<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
『目覚めた戦士達』
かつて、邂逅の池と呼ばれていた美しい地があった。
その周辺は、ボランティアの男性達により、整備され、管理されていたのだ。
しかし、突如その地に異変が起こる。
天空より舞い降りし女神の裁きにより、その地は一瞬にして死の大地へと変わった(目撃者談)。
数ヶ月の時を経て、天は再び御子を使わした。
御子は天使と共に舞い。大地に癒しと潤いを与えたのだった(目撃者談)。
「……って、これ一体どこの世界の伝説だよ」
「いや彼等は実話だって言って譲らないのよ」
エスメラルダは困惑した表情で、ダラン・ローデスというお騒がせ少年に話して聞かせていた。
「あなたの家、あの辺り一体の土地を買い取ったのよね?」
邂逅の池は、ロリコン親父達が支配していた土地であった。数ヶ月前、ダラン・ローデスの父親がその辺り一帯を正式に買い取り、所有者となった。
「うん、一応オーナーは俺ん家」
「宿泊施設を建設中ってことだけど、あたしの名前使ったんだって?」
「使ったというか、オープン記念に招待しようと思って……」
●数日前・邂逅の池
「この場所に再び活気が戻るのは願ってもないことです。でも、でもでもどうしてもどーしてもコレだけは認めるわけにはいかないのです!」
筋肉ムキムキな男が部屋を指差して叫んでいた。
その部屋のプレートには「☆エスメラルダ様専用☆」と書かれている。
一番美しい景色が見られる部屋だ。
専用の露天風呂もついている。
部屋の中も、一番豪華な作りになっている。
「その部屋が何故、エスメラルダ専用なのですかっ、ここは我々の管理する土地ではありませんか、せめてこの部屋だけは、我々の好みの女の子の部屋にすべきです。でないと、全くやる気が起こらんのじゃーーーーー!」
突如暴れ出す男。そろそろ禁断症状で限界のようだ。
「つーか俺は思った。見ろ、この鍛え抜かれたボディ! 今の俺達は、数ヶ月前の俺達とは違う。肉体美も手に入れた究極の漢へと進化したのだ!! このまま、使われていていいものか、俺達のパラダイスを取り戻すべく、今こそ立ち上がる時ではないのかあああっ!!」
「そうだそうだー!」
「楽園に、少女を! 幼女を! 我々の愛少女達を取り戻すのだーーーッ!!」
男達は覚醒した。
覚醒してしまったのだ。
この数ヶ月間、欲を押し殺し、池の復興に努めてきた男達。
ロリコンと呼ばれ蔑まれようとも、決して屈せず、逃げず、夢に向かって走り続けてきた日々!
愛という名の武器を持ち、夢に向かって走り出す、そう無敵の肉体を得た今、俺達はヒーローなのだ!!
●再び黒山羊亭
「……というわけで、その妄想男達から果たし状が届いてるのよ」
エスメラルダはデカデカと『果たし状』と表書きされている紙を、ダランに渡した。
「ええっと、池の裏手の山ン中で5対5の決戦? 我々が勝利した場合には、池を引き渡せ? なんだよこれ、金も払わねーで、土地が手に入ると思ってんのか!」
寧ろ、金を払わずに彼等をこき使ってきたのは、ダラン達なのですがー。
その果たし状には、日時に、場所、指定人数、そして5人の戦闘員の名前が記されていた。
「この5人って、なかなか見所のある奴等だったんだよなー。体つきもよくってさ……。お、俺なんか簡単に捻り殺されそうなくらい」
5人の容姿を思い浮かべ、軽く震えるダラン。
「と、とりあえず、メンバー集めて討伐だよな、討伐!」
「まあ、放っておいたら、小さな女の子達が被害に遭いそうだしね。きつくお仕置きしてあげてよ。あたしからも声掛けておくから」
「よーし、俺は頑張って応援するぞー!」
無論ダランは前線に立つつもりなどなく。
自称「無敵の愛のヒーロ戦隊」と戦う、勇敢な戦士達を募るのであった。
* * * *
決戦30分前。
邂逅の池の前に4人の女勇者達が集っていた。
「おお、集ってるな」
完成間近の旅館から、虎の霊獣人である虎王丸がやってくる。
「奴等、夜遅くまで「鳥もち」や、妙な液体を作っていたらしいぞ。あと、山の中でごそごそ活動していたらしいから、落とし穴系なんかの罠が多そうだな」
「捕まったら何されるんだろ……」
その後ろには、ダラン・ローデスの姿がった。
旅館の建設を推し進めてきたのは、この2人であった。周辺住民達をまともな従業員として教育しようと王様気取りで愛の鞭を振るってきたのだが、結果一部の者が我慢できなくなってしまったらしい。
(勝負を仕掛けてきたものはしょうがない。まあ早く人が来れるようにして、給料払えるようにしねえとな〜)
虎王丸はそう考えながら、ダランの呼びかけに応じてくれた面々を見回した。
虎王丸がまず目を止めたのは、魔女のレナ・スウォンプだ。
「それにしても不思議な伝説よねえ、あたしが前来たときは綺麗だったような気もするし、その後に何があったのかしらね」
と言ってレナはきょろきょろ周りを見回している。
池は美しくその場にある。
豊かな緑に覆われてはいる。
しかし、以前とは随分と違う。
以前は人工的に整備された花壇や植木に覆われていたのだが、今は自然のままの美しさが溢れる土地になっていた。
「でさ、この5対5っていうのは総当たり戦? それとも勝ち抜き? まあいっか、そんな面倒くさいことしないで、皆仲良くやればいいのよ」
レナはとても明るく、さも当然のように言う。
「だなー、仲良くできるといいんだけどな〜」
そう答えるダランとは対照的に、虎王丸は沈黙していた。
魔女レナ・スウォンプ。彼女は奴等にとって、ラスボス的存在だ。
ロリコン男達曰く、この邂逅の池を一度は滅ぼした人物。天敵にして混沌の女王。
彼等の脳裏に破壊の女神として鮮明に刻まれている存在。
虎王丸もその現場にいたため、彼女の恐ろしさは熟知している。ただ詳しい経緯は、記憶に残っていないのだが。そして彼女の様子を見るに、彼女自身の記憶にも残っていないようだ。
夏の光の中。キラキラと輝く髪に、整った容姿。明るい表情。
ああ、何もしないでくれれば、ただ、その場にいてくれるだけならば。最高に美しい女神だというのに!
虎王丸思いは複雑だった。
「あたしその人達と会ったことあるかもだし、いや、全然覚えてないんだけど」
くすくす笑いながら言うレナ。
どうやら覚えているようだ。
(この地崩壊の真相は覚えてなくとも、奴等のことは覚えているみてぇだな)
そこまで気付き、虎王丸は寒気がした。いやな予感がする。
「頼む、優秀な人材なんだからあんま痛めつけないでくれよ」
虎王丸はレナを含む、その場に集った女性達に言った」
「あら、討伐じゃないの? クビにはしないつもりなのね。分かったわ。気をつけるわね」
レナはあっさりとそう言った。
「悪のロリコンは赦せないのですっ! 悪のロリコンがいる限り、善良なロリコンは市民権を得ないのですっ!」
しかし、レナの隣にちょこんと立っていたカーバンクルのリディアは小さな拳をぐぐっと握り締め、闘志を燃やしていた。
「リディアも悪のロリコンを倒すために、正義のロリコンを助けるために、邂逅の池で王子様と出会うために、戦うのですっ!」
この子の力なら、大したことはできないだろうと、虎王丸はしゃがんでリディアの頭をなでなでした。
「お前のその正義のココロで、悪のロリコンから悪の心を吹き飛ばしてやってくれ」
「はいです。皆で山に行くです。おやつも持って来たです。おやつは300エンまでなのです」
小さなリディアはとても楽しそうに、リュックサックを下ろして中を開いた。
「バナナはおやつに入らないのです。でも、甘くて美味しいのです」
リュックの中にはバナナが2本入っている。
「ああダメ、凄く危険だ」
ダランが心配そうに言った。
「こういう純粋無垢な子が、奴等の好みなんだよなー」
「まあ単独行動させなきゃ、平気だろ。寧ろ、そういう子がいねぇと捕まえ難いしな」
虎王丸は、我慢できなくなってバナナをはぐはぐ食べ始めたリディアの頭を、ぽんと叩いて立ち上がる。
「あとは、ウィノナと千獣かー。ウィノナは半分くらい奴等の好みだけど、半分くらい奴等に嫌悪されそうだよな。薄着だし」
「なんだよそれ」
ウィノナ・ライプニッツは、ダランの言葉に苦笑した。今日は気温が高いので、ウィノナに限らず皆夏服である。
「……とう、ばつ……なに、すれば、いい……?」
千獣が首をかしげて問う。
なんだか事件が起きており、手助けが必要だと聞いて協力を申し出た千獣だが、実際のところどの程度の攻撃を仕掛けていいのかは解っていなかった。
「とりあえず、大人しくさせて、捕まえることだ。怪我とかは出来きるだけさせないで欲しいんだが……」
「任せておいてっ! やさ〜しく説得して縛り上げるわ」
虎王丸の言葉に元気良く当然のように答えたのは、レナだった。
あなた様が一番心配なのですがー。
虎王丸はそんな僅かな不安を抱えながら、女勇者達を山へと導いた。
* * * *
「卑怯な、卑怯者め、卑怯すぎるぞ!」
山に入るなり、声がかかった。
木陰からちょろりと顔を出しているのは、黒いタンクトップ姿の褐色の肌の男……ええっと、1号とでも呼んでおこう。
「戦いの場に、女子供を連れてくるなんて!」
「だってしょうがねーじゃん、お前等みたいな人種、男の俺等は下手に関わって同じ穴の狢とか思われたくねぇもん!」
そうダランが虎王丸の後ろから叫ぶ。
寧ろ既に同じ穴の狢とエスメラルダに思われている虎王丸は、そんなことは気にせず、だからこそ彼等の気持ちは分かりもするわけで。
とりあえず、捕らえなきゃならないわけだが、やり難い相手でもあった。
「決戦って、ジャンケンですか、にらめっこですか、指相撲ですか、おしくらまんじゅうですか。どんな決戦でも、リディアはがんばりますです」
「はうーっ、おしくらまんじゅうがいいですー」
1号が手を出してリディアにおいでおいでをする。
ちょこちょこと1号のところに駆け出そうとしたリディアは、レナに服をつかまれ抱き上げられる。
「ふぎゃっ」
「ぎょえっ」
「およ!?」
「ゲフッ!?」
レナに気付き、周囲の木々から声が上がる。
不自然に膨れ上がった木には、木の模様を描いた布を巻いた髪の薄い男――2号が潜んでいたらしい。
木の上には、俊敏さが自慢の毛深い亜人、3号がいる。
そして、1号の両脇の木には赤毛の比較的若い亜人兄弟、4号と5号の姿があった。
「あ、あなたはーっ」
ロリコン戦士達が悲鳴のような声を上げた。
「あなたはーとか言われても、ぜんぜーん覚えてないんだけど、一応久しぶりね。挨拶代わりにさ、ね、あなた達、一列に並んでよ。縦でも横でもいいからさ、きれーに吹き飛ばして……あ・げ・る!!」
「ぎゃーーーーーーーーっ!!」
対決する以前に、ロリコン戦士達は一斉にバラバラに逃げ去っていく。
「お、おい、お前等! てゆーか、レナ! 吹き飛ばしたらダメだろ」
「やっだー、そんなことするわけないじゃない、冗談よ冗談」
虎王丸の言葉に、笑顔でそう返すレナ。
「頼むぞ。いくぞ、ダラン」
「お、俺は見ぶ……うわーっ」
虎王丸は不安ながらもとりあえず、一番見所があり、今回の首謀者とみられる1号を追うことにした。ダランを引き摺るように連れながら。
「さーて、あたしはどうしようかな〜」
「リディアも一人で大丈夫です。正々堂々と決戦して、悪のロリコンを殲滅して、小さな女の子達を悪の魔の手から救うのです」
レナの腕の中でリディアはそういった。
「うーん、リディアちゃんも守られる立場ではあるんだけどね、今回の相手の場合、リディアちゃんには暴力を振るってこないと思うし。とりあえず、危なくなったら、大声上げてね」
そう言って、レナはリディアを下ろした。
「リディア頑張るです。そして、邂逅の池で白馬の王子様と出会うのです」
「そうねー、確かいい人と出会えるって伝説があったのよね、あの池」
「はいです!」
「じゃ、ボクは髪の薄い男性を追うよ」
そう言い、ウィノナは駆けていった。
「……私、は、素早い、人、追う……」
千獣は言った途端に、地を蹴って、風のように素早く姿を消した。
「それじゃ、あたしは右に逃げた赤毛の亜人の兄の方に会いにいってみようかしらっ」
「じゃ、リディアは左の亜人さんと勝負するです」
レナとリディアは左右に分かれた。
* * * *
「今回は刀はナシだなー。ダラン、魔法で足止め出来るか?」
「虎王丸がいつものように引きつけてくれれば、出来るかもしれない」
「よし、それでいこう」
虎王丸はダランの手を放し、速度を上げると、一気に1号との距離を縮めた。
「いくぜ!」
勢い良く地を蹴った虎王丸だが、突如頭上から落ちてきたべたべたの網に絡まれてしまう。
「はっはっはっ、これこそ我々が長年かけて、可愛い女の子達を捕まえて泣かせるために作り上げた罠だー!」
「下らねぇ罠作ってんじゃねぇよ。あいや、動機は兎も角、この罠事態は何かに使えっか」
虎王丸は刀で蜘蛛の巣のような罠を切ろうとするが、刀に絡み付いて切ることができない。
仕方なく、白焔で燃やす。
「おわっと、服も軽く燃えちまったじゃねぇか」
怒りながら、ゆらりと立ち上がる。
「ふふ、この先には第二第三の罠が張り巡らせてあーる。ふあははははははははっ、ウガッ」
笑い声と共に、走り去ろうとした1号は突如足を取られ、すっころんだ。
「うわーーーーー、成功したぜ、成功だー!」
ダランがぴょんぴょん飛び跳ねている。魔術で植物を編み上げて、足を引っ掛けたのだ。
「おらよっと!」
虎王丸は瞬時に跳び付くと、立ち上がりかけた男の鳩尾に肘を叩き込んだ。
「ぐえっ……ばたり」
男は声を上げて倒れた。
「いま、ばたりって自分で言ったぞ。気絶してるフリしてるだけじゃねーか?」
ダランが虎王丸の後ろから足を伸ばして、男の体をつっつくが、男は反応を示さない。
「ま、逃げられねぇってわかったから、これ以上痛い思いする前に、気絶に見せかけておこうって腹積もりだろ」
虎王丸はロープを取り出して、男を縛り上げる。
「キツイお仕置きは意識が戻ってからで」
そう言うと、男の眉間がぴくりと動いた。
* * * *
小回りに自信のあるウィノナは2号を見失うことなく、じょじょに距離を詰めていった。
「うわっと」
人工的に地面がぬかるんでいる。転びそうになり、近くの木に触れると、手が貼り付いてしまった。
「まだまだ甘いのう、小娘よ」
2号が木蔭から姿を現す。
彼らはロリコンだと聞いている。
だけどどうやら、自分には興味がないようだ。
そうかそうか、自分は大人の女性に見えるのかー。
内心喜ぶウィノナだったが。
「しかし、もったいない」
薄い髪の2号さんは、ウィノナが動けないのをいいことに、近付いてきて、にゅっと顔を突き出した。
「顔は超好みなんだけどなあ。幼さが残る顔つき。だけれど、少しつっぱっている風でもあり、ああ、おじさんは、キミをちくちくいじってみたいー」
……なんか、変なことを言われてるなーと思いながらも、ウィノナは昔取った杵柄で、表情をあどけなさ全開に変える。
「怖いよーっ。手が離れないよーっ、一生このままだったらどうしようーっ」
「うんうん、大丈夫、おじさんのいうことを聞いてくれれば、とってあげるからね」
「ゆーことって?」
「それはだね……しかしなー、お嬢ちゃんはやっぱりちょっとダメだよなー。何せ体が問・題・外ッだ」
なんか、物凄く力を込めて言われてしまった。
ウィノナはショックというよりムッする。
そりゃ、貴族のように毎日手入れなんかをしてもらってるわけじゃないし、まだ成長期だけどっ。
「お嬢ちゃんは既に、終わってしまったんだよ。最も美しく、清らかな、究極のきゃわいらしい時期を越えてしまったのさ」
「…………」
「その身体つきは、既に成熟期いや、老齢期といってもいい。ああ、本当に残念だよ……」
そうして2号は片手で自分の顔を覆いながら、天を仰いだ。
ウィノナはすぽっと手袋を外した。
元々本当に動けなかったわけじゃあないのだ。手袋がくっついていただけで。
「お・じ・さ・ん」
2号が指の隙間から目の前を見ると……好みの少女がその場にいた。
その身体つきは、少女から女性に変わっていく時。華奢で膨らみかけた胸。まさに彼らが最高の瞬間として崇める究極の少女の姿。蕾が咲きかける瞬間の美しさを持った女の子であった。
「お、お嬢ちゃん、さっきまでの身体は……」
「えへへっ、背伸びして、ぱっと入れてたのっ」
「うひゃー、おじさんのモノになっとくれー!」
照れくさそうに笑う少女に、2号は両手を広げて飛びつこうとした。
ゴスッ
背後から本物のウィノナの膝蹴りが飛び、2号は飛び上がって、倒れた。
「幻術だよっ」
ウィノナは男の背に跳び付くと、素早く身体を縛り上げる。
「さーて、何を聞かせてもらうかな」
にっこり笑いながら、男の頭部を両手で掴んで、自分の方に向ける。
男はちらりとウィノナの身体を見て、大きくため息をついた。
「無駄だ、お嬢ちゃんの魅力では私は落とせな……げほっ」
ウィノナの膝が男の腹部に炸裂した。
「ロリコンのキミ達に相手にされないのは、本望だよ」
「ふふ、負け惜しみを……がはっ」
ウィノナの拳が男の顎に炸裂した。
「負けたのはそっちなんだけどなあああああ」
ギリギリと首を締め付けると、2号はがくりと意識を失った。
「……いや、そんなに強く締め付けてないし。まあいいか……」
これ以上会話をする必要性も感じなく、何よりなんだか話が通じなくて面倒になってきたので、そのまま引き摺って皆のところに連れていくことにした。
* * * *
3号――毛深い亜人は猿のように、木々を伝い、森を走り回っていく。
しかし、千獣は決して見失うことなく、3号との距離を少しずつ縮めていくのだった。
振り返り千獣の姿を確認した3号は、慌てて高い木の枝に飛び乗り、空中を渡り歩いていく。
千獣は突然足を取られ、くるりと転倒をする。
地面が動いたかのような感覚を受けた。
立ち上がろうとしても、地面が滑って立ち上がれない。
なんだか良く分からない、透明の液体が身体に絡みついていた。
四足でなんとか立ち、草を掴んでまるで登山のように、ゆっくりと先に進んでいき、乾いた土の上で、身体についた液体をふるふるっと身体を震わせて、払いのけた。
一歩前へ進んだ途端、今度は土の中から現れた縄で、手を縛られてしまう。
そのまま身体が宙吊りになった。
千獣は縛られた右手に力を入れて、身体を持ち上げ、左手を獣の手に変えると、鋭い爪で縄を切った。
地面に着地し、またすてんと転ぶ。
手と足についたぬるぬるした液体を、木にこすり付けた後、千獣は周囲を見回した。
既に3号の姿はない。
だけれど、たとえ姿を見失おうとも、僅かな音や匂いで千獣は感じ取ることができる。
千獣は再び走り出し、一気に距離を縮める。
そして瞬間的に速度を上げて、3号が飛び移ろうとした木に、思い切り体当たりを食らわした。
ガスッ、ザッ、バザバザ……。
葉が揺れて、重いものが落下してくる。
ドスッと、地に落ちたソレは、目をまわした3号であった。
千獣が手を伸ばした途端、3号は跳ね起きて、木の後ろに隠れた。
「ふふふ、小娘如きが我々亜人に勝てるものか。美味そうでもなければ、強靭でもないその身体を恨むがいい」
ドンっ
千獣が木に体当たりを食らわすと、男はさささっと、隣の木へと跳び上がる。
「貴様には見えんのか、俺のこの体毛に覆われた体を! 俺は熊の力を持った亜人よ。今日のところは、見逃してやってもいい。早く仲間のところに帰るんだ……ぎゃっ」
地を蹴って跳び上がった千獣に驚き、3号は隣の木に飛び移ろうとしたが失敗。落下して地に身体を打ちつける。
またまた目を回している3号に、ちょこんと千獣は手を乗せた。
「うーん……はっ」
3号が目を見開いて千獣を見る。そして跳び上がるが、千獣に腕を掴まれているため、逃げることはできなかった。
「まて。俺はだな、女には手を出さんことにしているんだ。まあ、キミは俺の好みとちょーっと違って育ちすぎだがな、しかし、そういうキミ達こそ、俺の好みの子を産める状態にあるということ、だから俺はキミのことをあえて、傷つけはせんのだ! わかるか、この未来の子供達に対する俺の愛情が!!」
千獣はきょとんとした顔で、首をかしげている。
なんだか良く分からないことを言っているけれど……言いたいことはもう終わったのかなーと、千獣はちょこっと笑った。
「もう、いい?」
「お、おう。わかってくれればそれでいい。さあこの腕を放したまえ!」
千獣は言われたとおり、腕を放して――巨大な獣に姿を変えた。
「う、うぎゃああああああーーーーー」
四足で逃げ出そうとする3号が、木々の間に消える前に、千獣は跳んで当身を食らわした。
「んぎゅ……」
今度こそ、3号は完全に気絶をしたようだ。
それにしても……。
千獣は3号を縛り上げながら思う。
この人は、熊といっていたけれど、どう見ても猿だよなーと。
確かに素早さは大したものだったけれど、力はそれほどでもなさそうだ。
* * * *
「いたいです……」
亜人の弟――4号を追っていたリディアは、小さな石に躓いて転んで擦りむいてしまった。
「あわわわわっ、お兄さんが気になるのなら、そう言ってくれれば、逃げたりしなかったのに」
そういいながら、4号は追ってきたリディアに近付いてきた。
「もう大丈夫だよ、そうだ、お兄さんのお家で手当てしてあげようー! 他の場所も擦りむいてるかもしれないからね、お兄さんが調べて全部手当てしてあげるよー。はうううううっ、可愛いねぇぇぇっ」
リディアを抱き上げて、4号は山から下りていこうとする。
リディアは4号の腕の中で暴れ出す。
「でも、おにいさんは、悪いロリコンさんなんです! 悪いロリコンさんは、捕まらなきゃダメなんです。リディアと勝負ですっ」
「よしよし、それじゃ勝負して、お兄さんが負けたら、リディアちゃんに捕まってあげよう。ロープはお兄さんの家に用意してあるから、それを使うといい。そして、リディアちゃんが負けたら、お兄さんの家で、お兄さんがリディアちゃんを捕まえて泣かしちゃうぞー」
「わかりましたです、勝負です!」
下ろしてもらったリディアは拳を握り締めて4号を見上げた。
「よーし、それじゃあ……お、おおおしくらまんじゅうで勝負しようか」
「わかりましたです。リディア負けないですっ」
2人背を向けると、『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』の掛け声と同時に、体当たりをした。当然リディアが力負けして、顔から地面に転倒をする。
「う、う、いたいです、王子様ーっ」
「お兄さんの勝ちだね、それじゃ、行こうかー」
「リディアまだ泣いてないです。だから負けてないです」
「そうかそうか、それならどうやって泣かせてあげようかなあ……」
4号が至福の笑みを浮かべながら、リディアに手を伸ばした。
* * * *
「美しい池と、この静かな森に、あんた達みたいな非・人・間必要ないのよー。火炎弾。おおっと、水撃弾!」
レナは火の弾と、水の弾をほぼ同時に放ち、逃げ惑う亜人の兄――5号を追っていた。
山火事を起こすわけには行かないので、一応注意はしている。
「ぎゃー」
前方から悲鳴が聞こえる。
順調に追い詰めていると思われたが。
「きゃっ」
突如、足を取られて、レナは転んでしまう。
「いたたたた……」
服についた土を払いながら立ち上げる。怪我はないようだ。
しかし……。
「……ああーっ!!」
見れば、買ったばかりのサンダルの紐が切れてしまっている。
「新作だったのに。並んで購入したというのに……」
怒りは全て、5号に向ける。
5号の姿は既に見えなくなっていた。
「これって罠よね……なんて姑息なのっ」
レナは、張られたロープに躓いたのだ。
「でも大丈夫、あたしはこの先の罠なんてもろともしないわ」
そういいながら、レナは立ち上がり、男の逃げていった方向に向かって手を伸ばした。
「要するに、消しちゃえばいいのよ♪」
レナの前に、エネルギーが集っていく。
「出て来いコルァ! 弁償しろーッ!」
どっかーんと、大爆発魔法を放つレナ……。
森がわななき、大地が悲鳴を上げる。
鳥達は一斉に飛び立ち、動物達が逃げ惑う。
数秒後、レナの目の前に広〜い道ができた。その先に、黒こげの亜人の姿が1体あった。
「一丁上がりッ」
レナは両手をパンパンと払う。
突然、小さな悲鳴がレナの耳に入った。
後方、からである。悲鳴は断続的に聞こえてくる。
「ああそうよね、コイツには兄弟がいたわよね。ソイツにも弁償させましょう。2倍返しは当然よね、ふふふ……」
レナは薄い笑みを浮かべながら、悲鳴の主――リディアの元に走った。
「きゃーーーーっ、やめてくださいです。あーうーーーーっ」
リディアが涙目で、4号に訴えている。
「ふふふ、降参か? 降参だよね? それじゃあ、お兄さんの家にご招待してあげる」
4号はリディアを抱かかえると、山を下りだす。
「いいわねぇ、あたしも招待してくれるかしら?」
女性の声に4号が振り向くと……そ・こ・に・は。
素敵に仁王立ちした、女神の姿が。
「お前は、生きとし生ける亜人の敵、破壊と殺戮の女神レナ・スウォーーーーーンプ!」
「名前覚えてくれたの、光栄だわ。だーけーど、今すぐ忘れてもらうわねっ!」
「あ、あ、あ、あ」
渦巻く赤い光に、男が腰を抜かす。そして涙をぼろぼろ流し出す。
リディアはちょこちょことレナに近付き、その足にしがみついた。
「くすぐりは卑怯です……でも、リディア泣かなかったです。だから、リディアの勝ちです」
「それじゃ、手加減してあげるわーーーーーっ!」
轟音と共に、周囲に激震が走った。
大地が噴火の如く、爆発を起こす。
「ぎゃああああああああああーーーーーーっ」
4号の身体はドーンと弾け飛び、はるか遠くへ飛んでいった。
* * * *
1号は擦傷だらけ(引き摺られて連れてこられたから)。
2号も擦傷だらけ(上に同じ!)。
3号は気絶した状態。
5号は丸焦げ状態で連れてこられ、旅館の側に縛り付けられていた。
「おーい、いたぞ」
虎王丸が亜人を背負って戻ってくる。
最後の一人、4号は池の中で浮いていた。
「さーて」
5人の戦士を前に、虎王丸は土を払うかのように手を叩いた。
1号〜3号が震え上がる。4号と5号の意識は戻っていない。
「んー……やーーーーっ!」
ダランが集中をしたかと思うと、池の水を魔術で運び、男達の上にざばっとかけた。
4号が目を覚ます。5号は相変わらず気絶したままだ。
「あら、どうしたのかしらね……それにしても、酷い状態よね」
正気に戻ったレナが不思議そうに言った。亜人の兄の方である5号と戦った記憶もある。勝利した記憶もある、ただ、その手段だけは良く覚えてないだけで。
気付いたら5号を縛り上げていたのだ。
「ひぃぃぃい、女神様、お許しを、お許しをーっ」
ロリコン戦士達が必死にレナに許しを請う。
「あたしはサンダルを弁償してくれれば、許してもいいわよ。ただ、リディアが酷い目にあったみたいだから、その分のお仕置きはしないとねー」
もうしたのですがー。
「まあまあ、許してやってくれよ。コイツらを制御しきれなかった俺達にも責任あるし」
「師匠ー!」
「アニキー!」
「親分!」
虎王丸に男達の情けない声が飛んだ。
虎王丸は吐息をついて、こう言った。
「そうだな、一番良い部屋に家族つれを泊めんのは、ダランの紹介関係の金持ち家族ならいいってことにすっか」
「それは、女の子だった場合、触ってもいいということですか?」
「添い寝したいんですが!」
「風呂には一緒に入れますか!?」
「デートに誘ってもいいですか!?」
「……調子に乗んな!」
虎王丸は、一人一人を小突く。
そしてため息をついた。
むしろ、離れに隔離した方がコイツらから守れるし、そもそもここは元々コイツらが管理していた場所だからなあ。……そんな思いがあった。
とりあえず、特別室のある離れは、より信頼のおける従業員に任せることにする。
「ところで虎王丸師匠、私に提案があります!」
ビシッと手を上げたのは、早々と観念をした1号だ。
「言ってみろ」
「この美しき女戦士の皆様のプロマイドを販売するというのはどうでしょう?」
「プロマイドなんてそんな……美しいとか、あなた達に言われても、全然嬉しくないわねー」
そういいながらも、レナの殺気は和らいでいた。
「いや絶対に、売れると思うんです。リディア姫は言うまでもなく、我等の同志ではない2次元の子供を愛する偽ロリコンに、好かれるその容姿!」
1号はウィノナを指差した。
「そうですとも、そして貴女は、私達亜人が求める究極の姿。貴女を妻としたい同志はゴマンといますぞー!」
3号が指を差したのは千獣であった。
「そして女神、貴女は永遠に荒御魂として祀られる存在ですぞー!」
「……なんか、褒められてないわよね、これ、ねえ?」
レナがにっこり虎王丸に聞く。
「いや、褒めてるんだ。最大に褒められてるぞ、レナ! お前のプロマイドは魔除けになる、きっと」
虎王丸は物凄く真剣な目で、にこにこ微笑んでいるレナを鎮めようとする。
「却下ー!!」
ダランが突如叫んだ。
「そんなことしてみろよ、男性客が増えるかもしんねーだろ! 女の子を沢山呼ぶんだろ、女の子を!!」
「ぐはっ」
「そ、それは確かに……」
ロリコン戦士達はうな垂れた。
「それなら、男性のプロマイドを……」
と言いながら、1号が虎王丸とダランを見て、ふっと吐息をついた。
「……やはり、ここは我々の肉体美で皆様をお迎えするしかないようですな! 我々のプロマイドを作りましょう!」
「うむ、それなら日々肉体を鍛えなければならんな」
「こんなことをしている場合じゃないぞ!」
「そうさ、我々はこの宿の看板男なのだー!」
「いくぞ野郎共! 我等の愛の巣を作るために!!」
勝手に盛り上がる戦士達。
「さて……」
黙って盛り上がる様を見ていた虎王丸が声を出す。
「やる気になってくれたんなら、今回の件は許すが。仕置きは必要だよな、仕置きは」
そして女性陣を見回して、こう言った。
「それじゃ、各々1回ずつ、仕置きをしてくれ。ただし、節度は保ってくれよ。特にレナ!」
「あったりまえじゃなーい。はーい、序章、爆裂粉砕弾ー!」
にっこり微笑みながら、レナが放った魔法により、5人の戦士達の体がポーンと空高く舞い上がった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3339 / リディア / 女性 / 6歳 / 風喚師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『目覚めた戦士達』にご参加いただき、ありがとうございました。
他の皆様がどんなお仕置きをしたのかも、気になりますがっ、多分戦士達は命をとりとめ、その不屈の精神で自称旅館の看板男として頑張っていると思われます。
楽しい行動の数々、ありがとうございました!
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