何とか意識を立て直すと、居住まいを正して男達に問う。
すると、男達は腹立たしいまでのさわやかな笑みを浮かべて膝を打ってうなずき合った。
「おお、そういえばそうだったな。」
「うっかり忘れておった。」
乱闘してたとは思えないほど豪快に笑い飛ばしてくれる二人に少年は怒る気力もなくその場に倒れ伏し、リルドは額に青筋を浮かべ、アレスディアは絶句する。
―なんなんだ、この連中は。
三人の胸中に浮かんだのはその一点だった。
うっかり忘れるほどのことなのか?これだけのことをしでかして、と誰もが思うが当事者たちは全く意に介さず、重々しくうなずく。
「我らは聖王都より離れた田舎街で菓子職人を生業としておるものでな。」
「おい、待て。今なんて言った、黒のおっさん。」
「兄者と共に究極の菓子を作るべく日々腕を磨いておったのだが。」
「いや待て、こちらの話を。」
自分だけ納得したように頷く黒いペイントの男にリルドが思わず口を挟むが、綺麗にこちらを無視して白いペイントの男が相槌を打つように話を引き継ぐ。
あまりに規格外かつ突飛すぎる話にアレスディアも制止の声を上げるが、これまた完全に無視される。
―究極の菓子?菓子職人?腕を磨くって使い方違ってない?
ごくまっとうな疑問が脳裏を瞬時に駆け抜けていくリルドとアレスディア。
信じ難いような展開に少年は頭を抱えて呻いてしまう。
「我らの住まう町は山深い辺境の地。聖王都をはじめとする大きな街でどれほど通ずるものかと思ってしまってな」
「そこで我らの住まう一帯を取り仕切る豪商のご隠居に相談したところ、聖王都に住まう魔道彫金師殿に家宝の楽器ケースを修理に出したから取ってきて欲しいと」
「頼まれたのか?」
確認の意味込めたリルドの問いに兄者と呼ばれた黒いペイントの男が重々しく頷いた。
ここまでは一般常識かつ範疇内。
リルドもアレスディアも納得がいく話だが、それがどうして乱闘に繋がるのかが分からない。
そもそも菓子職人が狩猟民族ごとき格好で暴れるというのが理解できなかった。
「で、それでど〜して店をぶっ壊すことに繋がる?つか、なんで狩猟民族?本当に菓子職人なのかぁっ?!あんたら」
頭を掻き毟って叫ぶ少年に男達は何を言われたのか全く理解できないのか、どうしたのかと?目で問いかけてくる。
「いや、だから……」
「話を続けてくれぬか?」
なんで分からないんだと爆発寸前のリルドを制して、アレスディアは何とか言葉を紡ぐ。
少年の疑問がごくまっとうなだけに問い詰めたくもなるが、どうにも彼らにはこちらの常識というものが多少ずれているとアレスディアは感じ取り、先を促す。
あまり納得してはいないが黒いペイントの男は続きを語りだす。
「ご隠居はかつて我らと同じように菓子職人から身を起こした御仁。その方が家宝と呼ぶ楽器ケース。それを我らに取ってきて欲しいと言われるからには何かがある、と思ってな。」
「もしや、ご隠居が作られた菓子の奥義が記されているのではと思い、我ら兄弟―勇んでくる内に興奮してきてな」
―気がついたら町でいつもやっておる菓子作りの儀式を始めてしまった。
いやはや参ったと笑いあいながら相槌を打ち合う二人にリルドとアレスディアは気が遠くなっていくのを感じる。

信頼している隠居に頼まれて受け取りにきた楽器ケースに秘伝の奥義かなにかがあると勝手に勘違いした―自称菓子職人の狩猟民族系の男達は喜び勇んでやって来た勢いでレムの店に突撃。
店を崩壊させた挙句、興奮そのままに―菓子作りの儀式と称した―傍目からはケンカにしか見えない乱闘を展開した。
つまりそういうことなんだろう。
田舎暮らしの長い、いやあまりに辺境育ちすぎてこちらの通常常識が欠落してるがために起こったと。
「いや、すまんだ。これも日課でな〜」
「ついつい白熱してしまう。なぁ兄者。」
悪意もなく笑って済まそうという男たちにリルドとアレスディア、そして少年の中で何かが音を立てて切れた。
突然黙り込んだリルドたちの異常な殺気に訳も分からないらしいが、さすがの男達も気付く。
「んな理由!納得できるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「如何なる事情があろうとこのような人も物も多い通りで乱闘騒ぎなど、許せぬ!!」
「頭冷やせ!!この狩猟民族!!!」
手加減無用とばかりに青白き雷光を纏った凍てついた氷礫が無数に降り注ぎ、男達の退路を奪う。
悲鳴を上げて逃げ惑う彼らに反撃の隙もなく、黒き風のごとき速さで放たれた痛烈な一撃が意識を奪い去る。
止めとばかり深紅の炎を巻き込んだ爆発が空中へと男達を吹っ飛ばしたのだった。

「だぁぁぁ〜やってられるか、全く」
さらにひどくなった頭痛に顔しかめてぼやくリルドに少年は脱力しきったようにその場にへたり込む。
治まったには治まったが、あまりに規格外な理由に頭が痛くなる。
二日酔いのリルドにはさらにきつい展開で、さらにいうと、その後の光景は思い出すのは相当きつく感じた。

―よくも私の店を崩壊させてくれたわね?
―地下道に落ちて反省してなさい。

リルドたちの攻撃からやっと地面に落下してきた二人は復活したらしいレムと一緒に行動してたらしい青年・蟠一号が嫣然と微笑みながら開けた地下道への入り口へと叩き落とされ―ようやく沈黙した。
後のことはアレスディアがレムに任せたらしいが、リルドにはどうでもいい話にすぎない。
結局、楽器ケースはレムの使用人が連絡を入れ、騒ぎの発端になったご隠居に取りに来させた上で莫大な慰謝料を請求したとのことだ。
店にあった全ての品が売り物にならなくなったのだから当然といえば当然だろう。
「しっかし、狩猟民族系な菓子職人なんてもんが存在するってんだから世界は広いよな。」
「でもあんな変な奴ら、二度と関わりたくない。」
やつれきった少年の一言にリルドは心の奥底から同意するのだった。

FIN


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■   登場人物
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【3544:リルド・ラーケン:男:19歳:冒険者】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【3166:蟠一号:無性:外見年齢26歳:吟遊詩人】

【NPC:レディ・レム】


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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
さて今回のお話はいかがでしたでしょうか?

お疲れのリルド様には迷惑千万な事態ですみません。
しかも狩猟民族系の男達の正体が『アレ』では信じたくもないでしょう。
街の皆様にはさんざん騒いでっ、とレムが謝罪させているだろうな、と。
騒ぎも終結しましたので、リルド様にはゆっくりとお休みいただけるかと思います。
ご参加頂きましてありがとうございます。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。