<PCクエストノベル(4人)>
〜ささやかなる休息の旅〜
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【冒険者一覧】
【3370/レイジュ・ウィナード(れいじゅ・うぃなーど)/蝙蝠の騎士】
【3429/ライア・ウィナード(らいあ・うぃなーど)/四大魔術師】
【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】
【2377/ 松浪・静四郎 (まつなみ・せいしろう) / 放浪の癒し手】
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ガタゴトと、馬車はやや小石の多い道をのんびりとひた走る。
少し大きめの乗合馬車だ。
行く先は「ハルフ村」、温泉が湧くことで有名な小さな村だ。
先日、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)と心語(しんご)の兄弟がハルフ村へ行ったという話を聞き、ライア・ウィナード(らいあ・うぃなーど)はすぐに、ぜひハルフ村へ行ってみたいとふたりに告げた。
無論、四人で、である。
しかし、ライアの弟、レイジュ(れいじゅ)は、まったく乗り気ではなかった。
だが、姉は断然行くと言ってきかない。
しかも、一緒でなければ嫌だ、の一点張りだ。
仕方なく、本当に仕方なく、レイジュは渋々同行することを承諾した。
静四郎もライアも、それぞれ手抜かりなく準備をし、ある晴れた日、四人はたくさんの人を乗せた馬車に揺られて、ハルフ村へ向かうことになったのだった。
ライア:「天気が良くて本当に良かったわね」
静四郎:「そうですね。きっと綺麗な夜空も期待できますよ」
心語:「……確かに……めったに……見られないくらいの……星の数だった……」
ライア:「そんなにたくさんの星を眺めながら、温泉につかるなんて、贅沢ね。素敵だわ」
静四郎:「温泉そのものの効用もそうですが、他の癒し要素もたくさんありますよ」
心語:「……すももの……飴とか……な……」
そんな心語の言葉に、思わず静四郎とライアは笑ってしまった。
心語は、すももの飴が相当気に入ったのだろう。
だが、そんな三人とは裏腹に、レイジュの表情は普段より少し沈んだままだった。
行くこと自体は構わなかったが、温泉に入ることは避けたかった。
多くの知らない人に、「あれ」を見られたくなかったのだ。
小さくため息をついて、レイジュは窓の外に視線を投げた。
静四郎:「おふたりは温泉は初めてですか?」
ライア:「ええ」
静四郎:「それでは、少し温泉に入る時の作法についてお話しさせていただきますね。お湯に入る前に、まず石鹸で綺麗に全身を洗います。それから、お湯に漬かるのですが、漬かったら100を数えるまでは出てはいけません」
ライア:「お湯はとても熱かったりはしないの?」
静四郎:「中にはとても熱い温泉もありますけれど、火傷をするほどの温度のものはありませんから、心配しなくても大丈夫ですよ。入る時に片手を入れてみて、熱すぎないお湯に入ればいいのですからね。無理せずに、気持ちが良いと感じる温度の温泉に漬かってみてください」
心語:「……本当に……たくさんあるからな……」
ライア:「あら、そうなの?それなら、心配はいらないわね」
静四郎:「ええ。それから、温泉にはたくさんの人がいっしょに漬かりますから、のんびりいろんな方とお話しされるのも良いですね」
ライア:「そうだったわね、思い出したわ。せっかくいっしょにいくのに、私はみんなとは入れないのよね」
静四郎:「もしかしたら、混浴の温泉はあるのかも知れませんが、先日行った時には見つかりませんでした」
ライア:「いいのよ、静四郎さん、それならそれで仕方ないことだもの。それに、温泉に入る時以外は、ずっといっしょだから、気にしないようにするわ」
馬車は茜色に染まり始めた頃、ハルフ村の入り口へと滑り込んだ。
近くの村々から温泉に入りに来た客たちが、なだれのように馬車を降りる。
弾むような足取りで馬車を降りたライアは、いまだ不機嫌そうな弟を振り返った。
ライア:「レイジュ、私は女性用の入り口から入ることになるみたいなの。だから…」
レイジュ:「僕は温泉には行かない」
ライア:「どうして?せっかくここまで来たのに……」
レイジュ:「そんな気分になれない。奥の方に店があるようだから、僕はそちらで待っている。三人で温泉を楽しんで来たらいい」
ライア:「レイジュ……」
肩を落としてうつむいた姉が、ぽつりとつぶやいたのをレイジュは無視できなかった。
ライア:「貴方に少しでも楽しい思い出を、と思ったのに……」
レイジュはまた小さなため息をこぼした。
姉の悲しそうな顔を見るのは苦手だった。
それに、姉の優しさも心にしみる。
少し首を振って、レイジュはうなずいた。
レイジュ:「……わかった」
ライア:「レイジュ……?」
レイジュ:「だが、『あれ』を誰にも見られたくない。ライア、包帯を巻いてくれないか?」
ライア:「ええ、そうしましょう」
ふたりは松浪兄弟に少し待ってくれるよう告げ、休憩所のひとつに入った。
そこで周囲に誰もいないことを見て取って、丁寧に、ライアはレイジュの胸に包帯を巻いていく。
5年前の、呪いの跡を。
瞠目していたレイジュが、姉の「終わったわ」の言葉で目を見開く。
それから、松浪兄弟の許へと戻って、ライアが静四郎に言った。
ライア:「レイジュをお願いするわね、静四郎さん」
静四郎:「はい、入浴中のレイジュ様のご案内やお世話はお任せ下さい」
ライアは安心したように微笑んで、女湯ののれんの向こうへと消えた。
レイジュと松浪兄弟は、その隣りの男湯へと入る。
中は、先ほど到着した馬車の客でいっぱいだった。
心語は、知らない人間が前回より大勢いるのを見て、更に警戒心を強めた。
前回の教訓を得て、浴場から見える位置の棚を選び、荷物を置く。
静四郎は苦笑しながら、心語の動作を見ていた。
入浴に必要な物を手に、三人は温泉へと入った。
静四郎が言ったとおり、先に洗い場に向かう。
そこで、静四郎はレイジュに、こんなことを言った。
静四郎:「レイジュ様、わたくしがお背中を流しますね」
レイジュ:「……いや、それは自分で……」
あからさまに嫌そうにレイジュはそう答えたが、周りで何人もの人がお互いの背中を流し合っている光景を見、ここではそれが普通なのだと気付いた。
親しいからこそ、そうしているのだと。
ただでさえ、いろいろなことで静四郎には世話になっている。
そう思って、レイジュは素直に背中を流してもらうことにした。
何だか、ここでは時間が、思ったよりゆっくり流れているような気がした。
一方、女湯に行ったライアは、ひとりの時間をそこそこ満喫していた。
女湯には「薔薇風呂」というものがあった。
色とりどりの薔薇を花首から上だけを切って、湯にたくさん浮かべた風呂である。
ピンクや赤や黄色の薔薇が芳香を振りまきながら、湯面を埋めている。
無論、レイジュのことは気になっていたが、松浪兄弟が一緒である以上、そう大きな事件も起こるはずがない。
それに、弟の心配ばかりして、自分が楽しむのを疎かにすれば、聡いレイジュのことだ、看破されるに違いない。
だからひとまず、心配は横に置いて、ライアはその場を楽しむことに決めたのである。
薔薇風呂や、ワイン風呂など、良い香りの風呂をいくつか堪能した後、露天風呂に行き、景色と心地良い風を楽しんだ。
そうしてひととおり、風呂を回った後で、ライアは浴衣に着替えて外に出た。
男性陣も少し前に上がっていたようだ。
それぞれに似合う色の浴衣を着込んでいる。
レイジュも、その羽に合うような、黒い地紋の浴衣だった。
ライア:「待たせたかしら?」
静四郎:「いえ、わたくしたちも今来たばかりですから」
ライア:「そう、それなら良かった。みんな、浴衣を着たのね。とてもよく似合うわ」
静四郎:「ライア様も似合っておりますよ」
ライア:「少し色が濃いかしらと思ったのだけれど……帯と合わせると意外としっくり来るものね」
静四郎:「薔薇色に黄色の帯ですか……真っ白な羽にも映えて、華やかで綺麗ですよ」
ライア:「ありがとう、静四郎さん。あら、レイジュ、どこへ行くの?」
レイジュ:「……この服は動きづらい。着替えて来る」
ライア:「そう……似合っているのに、残念ね」
少しして、レイジュはいつもの服に着替えて戻って来た。
四人は、村の奥にある屋台へと向かう。
既に陽は落ち、辺りは揺れる提灯の明かりと、緋色の松明に照らし出されていた。
ライアは瞳を輝かせ、心語と共に射撃に興じた。
元々威力の弱い銃では、大したものは撃ち落とせなくとも、景品が揺れるたびにわくわくした。
また、水に浮かぶ、色とりどりの風船のようなものを、細い紙の釣り糸で、釣り上げる遊びもあった。
ライアは綺麗な赤い風船を選んだが、少し大きかったらしく、ようやくひとつ釣り上げたところで、糸が切れてしまった。
静四郎は小さめの風船を三つほど釣り上げ、レイジュと心語にも分けるのだった。
そうしてひとしきり、他愛のない遊びを楽しんだ後、四人は道の端に設けられていた東屋へと腰を落ち着けた。
ライア:「楽しかったわ!とても単純な遊びだからこそかしら?」
心語:「ああ……確かに……」
静四郎:「おなかは空きませんか?何か買いに行って来ましょうか?」
ライア:「そうね、あの何かを焦がしたようなにおいのする食べ物が気になるわ」
心語:「すももの……飴……も……」
静四郎:「それではいくつか美味しそうな物を見繕って買って参りますね」
静四郎が心語と共に席を立つと、ライアは興味深げに周りをくるくると見回した。
その目に、何かが留まったらしい。
レイジュに、待っているよう言い置いて、ライアはうちわを片手に、ある方向へと向かった。
そこはいろいろな顔のお面を売っている店だった。
その中から、とびきり面白い顔のお面を手に取って、ライアは硬貨をいくつか店主に渡す。
それからそのお面をかぶり、そっと弟に忍び寄ると、背後からいきなり声をかけた。
驚いたように振り返り、目を丸くするレイジュに、ライアは声をあげて笑う。
ライア:「どう?このお面、変な顔でしょ?」
レイジュ:「そう……だな」
ライアは更におどけたように振舞った。
その表情の向こうに、姉の深い慈愛と優しさを垣間見て、レイジュは少し、ほんの少しだけ、その日初めての笑顔を見せた。
静四郎:「さあ、食事にしましょう。この土地で作られた果実酒もありますよ」
心語:「……あんず、と……言うそうだ……」
静四郎:「心語はジュースですけれどね。いろいろおいしそうなものを買って来ましたから、熱い内にどうぞ」
ライアとレイジュの目の前に、屋台で買って来た焼そばや、小麦粉と野菜を混ぜて焼いたパンケーキのようなものが並ぶ。
甘酸っぱい、オレンジ色の果実酒も注がれた。
心語はライアに、赤い実の水あめがけを差し出している。
そんな穏やかな空気の中、レイジュはふと、空を見上げる。
そこは、彼の羽のような漆黒の闇と、それを明るく照らし出すような、星の河がやさしく煌いていた。
レイジュ:「たまには、こんな夜もいいな……」
静四郎:「そうですね」
優しい夜は、ゆっくりと更けていく。
四人は、食事と酒と話を楽しみながら、いつもとちがう星の天蓋の夕食を味わうのだった。
〜END〜
〜ライターより〜
ご依頼、ありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
今回は四名様での温泉旅行ですね!
たっぷりお楽しみいただけましたでしょうか?
意外と近い温泉地ですので、
雪の降る時期に、
ぜひまた足を運んでいただくといいかと思います。
雪見風呂と雪見酒が楽しめるそうですよ?
それではまた未来のお話をつづる機会がありましたら、
とても光栄です!
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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