<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


兄弟げんかはほどほどに〜迷惑千万? 奥義継承は誰の手に?!


「ぅおりゃぁぁぁぁっぁぁぁあああぁっ!!」
「ほわぁぁぁぁぁたぁぁぁぁっぁぁ!!!」
奇声を上げて乱闘している黒と白の狩猟民族風の男が2名。
ご近所の迷惑も考えず朝も早くからよくやるよ、と少年はこめかみを押さえる。
遠巻きに見物している呑気な連中の姿がちらほらとあるが、大多数が怒りの眼差しを浴びせているのだが、当人達は全く意に介してない。
いや、最初から人の話を聞くという概念がどこかに捨ててきたのだろう、と思う。
でなければ、いきなりレムの店を崩壊などという暴挙に等しい奇跡が起こる訳がない。
「つぉぉぉぁぁぁあああっ!!」
「どおぅぅぅぅぅぅっ!!」
大量に巻き上がる土ぼこりと激突しあう拳と拳がどうやって話をするかと考える少年の思考をあっさり奪う。
はっきり言って……逃げたい。いくら開き直ったとしても、もし許されるなら回れ右して帰りたい。
が、それは許されざる願いだというのを少年は十二分に理解していた。
無関係な皆々様の怒りの矛先が全て自分に向けているのをひしひしと感じる。
―師匠の不始末は弟子が取れ!!
どうにかこうにか白山羊亭から姿を見せた当の師匠はのの字を書いてイジケ中。
レムが相手にならないなら弟子の少年が責任を負う。
「すっげー不条理。」
泣きたい思いで呟くと、少年は雄叫びを上げまくる二人をにらみつけた。
―ぶん殴らなきゃ気がすまない!
至極当然とも思える怒りが少年の視野を狭くする。
常なら気付いていただろう救いの手が差し伸べられていたことに少年は寸前まで気付かなかった。

騒ぎを聞きつけたのはほんの偶然。
アレスディアが見たのは素手で戦い合う異様なペイントを施した男二人とそれを遠巻きで見守る人々。
その近くで怒りに身を震わせて拳を突きたてる見知った少年の姿。
「これは……何があったというのだ?」
近くに居た人間を捕まえてアレスディアは問いただした。
「俺達にも分からないんだ。いきなりあの二人が街の中で暴れだして」
「なんでもレディ・レムのとこの客らしいぞ?」
「弟子がそこにいるんだ。なんとかしろっていうんだ。」
このままじゃ商売上がったりだと口々に喚く商人たちにアレスディアはため息をついて、未だ乱闘し続ける二人を見据えた。
己の利しか考えない輩などに興味はないが、無関係な街の者達に被害が出るのは大問題だ。
―ううむ……聞く耳を持ってくれるかどうかわからぬが……ひとまず、声をかけてみるか。
応えてくれるかもらえるかは疑問だがやってみなくては分からない。
意を決してアレスディアが一歩前に踏み込んだ途端、乱闘しあう二人の間に青白い雷光が炸裂する。
思わず腕で顔を覆うアレスディアは近くの酒場から現れたリルドの姿を認め、何が起こったかを察した。
聞くまでもなくこの二人があの冒険者―リルドの逆鱗に触れ、文字通り雷を落とした、というところだろう。
「うぬぅぅぅぅぅっ!何奴!!」
黒いペイントを施した狩猟民族の男がくわっと歯を見せて怒りを露にする。
―何奴……って、お前の方が何者だ!
その場に居合わせた一同が胸の内で反論する。
「我らの『神聖』な儀式になんという真似をするかっ」
憤懣やるせないとばかりの白いペイントを施した男の台詞にアレスディアは思わずこめかみを押さえる。
聖王都の往来で乱闘することのどこが『神聖』な儀式というのだ?
ふざけているとしか言いようのない言葉だが、当事者達は至って真面目らしい。
大仰に顔を歪ませる彼らにリルドが食ってかかっていくのを見咎めて、アレスディアが駆け寄った瞬間。
「あ〜とりあえず落ち着いて話そうか、おっさん達。なんだってレムの店をぶっ壊した挙句にこんな街中で暴れてるわけ?」
暴れだす寸前のリルドの肩に手を置いた少年のやけに冷静な問いかけが響いた。

「あれ?お前って……レムの弟子。というか、今ものすごく物騒な台詞をさらっと言わなかったか?」
突然の乱入者にリルドは一瞬毒気を抜かれるが、吐き出された台詞に目をむく。
騒ぎを知って駆けつけたアレスディアも少年の台詞に驚愕を隠せない。
「こいつらに店をぶっ壊されて現実逃避してんだよ、うちの師匠。」
そこら辺でいじけてるよ、と少年が目で指したところにレムが楽器とおぼしきケースを地面に置いて、誰かと話しているのが見えた。
遠目でよく分からないが、傍目でもわかるほど落ち込んでいる様子が察せられた。
「ヒデー話だな、おい。」
「と、とにかくだ。どのような理由があろうと往来での諍いなどはた迷惑。まずは落ち着いてお互いの言い分を聞かせてほしい。」
責任を一手に押し付けられた形となり、完全に投げやりな少年にリルドは同情の眼差しを向ける。
一瞬、思考が止まりかけたアレスディアは何とか意識を立て直すと、居住まいを正して男達に問う。
すると、男達は腹立たしいまでのさわやかな笑みを浮かべて膝を打ってうなずき合った。
「おお、そういえばそうだったな。」
「うっかり忘れておった。」
乱闘してたとは思えないほど豪快に笑い飛ばしてくれる二人に少年は怒る気力もなくその場に倒れ伏し、リルドは額に青筋を浮かべ、アレスディアは絶句する。
―なんなんだ、この連中は。
三人の胸中に浮かんだのはその一点だった。
うっかり忘れるほどのことなのか?これだけのことをしでかして、と誰もが思うが当事者たちは全く意に介さず、重々しくうなずく。
「我らは聖王都より離れた田舎街で菓子職人を生業としておるものでな。」
「おい、待て。今なんて言った、黒のおっさん。」
「兄者と共に究極の菓子を作るべく日々腕を磨いておったのだが。」
「いや待て、こちらの話を。」
自分だけ納得したように頷く黒いペイントの男にリルドが思わず口を挟むが、綺麗にこちらを無視して白いペイントの男が相槌を打つように話を引き継ぐ。
あまりに規格外かつ突飛すぎる話にアレスディアも制止の声を上げるが、これまた完全に無視される。
―究極の菓子?菓子職人?腕を磨くって使い方違ってない?
ごくまっとうな疑問が脳裏を瞬時に駆け抜けていくリルドとアレスディア。
信じ難いような展開に少年は頭を抱えて呻いてしまう。
「我らの住まう町は山深い辺境の地。聖王都をはじめとする大きな街でどれほど通ずるものかと思ってしまってな」
「そこで我らの住まう一帯を取り仕切る豪商のご隠居に相談したところ、聖王都に住まう魔道彫金師殿に家宝の楽器ケースを修理に出したから取ってきて欲しいと」
「頼まれたのか?」
確認の意味込めたリルドの問いに兄者と呼ばれた黒いペイントの男が重々しく頷いた。
ここまでは一般常識かつ範疇内。
リルドもアレスディアも納得がいく話だが、それがどうして乱闘に繋がるのかが分からない。
そもそも菓子職人が狩猟民族ごとき格好で暴れるというのが理解できなかった。
「で、それでど〜して店をぶっ壊すことに繋がる?つか、なんで狩猟民族?本当に菓子職人なのかぁっ?!あんたら」
頭を掻き毟って叫ぶ少年に男達は何を言われたのか全く理解できないのか、どうしたのかと?目で問いかけてくる。
「いや、だから……」
「話を続けてくれぬか?」
なんで分からないんだと爆発寸前のリルドを制して、アレスディアは何とか言葉を紡ぐ。
少年の疑問がごくまっとうなだけに問い詰めたくもなるが、どうにも彼らにはこちらの常識というものが多少ずれているとアレスディアは感じ取り、先を促す。
あまり納得してはいないが黒いペイントの男は続きを語りだす。
「ご隠居はかつて我らと同じように菓子職人から身を起こした御仁。その方が家宝と呼ぶ楽器ケース。それを我らに取ってきて欲しいと言われるからには何かがある、と思ってな。」
「もしや、ご隠居が作られた菓子の奥義が記されているのではと思い、我ら兄弟―勇んでくる内に興奮してきてな」
―気がついたら町でいつもやっておる菓子作りの儀式を始めてしまった。
いやはや参ったと笑いあいながら相槌を打ち合う二人にリルドとアレスディアは気が遠くなっていくのを感じる。

信頼している隠居に頼まれて受け取りにきた楽器ケースに秘伝の奥義かなにかがあると勝手に勘違いした―自称菓子職人の狩猟民族系の男達は喜び勇んでやって来た勢いでレムの店に突撃。
店を崩壊させた挙句、興奮そのままに―菓子作りの儀式と称した―傍目からはケンカにしか見えない乱闘を展開した。
つまりそういうことなんだろう。
田舎暮らしの長い、いやあまりに辺境育ちすぎてこちらの通常常識が欠落してるがために起こったと。
「いや、すまんだ。これも日課でな〜」
「ついつい白熱してしまう。なぁ兄者。」
悪意もなく笑って済まそうという男たちにリルドとアレスディア、そして少年の中で何かが音を立てて切れた。
突然黙り込んだアレスディアたちの異常な殺気に訳も分からないらしいが、さすがの男達も気付く。
「んな理由!納得できるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「如何なる事情があろうとこのような人も物も多い通りで乱闘騒ぎなど、許せぬ!!」
「頭冷やせ!!この狩猟民族!!!」
手加減無用とばかりに青白き雷光を纏った凍てついた氷礫が無数に降り注ぎ、男達の退路を奪う。
悲鳴を上げて逃げ惑う彼らに反撃の隙もなく、黒き風のごとき速さで放たれた痛烈な一撃が意識を奪い去る。
止めとばかり深紅の炎を巻き込んだ爆発が空中へと男達を吹っ飛ばしたのだった。

「全くふざけているにもほどがある。どのような事情があろうと、乱闘は感心せぬ。」
冷静沈着なアレスディアの怒りにレムは何も言い返さず、黙って聞き流す。
まあ、怒るのは無理もない。
いきなり人の店を崩壊した挙句に街中で乱闘した理由が、日課にしている『神聖』な儀式と言われたら誰だって怒り狂うというものだ。
「レム殿、少々きつい灸となったが文句は言わせぬ。」
「しかと承りました、アレスディア。こちらも大損害だされたから『多少』痛い目に遭ってもらいましょうね。」
嫣然と微笑むレムにアレスディアはようやく息をついた。


―よくも私の店を崩壊させてくれたわね?
―地下道に落ちて反省してなさい。

アレスディアたちの攻撃からやっと地面に落下してきた二人は復活したらしいレムと一緒に行動してたらしい青年・蟠一号が嫣然と微笑みながら開けた地下道への入り口へと叩き落とされ―ようやく沈黙した。
落とす方も落とす方だが、彼らのしたことを思えば致しかがないかもしれないが……レムは少しばかりやりすぎだと思えなくもない。
そもそもの発端となった楽器ケースはレムの使用人が連絡を入れ、騒ぎの発端になったご隠居に取りに来させたとのことだ。
ついでに被害にあった人たちの分と自分の分も含めて、莫大な慰謝料を請求するつもりだとレムの使用人が話してくれた。
世の中にはあんなとんでもない『職人』がいるのだ、と妙に納得させられたがなんともふざけた話である。
「どのような事情があろうと、乱闘は感心せぬ。今後は自重してもらいたいものだな。」
できれば二度とかかわりたくないと喚いた少年を思い出し、アレスディアは深々とため息をつくのだった。

FIN

□■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物
□■■■■■■■■■■■■■□

【3544:リルド・ラーケン:男:19歳:冒険者】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【3166:蟠一号:無性:外見年齢26歳:吟遊詩人】

【NPC:レディ・レム】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お久しぶりです。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
さて今回のお話はいかがでしたでしょうか?

通りがかっただけで巻き込まれてしまったアレスディア様にはご迷惑をかけましたが、どうにか事態は収まったようです。
ああゆう狩猟民族みたいな人たちがいるということで。
きっちりレムが謝罪させていると思われます。
ご参加頂きましてありがとうございます。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。