<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


黄金の樹を護って

 黒山羊亭で、「うーん」とうなっている青年がいた。
「あらあら景気が悪い顔ね」
 エスメラルダは彼にエールをすすめ、「どうしたの?」と尋ねる。
「エスメラルダ……いや、それがさ。俺の村の宝のことなんだけど」
「宝? あなたの村の宝?」
「黄金の樹が生えていたんだ」
 俺らの村の生き神みたいなもんでさ――と青年は言う。
「でもこの間、とうとう枯れちまって」
「まあ」
 エスメラルダが口に手を当てる。
 幸い――と青年は傍らに置いてあった袋を指差し、
「苗木は、残った」
「あら、それはいいことね」
「新しく植えるのにいい土壌も見つかった」
「ますますいいじゃない」
「問題は」
 この樹はな、と途方に暮れたように青年は言う。
「魔物を寄せるんだよ」
 エスメラルダは意味が分からず首をかしげた。
「魔物を寄せるんだ。魅了する、と言ったほうがいいかな」
「まあ……」
 エスメラルダはまた口に手を当てた。
「今は袋をかぶせてあるからいい。だが植える時がなあ……袋から出さなきゃいけないだろ」
「そうね」
「根付いたら、こいつは自力で自分の気配を押さえることができるようになる。そして幸い、根付くまでは1時間で済む」
 しかし。
 たった1時間。されど1時間。
 青年は困り果てた顔でエスメラルダを見た。
「その1時間の間、護衛してくれる人間いねえかなあ……俺じゃ、苗木を護れないよ」
「護衛者なら、探せば見つかると思うけど……」
「条件がまだあってさ。この苗木、生命あるものの死に敏感なんだ。つまり、この苗木の傍で魔物を殺しちゃいけないんだ」
 それでもやってくれる奴、いるかなあ……と青年はつぶやいた。

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「殺すなってのはまたえらい難しいご注文だな……」
 話を聞いて、ぎしっと椅子の背もたれをきしませ頭の後ろで手を組んだのは、虎王丸[こおうまる]だった。
「でもよ、あれだ。その樹そんだけの価値があるんだろ?」
「価値って?」
 青年、ラルフはきょとんとする。
「そんな苦労して植えて、いったいどういう能力を持つ樹なんだよ?」
 にやりと笑う少年の顔は中々あくどい。
 ラルフは首をひねって、
「……魔物寄せの能力?」
「そうでなくてだな」
 と虎王丸が迫る横から、エスメラルダに話を聞いた2人の少女が割り込んできた。
 黒髪の千獣[せんじゅ]と、銀灰髪のアレスディア・ヴォルフリート。
「私たちも依頼を受けることになった」
 とアレスディアがラルフに自己紹介をする。あ、どうもとラルフは気安い調子で2人の少女と握手を交わした。
「……俺も行く」
 何やらぶっきらぼうな声が聞こえてきて、一同はふっと振り返った。
 そこに、10歳ほどの少年がいた。
 千獣が「……あれ……」と首をかしげる。
「……ステイル……?」
「よく分かったな」
 少年、ステイルは不機嫌そうに言った。
「気配、同じ、だから……」
 首をかしげかしげしながらも、千獣はそう応えた。
 彼女が不思議がっている理由はこうだ。ステイルが以前と違う姿だからである。
「は!? ステイル!? ステイルってあのステイル!?」
 虎王丸が声を上げる。彼は彼で、まったく違う姿のステイルと以前仕事をしていた。
「あのステイルで悪かったな」
 ちょっとばかり外見年齢操作の実験に失敗して、こんな姿になっているだけである。本来のステイルは、基本は20歳前後の姿だ。
「よく分からぬが……私はアレスディア。よろしく頼む」
 初対面となるアレスディアは、お子様に見えるステイルにも生真面目に挨拶をした。
「よろしく。俺はステイル」
 ステイルは手をグーパーと握ったり開いたりして、
「……身体能力に劣る分、魔力は普段以上に充実してるみたいだな」
 その辺りも調べてみたいが、とぶつぶつと独り言を言った後、
「今は依頼優先だ」
 彼のその言葉でようやく刻が動き出したように、メンバーは一斉にラルフを見た。
「要するに、1時間、魔物を殺さず苗を護れば良いわけだな」
 アレスディアがうなずきながら念を押す。
「……植える、場所、どういう、場所……? 場所の、地、形、とか……地理……教えて……?」
 千獣がとつとつと尋ねる。
「ええとな、俺たちの村から2キロほど離れたのっぱらのど真ん中なんだ」
 ラルフは虎王丸の視線に冷や汗をかきながら答えた。「周りに障害物はない。この苗木が育ったら、俺たちの村はこの樹を中心に引っ越すつもりだから」
「だからどんな能力を持つ樹なんだよっ!」
 虎王丸はそこにこだわる。ラルフはえーとえーとと悩んでいた。
「不殺が条件とは随分と厄介だな」
 ステイルが腕組みをした。まあ、仕方がない、と彼は肩をすくめる。
「あと、その、付近、の、魔物は、どういう、魔物が、いる……?」
 千獣は質問を続けていた。
「地形を、知れば、どの、方向、から、来るか、とか……わかる、し……どういう、魔物が、いるか、わかれば……罠、や、警戒、の、仕方も、変わる……」
「うむ。その通りだ」
 アレスディアが同意して、エスメラルダに「魔物の件はどうだろう?」と訊いた。これはラルフより、黒山羊亭の情報通の方が詳しいと踏んだのだ。
 ラルフの村の位置を聞いたエスメラルダは、
「その辺りなら、スタンダードの黒狼と、銀狼と、あとは虎、チーター……ライオン型もいたかしら? 普通の動物によく似た魔物が出るので有名な場所だわ」
「うん。俺らも狩りの時、誤って魔物の方を狩らないようにって学ばされるんだ」
 とラルフが補足する。
 それだけ聞けば充分だ。
「しゃーねー。詳しいことは後で聞くとして、行こうじゃねえか」
 結局は短気な虎王丸の促しに、ラルフを連れたメンバーは動き出した。

 バリケードを張ろう、と道中彼らは作戦を練った。
 周りに障害物がない野原。ならば周囲を囲むようにアレスディアの用意した有刺鉄線を。
 そして一部分だけ出入り口を開け、魔物がそこに誘導されるようにする。
 虎王丸はあらかじめ、鉄パイプを用意していた。――彼の得手である刀では、不殺は無理だからである。
 ラルフが袋を開ける前に――
 千獣とアレスディアが手分けして、有刺鉄線を張り巡らせる。
「ここ、開けて……」
 千獣は一部分だけを開けた。
「樹のためにも殺してはならぬ、ということだが……元々、この樹に魅了されねば襲いかかってはこない魔物なのだろう?」
 作業を続けながら、アレスディアはラルフに話しかけていた。
「魅了されてしまっただけで、元来は害のない者達ならば殺す必要はない」
「軽いこと言ってんなあ」
 虎王丸が鉄パイプをかついで鼻を鳴らす。「まあ、確かにあんたにはそれだけの実力があるかもしれねーけど。弱いやつがそんなことぬかしたらぶっ飛ばすぜ俺は」
「そうだな……そういう言葉は、実行できる実力がある者にだけ許される」
 ステイルがぼそぼそと言った。
「……用意、できた……」
 千獣が走り寄ってくる。彼女は念のため、バリケード内にまきびしを撒いていた。
 ラルフは土を触り、いい具合の場所を探していた。
 その間に、さらに作戦会議。
「ラルフ殿には、苗の近くにいていただけぬか。わざわざ苗、ラルフ殿と二手に分かれている必要はなかろう。一箇所に固まっていてもらえば、護りを固めやすい」
「ステイルは術者だろ。後衛にいろよ」
 虎王丸に言われ、
「元よりそのつもりだ」
 とステイルは数本の短刀を取り出しながら言った。
「私、最、前、線、に、いる、から……」
 千獣は有刺鉄線の中の、一箇所だけ開いた入り口を見ながら言った。
「私は苗とラルフ殿の傍に陣取る」
 言うなり、アレスディアはコマンドを唱えた。
 彼女の手にしていたルーンアームが姿を変え、アレスディアは黒装束となり、その手には突撃槍『失墜』が現れる。
「……この方が身軽なのでな。打撃にも適している」
「俺は適当に暴れ回ることにすっか」
 千獣が最前列を譲りそうにないので、虎王丸は少し残念そうに首の後ろをかいた。殺さず、の条件だけでストレスがたまりそうだから、少し暴れたい気分だったのだが。
 やがて、
「よし、ここがいいな」
 とラルフ青年がスコップを取り出し、土を掘り返し始めた。
 4人の冒険者は早速位置取りをする――

 ラルフがその苗木を取り出した時。
「うお」
 虎王丸が、のどをごくりと鳴らした。
「すげえ……!」
 それは黄金の輝きをこぼす苗木。光輝いているだけではない。苗木そのものが、まるで金で出来ているかのように黄金色なのだ。
 太陽の光を受けてきらきらとあふれる光。
 思わず誰もが目を奪われるほど、それはそれは美しい苗木だった。
「それ、金で出来てるんじゃねえのか……!」
 嬉々として虎王丸が声を上げたその時――
 周囲から次々と強烈な圧迫感が――
 がしっと有刺鉄線が揺れた音がして、はっとメンバーが目をやると、そこにはいつの間にやってきたのか、大きな虎が――
 そして、その横に次々と。
 エスメラルダが言っていた通りの魔物たちの姿が。ぞろぞろぞろぞろ……

「ラルフ殿! 急いで苗木を植えてもらえぬか!」
 アレスディアが切羽詰まった声で言った。
 ラルフが慌てて掘った地面に苗を植える。そして土をかけて、しっかりと固定した。
「今から1時間……!」
 耐えるぞ! とアレスディアが上げた声に、
「任せろよ」
 虎王丸が鉄パイプを回す。
「……まあ、打ち漏らしたものは任せておけ」
 ステイルは落ち着き払って数本の短刀をもてあそぶ。
「行かせ、ない……!」
 3人を護るようにして、千獣が仁王立ちになる。
 バリケードの周りから、うるさく魔物たちの咆哮が聞こえる。
 有刺鉄線をのぼって越えようとする魔物もいたが、それはとても難しいことだとすぐに悟ったようだ。唯一開いている場所へ、自然と誘導されてくる――
 早速1匹目の虎が入り込んできた。入るなり、ぎゃおうと鳴いた。まきびしを踏んだようだ。
 千獣は腕の包帯をほどいた。手だけを獣化させて、
「ごめん、ね……」
 がすっと虎を一撃。昏倒させた。
 その一動作の間に、2匹目3匹目が入り込んでくる。まきびしで吼えるものもいれば、まきびしなど意に介さない頑丈なものもいる。
 千獣は次々と打撃で昏倒させていたが、とても追いつかない。焦る彼女の様子を感じとったのか、
「だーいじょーぶだって」
 虎王丸が気楽に言い――そして鉄パイプを振るった。
 狭い有刺鉄線内ではその足も役に立たないチーターの足を、ぼきりと折る。
 それから再度鉄パイプで打ちすえて、
「……ん。これくらいの力加減でなら殺さずにいけんだな」
「実験台にしたのか……」
 ステイルが呆れたようにつぶやいた。
 千獣と虎王丸が次々と獣を昏倒させている間に、彼らを迂回して反対側から苗木に近づいてきた銀狼。アレスディアがすかさず『失墜』で打撃、気絶させた。
 有刺鉄線の外側では、がしゃがしゃとバリケードを揺らす獣たちであふれている。
「……ふむ」
 ステイルは短刀を放った。有刺鉄線をくぐりぬけて外の獣1体に突き刺さる。
 途端に突風が起き、複数の獣を巻き込んで吹き飛ばした。
 続いて他の短刀を放つ。今度は閃光が走り、目くらましの効果を及ぼした。
 彼の持つ短刀には、魔力が刻み込まれているのだ。
 こうしてステイルがバリケードの外にいる獣を足止めしている間に、虎王丸はバリケード内ですでに気絶した魔物をかついで重ねてさらに壁にした。獣人である彼には、それぐらいの腕力がある。
 その壁の前に千獣が立ち、入り口から入り込んできた獣を殴打する。
 千獣たちを器用に迂回した数少ない魔物たちも、アレスディアの打撃であっさりと沈静化した。
 獣たちの数が多くなってきた。バリケードの中がつまりそうだ。入り口をふさいでしまうと、今度はバリケードを無理やり越えようとする魔物が増えそうなため、早めに内部の獣の数を減らしておきたかった。
「ほいほいほいっとな」
 虎王丸がその腕力で、気絶した魔物たちを有刺鉄線の外に放り出す。
 放り出された獣が外にいた獣をおしつぶし、これまた足止めになる。
「しまった、上だ!」
 アレスディアが叫んだ。千獣がはっと上を向き、飛んできた鷹にスライジングエアを放った。
 かすめただけの風の刃が威嚇となり、鷹が上昇していく。しかしまだ逃げるわけではない。苗木の魅力はそれほどに――
 千獣が、次々と集まってきた鷹にかかりきりとなる。
 代わりに虎王丸の鉄パイプとアレスディアの『失墜』がうなった。次々と地の魔物が地面に崩れ落ちる。
 ステイルは相変わらずバリケードの外の獣の足止めに忙しかった。
 土の短刀で地面を隆起させ、壁にする。
 陥没させ、落とし穴にする。
 水の短刀で氷壁、氷柱を作り出し、通せんぼ。
 そして火の短刀では閃光で怯ませる。
「これだけの魔物を引き寄せるとは……面白い」
 と感心しているステイルの傍で、
「だーっ。1時間って結構長いぞー!」
 虎王丸がわめいて、手から白焔を生み出した。
 それを広げるように放って、壁となす。
「良い素材になりそうだ。モテるお守りとか」
 ステイルのつぶやきに、虎王丸がさっと顔を向けた。
「精霊の俺には必要のない下らないものになりそうだが。しかしまあ調べてみるのもよさそうだ……ん?」
「なあその話マジで?」
 虎王丸はステイルに迫った。
「マジでモテるお守り作れるのか?」
「こんなところで食いつくのか……」
「なあ、マジでマジで?」
「虎王丸殿! 手が足りない!」
 アレスディアが声を上げた。おっと、と虎王丸はすかさず身を翻し鉄パイプでガンガンガンと入り込んできていた獣たちを殴打する。
 ラルフは苗木に覆いかぶさって震えていた。
「ラルフ殿、ご心配なさるな!」
「は、は、はいっ」
「大した敵じゃねえよっ!」
「あなたの方が怖いですー!」
「大丈、夫……みんな、で、がんばって、る……」
「ありがとうございますー!」
「意外と律儀なやつだな……あんた……」
「どうもですー!」
 ラルフは怖がっているのか冷静なのかよく分からない男だった。
 彼が覆いかぶさっているので、黄金の苗木がよく見えない。虎王丸は舌打ちして、
「ったく。早く根付きやがれ」
 苛立ちまぎれに近くの狼を殴りつけた。
 そのまま同じようなことを繰り返すこと、どれくらい経ったのか……
 ずっと空にかかりきりになってしまった千獣の目に分かるほど、太陽の位置が動いた時。
「ん?」
「ん」
「うむ?」
「……あ……」
 獣たちの動きが止まった。
「あ……」
 ラルフが体を起こす。黄金の輝きがきらきらと目に飛び込んでくる。
 彼は地面に這いつくばって、それをたしかめた。
「根付いた……根付きました!」
 その声にまるで押されるかのように。
 有刺鉄線の外でがしゃがしゃと暴れていた獣たちが、くるりと背を向けた。
 のそり、のそりと離れていく地の獣。バサバサと翼をはためかせ去っていく空の獣。
「魅了の力が制御されたのか」
 ステイルが興味深そうにつぶやいた。
「なあ、ステイル! モテるお守り作れるのか!?」
 虎王丸はまだこだわっている。
「いや、それは実験してみないことには……大体」
 ステイルは苗木を指差し、「……まだ苗木だ」
「そりゃそーだけど。でもちょびっとくらい」
「勘弁してくださいよ」
 ラルフが両腕を広げた。「この樹は俺の村の守り神だよ。育ったら採れるようになる実が、狩りにいい餌になるんだ」
「まさか……動物を寄せるのか?」
 アレスディアが目を丸くする。そうだよ、とラルフは言った。
「これはあらゆる動物を魅了する樹だ。……この樹の実が成るようになるまで、俺らは狩りに苦労するだろうな」
 少し悲しげに。
 あーちくしょう、と虎王丸が天を仰いで嘆いた。
「こいつ、育たなきゃ何の役にも立たねーのかよ。せっかく能力相応の報酬もらおうと思ってたのによ」
「あ、報酬なら」
 とラルフは黄金の苗木の入っていた袋を探った。
 土が出てきた。きらきらと輝く土が。
「この樹の生えている土壌は金に変わるんです。砂金ではなくこれは鉱石の金なんですよ。これを差し上げます」
 千獣とアレスディアが顔を見合わせてから、
「……私……いい……」
「私も特に必要ない」
 ステイルは考えた後、
「研究材料にいいかもな」
 どうする? と虎王丸を見た。
「あーあー分かったよ。それで勘弁してやるよっ」
 虎王丸はやけになったように、そう言った。

 けれど彼らは思うかもしれない。
 魔物を殺してはならない依頼。魔物を生命ととらえ、その死をもって嘆くように朽ちてしまう苗木。
 それはいかなる生き様か。
 その樹の心が、冒険者たちの心の片鱗に触れる――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女性/外見年齢17歳/獣使い】
【3659/ステイル/無性/外見年齢20歳/マテリアル・クリエイター】

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■         ライター通信          ■
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ステイル様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
テーマは「殺さず」。どのようなプレイングがくるか楽しみでした。お疲れ様でした。
よろしければまたお会いできますよう……