<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Mission:樹海の村まで送り届けろ!






 郵便屋…その中でも特急配達員と呼ばれる職種がある。
 表だって働く郵便屋とは違い、彼らの仕事は常に正確性に加えスピードが要求される。日々急務の彼らは、いつも世界を飛び回り、配達物を集配し、配送する。
 故に、殆どの人がその職種についている郵便屋の存在を知らず、下手をすると知らない人のほうが多い。





 軽いドアベルを鳴らして一人の少年が白山羊亭に足を踏み入れた。
 年の頃17歳くらい。背に生えている白い翼からウィンダーなのだろうと分かる。
「珍しい! 手持ち一段落したの?」
 訪れた少年にルディアは笑顔で駆け寄る。
「いや、今日は冒険者を雇いたいと思って」
 首を傾げるルディアに彼は続ける。
「いつもなら飛んでいくんだが、ちょっと翼傷めちまってさ」
 彼は肩に手を置いて、軽く翼を動かして見せるが、激痛が走るのかその顔を酷くしかめた。
「ちょ、ちょっと! 見せなくていいから無理しないで」
 宥めるルディアに彼は済まなさそうに微笑んで、すぐさま真顔に戻ると本題に入った。
「出来れば今すぐに発てる奴がいい」
 彼はルディアを遮り一歩中へと入ると、白山羊亭の中に響き渡るような声で依頼内容を口にする。
「行く場所は樹海の村ウィロー。何せ特急郵便だ。申し訳ないが、襲われたら置いていく。つまりおとりって奴だ。それに了承できる奴にしてくれ」
 勿論逸れた人は帰りに拾って帰ってやると言葉をつけて。
 ウィローの周りの樹海は別名迷いの森と言われ、普通の人が足を踏み入れたら二度と生きては出られないといわれている。
 加えて、ソレを利用した盗賊団まで根城にしているようで、歩いて超えるには危険極まりない場所なのだ。
 その中でもし置いていかれたら――
 その場に居合わせた冒険者はごくっと息を呑む。
「特急郵便って、アンタ何者だい?」
 そんな依頼を白山羊亭に持ち込むなんて。
 冒険者の一人が口を挟む。
「俺か? 俺は郵便屋だ」
 彼の名は蘇芳。別名ノッカーコンパス。
 そう、彼は、特急配達員と呼ばれる特殊な郵便屋の一人。
 冒険者たちは彼の依頼に顔を見合わせた。
「迷いの森ということだが、あなたと共にいる限りは村まで迷うこともないし、帰り道も問題ないんだな?」
 冒険者の疑問に続けるようにして言葉を発したのはサクリファイスだ。
「勿論だ。俺はそこまで薄情じゃない」
 他の躊躇っている冒険者の不安を払拭させるためにのサクリファイスの問いは、功を奏したのか白山羊亭に訪れている冒険者の間から微かにほっとしたような空気が流れる。
「迷いの森、か……その点については、まぁ、何とかなるか」
 生身ではないため、生半可な力では狂わされることも無い。
 カウンター席で納得するように呟かれた言葉。蘇芳はそちらへ視線を向ける。
「私も同行しよう」
 回転椅子を回して蘇芳の視線を受け止めたキング=オセロットの言葉の中には、なにやら思惑が感じられる。
 そして、現在メニューと格闘中だった一人の少年が顔を上げた。
「俺も、今から行っても大丈夫だぜ?」
 空きっ腹を救うために白山羊亭に来ていた湖泉・遼介だ。
 机に立てかけてあった剣を手に取り、蘇芳の前に躍り出る。
「そういうスピード勝負な仕事は俺得意だからさ」
「頼もしいな。よろしく頼む」
 遼介の言葉に蘇芳はにっと笑う。
 そそっと蘇芳に近づいてその服を引っ張った少女。
 千獣だ。
「村、まで……一緒に、行けば、いいの……?」
「ちょっと違うが、概ねそうだな」
 蘇芳の依頼は、迷いの森を根城にしている盗賊団に襲われたら、蘇芳を守るということ。
「うむ、村までの護衛だな」
 二人の会話を補足するようにアレスディア・ヴォルフリートは口を挟む。
「その依頼引き受けよう。あなたが届けるものを心待ちしている者がいるのだろうしな」
 そう朗らかに笑ったアレスディアを見て、千獣はしばし考え、手紙というものに思いをはせる。
「……わかった……一緒に、行く……」
 彼はまた人の思いを届ける職業。
 きっと誰かの心に触れられるだろう。
「ありがとう。頼むぜ冒険者!」
 詳しい話は道すがらだ。と蘇芳は白山羊亭から笑顔で飛び出した。





 まず、蘇芳が言ったことは、白山羊亭で口にしたとおり、襲われたら迎撃もしくはおとりとして盗賊団の注意を向け、自分を先に進ませて欲しいということ。
 それから、自分から逸れた人を探すことは、どちらとも命取りになりかねないため、極力行わないということ。
「思ったのだが、どうして盗賊団は迷わないのだろうか」
「あの森には、確実に北を向いて鳴く鳥が居て、奴らその鳥を何匹か捕まえてんだ」
 ぎりっと唇をかんだ蘇芳は、その鳥が捕まってることに対しての憤りが見て取れる。
「ところで、あの条件は大丈夫だよな?」
 それは、森で盗賊団に襲われた場合、先に進むために誰かに囮になってもらうということ。
 それぞれが問題ないという表情で頷く。
 だが、蘇芳はそんな冒険者たちを見て眼をぱちくりとさせた。
「迷っても大丈夫だっていう確信を持ってる奴もいるみたいだが、過信するなよ? それだけでどうにかなるようなら、俺みたいな郵便屋は必要ないからな」
 これは、森にも何かしら問題ありそうだ。





 正に鬱蒼と茂るという表現が正しいと思えるような樹海に一向は足を踏み入れた。
 厚く木々によって地面までは光が届かず、唯一生えることが出来たシダ植物が生え歩みを阻害する。
 だんだんと入り口の光が遠くなり、前を見ようが後ろを見ようが変わらぬ景色が広がり始める。
 確かに今回は樹海の村ウィローが目的なため迷いの森を通らなければいけないが、それ以外でこの森を通らなければならないような必要性はあるのだろうか。しかし、盗賊団にとっては何かしらの価値があるから襲うわけで、目的は金品以外にもあるのかもしれない。
 ざっざと周りに人の気配が増えていく。
 手の平で剣の背をバウンドさせた男が、にやにや笑顔で周りに男たちを引き連れて現れた。
「よう。郵便屋」
「冒険者雇うなんざ、考えたじゃねぇか」
「この前の傷は治ったのかい?」
 ゲラゲラと笑っている盗賊団の一員に銃を持っている男がいた。
 蘇芳はそっと痛めた翼に触れる。そして、聞こえないようにぎりっと奥歯を噛み締めた。
 多分、そいつが先日蘇芳を打ち落としたのだろう。
「……頼んだ」
 蘇芳は数歩後ずさる。
「承知した」
 依頼内容は、盗賊団から蘇芳を守ること。
 先陣を切って一歩前で出たのはオセロットだ。
 オセロットを横切り蘇芳たちを追いかけようとした盗賊団を、すっと上げた手の動き1つで制する。
 下品な笑いをするこの手の盗賊は、口だけで大概そこまで強くないもの。
「蘇芳の荷物が目当てかな?」
 郵便屋が運ぶ積荷は多種多様。手紙だけではなく、密書や金品なども依頼があれば郵便物として運ぶ。
 故に、郵便屋の荷物は手っ取り早く稼げる宝箱のようなものか。
「お前知らないのか?」
 意外というような顔つきで盗賊団の一人が笑う。
「特急配達員(あいつ)にはな、羅針盤つー絶対に方角を見失わない力があるのさ」
 加えて蘇芳のウィンダーという容姿は、神秘性を増して見せることができる。捕まえて売ればかなりの金になるのだろう。
「それが、どうした?」
 正直オセロットにはそんなことどうでもいい。
 蘇芳を無事に送り届けることもそうだが、今まで悪行を重ねてきた盗賊団をこの際だから一網打尽に出来はしないかと思っていた。
 そんな余裕綽々の表情で微笑んでいるオセロットに盗賊団は逆にひるみ、ぎりっと奥歯を噛む。
「一人で何ができるってんだ!」
 やっちまえ! のお決まりの掛け声と共に、盗賊団は地面を蹴った。











 アレスディアはふと肩越しに後ろを振り返る。
 信じていないわけではないし、オセロット一人でも大丈夫だと思うが、心配してしまうのは仕方が無い。
 そんなアレスディアに気がついたのか、蘇芳はバツが悪そうに頭をかいた。
「……村まではまだ遠い」
 だが、なるべく早く配達を済ませ、合流しよう。
 樹の種類が樹海の入ってきたばかりの頃と比べ、変わってきている。
 前までが鬱蒼と茂って入るが、細い枝が編みあったような木々の森だったならば、今広がっているのは、大木の連なり。
「おいおい。あいつら失敗したのか」
 はっとして顔を上げる。
 太い幹から伸びる枝に座る影。
「げ、こいつ冒険者雇ってるよ」
 また別の声が空から降ってくる。
 アレスディアは槍を持つ手に力を込めた。
「新手か……」
 先ほどの奴らの仲間であることは確かなのだろうが、会話を聞くにあまり仲が良さそうではない。もしかしたら盗賊団の中にもグループというか派閥のようなものがあるのかもしれない。
「見下ろされるのは嫌な気分だな」
 遼介は軽口を叩きながら1、2と屈伸運動をすると、軽くその場から跳ぶ。
 まるでどこぞの国の忍者のように樹の幹を蹴って、遼介は枝の上の盗賊団の前に躍り出た。
「うわっ!」
 狼狽する盗賊団に遼介はにやりと笑う。
「いやあ、おじさん達さ、夏場の仕事って大変だろ? 俺達が涼しくしてやるよ」
 言葉と共に呼び出された高位ヴィジョンが、遼介の声に答え、洪水の幻覚を盗賊団に見せ付ける。
 突然の洪水に我を忘れた盗賊団は、足場を見失って枝から転げ落ちた。
 遼介はその様を満足そうに見つめ、地面に残るメンバーの下へと戻ってくる。
「ここは俺たちが引き受ける」
 すっと傍らに顕現するヴィジョン。
「ちゃんと荷物届けてくれよ」
「勿論!」
 樹海の奥へと走っていく蘇芳たちを見送り、遼介はさてっと振り返る。
 ぐうぅうう〜…と音を立ててなるお腹。
 そういえば、今日はお昼を食べ損ねていたんだった。
 空腹に負けそうな心に鞭打って、遼介は幻覚の中でもんどりうつ盗賊団を見据える。
 が、幻覚は永遠ではない。
 遼介は剣を構えると、悪戯っぽい笑顔を浮かべてその髪やら服やらを切ってやった。











 次から次へとでも言うようなタイミングでよくもまぁ湧くものである。
 一体全体この森を根城にしている盗賊団は何人居るのか。
 オセロットは入ってすぐの一団を、遼介はその次の一団と対峙している。
 このまま無事に村に着ければいいが、と考えている矢先だった。
 千獣はどんっと蘇芳を押し倒す。
「いって………ぇ?」
 先ほどまで自分が立っていた場所で、ピシィ! と撓る鞭の音。
「あら、外れちゃったわぁ」
 野太い声の癖にお姐口調の男が、くねくねと残念そうだが気持ち悪い面持ちでこちらを見つめていた。
「何人居るんだこいつら」
 げんなりしたような口調で小さく呟くサクリファイス。
「何、だか……ゴ」
 そして答えるように呟かれた千獣の口をばっと塞いで苦笑い。
 分かるその気持ちはとても分かる。だが、余り口に出して言って欲しくはない。
「その郵便屋の子、渡してくれるなら見逃してあげてもいいわよぉ」
「何…?」
 盗賊団の狙いは単純に樹海を通る旅人の積荷だと思っていたが、今日は違うのだろうか。
 いや、結局のところ襲うという点だけ見れば同じなので、違うも何も無いのだが。
「蘇芳殿には大事な荷物を届ける使命がある。こんなところで足止めを喰らうわけにはいかぬ」
 アレスディア黒装のコートの端とマントを翻し、槍の切っ先を盗賊団に向ける。
「あらなぁに? 刃向かうって言うの」
 大の男がお姐言葉で頬に手を当て、くねくねと腰をくねらせている。
 仲間の団員たちがお姐マンを口笛を鳴らして囃し立てた。
 囃し立てるな! くねくねと動くな!
 嘆息が漏れる。
「ここは私に任せて、蘇芳殿は先へ」
「お…おう」
 あーもーホント。いろんな意味で申し訳ない。
 蘇芳たちは、その場をアレスディアに任せ、樹海の奥へと走った。











 どれくらい進んだのだろう。蘇芳の案内で樹海の奥へと進んでいくが、村まで後どれくらいあるのかは分からない。
「蘇芳はかなり軽いと聞いたんだが……」
 何を思ったのかサクリファイスは神妙な顔つきで尋ねる。
「まぁな。同じ年代の女から見ればかなり軽いと思う」
 流石に回りにこれだけ女の人がいては、とても軽いなんて言えない。だが、そんな蘇芳の躊躇いなど何処吹く風という風体でサクリファイスは頷く。
「そうか」
 そしてすっと蘇芳に手を伸ばすと、その小脇に抱え込んでしまった。
「え?」
「確かに軽いな」
 木々に当たらないようサクリファイスは黒い翼を広げる。
「皆……逸れ、ちゃった、し………」
 この先また盗賊団に襲われてまた人が減っていったら、最後一人になってしまった蘇芳はどうやって身を守るのか。
「私、先、行って、蹴、散、らすから……後ろ、から、ついて、きて……」
 その言葉と共に千獣の四肢が獣と化していく。
 要するにここから先の盗賊団は、相手にせずに跳ね除けて突貫するという作戦だ。
 蘇芳はサクリファイスに釣り上げられた状態で、千獣の変わりように眼を丸くしている。
 ここから先は障害物レースだ。
 スタートを告げるホイッスルは聞こえないが、サクリファイスと千獣は示し合わせたかのように同じタイミングで地を蹴った。
 盗賊団がただの人である以上、サクリファイス自身の得物は抜けないため、申し訳ないと思いつつも、元から蘇芳を連れて逃げるつもりではいたのだ。
 届けるという志を同じくする千獣と二人になったことで、当初の計画をそのまま実行に移してみた。それだけ。
 単純に3回もグループで襲い掛かってきたのだから、残りの団員なんてたかが知れていそうな人数に思える。
 立地条件的に隠れたり逃げたりするには適している森でも、知名度は余り高くないこともあって、そう大規模な盗賊団でもないだろう。
 そもそもこう何回も分けて1つを狙うより、グループ分けをしたならば、襲う対象を別々にしておけばそれだけ収益が手に入る。
 しかし、どうも故意的に盗賊団は蘇芳を狙っているように思えならない。
 過去何かしらしたのだろうか。例えば、一度コテンパンに伸しているとか。
「少し左に曲がれ!」
 先を行く千獣に蘇芳は指示を出す。
「………分、かった…」
 飛んでいても、走っていても、景色が変わっているようには全く思えない。
 途中「うげ」だとか「げふ」だとか断末魔のような太い男の声が混じったが、きっと気のせいだろう。
 ここは振り返ってはいけないのだ。
 流石にそろそろ村に近くなってきたのか、そんな悲鳴のようなSEもなくなる。
 だんだん目の前の光が大きくなっていく。
 その光を目指すかのように木々の隙間を縫って飛び出れば、目の前にはエルザードの町とは全く違う、樹上の村が目に飛び込んできた。
 まるで高層都市。
 枝の中腹、上部、下部……高さはまちまちのウッドハウスが格木に一棟ずつ建てられている。
 家々を繋ぐ橋も、登るための梯子もない。
 人々は皆、その背に生えた翼で行き来していた。
 そう、樹海の村ウィローは、蘇芳と同じウィンダーが暮らす樹上の村だった。
 千獣はその様を小首をかしげたまま暫く見つめ、人の身に戻るとその背に翼を生やした。
「…おまえ、何でもアリだな」
 そんな蘇芳の感想に、千獣はただ沈黙した。
 どう応えたらいいのか分からなかったのである。
 漠然と心のどこかで、驚いたりしないんだな程度の気持ちで蘇芳を見返した。
「この中に、蘇芳が手紙を届ける家があるんだな」
 家を見上げ、サクリファイスが訪ねる。
 そもそも梯子もないのに、飛べない蘇芳はどうやって手紙を配達先に届けるつもりだったのだろうか。
 だがそれは蘇芳自身が解決してくれた。
 すっと懐から取り出したヨーヨー。何をするのかと思えば、ヨーヨーの重石を枝に引っ掛け、巻き戻る力を利用してトントンと枝と枝を伝い登って行ってしまったのだ。
「……お見事」
 その早業にサクリファイスはただ感嘆の声を上げる。
 しかし蘇芳はサクリファイスや千獣はお構いなし枝を伝って、まるで勝手知ったる我が家のように村の奥へ奥へと進んでいく。
 村に入ったのだからもう襲われることはないだろうが、ついその後を追いかける。
 そうまでして届けなければならない手紙を手渡す瞬間が見たいという気持ちもあったが。
 幾つか枝を飛び越えて、1つの家へと辿りつく。
 そして、蘇芳は扉を蹴破り中に入るなり叫んだ。
「届けもんだ、くそじじい!」
「誰がくそじじいだ! このくそ孫がっ!!」
 矢継ぎ早に帰ってきた老人の声。
 家まで同行したサクリファイスはポカンとした面持ちで、千獣はぱちくりと瞳を瞬かせ小首を傾げる。
 そのくそじじいが奥から出てきたのを見計らって、蘇芳は机に1つの箱を置く。
「忘れたとは言わせないぞ」
「こ…これは……」
 白い上に可愛らしい包装のその箱は、蘇芳にもじじいにも合っていない。
 蘇芳は箱の蓋を開ける。
「なるほど……」
 開け放たれた箱の中身にサクリファイスは納得するように小さく呟き、千獣はまた瞳をぱちくりとさせた。
 蘇芳はしてやったりとでもいうような笑顔を二人に向ける。
「な? 特急郵便だっていう理由が分かっただろ?」
 箱の中身はケーキ。確かにナマモノだけにできるだけ早いにこしたことはない。しかしよくもまぁ配達途中でぐちゃぐちゃにならなかったものだ。
 その点もまたプロというものなのかもしれない。
「一年に一度だけだし、こういうもんは遅れちゃダメだからな」
 ケーキに立ててあるロウソクを見て、納得する。
 そう、この特急郵便は、蘇芳が自分で自分に依頼した、祖父に自分と誕生日ケーキを届けるというもの。
 本当ならもっと早く村について数日休むはずだったのだが、今年は生憎とあの盗賊団のせいで日数的余裕がなくなってしまった。
 だから彼と“手紙”、両方をこの村まで届ける必要があった。
「……もう、行ってしまうのか」
「まぁな」
 そうは言っても、あの1ホールのケーキをじじい一人で食べきれるとは思えない。きっと何時もは蘇芳が一緒だから食べきるのも可能だったのだろう。―――それにしたって甘党レベルだが。
「……いい、の………?」
 千獣が小さく問いかける。
 本当は口喧嘩していても、お互い大好きなんだろうなという空気が感じ取れる。
「変わりが居ねぇんだよ。俺の仕事はさ……」
 それ以上多くは語らず、蘇芳はサクリファイスと千獣の背を押して家を出た。
「来年も楽しみにしてろよ。じじい!」
 口は悪いし、薄情なことを口にする少年だが、蘇芳の本質はとても真っ直ぐだ。
 まるで捨て台詞のような言葉の後に、蘇芳は家を支えている板からそのまま身を投げ捨てる。
「蘇芳!?」
 翼が癒えていないのに、こんな高い場所から飛び降りれば確実にただでは済まない。
 翼を広げてサクリファイスは慌てて追いかける。
 蘇芳は地面に向けて真っ逆さまだ。
(もう少し……!)
 あと少しで手が触れる!
 そう思った瞬間だった。
「え?」
 ボヨーン。蘇芳の身は、まるでスポンジの上に落とした鉛球のように、大きな緑の葉に吸収される。
 下で見ると分からないが、上から見ると、巧妙に茂る葉は一面緑のクッション。
 きっと時々落ちるウィンダーをこうして守っているのだろう。
「あんた意外に心配性だな」
 葉の上で蘇芳はなぜか照れくさそうに眉根を寄せて笑う。
 逆にあいつは良く分かってるみたいだぜ? という言葉と共に顔を上げれば、千獣も翼をたたんで同じようにボヨーンと葉の上に降り立った。
「さ、合流だ!」
「ああ」
「………うん…」
 葉から地面に降りると、囮になってくれたメンバーと合流するためまた樹海の森へと分け入った。











 一番最後に分かれた場所へと着てみたが、アレスディアの姿はない。
 その代わり腰を抜かした盗賊団がその場にへたり込んでいた。
 まさかという思いで蘇芳は意識を研ぎ澄ませる。
 村という特定位置ではないため、アレスディアの現在の位置は分からない。
 蘇芳は何か感じ取ったのか、
「なぁ、さっきの獣の姿…上、乗っても構わないか?」
 女の子の上に乗るのも実は気が引けるのだが、流石に早くてもサクリファイスに小脇に抱えられるよりはましと取ったらしい。
「……? 構わ、な、い…けど……?」
 千獣は蘇芳の問いかけに応じて獣の姿に変ずる。
「じゃ、失礼します」
 蘇芳は小さく一礼して、獣姿となった千獣にしがみつく。
 村に向かうときと同じように地を蹴って森を疾走する。
「どこに向かってるんだ!」
 走る蘇芳on千獣と並走しながらサクリファイスは問いかける。
「におい……みんな、向こ、う………」
 方角はどうしても磁場の狂いからか勘に頼れなくても、森の中を進んだであろう皆の匂いは微かに道筋に残っている。
「着けば分かる!」
 自分が高速で飛んでいるときはいいが、何かの上に乗っている状態での高速は舌を噛みそうだ。
 時々少し右だの左だの言いつつ先に進むと、無理矢理作ったような開けた場所に出た。
「何…やってんだ?」
 そんな小さな村レベルの場所で、蘇芳は口元をひくっとさせた。
 振り返ったのは、見知った顔。
「勝手に来てしまったが良く分かったな」
 オセロットが簀巻きにした盗賊団を見下ろし、微笑を湛えた顔で応える。
「匂、い…辿って、きた、から……」
 そう難しいことではなかったと千獣は頷く。
 たった三人の冒険者に簡単に負けてしまったことに、盗賊団は情けない表情でとほほと座り込んでいる。
「なんと言うか…。らしいというか……」
 サクリファイスは共に行動したことがある仲間たちの動きに、微かに笑いつつ呟く。
「ま、これで森の盗賊団も居なくなって一石二鳥♪ だろ?」
 にっと笑う遼介に、そうだなと答えつつも、捕まえてしまった盗賊団は一体どうするべきか困る。
「あなたで最後のようだな」
 一人、なぜか一番華奢な簀巻き男をあばら家から連行して、アレスディアが一種の広場と化している中央に戻ってきた。
 そして、その広場に、サクリファイスや千獣、蘇芳の姿を見止め、すまないと頭を下げた。
「手間を…取らせてしまったのだろうか……」
 蘇芳が帰りにも通るであろう順路から外れ、盗賊団のアジトに来た自分たち。彼――彼らは見捨てずに迎えに来てくれたが、アジトを壊滅しようとしなければ、探すという手間をかけずにすんだのだ。
「いや、気にスンナ。まぁ…道中安全になることにこしたことはねぇよ」
 蘇芳はポリポリと頭をかいて応える。
「この……人、た、ち………どう、する、の……?」
 やはり千獣も捕まえたはいいが、どうやって役所まで連れて行くのか疑問に思ったらしい。
「彼らに捉えられていたこの鳥に、もう暫く助力を願おう」
 そう言ってオセロットが見せた鳥かご。
 必ず北を向いてチーチーと鳴くインコのような鳥。
「……仕方ねぇよな。でも、絶対森に還してやってくれよ」
「勿論だ」
 拘束を解くわけにもいかないので、盗賊団といえど飲まず喰わずでそのままはちょっとかわいそうだ。
 早く聖都に帰って役所に状況を説明し、牢屋に入れてもらおう。
 そうして、一同は聖都へと戻ったのだった。










 役所で状況を説明し、鳥を貸し出し、迷いの森へと向かうお役人を見送って、蘇芳たちは白山羊亭へと戻ってきた。
「サンキュ。これが今回の報酬だ」
 そう言って渡されたのは、ちょっと大き目の切手。
「え…す、蘇芳さん……?」
 ルディアの戸惑いに、こんな切手見たこともない一同は疑問符を浮かべてルディアと蘇芳を見る。
「見たの…初めてだけど……」
 蘇芳が手渡したのは、特別特急切手。別名郵便屋専用小切手。“小”という漢字が着くだけで全く別のものに変わってしまうのだから面白い。
「銀行と取引してる立場じゃないと現金変換は無理だけど、それなりの金額までだったら、好きな額記入すれば1回だけ好きな物それで買えるぜ」
 郵便屋を助けた(もしくは手伝った)として、蘇芳たち郵便屋が所属する総合郵便局がその代金を支払うというシステムだ。―――正確には、総合郵便局が管理している蘇芳の給料から、だが。
「また頼むぜ、冒険者!」
 そう宣言した蘇芳に、誰もがまた笑顔を返した。






















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【1856】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission:樹海の村まで送り届けろ!にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 何の宣伝もせずの突発開けに気付いていただけたことに感謝のしだいもありません。
 逃げること(届けること)が最優先だったので、村までご一緒してます。流石に直ぐ上に乗せるとなって、素直に乗るかと考えた場合無理そうだと判断したので、一応別の場面にて了承をとさせてみました。やはり…獣姿でも女の子の上には乗りにくいです(笑)
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……