<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『鍵〜宝の地図〜』

 乗り物を乗り継いで、北へ北へと向かっていた。
 この時期は、北に観光や冒険に向う人が多いのか、乗り合い馬車は混み合っていた。
 しかし、そんなことは気にせず、終始浮かれている人物がいた。
「宝探しでしょ? 宝探しよね! 宝探すわよっ!」
 ダラン・ローデスの手から地図を取り上げて、逆さにしてみたり、後ろから見てみたり。
 都市で入手をした一般的な地図と比べてみたり。
「なんて書いてあんのかは分からないけど、場所が分かってるなら、半分は手に入れたも同然ってことよね、キャハー、楽しみっ」
 それは楽しそうに、レナ・スウォンプは足をばたつかせて、ダランをバシバシと叩いていた。
「いてぇ……」
 うとうとしていたダランだが、レナに叩かれて目を覚ます。
 いつもなら、ダランも一緒に浮かれていそうなものだが……今の彼は少し違う。
 ファムル・ディートと付き合いがあったチユ・オルセンは、少しだけ心配そうにダランを見ていた。
 錬金術師ファムルはダランの保護者のような存在だった。
 そのファムルが診療所から姿を消したという話を耳にして、心配に思いチユは診療所を訊ねた。
 そして、診療所でダランに今回の宝探しの話を聞き、何かの役に立てるかもしれないと、同行することにしたのだ。
 半分はダランのことが気になって。……半分は、お宝が気になって、だが。

 最初の目的地である、滅びた村付近には、乗り物は通っていなかった。
 レナとチユ、ダラン、そしてダランの友人のウィノナ・ライプニッツは、歩いてその場所に向うことになる。
 木々が立ち並ぶ、森の中だった。
 時々人が通っているらしく、小道が存在している。
 キャトル・ヴァン・ディズヌフから、その付近の地図やおおよその距離を聞いているため、迷うこともなく進めていたのだが……。
「疲れた〜。もう歩けねぇー」
 いつものことだが、ダランが駄々をこねはじめる。
「あんたに付き合ってあげてんだから、しゃっきっとしなさい!」
 途端、レナの平手がダランの背中に飛んだ。
 レナとしては、地図に書かれている場所に直行したいところだが、ダランが先にファムルの故郷である滅びた村に行くと言い出したのだ。ファムルだけではなく、この地図をくれた相手、ジェネト・ディアもその村の出身者である可能性が高いとか。
 地図の信憑性を知るためにも、立ち寄った方がいいだろうとは思うが。
「まあ、確かに少し疲れたわよねー」
 言って振り返れば、チユとウィノナの顔にも、若干疲れが表れている。
「でも、もう少しだから、頑張ろうぜ!」
 それはダランの言葉だった。
 自分からそう言い出したのは、同行者が全員女性だったからか、それとも今回の目的地が、ダランにとって重要な場所であるからか――。
「だったら、最初から弱音を吐くな〜」
 レナは笑いながら、ダランの背を叩く。
 ダランは転びそうになりながら、くったくない笑顔を見せて先に進むのだった。

 数分後に、一行は最初の目的地に到着をする。
 森の中に、建物が3つほど存在しているだけの場所だった。
 崩れた建物や、荒れた大地が多々見られる。
 寂しさを感じる場所だ。
 柵で囲まれた一角に入り、一番大きな建物に向った。
「おー、ここが資料館だな〜」
 ダランがドアに手をかける。
 鍵はかかっていないようだ。
 ドアを開けて、中へと入る。
 薄暗い部屋だが、次第に目が慣れていく。
 奥に、物品や書物が並べられているようだ。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
 女性の声が響いた。
「ちわーっ!」
 ダランがバタバタと駆け寄る。
「あのさ、知りたいことがあって来たんだけど、あんたこの村の生き残り?」
「ううん、違うわよ」
「宝って何? あ、でも聞かない方が楽しいかしら?」
 レナの頭の中は、宝でいっぱいだった。
 受付の女性は、くすりと笑って一同を見回した。
「私は近くの村から派遣されて来ている者です。この資料館には宝といえるものはありませんよ」
「あ、うん。ここにあるんじゃなくてさ、それより聞きたいことが沢山あるんだ」
「私の知っていることでしたら」
「あのさ、えーと、えっと、えええっと……」
 いざ聞こうとすると、何をどう聞けばいいのか纏まらないらしく、ダランは眉を寄せて考え込んでいた。
「この文字なんですが、何て書かれているかわかりますか?」
 ウィノナが一枚の紙を受付の女性に見せた。その紙には地図に書かれていた文字を記してあった。
 出発前に、ウィノナはダランに地図を見せてもらい、文字について独自に調べていた。しかし、聖都には辞典などは存在していなかった。この辺りで使われていた文字として、単語が2,3紹介されている本しかなく、訳も載っていない。
 またファムルの古い知り合いである魔女達にも、ファムルが使っていなかったかと聞いてはみたのだが、何分昔のことなので誰も全く記憶にないそうだ。
「あ、ここの村で使われていた文字ね。私にはわからないなあ」
「そうですか……。では、ここの資料いくつか見せてもらってもいいですか? あと、写させてもらっても構いませんか?」
「貸し出しは出来ないけど、写本は仲間内や個人的な調査目的なら構わないわ。公開はダメよ」
「わかりました。ありがとうございます」
 ウィノナは早速作業に取り掛かることにする。村の過去や、錬金術、魔術に関する知識を多く得たかった。
 聖都には辞典などは存在しなかったが、いつか読むことができるかもしれないので、やっておいて損はないだろう。
「ねえ、この村には魔法能力に秀でた人が沢山いたのよね?」
 並べられた品を見ながら、興味深そうにレナが言葉を発した。
「ええ、そうよ」
「ここに並べられているのは、レプリカね」
「触れてもいないのに、わかるの?」
 受付の女性に、レナは笑みを見せる。
「あったり前よ」
 何の魔力も感じられないアイテムばかりだった。
「あっ、これは……」
 チユが1つの道具に目を止めた。
「なになに?」
 レナが振り向く。
「これって、レア物よ。空間移動術を行なえる魔法具。しかも極小! 書物で見たことはあったけれど、もしかしてこの村で作られたものだったのかしら」
 赤ちゃんの拳大のボールのような魔法具だった。中には複雑な魔法陣が描かれている。チユは形状ではなく、この魔法陣に見覚えがあったのだ。
「そうよ、ここの賢者の発明品」
 受付の女性がそう言うと、再び2人の女性は食い入るようにその道具を見るのだった。
「そうそう、その“賢者”についても聞きてーんだよっ」
 ダランが声を上げた。
「俺達、ジェネト・ディアって爺さんに会ったんだけどっ」
「えっ」
 受付の女性が驚きの声を上げる。
「この村の出身なんだろ? 俺さ、聖都で、この村のこと調べてたんだけどさ、そしたら大魔術師の子孫の存在に行き当たったんだ。それで、その人物と接触しようと思って、探しまくって、ようやく分かってきたんだよ!!」
 ダランが以前、滅びた村の大魔術師に興味を持ったのはそういう経緯もあってのことらしい。
 資料を写しながら、ふとウィノナはダランを見た。
 彼はあまり口には出さないけれど……本当は、相当ファムルのことを気にしているのだろう。
「確かに、ジェネト・ディアは、賢者の一人の名前だけど……」
 そう言って、女性はノートを取り出した。
 そのノートには、一般的な文字で村についての情報が記されている。恐らく女性の村で作成された資料だろう。
「じゃあさ、ファムルは知ってるか? ファムル・ディート! この村の出身らしいんだけど」
 ダランが真剣な瞳で問う。
 チユとウィノナも、女性に目を向けて返答を待つ。
「んー、あなた達、変なこと考えてなさそうだし、まあいいか……」
 そう言って、女性は本棚から一冊の本を取り出した。
「内容は読めないんだけれどね。名前は村の文字では書かかれてないから」
 そう言って、女性はノートをぱらぱらと捲る。
「あったあった、ファムル・ディート。このページだと、ええっと……」
 女性はもう1冊のノートと照らし合わせる。
「魔道化学者レイレス・ディラルの弟子ってところかしら」
 魔道化学者。
 ウィノナは、その単語に聞き覚えがあった。いつか、魔女ディセットが口にした単語だ。
「ページ的に見ても、かなりの重要人物ね。ええっと、年齢は生きていれば現在38歳のはず。間違いないかしら?」
「そう、そのファムルだよ。ファムルってば生きてるんだぜ。でさ……そのファムルが狙われる可能性ってある?」
 意味がわからなそうに、受付の女性は首を傾げた。
「ファムルさん、最近まで聖都で暮していたんですけれど、突然行方不明になってしまったんです。本人、あそこでの生活楽しんでらしたので、何者かに攫われた可能性があるんじゃないかって、ダランさんは考えているようなんですけれど……」
 チユがダランの言葉を補って、説明をした。
 受付の女性は軽く眉を寄せた後、こう話し始めた。
「レイレス・ディラルはこの村の賢者にして、計り知れない知識と技術を持った人物だったって聞いている。その弟子が生きているのなら、技術や知識を欲しがる人物はゴマンといるでしょうね。あと……この村かこの付近に封印された何かが存在するという話を聞いたことがある。その封印を解くためには全ての賢者の力か、知識か、許可か……何かが揃わないと手には入れられないって。その手がかりを得るために、彼が必要だったという可能性もあるんじゃないかしら?」
「でも、ファムル先生は記憶を失っているんだ。だから、そういう事は覚えてないはずだよ」
「それなら尚更、その場で聞き出せなかったから、拉致をして拷問して吐かせようとしたとかそういった可能性もあるんじゃない?」
 ウィノナの問いに、受付の女性はそう答えた。
 ウィノナはファムルが連れ去られた瞬間を見ており、それはファムルであったから連れ去られたわけではないことも分かっている。
 だけれど……連れ去った人物が、そういった情報を得ていたのなら。
 彼等はファムルを手放すことはないだろう。
 でもそれは、逆にファムルの命の安全をも意味している。
 彼に価値があるのなら、彼の命が奪われることはないだろうから。また、彼の知識が必要なら、彼の脳を壊すことはないだろうから。
 ダランは女性の言葉を聞いた後、押し黙ってしまった。
 ウィノナは女性から本を借りて、ファムルについて書かれていたページをも、自分のノートに写すのだった。
 レナは資料館のパンフレットや書物の中の、魔道についての記述に注目をしていた。
「一口で魔道といっても、色々分野があるわけだけど……ここでは、魔力を使った術、魔力を秘めた道具、魔力が篭った薬の研究が行なわれていたってわけね。村人全体の魔力が高いってわけではないのかな……」
「彼等が優れていたのは、主に知識。幼い頃からの訓練により、魔力の行使能力も皆優れてはいたみたいだけれどね」
「ふんふん……」
 レナは頷きながら、資料をぱらぱらと捲る。
「魔力というよりは、頭のいい種族だったみたいね。その中でも秀でた魔力を持ち、行使能力にも優れた者が、ジェネトのような賢者と呼ばれる存在になれたってことかな……」
「これは」
 チユもまた、カタログのような資料に見入っていた。
「凄い……」
 そこには、超常魔導師達の間で、伝説と化している数々の魔法具が載っていたのだ。

「泊まっていかないの?」
「うん、近くにうちの別荘があるから」
 一通り資料や展示物を見た後、一同は次の目的地に向い、出発することにする。
「そっか、その方がいいよ、うん」
 受付の女性は微笑を浮かべて、見送ってくれた。
「えっと、文字を読む手段が見つかったら、また来るかもしれないけど、そん時はよろしくな〜」
「っていうか、ジェネト・ディアと知り合いなら、ここにある資料よりずっと詳しい知識を持ってると思うけど。文字だって読めるんじゃない? 忘れてなければ」
 その言葉に、ダランはぽんと手を打った。
「そっか、そうだよな!」
「会えればね〜。あのあたりにいるのかしら?」
「多分。キャトルも会いたがってたしな! それじゃ、ありがとな〜」
 ダランは手を振りながら、資料館を出る。
 ウィノナは作業半ばであったが、あまり長居も出来ないため、ダランの後に続くことにする。
「あーあ、あれが本物だったら、欲しいものばかりなんだけどな〜」
「そーよね、全部お宝だわ」
 チユとレナはちょっと名残惜しそうに、資料館を出るのだった。

    *    *    *    *    

「あの資料館に展示されていたマジックアイテムは、どれも貴重な発明品よ。私が多用しているスペルカードに似た魔法具もあったわ」
 歩きながら、チユが上気した声で言う。
「でも、作られてから随分経つんだろ? 今は一般的に販売されてるんじゃねーの」
「ううん、存在は知られてるんだけど、市販はされてないわ。まだ技術が追いついてないのよ。それほどあの村の住人達は優れた技術や知識を持っていたってことね。怖くなるくらい……」
「そうなのかー。宝って、そういうアイテムかな?」
 ダランが地図を見る。
 地図には場所が記されているだけで、何があるかなどは書かれていない。
「そうね、マジックアイテムとか、魔道書とか、そういう類いだろうなー。ああ楽しみっ」
 レナはもう走り出しそうなほど、浮かれていた。
「ただ、簡単に手に入るのなら、とっくに他の冒険者達の手に渡ってるでしょうし、入手が困難ならリーダーがダラン君じゃ、不安かなー」
 チユがちょっぴり意地悪気に笑ってみせると、ダランはずかずかと皆の前に出た。
「はっはっはっ、俺に任せておけー。リーダーはこの俺だ〜」
「別にリーダーはあんたでもいいけど、お宝はあたしのものよ〜♪」
 レナはダランの手から地図を奪い取って駆け出した。
「あっ、まてーっ」
 ダランがその後に続く。
 チユはくすくす笑いながら、ウィノナは吐息混じりに二人の様子を見ていた。

 ダラン達が次に訪れたのは、その地図に記されていた場所である。
 そこは大きな岩が立ち並ぶ荒地であった。
 逸る心を抑えながら、地図の場所に向かってみる。
「何もないわね」
 そういいながら、レナが近くの岩を叩いた。
 ウィノナも気になって、岩に触れてみる。
 チユは地図をじっと見ながら、考え込んでいた。
 ダランは周辺をうろうろ回ってみるが、これといって手がかりはない。
 ……が。
「「あっ」」
 レナとウィノナが同時に声を上げた。
「なんか刻んであるわよ、この岩」
「この岩の中に、魔力を感じる」
 チユは2人の間から岩をのぞき見て――地図に書かれている文字と同じような文字が岩に刻んであることに気付く。
「どうやら、この地図が指している場所は、ここで間違いがないみたいだけれど……」
 やはり文字が読めなかった。
「うーん、ここまで来たんだし、無理矢理この岩どかしてみようか。洞窟がありそうよ」
「い、いやいや、そんなことしたら、罠が発動するかもしれないぜーっ。魔力を感じんだろ?」
 慌ててダランがレナを止めようとする。
「それはありえる……」
 ウィノナは岩に触れて、中を深く探っていく。
 どんな仕組みになっているのかまでは分からなかったが、感じる魔力は複雑な流れになっている。
「なによ、あんたリーダーなんだし、あんた率先してこういうことはやらなきゃね」
 そう言って、レナはダランの手をがしっと掴んだ。
 そして、岩に魔法を打ち込む。
「ぎゃーーーーっ」
 ダランが叫んで暴れるが、腕は決して離さない。
 レナが放った爆発魔法が岩にぶち当たる。しかし、岩は軽く削られた程度で崩れることも、倒れることもなかった。
「この岩事態がマジックアイテムみたいなものなのよ、きっと」
 岩に触れて、チユが言った。
「ああそうか……」
 ウィノナが納得する。
「こんな大きなマジックアイテム、常識外だけれど、あの村の技術なら可能でしょうしね」
 チユの言葉に大きく頷くと、ダランはレナの手をぐいぐい引っ張った。
「もう遅いし、俺んちの別荘行こうぜ! ジェネトの爺さんもあの辺りにいるはずだから、話聞けるかもしんねーし」
「そうねー、もう少し手がかりがあったら、先に進めそうだものね。うふふふふ、一緒に行こうね、ダラン♪」
 レナの言葉にダランはそろりと顔を背けた。

    *    *    *    *

 荒地から、小道へと出る。
 そして、再び森の中へと入っていく。
 すっかり日は暮れてしまったが、女性達+我が侭少年は、好きな食べ物の話や、聖都で行なわれる夏祭りの話などで、盛り上がっていた。
 足はもはや棒のようだ。しかし、楽しい話をしていると疲れを忘れてしまう。
 夜の風が木々を揺らす。
 梟の声が、妖しげに響いていた。 
 ちょっとした肝試しも楽しめそうな場所である。
 地図の場所から数十分の場所に、ダランの別荘はあった。
「さて、休むぞー。誰かメシ作ってくれよなっ。材料はなんもないけど、非常食くらいならあるぞー」
 そんなダランの言葉は無視して、一行は別荘の中へと入っていく。
「うん、なかなかいい所よね、ここ」
 レナはこの場所に泊まるのは2度目だ。
「そうね、こじんまりしているところがいいわね。普段使われてないのに、中も結構綺麗よね」
 チユは別荘の中を見回しながら、部屋のドアを1つ開けてみる。
 暗くてよくは分からないが、寝室のようだ。
 ふと、ウィノナがランタンをその部屋へと向ける。
 やはり寝室だ。大きなベッドが1つ置いてある。2人用のベッドのようだ。
「……なんか、誰かいたような気がする」
「それ、ボクもちょっと感じてた」
 匂い……というか、魔力の残り香のようなものを、2人は感じていた。
 顔を合わせた後――。
 2人、同時に一方を見る。
 隣室へのドアを。
 カチャリ
 突然の物音に、3人の女性はびくりと体を振るわせる。
 隣室へ続くドアが、すっと開く。
「やあ、こんばんは」
 姿を現したのは、穏やかな微笑を湛えた老人であった。
「……ジェネト・ディア」
 ウィノナが警戒心を露にしながら、そう言葉を発した。
「お、お前がジェネト・ディアかー!」
 ダランはレナの後ろに隠れながら、叫んだ。
「君達、あの地図の場所に行ったね? もしかしたらここに立ち寄るんじゃないかと思って、待っていたよ」
「ちょうどよかったわ、色々聞きたいと思ってたの」
 レナはにっこりと微笑んだ。
 ドンドンドン
 突如、玄関のドアが叩かれる。4人は一斉にドアを見た。
 カチャ……
 返事をするより早く、ドアが開いた。
「こんばんはっ! 早かったね」
 顔を覗かせたのは、キャトルであった。
「おう、さっきついたばかり。夕食の準備始めようと思ってたとこ」
 ダランが答えると、キャトルは笑みを浮かべて、ドアを大きく開いた。
「それじゃ、あたし達も手伝うよ!」
 キャトルの後ろには、青年達の姿があった。
「うわっ、賑やかになりそうだ。……特別ゲストもいるしな」

    *    *    *    *

 新鮮な材料もなく、コックもいないため、夕食の準備といっても、各々が持っていた携帯食と、別荘に保存してあった非常食の類いを並べただけだった。
 そんな食事のことよりも、皆の注意は共に食卓を囲んでいる一人の老人に向けられていた。
「じゃあ、じゃあ、聞かせてよ、お宝のこと!」
 明るく切り出したのは、レナだ。
「宝か……ううむ、宝ではないが、君達にとっては宝なのかもしれんな……」
「地図の場所に、何かがあるのはわかったのよ。だけど、先に進めないんだけど?」
「先に進むには、キーワードが必要なんだよ」
 そして、老人はキャトルの同行者である、山本健一と、リルド・ラーケンを見た。
 2人は瞬時に察する。自分達に刻まれた文字が、その鍵であることが。
「キーワードって?」
 レナに頷いて、老人――ジェネト・ディアは語った。
「私の村には、3人の賢者がいた。君達が進もうとしている道は、魔道鍛冶、魔道化学、魔道術、全ての賢者に認められた者が進むことの出来る道だ。私は、君達を認め、地図を託した。そして、ここには、魔道鍛冶師の仕掛けを潜り抜け、資格を得たものがいるね?」
「……滅びた村にあった、地下道のこと?」
 キャトルの問いに、ジェネトが頷いた。
「地図の場所の入り口は、強い魔力を込めて、キーワードを発することで開かれる。内部には、魔道化学による罠が仕掛けられている。その罠を掻い潜り、最深部に進んだ者は……」
「者は? 者は?」
 レナが目を輝かせながら、続く言葉を待つ。
「我々が作り出したものを、全て無効化させることができる。それが私の最高の術だ」
「え?」
「我々賢者は、それぞれの最高の作品を封じ、守っており、賢者3人の合意がなければ、取り出すことができないようにしていたんだよ」
「なんでそんなことするのよ、もったいない」
 レナは素直な意見を述べた。
「強すぎる力は、争いの元だからさ。私が封じた力は発動した者中心――もしくは刻印を記されたものを中心に発動される。効果はおよそ1時間」
「……どういうことだ」
 リルドが老人を睨みつけながら訊ねる。
「刻印を媒介にして、力が発動されるということだ。魔道関係の力――無論、魔術にも効果がある。発動されて1時間ほど、半径1KMほどの範囲で魔道に関する全ての力が1割未満に減少する」
「俺自身も、魔術を使えなくなるってことか?」
「まあ、そうだな。しかし、その刻印は永久についているわけではない。半年もすれば自然に消滅する」
「なんか、つまらなそうね……でも、他の賢者の最高の作品っていうのもあるのよね!?」
 レナの言葉に、ジェネトは微笑みを浮かべて頷いた。
「最初に手に取った人物に与えるとしよう」
「あたしのものよ!」
 レナはバンとテーブルに手をついて、立ち上がった。
「ああでも、キーワードが必要なんだっけ」
 次の瞬間には、再び椅子に腰掛ける。
「それよか爺さん」
 話題を変えようとしてか、リルドがジェネトに問いかける。
「アンタの村が滅びた理由ってのが聞きてぇんだが」
「当時――魔道鍛冶の賢者であった者が、私欲に走ってな。全ての賢者の知識を欲し、自分のものにしようとした。娘には魔道化学を学ばせ、娘婿に私の一番弟子である魔道術に長けた者を選び、婚約させていた。しかし、彼の娘は魔道化学の賢者の候補として選ばれず、賢者になるために必要な知識を学ぶ機会を失った。魔道鍛冶の賢者は、手に入らないのなら、全て消し去ろうと考えたらしくてな。魔道化学の賢者と弟子達を皆殺しにし、村人全てをも手にかけようとしたんだよ。それ以前から、彼は独自にアセシナート公国と密約を交わしていたらしく、村を滅ぼした後は、娘と共に、アセシナートに渡ったと聞いている」
「で、その戦いであなたも体の大半を失ってしまったのね?」
 レナが問いかけた。
 以前、ジェネトと会話を交わしたとき、彼は数十年前に肉体の大半を失った……と言っていた。
「ああそうだ」
 ジェネトは少し寂しそうな笑顔を見せた。
 それまで黙っていたキャトルが、すっとジェネトに紙を見せた。
 マイラから受け取った紙だ。リルドの肩に刻まれている文字だ。
「何て、読めばいい?」
「読む必要はない。心でこの言葉をイメージすればいい」
 こくりと頷いて、キャトルはダランを見た。
「地図とこの紙、交換しようか。それともあたし達にその地図くれる?」
「んー、ちょっと考えてみる。かなり危険な場所みたいだし」
「なーに言ってんのよ、行くわよ行くの!」
 レナは今すぐにでも、ダランを引っ張っていきそうだった。
「う、ううううん。で、ででででも、想像していたのと、規模が違いすぎて、俺達一般人じゃ無理だって……と、とにかく、もう少し準備とかしてからにしようぜ……っ」
「うーんまあ、準備は必要よね、準備は」
 レナはしぶしぶ納得をする。
「それでは、お先に失礼するよ。この作り物の体を維持しているのも、年のせいで疲れるんでね」
 すっと、ジェネトが立ち上がる。
「あの……っ」
 途端、千獣が立ち上がって、声を上げた。
「その、アセ、シナート、人を、使って、実験してる……。あと、高い、知識、持った、人、求めてる……。何、考え、てる、のかな……?」
「あの国の考えは、私にはわからない。だがきっと、それは単純なことではないか? 人を強化すれば、他国の戦士より優れた戦士になる。毒物を作れば、広範囲の生命を死に至らしめることができ、それを警戒し防ぐことは難しい。つまり、脅しになる」
「アセ、シナートは、力、が、欲しい、と、いう、こと……?」
「それは確実だ。絶大な力を持ち、他国を侵略し、支配したいのだろう」
 それが何の意味があるのか。
 その行為は、他人を本当に悲しませる。
 千獣は深く考えながら、戦った人物達を思い浮かべる。
 そして思いつめた表情で、ジェネトを見て、ずっと誰かに聞きたかった事を、口に出すのだった。
「私、には、物理……的な、力、しか、ない……前に、魔力、で、攻撃、防がれた……それ、を、破る、には、どうしたら、いい……?」
「君に時間があるのなら、魔力について学び、魔力で対抗するといい。時間がないのなら、何か別の力に頼ることだ。それは、魔法具であったり、仲間であったり」
 既に魔力を使いこなしている者に、これから学んで対抗できるとは思えない。
 魔法具は、どんな魔法具が必要だというのだろう。それは簡単に手に入るのか?
 そして仲間は……。
「私は仲間と協力すべきだと思うがね。各々特技を伸ばせばいい。一人で成せることなど、本当に小さいのだから。人は多くの力を手に入れるべきではない。それを望むべきではない。君達は皆、グレス・ディルダのような人間にはならないでくれ。……ま、私が言っても説得力ないだろうがね」
 最後に、ジェネトはウィノナを見た。
 そして、足を動かさず、すうっと体を滑らせて、ドアから姿を消した。

 翌朝、全員揃って別荘を出発した。
 ダランもキャトルも何事もなかったかのように、元気に振舞っていた。
「宝探しかあ……」
 ダランは臆病風に吹かれ、消極的ではあったが、協力するつもりだった。何より宝には興味があった。
「あたしは……いけないかなっ」
 キャトルはそう言って笑った。
 その言葉の意味は、力を諦めたわけではなく。
 もっと他の理由からだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
ジェネト・ディア(滅びた村の賢者(魔道術師))
マイラ

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸満里亜です。
『鍵〜宝の地図〜』にご参加いただき、ありがとうございました。
お宝の探索は3,4回の連作で行なおうかと思っています。
平行して色々とシリアスな展開も渦巻いていますが、こちらお宝部隊はシリアス要素を含んだテンション高めの方向で描かせていただけたらと思っています。
開始はもう少し先になりますが、連作の方にも興味を持っていただけましたら、どうぞよろしくお願いいたします。