<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


兄弟げんかはほどほどに〜迷惑千万? 奥義継承は誰の手に?!


「ぅおりゃぁぁぁぁっぁぁぁあああぁっ!!」
「ほわぁぁぁぁぁたぁぁぁぁっぁぁ!!!」
奇声を上げて乱闘している黒と白の狩猟民族風の男が2名。
ご近所の迷惑も考えず朝も早くからよくやるよ、と少年はこめかみを押さえる。
遠巻きに見物している呑気な連中の姿がちらほらとあるが、大多数が怒りの眼差しを浴びせているのだが、当人達は全く意に介してない。
いや、最初から人の話を聞くという概念がどこかに捨ててきたのだろう、と思う。
でなければ、いきなりレムの店を崩壊などという暴挙に等しい奇跡が起こる訳がない。
「つぉぉぉぁぁぁあああっ!!」
「どおぅぅぅぅぅぅっ!!」
大量に巻き上がる土ぼこりと激突しあう拳と拳がどうやって話をするかと考える少年の思考をあっさり奪う。
はっきり言って……逃げたい。いくら開き直ったとしても、もし許されるなら回れ右して帰りたい。
が、それは許されざる願いだというのを少年は十二分に理解していた。
無関係な皆々様の怒りの矛先が全て自分に向けているのをひしひしと感じる。
―師匠の不始末は弟子が取れ!!
どうにかこうにか白山羊亭から姿を見せた当の師匠はのの字を書いてイジケ中。
レムが相手にならないなら弟子の少年が責任を負う。
「すっげー不条理。」
泣きたい思いで呟くと、少年は雄叫びを上げまくる二人をにらみつけた。
―ぶん殴らなきゃ気がすまない!
至極当然とも思える怒りが少年の視野を狭くする。
常なら気付いていただろう救いの手が差し伸べられていたことに少年は寸前まで気付かなかった。

遠くで何かが喚き散らしてる、とレムは思った。
が、即座にそれは打ち消される。
もうど〜でも良かった。ここに来てから立ち上げた店や依頼を受けた大事な品々、それと自分の趣味で作った作品の数々は失われてしまったのだから。
手元にあるのは彫金を凝らした楽器ケース。
全てはこれが始まり。
正直、古ぼけたケースの彫金なんて引き受けるかっ、と門前払いを食らわしたどこぞの隠居が3日も店の前でハンスト。
ご近所から白い目で見られるのが嫌でしかたなく受けた挙句、引き取りにきた奴らは豪快かつ常人離れした狩猟民族系の男たち。
それよりもなによりも、たかが全身ペイントした男どもに何の手立ても打てずに店の崩壊を防げなかった己の弟子が情けない。
―あああああ、育て方を間違えた。
のの字をひたすら書きながらいじけるレディ・レム。
はっきり言うと単なる八つ当たりなのだが、今のレムに届くわけがない。
付け加えるならば、現在進行形でリルド、アレスディア。そして弟子の少年が狩猟民族系の男たちを問い詰めている光景なんて目に入ってない。
いつもの彼女なら一緒になって怒りの鉄槌でも落としているところだろうが、さすがに店―いや、全財産をほぼ失ったのは痛烈な一撃だった。
「あら、素敵な楽器ケースね。」
ふと気付くと、楽器ケースに触れてくる別の指先が視界に映りこみ―レムはようやく顔を上げる。
そこにはにっこりと微笑む青年が感嘆の声を上げていた。
「こんな一級品を修理出来るのね、尊敬しちゃうわ。ボクが持ち主だったら、腕のいい人に修理を頼むし……レムさんはよほどの実力を持っているのね。」
「貴方は……」
「ボク?蟠一号 (わだかまいちごう)っていうの。」
よろしく、と青年にレムは瞠目し―納得したようにふっと口の端を上げる。
その瞳にはいつものそれに戻っており、蟠一号は我が意を得たようにうなづく。
「なるほど……褒めていただいて光栄だわ。うちの弟子も貴方ほどの鑑識眼があればいいものなのにね。」
「お弟子さん?」
「ええ、そこで乱闘止めてる子。あれでも吟遊詩人らしいのよね。」
嫣然と笑いながら、狩猟民族系の男達とやり合っている3人の中にいる少年を指差す。
今度は蟠一号が瞠目した。
少年の姿が吟遊詩人に似つかわしくないということではない。
―貴方と同じ吟遊詩人なのよと、暗に告げられた事に対して、驚愕する。
自分はまだ吟遊詩人だとは名乗っていないにも関わらずに、彼女はそれを一瞬にして見抜いていた。
「彫金師として誇りがあるのよ。鑑識眼には自信があるわ。」
「そう、なるほどね……で、このケースって何かしら?あの無礼者たちがお店を壊したってことは謂れがあるのでしょう?」
蟠一号の指摘にレムは苦虫をつぶしたように表情を歪め、手の中にあるケースを見てため息をこぼす。
いわれも何もあるわけがない。
大体、レムが魔道彫金を施す前のこの楽器ケースは骨董店で見かけてもいいほどの―ただのヴァイオリンケースだ。
依頼人のご隠居が子どもの頃、可愛がってくれた楽器工房の職人からヴァイオリンと一緒に貰った品。
共に大事にしていたが、最近になってケースが傷みがひどくなり目も当てられなくなった。
―その筋の職人に修理を頼むなら魔道彫金師に彫金してもらったらいいのでは?
多少値は張るが、その方がいいと思ったらしいご隠居は周囲が止めるのも聞かずレムの元を訪れ―やっと直したら、妙な連中が取りにきた。
「信じられないわね。それ。」
「実のところ何であんな輩が来たのか、全く分からないのよ。来るなり店の中で乱闘ね……嫌になるわ。」
眉をひそめる蟠一号にレムは崩壊していく店の様を思い出して頭を抱えた。
これはもう単なる災難ではない、と蟠一号は思う。
悪意ある嫌がらせとしか言えない。出来れば喧嘩はしたくはないが、どうにか止めたくてはならない。
「仕方がないわね、動きを止める魔法の歌を使うわよ。それにケースを守らなくちゃ…」
思考をまとめ、最良の判断を下す。
荒くなった心を鎮め、蟠一号が『歌』を紡ごうとした瞬間、往来に凄まじい怒声が響き渡った。
「んな理由!納得できるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「如何なる事情があろうとこのような人も物も多い通りで乱闘騒ぎなど、許せぬ!!」
「頭冷やせ!!この狩猟民族!!!」
手加減無用とばかりに青白き雷光を纏った凍てついた氷礫と黒き風のごとき速さで放たれた痛烈な一撃。
止めとばかり深紅の炎を巻き込んだ爆発が空中へと男達を吹っ飛ばす。
華麗に天高く吹き飛ばされた狩猟民族の姿に蟠一号のみならず、誰もが呆然と立ち尽くす。
「何かあったの?教えてくれる?」
事態が飲み込めずにいたのはほんの数瞬で、いち早く立ち直った蟠一号は手近にいた人を掴まえて問いかける。
そのあまりに迷いのない行動にレムは息を飲む。
間違いがなければ、彼―と断定するのはわずかに戸惑いを覚えたが―の瞳は世界を写し取ってはいない。
盲目のはず。が、すぐに合点がいった。
「どうやら……ろくでもない事態になったみたいね。」
楽しげな笑みを作りながらレムはそれを補って余りある『力』と制する強さに敬意を示しながら、蟠一号の肩を叩いた。

信頼している隠居に頼まれて受け取りにきた楽器ケースに秘伝の奥義かなにかがあると勝手に勘違いした―自称菓子職人の狩猟民族系の男達は喜び勇んでやって来た勢いでレムの店に突撃。
店を崩壊させた挙句、興奮そのままに―菓子作りの儀式と称した―傍目からはケンカにしか見えない乱闘を展開した。
田舎暮らしの長い、いやあまりに辺境育ちすぎてこちらの通常常識が欠落してるがために起こった……と。
「いや、すまんだ。これも日課でな〜」
「ついつい白熱してしまう。なぁ兄者。」
悪意もなく笑って済まそうとした男たちにリルドとアレスディア、そして少年がそろって見事に切れ―問答無用に彼らを吹っ飛ばした。
話を聞いただけで蟠一号は眩暈を覚えた。
未だ落下してこないところを見ても、少年たちの怒りの深さを感じさせられるが、それも仕方がないと納得してしまう。
「誰だって怒るわよ、そんな理由なんて。」
やれやれと肩を竦めながら、蟠一号はどうしようと考える。
最悪、力ずくで止めようかと思っていたが―
「ちょっとお灸を据えないといけないわね……私も本気出そうかしら。」
「そうね……怪人の力は使いたくないのだけれど。」
「人に強制させるつもりはないわ……止めるつもりもないけど」
ふっと顔をしかめる蟠一号にレムは気に止めることもなく、ようやく落ちてきた―自称、菓子職人の―狩猟民族系の男達に怒りの眼差しを向ける。
「話が分かるのね、レムさん。なら、地下道にでも落としてしまいましょう?」
その言葉に瞠目し―苦笑混じりに蟠一号はレムに賛同した。
両者ともに負けず劣らず嫣然と微笑みをかわしながら、落下してきた男達に視線を送った。
「よくも私の店を崩壊させてくれたわね?」
「地下道に落ちて反省してなさい。」
怒りを押し殺したレムの意を受けたように、二人が叩きつけられるはずだった地面にぽっかりと闇の入り口が開く。
器用にも空中で身体をひねらせる彼らをつかさず蟠一号は動きを封ずる『歌』を歌い上げる。
玲瓏な歌声とは裏腹に岩のごとく固まった男達は闇に飲まれ―数秒後、はた迷惑な奇声と同じぐらいの絶叫が響き渡った。

「菓子職人なんて思えなかったわね、あの人たち。」
「辺境の弊害っていうのね……ああゆうの。」
復旧した店で紅茶を飲みながらレムは疲れ切ったような蟠一号の呟きにやや遠い目をしながら応じる。
あの高さから落とされたにも関わらず、かすり傷程度で済んだ辺境の菓子職人兄弟を見た時は本気で祈りたくなった。
蟠一号も大いに同感だ。
歌の効力が解け、逃げ出そうとした彼らを蟠一号はつかさず眠りの『歌』を歌い―夢の世界へと突き落とす。
そうでもしなければ本当に逃げ出しかねないと思った。
しかしながら、どこの世界に頑強かつ危ない職人なんているなんて思わないが、世の中は広いと思い知らされた。
「楽器ケースはお返ししたの?」
「ええ。知らせを受けて慌ててきたわね、あのご隠居。」
血相を変えてやって来た依頼人のご隠居は深々と頭を下げて、二人の非礼を詫び―法外とも思える慰謝料をあっさりと支払ってくれた。
まぁ、あれだけ被害を出せば当然だろうし、腕利きとして知られたレムの弟子が二度と関わりたくない、と珍しく泣き言を言ったというくらいだ。
一度走り出したら止まらない―猪突猛進で突っ走るという男たちを思い出しながら蟠一号は紅茶を一口飲む。
「関わりたくないけど、他人を傷付けることだけはやめさせないとね。」
何気なく発せられた言葉が妙に重々しく聞こえたのは気のせいではない。
ケースを狙うというよりも単に暴れたかっただけだったのではないのか、と思ってしまう蟠一号だった。

FIN

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■   登場人物
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【3544:リルド・ラーケン:男:19歳:冒険者】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【3166:蟠一号:無性:外見年齢26歳:吟遊詩人】

【NPC:レディ・レム】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
さて今回のお話はいかがでしたでしょうか?

蟠一号様にはレディ・レムにご協力していただきましてありがとうございました。
普段が豪胆なだけに受けた衝撃が凄まじかったらしく、声をかけてもらえただけでも救われたようで。
レムは自分を隠さない蟠一号様を信頼できる好人物と思っています。
騒ぎを起こしたのはとんでもない人物たちでしたが、やや反省したのでと思われます。
力技で戦うよりも吟遊詩人という職種の能力を生かして、彼らを鎮めて頂いたので被害も防げました。
ご参加頂きましてありがとうございます。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。