<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第〇話<お願い>―』

 広場には相変わらず雑草が生い茂っている。
 掻き分けて進み、古い小屋の前に到着をする。
 ……人の気配がする。彼女はいるようだ。
 ドアをノックし、開く。
「キャトル、いるか」
「いるよ〜。おっかえり!」
 診療室から、元気にキャトル・ヴァン・ディズヌフが飛び出してくる。
 その姿に、小さく吐息をつく。

 ワグネルは、斡旋所で仕事の説明を受けた後、この診療所に直行をした。
 あの依頼は、恐らくキャトルも掴んでいるだろう。ファムル・ディートが連れ去られてから、キャトルは毎日熱心に情報収集に勤しんでいる。
 必ず、キャトルは何か行動を起こす。
 そう感付いて、ワグネルは真っ先にここにやってきたのだ。
「お帰りじゃねぇって」
 笑いながら、ワグネルは診療室に入り、ソファーに腰かけた。
 この部屋はとても暑い。近くにあった紙の束で仰ぎながら、薬棚に目を向ける。
 薬の在庫はあまり変わってないようだが……。
「薬、作ってないのか?」
「ううん、ワグネルが採ってきてくれた薬草で沢山作ったよ。だけど、ちょっと使う用事が出来たから、どれを持っていこうか選んでるところ」
「なるほど、島に持っていくのか」
「えっ!? うっ……はははははっ。お見通しだね、ワグネル」
 キャトルはグラスに水を汲んで、ワグネルに差し出すと、ワグネルの向いに腰かけた。
 ワグネルは一口水を飲むと、普段どおりの軽い笑みを浮かべながら言う。
「ま、頑張って来いよ。薬草も魔法薬も持てるだけ持って、戦う薬師として暴れて来いや」
「あははは、暴れてファムルを取り戻せれば一番なんだけどね〜。今回は作戦があるんだよ」
「へー、どんな作戦だ?」
「ふふ、その名も『キャトルちゃんを囮にファムル先生を助け出そう作戦〜!』」
 ワグネルは思わず眉を顰める。なんだか作戦名を聞いただけでも、失敗率100%な気がするのだが……。
「ほら、あたしさ、身体の調子が悪い頃、捕まってたでしょ? だけど今は、ファムルや皆のお陰で随分改善してきてる。ワグネルに回避術ーとかも教わったし! 魔力も少しは使えるようになったし。そういうの、まだ向こうにはバレてないはずだから、また捕まってファムルに会わせてもらって、チャンスを見てファムルと一緒に帰ってこようってわけ!」
「チャンスを見つけたとして、どうやって帰ってくるんだ?」
「……それはその時の状況見て、考えるよ!」
 明るく元気にキャトルは言った。ワグネルは苦笑するばかりだ。
 でも、その作戦を否定する気はなかった。
 それなら自分に対案があるかといえば、ないからだ。
 一緒に行ったとしても、自分は足手まといになるだけだろう。
 だから、ワグネルは今回――彼女と一緒に行く気はなかった。
「……ワグネルは島に行かないの?」
「行くか、そんな危険な場所」
 当然のように、ワグネルは答える。
「危険っていったて、ワグネルなら上手く立ち回って、自分だけ安全な場所で高見の見物できるだろっ?」
「はははははっ」
 まあ、出来ないとはいわないが。
 首をつっこまなきゃ、安全な場所くらいあるだろう。
 ただ、行って首をつっこまずにいられるか?
 邪魔になるくらいなら、彼女のことは彼女を大切にする者達に任せた方がいい。
「あたしはテルス島に行くんじゃなくて、テルス島経由でアセシナートに渡ろうと思ってるんだけどね。テルス島までの荷物持ちは激烈大歓迎だよ! 皆の分の薬草とか持っていけたら嬉しいな〜」
 ワグネルににこにこ笑いかける。
 彼女なりの、誘い文句のようだ。
 ワグネルは軽い笑みを浮かべて、水を飲み乾すと立ち上がる。
「お勧めの台車、教えてやるから安心しろ」
「ったく〜っ。もう帰っちゃうの」
 キャトルも立ち上がる、ワグネルの腕をぐいっと引っ張った。
 そう言えば、たまには構って、などと言っていたな……と思い、ワグネルはキャトルの頭をグリグリなでた。
「何か用があるのなら、今のうちだぞ」
「用なら沢山あるよ! ほら、あの棚の上とか、あっちの薬箱の上の方とか、あたしには届かないんだよ〜! 椅子を重ねて乗っかっておっこちたこともあってさー。だから」
 にっこり笑ってキャトルは言った。
「肩車して♪」
 ワグネルはくすりと笑って彼女床に膝を付いた。
「わーい」
 キャトルはワグネルの肩に乗っかり、頭を掴んだ。
「落ちるなよ」
 そう言って、ワグネルは立ち上がる。
 肩車をするには、キャトルは大きすぎるのだが、体重はとても軽かった。
「ね、このまま散歩しよっ!」
「棚の上のモン、取るんじゃなかったのか?」
「そんなのあとあと〜」
 ワグネルは吐息をついて、外へと向うことにする。
 さすがに街を歩くのは恥ずかしいので、草に隠れて見えない診療所の周りだけ、一周したのだった。

「じゃあね」
 さんざんはしゃぎ、夜が訪れた頃、ようやくワグネルは解放された。
「またね、ワグネル……」
 手を振るキャトルは、笑顔を浮かべていたが――とても寂しそうに見えた。
 ワグネルは思わず目を伏せて、こう言葉を発していた。
「なんかあったら、呼んでくれ」
「あたしはいつでも呼んでるよ、いつでも来てほしいと思ってるよ!」
 その言葉に、キャトルは間を開けずにそう言ったのだった。
「だけど、来てほしくないとも思ってる」
 語尾は聞き取れないほど小さな声で、そう続けて……。
 目を細めて胸が痛くなるような笑顔を浮かべたのだった。
「ワグネル、今でも持ってる? 記憶を消す薬? でもさ、よかったら……」
 首を傾げて、キャトルはこう言葉を続けた。
「ワグネルだけは忘れないでね、あたしのこと。もし、この世界にいられなくなっても、誰かの記憶の中で、この世界に存在していたい。ワグネルは楽しい思い出として、あたしの覚えていてくれるでしょ? 小さな猿のことを! ね――お兄ちゃん……っ」
 キャトルは手を振った後、診療所のドアを閉めた。

    *    *    *    *

 一人、深夜まで酒場にいた。
 最初は絡んできた悪友達も、いつもとは違うワグネルの様子に、誰も話しかけてはこなくなった。
 アルコール度数の高い酒を、一気に流し込み、眩暈の中にワグネルはいた。
 かつて、もう一人、自分のことを『お兄ちゃん』と呼んだ少女がいた。
 彼女は血のつながった、本当の妹だった。
 だけれど、彼女はもういない。
 自分の力ではどうにでも出来ない事件に巻き込まれ、彼女は帰らぬ人となった。
 グラスをカウンターに叩き付け、ワグネルはそのままカウンターに突っ伏した。
 世界が回っていた。
 頭の中が混乱している。
 少女が自分を呼ぶ声が、2つ、頭の中に響いていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】

【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の紋章―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございました。
書いていて、とても切なくなる内容でした。
本編でもご都合がつく回がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。