<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『黒曜の髑髏』〜夢売り道化の闇〜

 千獣(せんじゅ)もまた、手をのばしていた。
 されど、その手は黒曜の髑髏へは向かわずに。
 彼女の手は、フィオーラの手を優しく包み止めていた。
「千獣?」
 フィオーラが、振り向く。彼の目には戸惑いが浮かんでいる。
 千獣は、ゆっくりと首を横へと振った。
 幼子のような、わずかな仕草に、万感の想いが込められていた。
「だめ、だよ……」
 うつむきがちに、つぶやく。
 そっと目を閉じた。
 目に映るものより、もっと大切なものを見ようとするかのように。
 視界をなくしても、黒曜の髑髏の存在感は強烈だった。
 呪いに身を焦がし、髑髏と成り果てた誰かの怨念。その念を核に、呪われ命を落としたものたちの怨念、さらには先代の髑髏の主と呪われしものたちの――それら全てが縦糸に、あるいは横糸に、よじりあわさり歪な妄念のタペストリーを織り上げている。
 一つの髑髏に、千の怨嗟が、万の嘆きが満ち満ちている。
「これが、私たちの使命なんだよ。大丈夫、私がやるよ。君を燃え尽きさせたりはしないから。怖がらないで」
 フィオーラの言葉は、優しく真摯だった。彼なりに考えた選択だろう。癒しの水操師たる彼にとって、対極にある力を発動させようなどというのは、相当に思い切った決断でもあったろう。
 それでも。
 黒曜の髑髏の有りようを心でとらえたとき、フィオーラの語る使命は、どこか薄っぺらなものに聞こえ、千獣の心に染みいることなくただすべり落ちてゆくばかりだった。
「怖い……ちがう」
 千獣は、目を開いた。
 赤い瞳が、迷いなく真っ直ぐに、フィオーラの瞳を見つめる。
「ううん、怖いのは、怖い……けど、その怖い、ちがう」
 ゆっくりと、言葉をさがす。
「怖いのは、繰り返す、こと……ここに、まだ……ある、たくさんの、憎しみ」
 視線を、黒曜の髑髏へと移す。
 フィオーラの視線が、それを追う。
「それは私たちも同じだ。だからこそ……」
「ちがう」
 千獣は相手の言葉をさえぎった。
 片手を自分の胸にあてて、続ける。
「ここにも、憎しみ、あるよ……許せない、けど」
 千獣は、悟っていた。呪いは、永遠の連鎖。
 恨みは、憎しみは、千獣の心にもある。
 国民の恨みをはらしたいと言った王の心もわかる。
 何故、滅びねばならなかったのか。
 奴らさえ、アセシナートさえ存在しなければ……!
 ドゥ・ルガーの国民すべてが同じ心であったろう。
 けれど。
 仮に呪いで、アセシナート公国が滅亡したとしても。それで彼らが晴れやかに逝けるのだろうか。
 結局、彼らの魂は、救われることなく残るのではないのか。
 そしてさらには、呪われたアセシナートのものたちの魂も、新たな憎しみに凝って残ってゆく。連鎖を重ね、肥大してゆく怨念。
 王は言った。
『我が国民の恨み、いくらかなりともはらしてやらねば、逝くに逝かれぬ』
 彼らに下された使命は、呪いの発動。
 けれど、本当に王の、国民の、探索をともにした仲間たちの魂を思えば。
「みんな、いるよね……みんな、まだ想い、残ってる……王様も」
『呪エ……』
 いずこからともなく、声が響いた。
「陛下……!」
 フィオーラが周囲を見回す。それは亡き王の声に違いなく。
『呪エ……』
 王に続いていくつもの声が唱和していた。
『呪エ、呪エ、呪エ……』
 老人が、子供が、女が、唱和の声は増してゆき、陰々と木霊し響きわたる。
 室内を圧する呪いの唱和の中、ごく自然に、千獣の手が黒曜の髑髏へとのび、胸の前に抱き寄せていた。
「ごめん、ね……公国は、呪わない……呪い、使うのは」
 たどたどしい話しぶりながら、一言ひとことに、揺ぎない力がこもっていた。言葉だけではない、言葉にしきれぬ想いが、千獣の全身から解き放たれていた。
 だからこそ、フィオーラは止められなかった。
 完全に、気圧されていた。
 全ての想いを乗せて、髑髏へとささやきかける。
「私の、全部で、私を……呪う」
 髑髏を抱き、呪いの言葉を口にしながら、その様は子を慈しむ母の姿にも似て。
「……千獣!」
 フィオーラが呼びかけた瞬間、千獣の全身から焔が吹き上がった。
 純白の焔。碑文に記された青焔では無かった。白い、白い、まぶしいまでの輝きが地下室を染めあげ、灼熱が千獣の身を焦がす。
 全身を灼かれる苦痛に、思わず膝をつく。
 それでも髑髏は、放さずに。
『ナゼ、敵ヲ、呪ワヌ』
 王の声に、千獣は宙空を見つめた。
「呪っても、憎しみ、消えない……王様に、みんなに……私の、体も、魂も、あげる……あげるから、おいで……」
 それこそが、彼女の選択だった。
 喰らったものを獣魔の別なく身体に宿す異能者、獣使いである千獣にしか選べぬ道。
 賭け、ではあった。
 肉体なき霊を取り込むなど、彼女にしたところで例のない話だ。ましてや、小国とはいえ、国ひとつぶんもの魂ともなれば。器となる千獣の負担は計り知れない。
 それでも、やらねばならない。
 やりとげなければ、ならない。 
 呪いの焔に灼かれながら、想いのありったけを込めて、自身の魂の門を開放する。
「おいで……私の、中に」
 うっすらと透き通った女の影が現れ、千獣の中へと吸い込まれていった。続いて、いくつもの影が現れ出す。一つ、また一つと現れては吸い込まれてゆく。顔見知りの者たちもいた。探索を共にした仲間、いきつけの料理屋のおばさん、昔話が長いお隣のご隠居、噂話が大好きな侍女――。影たちはどんどん数を増し、その全てが千獣の中へと混ざりこんでゆく。
 幾千の霊たちの念が、千獣の中をかき乱す。
 魂が、バラバラになりそうな感覚。
「まだ、もっと……みんな、一緒に」
 そのとき、わずかながら、魂の負荷が軽くなった。
 水の気配がしていた。
 フィオーラの操る浄化の水気が、千獣を援護している。
「おいで……おいで……」
 霊たちに語りかける。
「おいで……一緒に、一片、残らず、燃え、尽きよう……」
 その言葉に、内に取り込んだ霊の一つが、叫び返した。
『生キタイ……!』
 その叫びは、残された霊の根源ともいえる想い。
「そう、だね……生きて、いたい、よね」
 アセシナートは憎い。しかし、憎いから、逝けなかったのではない。突然不条理にもたらされた死と、肉体が滅びても魂を残す不安定な存在のあり方が、想いをゆがめてしまったけれど。
 生きていたかったからだ。
 命を紡いでゆきたかったからだ。
 だから逝けなかったのだ。
「もっと、もっと……みんなで、生きて、いたかったね」
『生キタイ』
『生キテイタイ』
 霊たちが、共鳴する。
 霊たちの想いが、千獣のなかにあふれた。
 それは幾千もの、ささやかな命の光景をともなっていた。
 食卓を囲む、家族の姿があった。
 舞踏会で踊る、恋人たちの姿があった。
 花に水をやる、老夫婦の姿があった。
 水辺で遊ぶ、子供たちの姿があった。
 ほんの小さな幸福で、輝いていた命たち。
「あったかい、ね……優しい、ね……」
 千獣は、すべての想いたちを、全身全霊で受け止めていた。
 いつしか身を焦がす熱さも、感じなくなっている。
『生キタイ』
『生キタイ』
 広がりゆく共鳴。
 千獣の中の獣たちもまた、共鳴しはじめていた。
 狼が咆哮していた。
 獅子が、虎が、竜が、そして魔獣にいたるまでが、霊たちとともに、命を謳っていた。
 呪いでは、怨念では、ない。
 それは輝ける命の軌跡への誉め歌だった。
 幾千の魂たちが生きてきた証が、よりあわさって力を増してゆく。
「いこう、ね……」
 われ知らず、微笑みを浮かべていた。
 千獣の身体から燃え上がる白焔が閃光を発した。
 周囲は一面の白に包まれ――何も見えなくなった。

 やがて、閃光はおさまり。
 フィオーラが視界を取り戻したとき、室内に千獣の姿は無かった。そして黒曜の髑髏も。
 代わりに、静かな光をたたえるものがあった。
 両手で包みこめるほどの大きさの、水晶球。
 碑文の文言が、変わっていた。
『苦しみに喘ぐ者、宝珠に語るがいい。想いが宝珠に伝わるなら、宝珠は大いなる恵み与え、消え去ろう』
「千獣……?」
 宝珠に視線を戻せば、ほのかな微笑みを浮かべた彼女の姿が、映ったような気がした。

   ◆ ◆ ◆

 いずこともしれぬ闇の中。
 夢売り道化フィール・フォールが、夢を封じなおしたカードを片手に、目をぱちくりと。
「これは、これは」
 カードを右手の指先で折れぬ程度にたわめると、ピンと飛ばして左手で受け。
「面白きこと」
 かくり、と首をかしげてカードを見やる。
 カードの図柄が、変わっていた。
 『黒曜の髑髏』から、『生命の宝珠』へと。
「かくなる行末は、このフィール・フォールにも予想外。これだから夢売り道化はやめられぬ。さて、お客人」
 つば広帽子を取るや、深く一礼。
「此度の夢は、これにて幕切れ。楽しんで頂けたなら、幸いでござい」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/異界職・獣使い】
【NPC/フィール・フォール/男/999歳/夢売り道化師】

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■         ライター通信          ■
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 発注ありがとうございます、法印堂です。
 大変丁寧かつ素敵なプレイングを頂きまして、この内容を頂いたからには、こちらもお応えせねばと、自分のテンション&ハードルを上げ気味に挑んだのですが、いかがでしたでしょうか。
 またご縁がありましたら、どうぞお声がけくださいませ。
 
    気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅